ガーディアン解任   作:slo-pe

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古都内乱編
古都内乱編1


 

 

 西暦二〇九六年九月二十三日、日曜日。

 この日はここ最近では珍しく、達也に軍の予定も研究所の予定も入っていなかった。にも拘わらず、エリカとデートすることはなく、食事を作り置きに来た水波も午前中のうちに帰宅した。

 その理由は、とある客人を迎えるためだった。

 

「文弥、亜夜子、良く来たな」

 

 二人にソファを勧め、腰を落ち着けたところでフレンドリーに話し掛ける達也。

 

「達也さん、お邪魔いたします」

「達也兄さん、お久しぶりです」

 

 挨拶を受けた黒羽姉弟の返礼は、どこか硬かった。

 いつもなら二人が達也を前に緊張することはない。自意識過剰かもしれないが、二人からの好感度は高いと自負している。

 つまり今日は「普通でない」用件があって来たのだろう。

 

「今日二人が来たのは、周公瑾の捕縛について、叔母上から使者として遣わされたからだと思うんだが」

 

 だからこそ、達也は自分から水を向けた。思いがけない言葉に絶句する文弥。その隣で亜夜子が大きくため息を吐いた。

 

「……まったく。達也さんはほんとに。他人の気持ちなんてまるで興味無しというクールなお顔で、それでいてちゃっかり気に掛けているのですもの」

 

 困ったものだとでも言いたげな表情で頭を振り、隣で固まっている双子の弟に目を向ける。

 

「文弥、お言葉に甘えましょう。元よりわたくしたちはただの使者。選択肢など無いのですから」

「う、うん。そうだね……」 

 

 文弥は観念した顔で頷き、日曜日にも拘わらずきちんと着ていたジャケットの内ポケットから、普通サイズの封書を取り出した。

 表書きは空白。差し出された封筒を手に取り、ひっくり返す。裏書きには達也の叔母、四葉真夜の名が記されていた。

 達也はペーパーナイフを使い、封を開く。封筒の中身は便箋一枚の簡単なもの。達也は最後までじっくり目を通してから顔を上げた。

 

「文弥はここに書かれている内容について、知っているのか?」

「知っています」

 

 文弥はわずかに躊躇を見せたが、姉に助けを求めたりせず自分で答えた。

 

「そうか。周公瑾の捕縛について協力を依頼する、と書かれているが?」

「僕もそう聞いています」

「……何故それだけのために文弥たちが?」

 

 周公瑾の捕縛については、真夜から予め話をされていた。達也へ依頼するなら電話で「お願いしますね」と一言告げればいいだけだ。わざわざ文弥たちを遣わせる理由がない。

 

「その点についてはわたくしが説明させていただきます」

 

 亜夜子は美しく化粧を施されたかんばせを緊張に強張らせ、こう述べた。

 

「今日私たちは尾行されています」

「亜夜子たちが尾行されたのか? ……いや、尾行させたのか」

「はい」

「尾行した連中の素性は?」

「おそらくですが、周公瑾の逃亡を支援している『伝統派』です」

 

『伝統派』。国内のはぐれ古式魔法師を集めているだけでなく、大陸から亡命してきた古式魔法師──方術士も取り込んで組織強化を図っている古式魔法師の集団。

 

「ということは、俺を囮にするつもりだな?」

 

 亜夜子と文弥のコンビがそう易々と尾行を許すとは思えない。つまりはわざと尾行させ、達也と接触した事を『伝統派』に知らせたという事だ。

 

「そうです」

 

 亜夜子がスカートの上に置いた両手をキュッと握る、文弥も身体が震え出さないよう全身に力を入れていた。彼女たちは達也に罵られるのを覚悟していた。

 

「二人とも肩の力を抜け、俺は気にしていない」

 

 達也は意識して柔らかな声音で二人へ告げる。

 

「俺を囮にするというのは合理的だ。今度の相手は黒羽貢に重傷を負わせるほどの手練れ、手の内もまだ確とは分かっていない。最終的に傷を負わされることのない俺を矢面に立たせるのは、戦術的に見れば間違っていない」

「ですがっ……いえ、すみません達也兄さん」

 

 文弥が反論しかけたが、実行犯である自分には何も言えないと口を噤んだ。

 

「同じことしか言えないが、気にするな。だが俺を囮にするなら、一高の友人たちに危害が加わらないよう護衛は手配してくれ」

「分かりました。護衛対象は……柴田美月、光井ほのか、北山雫の三人でいいですか?」

「そうだな、その三人だけで大丈夫だ」

 

 文弥がほっと一息ついた。おそらく今回の使者の仕事の山場は越えたのだろう。

 だが、二人とも達也を囮にした負い目から表情が曇っている。精神衛生上好ましくない雰囲気になる前に、達也がこう切り出した。

 

「二人とも、この後予定はあるか?」

「この後はホテルに戻るだけですけど……」

「なら仕事について詳しい話をする前に、気分転換でもどうだ?」

「気分転換、ですか?」

「ああ、ちょうどこの前研究していた成果が出たんだ。二人にも見てもらおうと思っていたんだが……」

「ぜひ見たいです!」

 

 キラキラと目を輝かせている文弥と、控えめではあるが好奇心を隠せていない亜夜子。達也は二人を連れて地下へと向かった。

 着いたのは地下の研究室ではなく、魔法の試し撃ち場。文弥も亜夜子もCAD関連の研究だと思っていたため首を傾げたが、それを口に出すことはなかった。

 

「まず確認だが、二人は俺の仮想魔法演算領域の性能は知っているな?」

 

 二人が頷く。達也の激情を消去することで植え付けられた仮想魔法演算領域。

『分解』と『再成』の二つの魔法に生来の魔法演算領域を占有されている達也が他の魔法を使えるのは、この仮想魔法演算領域があるからだ。

 

「仮想魔法演算領域は魔法の出力が低く、干渉力も干渉規模も他の魔法師に比べて著しく劣る。例えばこんな風に」

 

 魔法の発動が分かりやすいように指を鳴らすと、三人を遮音障壁が包む。その強度は低く、大声で話せば音が漏れるだろうし、近くで耳を澄ませば通常の会話も聞こえてしまうだろう。

 

「だが、こうすると……」

 

 達也が再度指を鳴らす。すると文弥と亜夜子、二人の表情が激変した。

 

「この強度……」

「達也さん、これは一体……」

 

 先ほどと違い、この魔法障壁は文弥や亜夜子と比べてもそれほど劣らない強度を発揮している。二人の知る達也では決して出せなかったものだ。

 

「一高に入学してから吉田家の神童の精霊魔法を見る機会に恵まれてな。元々別で研究していたテーマがあって、それに利用できないかと観察していたんだが、これはその副産物で見つけたものだ」

 

 達也は淡々と、しかしどこか自慢げに原理の説明を始めた。

 独立情報体である精霊をつぶさに観察し、さらに霊子放射光過敏症である美月の言葉を参考に分析を重ねた結果、事象干渉力の正体が霊子(プシオン)波である事を突き止めたこと。

 それに加えて、自分の中から干渉力だけを取り出して鍛える方法を発見したこと。

 さらには魔法の「構成」と「干渉」の分離に成功し、達也が本来持つ『分解』『再成』の干渉力(霊子波)を応用し、他の魔法式に後から干渉力を追加する技術を自ら編み出したこと。

 

 これらの手法により、達也は現時点で十師族直系の魔法師と同等の出力で、魔法を発動できるようになっていた。

 

「す、凄いです達也兄さん! 世紀の大発見ですよ!」

 

 文弥は達也の手を両手で摑んで、ぶんぶん上下に振り回し始めた。出遅れた亜夜子は文弥を妬ましそうに睨んでいる。

 文弥が落ち着いたところで、亜夜子が一歩達也へ近づいて言う。

 

「達也さん、おめでとうございます。素晴らしい発見です」

「ありがとう。といっても、最初は理論だけ整えて放置していたんだが、叔母上から言われた言葉をキッカケに動き出して、今月頭にようやく実用レベルになった」

「ご当主様の言葉ですか?」

「ああ、周公瑾が俺と相性の悪い相手と言われてな。他にも十文字の『ファランクス』や十三束鋼の『接触型術式解体(グラム・デモリッション)』など、『分解』が通用しない相手だと俺には攻撃手段が無いことに改めて気付いた」

「なるほど」

「だから、こんな事も試してみた」

 

 達也が胸元から携帯端末を取り出し、空中へ放り投げる。その直後、室内を「夜」が満たす。

 闇ではない。星が煌めく夜空だ。

 星が流れる。

 流星が四方八方から携帯端末に殺到する。

 夜が去り、人工の明かりに照らされた床に携帯端末の欠片が落ちた。

 

「今のは、『流星群(ミーティア・ライン)』……?」

 

 亜夜子が信じられないといった様子で呟く。

 

『流星群』は、四葉家当主・四葉真夜の特異魔法。

 対物理現象防御でも、対魔法防御でも、その二つを同時に発動する十文字家の『ファランクス』であっても防御不能。

 真夜が魔法師同士の戦闘において無敵、「世界最強の魔法師」の一人と見做されている所以だ。

 

「達也さん、もしかして、どんな魔法でも……?」

 

 亜夜子がまさかという表情で呟く。

 この魔法が発動した肝は、達也に植え付けられた仮想魔法演算領域の性質だ。これは魔法の出力こそ低いものの、魔法式をそっくりコピーして運用するという性質上、魔法式の構造が完全に判明していればどんな魔法でも発動寸前の状態に持っていくことができる。

 そこから先は処理能力の問題だ。発動可能な魔法であれば練習しなくてもすぐに使えるようになるし、発動不可能な魔法であれば幾ら練習しても実行できない。

 だが、達也の事象干渉力が大幅に上がった今、その問題は解決されている。

 

「そうだ」

 

 達也はそれを肯定した。双子が再び興奮するのを遮るように達也が続ける。

 

「ただ、俺の霊子波は『分解』と『再成』に最適化されているから、他の魔法式に適用すると効率が落ちる。同じ魔法の力比べなら本家本元には劣るし、全ての魔法が使えるようにもならないだろうな」

 

 それでも常識が覆る大発見だ。

 興奮する二人を前に、達也は携帯端末の欠片に左手をかざして『再成』させ、胸元にしまう。

 

「この技術を発表はしない。叔母上と母上、それと深雪や水波、穂波さんには伝えるが、それ以外には秘匿するつもりだ」

 

 達也の纏う雰囲気が変わったことを、文弥も亜夜子も敏感に察知した。

 

「分かりました。他言はしません」

 

 文弥が強く頷き、亜夜子は控えめに質問した。

 

「エリカさんには伝えないのですか?」

「エリカはまだ四葉の事をよく知らないからな。特に必要性がない限り、しばらくは秘密にするつもりだ」

 

 去年の十一月、エリカに四葉のことを告げた際にひどく怯えられた事実を、達也は鮮明に覚えている。

 大丈夫だと、あれから一年積み重ねた時間は言うが、もしダメだったらと思うと伝える気にはなれなかった。

 

「そうですか……この技術を、私たちに伝えてよろしかったのですか?」

「ああ」

 

 亜夜子の問いに、達也は短く、しかし確かな信頼を込めて頷いた。

 

「それに、亜夜子には特に見せておきたかったからな」

「私に? 何故でしょう?」

「相性の悪い相手に勝つために、努力している奴がいるということだ」

「……来年の九校戦、私が七草の双子に負けると?」

 

 達也の意図を亜夜子は正確に把握した。

 

「いや、来年は無理だろう。亜夜子の魔法はそんなやわなものじゃない。ただ再来年はいい勝負をするんじゃないか?」

「…そうですか」

 

 今年の九校戦で、亜夜子は完膚なきまでに泉美を叩きのめした。そんな相手に負けるかもと告げられて一瞬反感を抱いたが、それを抑え飲み込んだ。

 

「それでは達也さん、私が負けないために、その干渉力のみを鍛える手法、でしたか? 教えてくださいますね?」

 

 ここまでして放置など許さないと、亜夜子は強い視線で達也を射抜く。達也も元々そのつもりだったのか、素直に了承した。

 

 その後、鍛錬が一段落したところで、文弥から周公瑾の動きについて聞かされた。

 周公瑾は横浜脱出後海路西に向かい、太平洋に逃れようとしたところを何とか阻止。伊勢に上陸した後北上した周を琵琶湖大橋で捕捉したが、またしても捕り逃がしてしまった。そのまま京都方面へ潜入、『伝統派』に匿われていると思われること。

 仕事を終えた文弥と亜夜子は、より一層鍛錬へ集中した。

 

 

 

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