十月六日土曜日、九島烈との面会当日。
達也はエリカと共にリニア列車の個室で寛いでいた。バスやキャビネットを収納して走るトレーラーと呼ばれる遠距離交通機関ではなく、昔ながらの多人数同乗型の列車だ。
このタイプの列車は、乗り換え無しの利便性より旅の快適性を優先した交通機関として生き残っており、昔でいうグリーン車のみの特急に近いだろう。
「思ってたより乗り心地いいわね。それにめちゃくちゃ速い」
リニア列車の旅にエリカは浮かれているようだ。確かに振動もほとんど無くクッションも効いているし、近距離の航空機並みにスピードも出ている。何よりまず物珍しいのだろう。
地上交通手段が少人数分散型にシフトしている現代ではバスに乗ることすら珍しい。多人数同乗型の列車、まして中が個室になっている高級列車など達也もエリカも初めてだ。
何より、エリカは高校に入るまで、学校以外で家の外に出ることを禁止されていた。去年の九校戦での派手過ぎる格好しかり、旅行そのものに憧れがあったのだ。
「次はもう少し遠出しても良いな」
「いいじゃない。でも達也くん、遠出できるほど時間取れるの?」
「そう頻繁には無理だが、二月に一度くらいなら作れるはずだ」
「ほんとに? じゃあ帰ったら何処行くか一緒に考えましょ」
そんなちょっとしたお楽しみを挟みつつ、奈良に着いてからはキャビネット・コミューターを乗り継ぎ、生駒山東山麓の九島邸ヘ。到着時刻はほぼ予定通りの十七時五十五分。
コミューターを降りて呼び鈴を鳴らす。インターホンに出たのは、使用人ではなく藤林だった。
「いらっしゃい、達也くん。エリカちゃんも良く来てくれたわね」
「すみません、わざわざお付き合いいただいて」
「気にしないで。さあ、遠慮なく入ってちょうだい」
門の所まで出迎えに来た藤林が、笑いながら二人を中へ誘う。
確かに、一種の透視能力を持つ達也でなければ案内が必要になりそうな前庭だった。エリカは感心した顔で左右をキョロキョロ見ている。
九島邸の門から玄関までの道は、高さ二メートル以上の生け垣で作られた迷路になっていた。それも魔法的なパターンを持つ迷路である。
(この屋敷は一種の砦だな)
門の外から見れば豪華な三階建ての洋風建築。だが一歩門の中に入れば、招かれざる客を拒む絡繰り屋敷だ。
九島烈は既に応接室で待っていた。といっても、遅刻したわけではないから恐れ入るつもりは無かったし、また実際に気後れも覚えなかった。
「初めまして九島閣下、司波達也です。本日はお時間をいただきありがとうございます」
「そうだな。去年今年と、君の試合は見せてもらっていたが、こうして直接顔を合わせるのは初めてか」
「光栄です」
声からも表情からも光栄さを感じられない達也に、烈は楽しげな笑みを浮かべた。そして烈が達也の隣へ視線を向ける。
「閣下もご存じかと思いますが、こちらは第一高校二年の千葉エリカ。自分の婚約者です」
「千葉エリカです。閣下、お目に掛かれて光栄に存じます」
「君のこともよく知っている。九校戦モノリス・コードに剣術や女子という可能性を示してくれた、私個人としても感謝している」
「ありがとうございます」
日本魔法師界の長老からの賛辞に、さすがのエリカも恐縮する。達也には無かったかわいらしい反応に、烈の視線に孫を見るような色が混ざった。
「婚約者か……という事は彼女は、君が深夜の息子である事も知っているのか」
「はい」
エリカは表には出さなかったが内心では驚き、動揺していた。事前に九島烈が達也の事情を知っている可能性が高いと伝えられていたとはいえ、達也がそれをあっさり認めるとは予想していなかった。
「──さて、君たちの用向きについては響子から聞いている」
本題に移るきっかけは、烈の方からだった。
「周公瑾の捕縛。これは真夜……いや、四葉殿より下された任務だね?」
「そうです」
「四葉殿が誰の依頼で動いているのか、それは知っているのかな?」
「いえ。存じませんし、知る必要も無いと考えています」
「四葉の駒であることに甘んじると?」
烈の試すような──事実、試しているのだろう──問い掛けに、達也は変わらぬポーカーフェイスでもう一度「否」を返した。
「
達也に強がりを言っている様子が無いことを見て取り、烈はため息を漏らした。
「そうか……君は
達也は何も答えない。彼は態度で「ノーコメント」の意思表示をしていた。
「……すまない、埒も無いことを言った」
隣にエリカがいることを失念していたのか、烈は本心から謝罪した。
「十師族は師族会議で定められたルールに縛られている。その一つに、十師族は非常事態を除き、師族会議を通さず共謀、協調してはならないという決まりがある」
「はい」
達也は師族会議の細かなルールまで知らない。この空々しい規則も今初めて聞いたのだが、批判じみたコメントは口にせず短く頷くに留めた。
「九島家としては、四葉家の協力依頼を受けることはできない。だからこの件は、私が九島烈個人として、司波達也君個人の要請を受けようと思う」
「ありがとうございます」
烈の回りくどい受諾の返事に、達也とエリカが声を揃えて感謝を述べた。
◆
九島烈との面会はわずか十分足らずで終わったが、達也にとって満足のいくものだった。
烈の前を辞した後、達也たちは藤林から食事に誘われた。
九島邸に複数ある食堂の内、カジュアルな一室に案内された。料理が運ばれてくる前の談笑の最中、軽く響いたノックの音に二人はドアへ目を向けた。
「入って」
藤林が声を掛けると、速すぎず、遅すぎない勢いでドアが開いた。
「失礼します。あの、お祖父様が皆様とご一緒させていただきなさいと……」
現れたのは彼らと同年代の少年。その麗しい顔には、戸惑いが浮かんでいる。人間離れしたその美貌に、達也ですら一瞬目を見張った。
美形といっても女性的な印象は無い。こんな表現が許されるなら、この少年は「典型的な美少年」だった。達也はこの少年と同質の美しさを持つ人物を一人だけ知っている。
右隣からは呆気に取られた気配が伝わってくる。横目で窺い見ると、エリカが目を丸くしていた。口まで小さく開いているから、よほど驚いたのだろう。
少年は藤林の隣、達也とエリカのテーブルを挟んだ向かい側に立ち止まり、少しの緊張が窺える声で自己紹介を始める。
「初めまして。九島家当主、九島真言の末子、第二高校一年、九島光宣です。司波達也さん、千葉エリカさん、お会いできて光栄です」
「はじめまして、司波達也です」
達也が立ち上がって光宣の礼に応じる。
「千葉エリカです。九島さん、私たちのことをご存じなんですね」
すかさずエリカも立ちあがり、光宣へ笑いかけた。二人とも初対面の光宣に対してフレンドリーに、まるで何の警戒心も懐いていないかのような態度で話し掛けている。
達也は言うまでもなく、エリカもその程度の猫被りは可能だった。
そんな二人に対して、光宣の方は本気で照れている様子だった。顔を赤らめたことで、当初の神秘的な印象は、親しみやすいものへと変わった。
「お二人のご活躍は九校戦で拝見しました。あっ、僕のことは光宣と呼んでください。僕の方が年下ですから。敬語も無しにしていただけると嬉しいです」
深雪に匹敵する美貌だが、表面的な性格の方は深雪より普通に近いようだ。末子ということで、跡取り教育を受けていないからだろう。
「あ、そう? それじゃあ『光宣』って呼ばせてもらうわね」
エリカは被っていた猫を一瞬で脱ぎ捨て、いつも通りの口調に戻った。急すぎる態度の変化に光宣は目を白黒させるが、少しして何故か嬉しそうな顔になった。
「光宣くんは生まれつき身体が弱くて、学校を休みがちなの。上のお兄さんたちとも年が離れているからあまり話をすることも無いし……だから気軽に話してくれて嬉しかったのよ」
達也とエリカに浮かんだ疑問の解消に動いたのは藤林だった。この辺りは年の功である。
「そうなのか。光宣さえ良ければ、俺の事は達也と呼んでくれて構わない」
「あたしもエリカでいいわよ」
「いいんですか?」
「ああ」「ええ」
名前呼びの許可がされたことと、二人の返事がハモったこと。何より達也とエリカが歩み寄ってくれた事実に、光宣は満面の笑みを浮かべた。
その後は光宣を交えて四人での夕食となった。光宣は今まで達也やエリカのような距離感で接してくる友人がいなかったためか、終始楽しそうに話を弾ませていた。
「そうだ! 皆さん、今日は泊まっていかれるのでしょう?」
「ああ。近くに宿をとっている」
「家に泊まっていかれないんですか……?」
仲間外れにされた子供のような雰囲気を漂わせる光宣に、達也はどう対応すべきか迷った。
「光宣くん、無理を言ってはダメよ」
答えに困っていた達也たちに、藤林が助け舟を出す。
「そういうのはもっと親しくなってからでないと」
姉とも慕う(表向き)従姉に軽くたしなめられて、光宣は「そうですね」と硬い笑みを浮かべながら頷いた。
「それより、明日は光宣くんが達也くんたちをご案内してあげたら」
藤林の唐突な提案に、達也たちが反応するより早く光宣が喰いついた。
「ええ、是非!」
「いやそんな、面倒でしょ?」
おそらく裏のない好意であろうことはエリカにも分かったが、光宣とは今日会ったばかり。常識的に断ろうとしたエリカに対し、言い出した藤林が説得に当たった。
「でも達也くんもエリカちゃんも、こっちは土地勘が無いでしょう? 光宣くんは身体が弱いって言っても病気になりやすいだけで、五輪家の澪さんみたいに外へ出られないわけじゃないから。伝統派の潜伏していそうな場所についても詳しいわよ」
達也とエリカの目が鋭く光る。藤林はその眼光を浴びながら、涼しい顔で従弟に「ねっ、光宣くん?」と水を向けた。
「ええ。学校を休みがちな分、お祖父様の仕事については兄さんたち以上に詳しい自信があります。達也さんのお仕事は伝統派の術者を探すことですか?」
そう訊ねる光宣の表情は、先ほどとは打って変わって真剣なもの。彼もまた、十師族の魔法師ということだ。
「大体そうだ」
「そうですか」
正確には違うというニュアンスを持つ達也の回答に、光宣は不必要な質問をしなかった。
「でしたら、お役に立てると思います。伝統派の拠点が最も集中しているのは京都ですが、奈良にも主要拠点と見られる所が少なくありません。明日、ご案内します」
達也は光宣の提案を価値あるものとして検討していた。一方、エリカは「えっ?」という表情を浮かべた、幹比古から受けた説明では京都に本拠地があると言われていたからだ。
「伝統派というのは一つの魔法結社だけど、単一の組織じゃなくて少なくとも十を超える魔法師集団の連合体なのよ。だからそれぞれの集団ごとに本拠地と呼べる拠点があるわけ。一口に十師族といっても師補十八家を含めれば二十八の家に分かれているでしょう? それと同じようなものよ」
藤林の説明にエリカも納得顔になる。
「ご厚意に甘えよう。光宣、よろしく頼む」
達也の決定は、危険を伴う任務に力量も定かでない十六歳の少年を巻き込むということだが、エリカは異を唱えなかった。
エリカが出した条件は自身を除け者にしない事。それ以外は部外者の自分がしゃしゃり出るべきではないと考えていた。
「案内ついでに聞きたいんだが」
「何でしょう」
「この辺りでモーニングが美味しいお店を知っているか? 藤林さんも言っていた通り、俺たちはこの辺りに疎くてな」
エリカは内心、この大嘘つきめと苦笑していた。二人が宿泊予定のホテルは朝食付きである。一方の光宣は喜色を浮かべてこう提案した。
「なら家で召し上がってください!」
「いいのか?」
「ぜひっ」
「そうか。それじゃあ甘えさせてもらうよ」
光宣は全身で嬉しいと表現していた。その美貌も相まって、光宣の周囲が輝いてすら見えてくる。
そんな従弟を藤林は微笑ましく見守りながら、「達也くんもこんな自然な気遣いが出来るようになったのね」「エリカちゃんのおかげかしら」と、ある意味で弟のような達也にも優しげな目を送るのだった。