ガーディアン解任   作:slo-pe

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古都内乱編3

 

 

 周公瑾の捕縛について、方針が決まってからの達也の行動は早かった。

 藤林を通じて九島烈との面会の約束を取り付け、十月六日土曜日に九島家本邸のある奈良県生駒へ、エリカと行くことが決まった。

 

 その他にも、自宅を覗き見しようとしていた人造精霊を『分解』したり、その術者を八雲の門人が捕らえたり、『伝統派』を快く思っておらず好戦的になっていた八雲に遠慮するよう話をしたり。短い期間に様々な出来事があった。

 

 

 

 

 西暦二〇九六年十月一日。

 第一高校新生徒会が発足した。メンバーは会長・司波深雪、副会長・七草泉美、会計・桜井水波、書記・船尾春花。

 また生徒会選挙において、深雪は第一高校史上初の百パーセントの信任で就任を成し遂げた。

 

「えーと、一年間よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、吉田君」

 

 新生徒会発足に合わせて代替わりした新風紀委員長、幹比古が生徒会室へあいさつにやって来た。緊張してフレンドリーな態度を心掛けながら硬さの抜けない幹比古に、深雪が親しみを込めて笑顔を返した。

 

 花音の後任は雫だろう、という大方の予想を裏切って新委員長には幹比古が選ばれた。風紀委員長は風紀委員九名の互選で、今回は幹比古が五票、雫が四票という接戦だった。──ちなみに雫は幹比古へ、幹比古も自分自身へ票を入れた。

 幹比古はこの互選の前に、「僕が委員長に就任したら委員全員に事務作業をやってもらう。そのためのマニュアルは作ってあるから出来ないは無しだ」と宣言していた。これまでは幹比古が事務作業全般を担っていたため、彼の風紀委員長就任を阻止しようとする動きもあった。

 だが、雫の全身から放たれていた「委員長なんて面倒臭いのはヤダ、事務作業の方がマシ」というオーラの威圧に屈した委員も数名おり、幹比古が自身に入れた票により彼の風紀委員長就任が決まったのである。

 

 また、生徒会選挙と同時期に、風紀委員の入れ替えも発生する。風紀委員には任期が無いが、生徒会と部活連の幹部が交代するこのタイミングで辞める委員も少なくない。実際に前学期末付けで部活連選任枠の三年生、沢木と花音が辞任した。

 そして、その補充として選ばれた一人が、ほのかである。

 

 当初レオや美月は、ほのかの戦闘技能に疑問を持っており、レオに至っては善意から「本当に大丈夫なのか?」と口にしていた。しかし、その後行われた模擬戦を終えて掌返しをする事となった。

 開始直後、眼前に生じた眩い光により視界を奪われ、無防備になった所へ振動系魔法を連続で撃ち込まれるという──達也考案の──えげつない戦術により、何もできずに意識を失う寸前まで追い詰められたのだ。

 あれ以来、レオの中でほのかは怒らせてはいけない人物の上位にランクインしていた。

 

 

 

 

 生徒会長選挙が終わり新生徒会役員選出まで一段落すると、いよいよ論文コンペの準備が本格化する。

 達也は講堂の二階席にて、五十里が指揮する「投影型魔法陣」製作の作業を見下ろしながら、幹比古から警備の概要を聞いていた。

 

「今年も風紀委員会だけでなく、有志を募りそこから護衛メンバーを選抜するんだな」

「もちろん。風紀委員会の九名だけで手が回るはずもないからね。代表の護衛だけじゃなく、現地の警備も希望者を募りたいと思ってる」

「今年の警備総責任者は服部先輩だろう?」

「先輩は他校の警備責任者とオンライン会議中だよ」

「二年続けて一高生が総責任者を務めることに他校から不満は出なかったのか?」

「それは大丈夫。警備総責任者は九校戦のモノリス・コード優勝校から出すっていう不文律があるらしい」

「へぇー、そんなことになってたのか」

「去年、十文字先輩が総責任者だったのも、別に十師族だからってわけじゃなかったのね」

 

 達也と幹比古の会話に口を挿んだのはレオとエリカだった。ここまでは邪魔にならないよう静かにしていたのだが、意外な内幕に思わず言葉が出てしまったようだ。

 

「それで、達也は現地警備の方が都合がいいんだよね?」

「ああ」

 

 場所が京都というのは、仕事の上でも都合が良い。協力者がいるとこういう面でも話が早くて楽だ。

 

「じゃあ俺たちもそっちだな」

「あたしが達也くんと京都に行くんだから、あんたは護衛に回りなさいよ。得意でしょ、肉の壁」

 

 達也の手伝いとコンペの警備、それを両立できる配置としてレオが手を挙げ、そこにエリカが丸きり冗談とは思えない口調で異を唱えた。

 

「肉の壁って殴られたり刺されたりが前提じゃねえか! 物騒なこと言うんじゃねえよ!」

「撃たれるって選択肢もあるわよ」

 

 もちろんジョークに決まっているが、入学以来飽きることなく言い合いを続ける二人に、達也も美月も放置を選択している。

 

「ま、まぁ、僕たち全員会場警備にするつもりだから。幸い護衛の方は人数も足りそうだしね」

 

 しかし、未だにどうにかしなくちゃと思ってしまう苦労人、幹比古が話題を提供した。

 

「ったく……まあ確かに、五十里先輩は千代田先輩がべったり護衛するだろうし、中条先輩には北山がつくんだろ?」

「雫だけじゃないぞ。中条先輩の警備には千倉先輩と壬生先輩も協力してくれることになっている」

 

 幹比古の気働きにレオが応じ、達也もそれに続いた。

 

「啓先輩は護衛無しでも十分なくらいだしね」

「三七上先輩の護衛は桐原先輩が立候補してくれているよ」

 

 エリカのセリフに続いて幹比古がもう一人の代表、三七上ケリーの護衛役に言及する。その言葉を聞いて、レオが何故か唸り声を上げた。

 

「三七上先輩なぁ……あの人こそ、護衛は要らないんじゃねえか?」

 

 どうやら、ケリーの護衛に桐原がつくという話が納得できなかったようだ。

 

「うちの学校でも上から数えた方が早い戦闘力の持ち主だよな?」

 

 レオの言う通り、ケリーは今年のアイス・ピラーズ・ブレイクペアで優勝をもぎ取った一高代表チームの一員。試合では鉄壁の守備力を見せて、常に半数以上の氷柱を残し続けた猛者だ。

 

「三七上先輩はとにかく個々の魔法に関する知識が豊富だからね。九校戦で敵の攻撃を封殺できたのも、相手選手が使う魔法を一発目で正確に把握し、二発目以降を最適な魔法で相殺するという凄い特技を持っているからだ」

「一度見た魔法は通用しない、ってヤツか? 何かカッコイイな」

 

 おどけた口調で冗談めかしたレオも、それが高度な技術であることは十分理解していた。

 

「ハハハ、まあそういうわけで本当は理論の方が得意なんだよ、三七上先輩は」

 

 幹比古もレオの子供っぽい冗談にお付き合いで笑いながら、答えになっていない答えを返す。

 ケリーに護衛は必要なのか、という疑問に対する答えを出したのはエリカだった。

 

「つまり桐原先輩は、一発目の魔法に対する壁役なのね」

「おおっ、なるほど!」

「エリカちゃん……レオくんも」

 

 あくまで「肉の壁」という発想から離れられないエリカと、他人事になった途端すんなり納得してしまったレオに、美月の冷たい視線が突き刺さった。

 

 

 

 その日の帰り道、達也とエリカはキャビネットの停車駅で古式魔法師の襲撃に遭った。敵は達也たちを黒羽が雇った古式魔法師と認識していたのか、古式魔法用の呪具である「破魔矢」を使用してきた。

 二人は敵をあっさりと撃退し、傷を一切負うこともなく警察の事情聴取を経て帰宅した。

 

 達也は囮としての役割が機能していると確認、奈良や京都で捜索する際にも何かアクションを仕掛けてくるだろうと考えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 十月二日の早朝、達也はまだ人気の少ない時間帯に登校していた。

 

「あっ、司波くんおはようございます」

「おはようございます、中条先輩」

 

 調整室に入ると、テキパキと調整機の準備をしていたあずさが振り返った。今日は週に一度のあずさへのCAD調整指導の日だった。

 

 去年の九月から始まったこの指導も、かれこれ一年を過ぎた。

 魔工師を目指すあずさにとって、この指導は値千金のものであり、達也がトーラス=シルバーだと気付いてからはその価値がますます高まっていた。

 論文コンペや卒業パーティー、進級などで生徒会業務が忙しくなっても時間を作っていたし、九校戦では直前でバタバタしないよう事前に考え得る対策を全て取っていた。さすがに九校戦期間やその後の夏休みは別だが、その間も達也から課題となる論文を紹介され、新学期早々に一か月分の指導をまとめて受けていた。

 

 そしてそれは論文コンペの代表者となった現在も同じで。夏休みに刻印術式の予習を済ませることでどうにか時間を捻出していた。

 達也としては長くとも半年。忙しさによって自然消滅するだろうと思っていただけに、あずさの熱量と成長速度には驚かされっぱなしである。

 

 ただ、論文コンペの準備が本格化して放課後はあずさが実験に掛かりきりなため、こうして早朝に指導を行うこととなった。

 

「──と、今日はこんな感じですね。次の論文も選んでありますので、あとでデータを送ります」

「ありがとうございます」

 

 いつも通り最大限の集中で密度の濃い指導を受けきったあずさは、ほぅと一息つき、

 

「あの、司波くん、一つ聞いてもいいですか?」

 

 ふと思い立って、ここしばらくずっと気になっていたことを達也に訊ねてみることにした。

 

「何でしょう?」

「司波くんは何故、今年の論文コンペにエントリーしなかったんですか? 四月の恒星炉実験で魔工科生徒に課せられた選考論文の提出義務を免除されているだけで、参加を禁止されているわけではありませんよね?」

「そうですね。恒星炉に関する論文はやめろと言われましたが、出るなとは言われていません」

 

 出場禁止という発想がおかしかったのか、達也は唇に笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「では何故……?」

「深い意味はありません。単に間に合わなかっただけです」

「えっと、どういう意味ですか?」

「どういうもこういうも、そのままの意味ですが……」

 

 それだけで回答を済ませようとした達也だったが、あずさから向けられる好奇心の眼差しにあっさり方針を変えた。

 

「恒星炉──常駐型重力制御式熱核融合炉は俺の最終目標ですが、それとは別に自主的に取り組んでいるテーマがありまして……二つのテーマに掛かりきりでコンペに割く時間が取れなかったんです」

 

 コンペは二の次三の次だとも解釈できる発言に、あずさは不快感ではなく驚きを覚えた。

 

 あずさは知っている。

 達也が──トーラス=シルバーが飛行魔法を開発したのは、空を飛びたかったからでも加重系三大難問に挑みたかったからでもない。達也が構想する恒星炉に必要不可欠だったからだ。

 だからこそ、飛行魔法すら過程でしかない達也が、恒星炉と同等に研究するテーマが気になって仕方がない。

 

「そうなんですね」

 

 だがさすがに聞くことはできないと、断腸の思いで受け入れようとして。

 

「気になりますか?」

「いいんですかっ?」

 

 一瞬でその決意を捨てた。

 達也はあずさの掌返しに苦笑しつつも、「構いませんよ」と説明を始めた。

 

「もう一つのテーマは、調整体魔法師の突然死についてです」

 

 予想外のテーマに、あずさが「しまった」という表情を浮かべる。

 調整体の肉体は、生物としての安定性を欠いている。医学的には何の異常も無いはずでも、不意の風に蠟燭の火が吹き消されるように、ある日突然、死が訪れる。

 基本的に他人に無関心な達也がそれを研究しているということは……

 

「俺のお世話になっている人に、調整体魔法師が二人いまして。今のところ二人とも健康そのものですが、これからも一緒に生きていくためにこの問題を解決できないかと」

「そうだったんですね」

 

 デリケートな話題であるにも拘わらず、達也に悲観している様子はない。あずさはほっとして相槌を打った。

 

「ああそうだ、忘れないうちに」

 

 達也が「ふと思い出した」という顔と語調に、あずさは首を傾げ、

 

「この夏発売したばかりのFLTのデバイスが、偶々(・・)手に入りまして……」

 

 その言葉を聞くや否や、目が爛々と輝きだした。顔は紅く火照り、ずいっと身体を乗り出して来る。

 

「……それって、もしかして、シルバー・モデルの完全思考型CADですか? 八月に発売されたばかりの、シルバー・モデルの最新作!?」

「ええ」

 

 達也は一つ頷くと、珍しく持ってきていた鞄の中から、それ(・・)を取り出す。

 細いチェーンに通された、直径三センチ、厚さ六ミリの、つや消し加工された銀色のメダル。今回FLTが発売した完全思考操作型CADだ。

 チェーンの先で揺れるそれを、あずさは食い入る様に見詰めている。彼女の眼差しは「欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい……」と訴えかけていた。

 

 FLTの完全思考型CADは、使い慣れたCADをそのまま使うことができるという点で、先に販売されていたローゼン製のそれよりも高い評価を得ていた。

 基本的にCADは国防軍や有力な魔法師一族に優先的に販売される。現状需要に供給が全く追いついておらず、実質的な買い占め状態になっていた。

 

 あずさは魔法師の家系とは言え名家ではない。お小遣いもひと月に五千円という、一般的な高校生の金額だ。

 市販されているCADは、政府が価格の九割を補助しているとはいえ、購入金額は三~五万円。中々手が出しづらく、あずさは落ち着いたら買えるように貯金しておこうと諦めていた。

 

 そんな折に、達也のこの発言である。「偶々手に入る」など起きるはずがなく、達也があずさのために確保したのだとすぐに分かった。

 ゴクリ、とあずさの喉が動いた。彼女の瞳は、熱病に浮かされているかの様に霞が掛かっていた。

 

「中条先輩が生徒会長に立候補する際、俺が背中を押した面もあるので。生徒会長引退のお祝いです」

「ありがとうございます!」

 

 あずさが歓声を上げて立ち上がった。椅子が倒れて大きな音を立てたが、あずさはまるで気にしていなかった。と言うより、気に掛ける精神的な余裕が無かった。

 

「うわーっ、シルバー・モデルの純正品だぁ!」

 

 あずさは掲げられていたメダル型のCADを両手に受け取り、そのまま頰ずりしだした。

 

「感応石のアンテナに収束した想子(サイオン)波をピンポイントで送り込む無系統魔法という、単一の機能に特化した補助デバイス……世界初の完全思考型CAD『シルバー・リング』とはコンセプトが正反対。シルバー様ならそれを発展させる事も出来たかもしれないのに……誰も思いつかなかった方法で、CADの使用感を変えず完全思考型を実現するなんて……高い技術力に溺れずユーザビリティへの配慮を忘れない……ああ、憧れのシルバー様……」

 

 達也=シルバーが目の前にいるにも拘わらず、あずさは恍惚とした表情でシルバーを称賛し続ける。

 これには達也もポーカーフェイスを保つのに一苦労だった。

 

 

 

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