九校戦九日目、モノリス・コードの後半五試合が開催される最終日。
一高本部の天幕の中には、選手たちが試合前の最終調整を行っていた。
「幹比古、もう外して大丈夫だ」
達也から計測終了の合図を送られて、幹比古がパネルから両手を離し、計測用のゴーグルを外した。
「……体調が良いというのは噓ではないようだな。だが少し興奮気味か」
「えっ、そんなところまで分かるのかい!?」
計測結果が表示されたモニターを見て呟かれたセリフに幹比古は大層驚いた。その驚きっぷりに、達也は軽く笑う。
「情動は
「へえ、すごいんだね」
幹比古の少し後ろで順番待ちをしていた服部が、自分も去年は驚いていたなと懐かしむ。
ふと、あずさと五十里の二人も手を止めて達也の説明に耳を傾けていたため、視線で「できるか?」と尋ねると「むりむり」と苦笑と共に首を振られた。
「幹比古、ここは感心するところじゃないぞ」
素直な感心を示していた幹比古に達也が釘を刺す。
「入れ込みすぎるのは気を抜くのと同じくらい良くない。平常心を保つことの大切さは、お前たち古式魔法師の方が良く知っているはずだが」
「そうだね。古式魔法の方が現代魔法より心理状態に左右されやすいことは確かだ」
幹比古は呼吸を整え、再度ゴーグルを付けて計測パネルに手を置いた。
「これでどうかな?」
「問題無い。こんなにすぐアジャストできるとは、さすがだな」
達也は幹比古へ一言称賛を送ると、微調整に取り掛かった。あずさと五十里も中断していた作業に戻った。
「幹比古、微調整してみたから試してくれ」
「……もう終わったのかい? 何と言うか、速いね」
幹比古の言葉に、あずさと五十里が手を止めずに苦笑している。彼らは最早、嫉妬の欠片すら見せなくなっていた。
幹比古は達也の手からCADを受け取って起動式を展開、魔法を発動寸前の状態で止める。
「大丈夫だ。これなら今日も、全力を出せそうだ」
「おっ。ミキ、随分気合いの入ったセリフじゃない」
「ペース配分は気をつけてくれよ。こればかりは、魔法師本人にしか調節できない」
気合十分な幹比古へ、エリカと達也がそれぞれ言葉を掛ける。
「分かっているって。今日は幸い、午前の第二回戦が休みだ。第一試合の後休憩を挿んで第二試合、その後また昼食休憩を挿んで午後二試合。スタミナの心配は無いよ」
「そうだな。試合順には恵まれている」
「運も実力の内さ」
服部と沢木が幹比古のセリフに乗ってくる。モノリス・コード本戦、一高チームは良い具合にリラックスしていた。
◆
一日目二日目と全勝を続けて迎えた最終戦、一高にとっての第八試合は、三高との因縁対決だ。
対戦順はランダムとされているが、優勝候補の二校が──しかもお互いにここまで無敗──最後にぶつかるというのは作為の介在を疑わずにいられない。
が、観客にとっては作為かどうかなどどうでもよかった。最終戦の直接対決でモノリス・コード優勝が決まる。有終の美を飾るのはどちらなのかと大盛り上がりしていた。
試合は草原ステージ。去年の新人戦を彷彿とさせる舞台に観客のボルテージはさらに上がる。
そしてそれは、選手側も同じである。
「試合は草原ステージ。既に三高の総合優勝はないが、この競技で勝てれば来年へ希望が灯るし、去年の新人戦の雪辱戦の意識もあるだろう。厳しい戦いになると思う」
服部がこの二日間で一番気合の入った表情で告げる。沢木たちメンバーも同じく気合十分な表情で頷いた。
「出場するのは俺と沢木、それに千葉さんだ」
「おう」「はい」
「相手の出方が分からないが、基本方針は昨日の二高戦と同じだ。沢木と千葉さんが二人で攻め込み、俺も後ろから援護する。モノリスの守備は捨てても構わないだろう」
服部は簡潔に告げると、達也へ視線をやる。
「司波、三高の策について、何か意見はあるか?」
「作戦の正確な予測は難しいでしょう。服部先輩の仰った通り、大雑把な段取りをつけて後は出たとこ勝負しかないと思います」
このセリフだけなら、作戦会議を終了して試合会場へ移動となるが、服部はそうしなかった。
「正確でない予測なら立てられるのか?」
「外れる可能性の高いものでよければ」
「頼む」
服部からの要請に応じて、達也は予想される三高の「作戦」について語った。
彼の話を聞き終えたメンバーは、服部が真剣な表情でそれを吟味し、沢木は期待するような表情をしており、幹比古はまさかそんな事はと信じられない様子。
そして、エリカはというと。
「へえ……」
ニヤリと口角を吊り上げ、物騒な笑みを形作っていた。
◇◇◇
本戦モノリス・コード、そして九校戦の大トリを飾るのは一高対三高。
最終戦であり事実上の決勝戦。他に二つのフィールドでも試合が行われているが、観客の数はここがダントツで多い。
選手の登場に、客席が大きく沸いた。
服部の言うように三高には負けられない理由が多くあるのだろう。選手三人揃って、随分気合の入った顔をしている。その顔ぶれを見て、沢木が楽しそうに言う。
「司波くんの予想が当たりそうか?」
「まだ分からん」
「始まれば分かりますよ、先輩」
わくわくを抑えられない沢木を服部とエリカの二人が嗜める。だが、服部はともかくエリカは沢木よりも楽しみしており、早く始まれと一心に願っていた。
試合開始を告げるブザーが鳴った。
一高の三人はおよそ六百メートル先にいる三高選手たちを観察した。そして、達也の予想が正しかったと確信する。
「当たったか」
「
「あたしの出番ですね」
上から順に、服部、沢木、エリカのセリフ。
三高の陣地からは、一人の選手がゆっくりと歩いてきている。プロテクター越しでも窺えるメリハリのある肢体、そして沢木のセリフからも分かるように、その選手は女子だった。
一色愛梨。師補十八家『一色』の令嬢だ。
今年のモノリス・コードに出場した女子生徒は、エリカと愛梨の二人だけ。そして二人とも「女子だから選ばれた」などと陰口を叩けないほどの実績を残していた。
エリカが森林ステージにて相手選手全員を各個撃破したかと思えば、愛梨は岩場ステージで相手ディフェンス二人をたった一人で突破。
同じ女子選手で戦闘スタイルも似ているため、どちらが優れているのかといった話題にもなっていた。
達也の予想は、彼女がエリカとの一対一を望んでいるというものだった。
エリカが自陣モノリスから歩き出す。
エリカと愛梨の二人が、フィールドの中央に到達するまでおよそ三分。他四人の選手は自陣から動かず、観客席はまさかの展開に浮ついていた。
「驚かないのね」
「予めこうなるかもって言われてたから」
「…司波達也ね」
愛梨は忌々しそうに達也の名を呟く。まあ三高にとって達也は悪魔のようなものだろうと、エリカも納得してしまう。
愛梨は達也への怨念は一旦横に置いて、エリカを見据えた。
「つまり、勝負を受けてくれるという事でいいのね?」
「そのつもり。同じ女子選手、同じ剣を使う魔法師──白黒つけましょ」
エリカは刀の形をした武装一体型CAD、その切っ先を愛梨へ向ける。
愛梨もそれに応えるように武装一体型CADを構えた。内蔵されている魔法は同じ『小通連』だが、こちらはレイピアのような見た目をしていた。
始まりは唐突に。二人は目にも留まぬ速さで動き出した。
エリカは斬る、愛梨は突くという違いから剣をぶつけ合う事は少ないが、エリカが攻め込み、愛梨がそれにカウンターで返す。それらはお互いのプロテクターを何度も掠めている。
高速で繰り出される攻撃の応酬は一見互角に見える。だが当人たちはそう考えていなかった。
愛梨には『エクレール・アイリ』という異名があり、その由来となった魔法は『
その上で、速さならエリカが勝っており、主導権を握っているのもエリカだった。だが、エリカの攻撃が決まらないのには理由があった。
モノリス・コードはルールのある試合だ。物理攻撃禁止のルールを掻い潜るために、『小通連』などの専用魔法を使わなければならない。ここで問題になるのが、エリカの魔法力の低さだ。
エリカや沢木、愛梨が使用しているCADは二つ。自己加速術式や『稲妻』を展開する通常のCADと、専用の武装一体型CAD。
去年の雫が披露したように、二つのCADの同時操作は高等テクニックであり、魔法制御が少しでも乱れれば
エリカたちはそのリスクを避けるため、専用魔法を発動する直前に他の魔法の効力を打ち切っている。その瞬間は無防備な状態を晒しているのだ。
『小通連』は刀身を僅かに切り離すだけの単純な魔法とは言え、その魔法式を構築するには一瞬を必要とする。
攻撃する前の、『小通連』しか発動していない一瞬。
攻撃を終えた後の、再度通常のCADにて魔法を行使するまでの一瞬。
エリカは魔法力の低さ故に、その一瞬が愛梨よりも僅かに長かった。
その僅かが、愛梨が攻撃を躱す猶予となり。その僅かが、愛梨のカウンターを許す隙となっている。
(キッツいわね……)
エリカは草原を駆けながら、湧いてくる焦りを抑える。
愛梨も『小通連』を使ってモノリスに参加しているからか、その弱点もよく分かっているし、それを利用した攻防も上手い。
ルールを言い訳にするつもりはない。そんなのは愛梨も同じことだし、エリカには去年使ったという慣れとあずさのCADという性能面、二つのアドバンテージがある。条件はエリカが有利なのだ。
その上で互角なのだから、エリカは勝負としては愛梨に負けたと思っている。
このまま消耗すれば自分は試合にも負ける。
愛梨なら多少のミスはその魔法力で強引にカバーできるだろうが、エリカは少しのミスが致命的な隙に繋がる。そのプレッシャーは、エリカにとっても厳しいものだ。
魔法力よりも気力が先に尽きてしまう。それをエリカは恐れていた。
(使うっきゃないか……)
出来れば見せたくなかった。魔法自体は見せているとはいえ、その衝撃的な使い方のみ認識させておきたかった。
だが、エリカはそのカードを切ることに決めた。
愛梨はエリカの攻撃を凌ぎ、時折カウンターを仕掛けているが、その内心は怒り狂っていた。
愛梨がエリカと渡り合えているのは、モノリス・コードのルールのお陰だ。もしお互いに通常の得物を使っていたら、とうに負けている。愛梨はそう認識していた。
愛梨は師補十八家『一色』の一人娘だ。去年の九校戦では一条と並んで三高一年のエースとされており、当然優勝を期待されていた。
しかし、気合十分で臨んだクラウド・ボールでは決勝で水波に無得点で敗北した。名誉挽回を掲げたミラージ・バットでも、ほのかと深雪に敗北した。
水波とほのかなら言い訳もできた。達也のCADがあったから、あの圧倒的性能差の前には仕方ない。周囲はそう慰めてきたし、自身もその理屈を使ってしまっていた。
だが深雪は別である。無名の家系出身の、実績もない同年代の魔法師に、ほぼ同じ条件下で完敗した。こればかりは言い訳のしようがなかった。
雪辱を誓った今年の九校戦。
競技変更を受けて、愛梨はモノリス・コードの出場を願った。この変更は去年のエリカを前提としたもの、一高からはほぼ確実にエリカが出てくるだろう。
モノリス・コードは、愛梨が得意とするリーブル・エペーが最も生かせる競技だ。物理攻撃禁止の問題も、去年エリカが見せた武装一体型CADで解決できる。
ここまでの試合で愛梨は十分過ぎるほどの実績を残した。エリカとのタイマンという我儘が通ったのは、それだけの貢献をしてきたからだ。
あとは千葉エリカに勝つだけ、一高に勝つだけ。そう意気込んで戦いを挑んだ。
その結果が、この有様だ。
愛梨は自身の不甲斐なさに怒り狂っていた。
それでも、実力で負けていても、勝負には負けたくないと、愛梨は戦い続けていた。
愛梨に勝るスピードでエリカが迫ってくる。そこから繰り出される斬撃を躱そうとして、愛梨は違和感に気付いた。
(間合いがおかしい……これじゃ躱すまでもなくギリギリ届かない……)
違和感を覚えたまま、先ほどより余裕を持って躱す。だが、突然右肩付近が鋭い痛みに襲われた。
「っ───!」
咄嗟に大きく距離を取り、エリカの方を見やる。
エリカの持つ武装一体型CAD、その切っ先から30センチほどの長さに想子光が煌めいていた。
(『
『サイオン・ブレード』
魔法師は想子を知覚する。エリカが刀身の先に作った想子の刃によって、愛梨は斬られたと錯覚したのだ。
(まずい、今ので剣が上手く握れな……!)
息つく暇もなくエリカが迫ってくる。想子の刃を作るのはエリカのセンスで行っているため、CADを使っているわけではない。これでは『小通連』のように攻撃前後の隙ができない。しかも今の愛梨は、右肩付近に攻撃を受けたことで剣が上手く使えない状態だ。
元々万全の状態で、隙を利用して、やっと互角に渡り合えていたのだ。それが無くなれば結果は見えている。
愛梨は即座に右手に握っていた剣を捨て、CADを操作する。迫りくるエリカの斬撃に対して対物障壁を構築した。
この愛梨の判断を、責めることはできない。
『術式解体』は使用者の少なさからあまり知られておらず、去年達也が披露したことにより魔法式を吹き飛ばす対抗魔法なのだと認識された程度だ。
しかし、『術式解体』が最強の対抗魔法と呼ばれているのは、防ぐことが非常に困難であるからだ。
事象改変の為の魔法式を持たない想子の砲弾なことから、情報強化にも領域干渉にも影響されない。砲弾自体の持つ圧力がキャスト・ジャミングの影響もはね返してしまう。物理的な作用は一切無いため、どんな障碍物でも防ぐことはできない。そうして、対象座標で発動途中の魔法を力ずくで吹き飛ばす。
強力な想子流で迎撃するか、想子の壁を何層にも重ねて防御陣を作ることで、ようやく無効化できる。
エリカの『サイオン・ブレード』は達也の『術式解体』をベースに開発された魔法。
物理的作用は一切無く、どんな障碍物でも防ぐことはできない。
エリカが刀を振り下ろす。その刀身は、愛梨の身体ばかりか、魔法障壁にも届いていない。
しかし、『サイオン・ブレード』の刃は愛梨へと到達し、斬られたと錯覚したことで愛梨は地面に倒れ込み、そのまま意識を失った。
エリカが勝ち、愛梨が負けた。
勝敗が決した瞬間、観客席から歓声が爆発した。
それを合図に残り四人の選手たちが一斉に動き出す。第二ラウンドの始まりだった。
しかし、三対二という人数差は大きく、じりじりと追い詰められた三高は、一人が服部の魔法で、もう一人が沢木の『マッハパンチ』──沢木自身が命名した、拳を加速して衝撃波を放つ魔法──で倒されたことで、一高の勝利ならびにモノリス・コード優勝が決まった。
◇◇◇
三高選手全員の戦闘不能により、一高のモノリス・コード優勝が決定した。
服部、沢木、エリカの三人は一高の応援席の前に並んだ。スタンドに手を振ると、歓声が大歓声となり返ってくる。
沢木がスタッフ席にいる幹比古に向けて、来い来いと手招きをする。途中からは混ざりづらいと考えた幹比古は達也を道づれに、それならばと悪乗りした達也があずさと五十里を道づれにして選手たちのもとへ向かう。
なお、あずさは勢い良く何度も首を振ってスタッフ席に残ろうとした。だが、人の悪い顔で笑う達也とにこやかに笑う五十里の圧力に逆らえず、縮こまりながら連行されていた。
歓声を浴びながら、エリカは本部近くの来賓席へ目を向けた。
来賓であるエルンスト=ローゼン、エリカが誘いを断った相手はきっとそこにいるだろう。
達也を見る。どうした? とすぐさま視線で尋ねられるが、何でもないと首を振る。
幹比古を見る。観客席に意識が向いている彼は、視線に気づくことはない。
「達也くん、ミキ」
「どうした?」「どうかした?」
尋ねてくる二人をちょいちょいと両手で手招きする。そして、ちょうどいい距離になったところで二人の肩に腕を回した。
「っと……」「エリカ!?」
恋人と幼馴染、対照的な反応をする二人。さすがに身長差がある同士で肩を組むと不格好だが、気にせず来賓席へ満面の笑みのVサインを送ってやる。
──どうだ! 自慢の恋人と幼馴染だぞ!
──ローゼンにこれが用意できるのか!?
──無理ならとっとと諦めな!
他にも言いたいことは色々あるが、今主張できるのはこんなものだろう。
深雪、水波、美月、ほのか、雫、レオ。
エリカは肩を組んだまま、応援の生徒の中にいる友人たちへ手を振る。達也と幹比古も少し身を屈めながらそちらに手を振った。
それを見た沢木が服部と肩を組んで、観客席へ大きく腕を振る。服部は少しだけぎこちなく、しかし満更でもない様子で受け入れ、腕を振って、照れながらも歓声に応えている。
面白がった五十里があずさに「僕たちもやる?」と問い掛けたところ、「千代田さんが怖いのでやめておきます」とマジレスされていた。
そんな愉快なメンバーに囲まれて、エリカは拍手が収まるまで笑顔で手を振り続けた。