ガーディアン解任   作:slo-pe

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古都内乱編6

 

 

 達也は一旦エリカから離れて、自分が倒した魔法師の懐を探った。しかし所持品を調べても正体につながる手掛かりは無く、何食わぬ顔でエリカのもとへ戻った。

 そこへ敵の無力化を終えた光宣もやって来る。

 

「すごいですね、達也さん。あの短時間で敵の掃討を完了するなんて」

「いや、光宣の方こそすごいじゃないか。俺のはある意味不意打ちだが、光宣は隠れている相手を正面から制圧したんだから」

「それを言うなら僕のは騙し討ちですよ。『パレード』のことはご存じだったんでしょう?」

「名前だけで、実際に見たのは初めてだけどな」

 

 邪気の欠片も感じられない笑みを浮かべながら、光宣はあっさりあの魔法が九島家の秘術だと明かした。

 一度見せたくらいでは見破れない、見破ったところで対処できない。謙遜の裏にそういった自信が垣間見える。

 

「ところで、こいつらどうしよっか? 警察に引き取ってもらう?」

 

 エリカは警察を呼ぶことに躊躇いが無い。警察にコネがあるからではなく、自分の正当性に疑いを持っていないからだ。

 念のため達也へ確認したのは、四葉家が術者を確保する可能性を考慮してのものである。

 

「それがいいだろうな」

「ええ。彼らをここに放置しておくわけにもいきませんし」

「じゃ、そゆことで……あっ、もしもし。国立魔法大学付属第一高校二年の千葉エリカと申します。魔法犯罪対策課をお願いしたいんですが。……ええ、魔法による襲撃を受けまして……場所は……」

 

 エリカは警察への通報を終えて、達也を見る。

 

「これからどうする? 待ち伏せされてたわけだし、ここの拠点はもう何もないでしょ? 別の拠点行く?」

「……いや、今日はここまでにしておくか」

「あっ、じゃあ、ここは僕が見ています。……あの、余計なお世話かもしれませんが、帰りの電車は何時頃ですか?」

「十九時半だから、まだ三時間はあるな」

 

 達也はもっと捜索に時間を掛けるつもりでいたので、帰りの切符も遅めの時間で取っていた。

 

「でしたら、温泉でも如何ですか?」

「温泉……?」

 

 その提案にエリカが眉を顰めた。光宣は、自分が女心の地雷を踏んだと思い、焦った。

 

「い、いえ、エリカさんが汚れているとか汗臭いとかではなくて」

 

 エリカの視線に鋭さが増す。研ぎ澄まされた刃の眼差しが光宣へ突き刺さる。光宣の全身が硬直した。さっきの堂々たる戦い振りが噓のようだ。

 達也は、どうやら自分が火中の栗を拾わなければならないと覚り、心の中だけでため息を吐いた。

 

「はぁ」

 

 が、達也が口を開く前に、エリカがため息と共に視線を収めた。

 

「……光宣」

「は、はいっ!」

「どっかゆっくり話せる場所用意しなさい」

 

 

 

 

 警察に襲撃者たちを引き渡してから、達也たちが訪れたのは古風な構えの喫茶店。

 出迎えたウエイトレスに光宣が一言二言告げると、二階へ案内される。二階は四部屋の個室になっており、右側奥の部屋に通される。

 中には四人掛けのテーブルが一つ。これでは喫茶店として効率が悪いだろう、と達也は思ったが、よく見ると窓は二重ガラス、壁も床も防音になっている。どうやらここは密談スペースのようだ。個別に部屋代も取っているのだろう。

 

「飲み物だけ頼んじゃいましょ」

 

 達也の隣、光宣の対面に腰を下ろしたエリカが、卓上コンソールでミルクティーを注文する。続いて達也と光宣がアイスコーヒーを注文した。

 飲み物が揃いウエイトレスが退出した後、エリカは改めて光宣を真正面から見据えた。

 

「さて、と……。光宣、なんでさっきあたしがキレたか分かる?」

「はい…その、温泉という配慮に欠ける提案をしたからで……」

「そうね、半分正解」

 

 エリカは頷いたが、続く言葉に光宣は絶句した。半分だけ正解という事は、あれと同程度のミスを自分は気付かずにしていることを意味する。

 

「一応言っておくと、あたしは光宣のことを良いやつだと思ってるし、あれで嫌ったりもしてない。でもこれから結構厳しい事言うつもり、それを聞ける?」

「聞かせてください」

「そ……じゃあ言わせてもらうけど、光宣、あんた友だちいないでしょ」

「…はい」

「別に馬鹿にしてはいないわ。光宣には顔も家柄も才能もある、そこに身体が弱くて学校にいけないっていう要素も加われば誰だってそうなると思うし」

 

 完全に意気消沈している光宣へ。エリカあくまでも平坦に、真実だけを告げる。

 

「でもと言うかだからと言うか、距離の詰め方が下手くそ。あたしたちを気遣ってるってのは伝わってくるけど、その方向と度合いがおかしい。仕事の話ならソツがないのに、そこを離れたらポンコツもポンコツね」

 

 サラリと残酷な事実を突きつけられて、心の準備をしても耐え難いほどの衝撃が光宣を襲った。

 

「た、例えばどんなところが……」

「聞きたいの?」

 

 それでも気力を振り絞って訊ね、エリカの問いに頷く。

 

「昨日『家に泊まっていかないか』って提案したわよね? あれがまずありえない。光宣はあたしたちと話す時間が取れて嬉しいのかもしれない、でもあたしたちにとって初対面の相手の実家、しかも十師族九島家本邸に泊まるなんて気が休まらない。そもそもあの時間に奈良にいて宿を取ってないわけがないじゃない」

 

「同じ初対面括りで言うなら、さっきの温泉。気が利かない提案なのも、その後のフォローが壊滅的なのも……まあいいわ。でも光宣、自分はあの場に残って、あたしたちには温泉を勧めるってなに? そんな事してあたしたちが気兼ねなく温泉を楽しめると思った? そんなに薄情に見えた? 一緒に行くって言うなら距離感の詰め方がおかしいで済んだけど、ああいう言い方されると、あたしたちが薄情だと認識されてるとしか考えられない」

 

「あと細かいので言えば朝食。九島家じゃなくてお店で一緒に食べる方がよかった。さっきも言ったけど他人の家ってのは気を使うの、それも早朝にお邪魔するなら尚更ね。お昼だってあのクラスの店なら金額もそれなり以上にするし、それを払われるとむしろ気まずい。それにあたし、山ん中歩くかもってラフな格好してるけど、ランチとは言えこんな服で行くお店じゃないでしょ。光宣と達也くんはジャケットだからまだいいとして、あたしだけ明らかに見合ってない服。そんな中で連れてかれて、正直嫌がらせって言われた方が納得できるわ。それにギブアンドテイクじゃないけど、今日は光宣に頼りっきりな分、あたしたちに払わせてあげる、くらいのお店を選んでほしかった」

 

「他にも色々あるけど、総じて気を使いすぎだし、方向性が明後日の方向いてる。ありがた迷惑が多いのよ」

 

 エリカに容赦はなかった。オブラートのオの字もない言葉の数々で、光宣の心を破壊していく。

 だが、それらは達也も少なからず感じていたことだった。初対面なこと、光宣の境遇、その美貌、あとは旅行の高揚感と捜索任務の義務感が相まって流せていただけの話。

 

 光宣はすっかり打ちのめされていた。

 光宣は優れた魔法師であることを拠り所にしている。魔法技能で負けないことが彼の心を支える柱だ。不戦敗以外では負けたことが無く、病気がちな身体の所為で全てを諦めていた光宣にとって、「健康でさえあれば」という思いは妄執に近い。

 しかし、今回エリカに告げられた言葉は、それとは全く別の、光宣そのものを糾弾するものだった。

 

「で、ですが……」

 

 光宣はそれを外に向けるしかなかった。無意識のうちに、自分以外の何かに責任を押し付けようとした。

 同情の余地は十分にあった。いくら彼がどれ程高い魔法技術を有していても、まだ高校一年生の少年だ。むしろ病気がちで入院も多かった分、同世代よりも挫折に弱かった。

 

「嫌なことがあるなら、今みたいに言ってくれればいいでしょう……? 家でも、学校でも、誰もそんな事言ってくれなかった……」

「さっき自分で認めてたじゃない、友だちはいないって。仲良くもないただの知人にわざわざこんな事言うわけないでしょ」

「なら……、お祖父様は、響子姉さんは、なんで……」

 

 光宣が口にしたのは祖父と従姉の名前。おそらく光宣の中でとりわけ信頼している二人、エリカにとっての修次のような人物なのだと察した。

 

「優しいから、でしょ」

 

 だからこそ、エリカはそれを認めなかった。

 

「藤林さんも老師も優しいから言えなかった。普段から寝込みがちな光宣が調子良さようにしてるなら、せめてこの時間は楽しませてあげたいって思うわよ」

 

 それが決定打だった。

 一年の四分の一を病床で過ごし、それでも意地を張って、ここ数年は誰にも見せることのなかった涙が、熱く目頭から溢れ出していた。

 

 しばらくして涙が止まった光宣はスンッと鼻を鳴らし、達也に差し出されたティッシュで鼻をかむ。

 

「…ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 光宣が達也からエリカへ視線をスライドさせる。

 

「エリカさんも、ありがとうございます」

「ん」

 

 一言だけ頷いたエリカへ、光宣が恐る恐る口を開く。

 

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「いいけど、なに?」

「どうして僕にこんな事を言ってくださったんですか……?」

 

 もしかしたらこれも余計な事なのかもしれないと思いつつ、聞かずには居られなかった。

 

「一番は温泉発言がきっかけだったわよ、実際あれが無かったらスルーしてたし。あとはまあ、光宣と比べちゃ失礼だけど、あたしも中学まで全然自由が無くて、その反動で高校に入学した当初は加減が分かんなくて、ちょっとはっちゃけて過ぎてた部分はあるし」

 

(……ちょっと?)

 

 達也は隣で首を傾げていた。エリカが言っているのは新歓期間の暴れっぷりや怒涛のスイーツ店巡りのことだろう、あれはちょっとではないと思った。

 

「達也くんとか美月とか、あとはレオもだけど……最初につるんだのが今のメンバーじゃなかったら、ここまで仲良くなってなかった……あたしはミスった分幸運に恵まれたけど、光宣はどうか分かんないから。あたしみたいにどうでもいい奴の前で失敗しとけって話よ」

 

 どうでもいいなんてそんな、とは、光宣は口にしなかった。口にすると噓っぽく聞こえてしまうのではないかと彼は恐れた。

 代わりに、光宣は明らかに余計だと自覚している質問をした。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」だと割り切った。

 

「あの、これから僕はどうやって学んでいけばいいんでしょうか?」

「さあ? 達也くん、何かいい案ある?」

「特には思いつかないが。藤林さんに『遠慮はいらない』『ダメ出しをしてくれ』とデートに誘えばいいんじゃないか?」

 

 達也の提案は半分本気で、残りの半分は冗談だった。だが今の光宣にとっては天啓にも等しかった。

 

「なるほど! 響子姉さんに相談してみます!」

 

 達也は表情には出さずマズったか? と思い、エリカはそれに気づきつつも悪い提案じゃないと流した。

 

「さて、それじゃあ甘いものでも食べましょ。光宣、ここは部屋代込みであたしが出すから。あんたは裏で会計なんて済ませるんじゃないわよ」

 

 エリカはそう釘を差して、達也と共に卓上コンソールでメニューを吟味するのだった。

 

 光宣は奢られると分かってから、とてもとても恐縮していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 甘味を楽しみ、先ほどの『管狐』について光宣から話を聞いて、達也たちは喫茶店を後にした。

 奈良駅前でリムジンを降りた二人に、光宣が名残惜しそうな目を向けている。

 

「……ではここで。今日は楽しかったです」

 

 光宣がそう告げたのは、決して社交辞令ではなかった。あれだけの事があっても、いやあれだけの事があったからこそ、今日は光宣にとってかけがえのない一日となった。

 

「いや、こちらこそ助かった」

 

 そう答えた達也からエリカへ、光宣が視線を移した。

 

「エリカさんも、今日は本当にありがとうございます」

「いいのよ。あたしもちょっと言い過ぎたところはあるし」

「いえ、あれくらい言ってもらえてよかったです」

 

 光宣は爽やかに笑みを見せると、一転して今度は子犬のような目を向けた。

 

「それで、その……また、お会いできますか?」

「まだ用事は終わっていないからな、近々こっちに来ることになる。その時はまた世話になると思う」

「是非! 何でも仰ってください。僕でお役に立てることでしたらお手伝いしますから」

「ありがとう。では、またな」

「はい! またその時に」

 

 別れのあいさつを再会の約束で代用して、達也たちは光宣と別れた。

 

 

 

 

 東京に戻った達也とエリカは、外で食事を済ませてから家に帰った。リビングに入った達也は、家庭用端末に入った折り返しを求めるメッセージに気づいた。

 メッセージの送信者は藤林。受信したのが個人用ではなく家庭用端末という事で、部屋着に着替えようとしてエリカを呼び止め、達也は折り返しの電話を掛けた。

 

『あっ、達也くん、エリカちゃん。お帰りなさい』

 

 電話の向こう側から「お帰りなさい」と言われるのは変な気分がするものだ。たとえ今日は映像付きの通話で相手の顔が見えているとしても。

 

「遅くなりました。藤林さんはまだ九島家ですか?」

 

 まして相手が、自分の訪問した先にいるのであれば。

 

『ええ、よく分かったわね』

「何となくです」

『あら、そうなの? 達也くんのことだから、てっきり位置情報をハッキングしているのかと思ったんだけど』

「残念ながら藤林さんほどのスキルはありませんよ。それよりご連絡をいただいた用件ですが、夕方の連中についてですか?」

 

 達也はあっさりその言葉を口にした。盗聴を気にしていないのは、これが藤林のプライベートナンバーだからだ。『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』の個人端末を盗聴するなど不可能だし、もし試みたならば逆に情報を抜き取られるだろう。

 

『ええ、といっても大した情報は得られなかったんだけど。襲撃した彼らは伝統派の古式魔法師だったわ』

「そうですか。しかし、それで終わりではないでしょう?」

 

 達也が確信を持って藤林に問い掛ける。

 

『そうね……。電話してもらったのは別件で謝らなければならないことがあったからなの』

「俺に、ですか?」

『ええ。本当は私の方から電話を掛けるべきだったんだけど、何時になるか分からなかったものだから』

「そんなことは気にしませんが。何か謝罪されるようなことがありましたでしょうか」

 

 達也はとぼけたわけではなく、本当に心当たりがなかった。藤林がひどく気まずそうな顔をしているので、それなりのことなのだろうが、正直見当もつかない。

 

『実は今日の襲撃事件の件だけど……この件は情報部の管轄になりました』

 

 いきなり藤林の口調が軍人としての改まったものに変わる。

 

「そうですか。少尉、そのことが今回の件にどう影響してくるのでしょうか」

 

 表情を消して──ポーカーフェイスを努力して作って、藤林は達也の質問に答えた。

 

『この一件に、一〇一旅団は介入できません。言う迄もなく、独立魔装大隊も手を出せません』

 

 しかし残念ながら、声までは「ポーカーフェイス」になっていなかった。

 

『ごめんなさい、達也くん』

 

 藤林は心底情けなさそうに達也へ謝った。

 

『私たちは…貴方のことを利用してばかりで、肝心な時に助けてあげられない』

「少尉が気にされることではないと思いますが。国防軍…組織とはそういうものです。それにこれまで自分は、色々と魔装大隊に手を貸していただきました」

『でも、今までとは状況が違うわ。今回は達也くん個人が完全にマークされている』

「それは少尉の所為でもなければ少佐の所為でもありません。むしろそれが理由であれば、部隊にご迷惑を掛けるわけには参りません」

 

 藤林の顔に不安が浮かぶ。達也が自分自身の身の安全をどうでも良いと思っている、そう彼女には感じられたのだった。

 

「大丈夫ですよ、藤林さん」

 

 藤林の不安を察したエリカが、達也をそっと押し退けてカメラ正面に入る。

 

「確かに達也くんは『再成』がある分、自分の安全を後回しにしがちですけど。今回は最初からあたしたちを頼ってきましたから。だから多分、何とかなります」

『……そうね』

 

 藤林の憂いは完全に消えたわけではなかったが、薄くなったことで振り切ることができた。

 口調を「藤林少尉」から藤林個人のものに戻して言う。

 

『エリカちゃん、達也くんが無理しないようお願いね』

「了解です」

 

 エリカも軽い口調で頷く。

 

『それはそうと、エリカちゃんはありがとうね』

「何がですか?」

『光宣くんのことよ』

「あー、その、はい……なんか今思うと出しゃばってましたよね、すみません」

『ううん、光宣くんも意識が変わるきっかけになってたし、私もいつかは言わなきゃって思ってた事だから。言ってくれて助かったわ』

 

 藤林は笑顔で感謝を告げる。

 

『ところで、なんで私が光宣くんとデートすることになってるのかしら?』

「達也くんが提案しました」

「何か問題でも?」

『問題、はないけど……』

 

 光宣の特訓を目的にしたデート。特に問題があるわけではないが、何となく釈然としない。

 藤林はそうと自覚していないが、光宣から達也とエリカの仲睦まじい様子を聞かされて、一方の自分はいい年して相手の一人もおらず、従弟とデート演習をするのかと思っているのだ。

 

「光宣から遠慮するなって言われてるんですよね? ビシバシ鍛えてやってください」

『…分かったわ。頑張ります』

 

 それでもかわいい従弟のためだと、藤林はそれを受け入れるのだった。

 

 

 

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