十月十二日、金曜日。
論文コンペまであと半月を残すのみとなり、校内は俄然喧騒を増していた。
プレゼン準備は五十里が、警備チームは服部が、それぞれ陣頭に立って追い込みに入っている。
そんな中で、生徒会室では司波深雪、桜井水波、七草泉美、船尾春花の生徒会役員四人と、風紀委員長の幹比古による会議が行われていた。
「今日の打ち合わせは、現地警備に関する下調べについてです。まずはこちらを見てください」
幹比古は改まった口調でそう言うと、手に丸めて持っていた大判の電子ペーパーを会議用の机に広げた。
ほぼ机一杯に広がった電子ペーパーに、京都市の地図が浮かび上がる。
「ここが論文コンペが行われる会場の新国際会議場」
「かなり外れの方なんですね」
地図を見て、泉美が遠慮の無い意見を述べる。
「街の真ん中で会議なんてやって欲しくない、って地元の意見が強かったらしいよ」
苦笑しながら泉美の疑問に答えた後、幹比古は表情を引き締めた。
「去年と違って周囲の交通量もそれほど多くない。犯罪者や破壊工作員が潜伏できる場所も多くないように見える。でも周りに自然が多いということは、それ用の準備をすれば隠れる所は幾らでもあるってことだ」
幹比古は一旦会場周辺を拡大した地図を、京都市全域の地図に戻した。
「そして近くに隠れる所がなければ、少し離れた所に拠点を作る可能性もあると僕は思う」
「つまり吉田君は会場の周辺だけではなく、もっと広い範囲を調べておくべきだという意見なのですね?」
ここで打ち合わせどおり、深雪が合いの手を入れた。
この会議は出来レースだ。幹比古、深雪、水波の三人──この場の過半数はすでに裏で話し合いを済ませており、泉美と船尾を納得させるためのシナリオも共有していた。
「ええ。去年の二の舞はごめんですから」
「そうですね。下調べには誰が行きますか?」
「僕が行きます」
「風紀委員長が学校を空けても大丈夫なのですか?」
「学校の方は護衛メンバーの北山さんにお願いしてあるので問題ありません」
「なるほど……その下調べ、わたしも同行したいのですが、よろしいでしょうか?」
「生徒会長の深雪さんも?」
白々しく見えないように問い返す幹比古。こういう時にそれらしい演技をするのは、幹比古の苦手分野だった。
「応援の皆さんが泊まるホテルの方と直接お会いして打ち合わせをしておきたいのです。万が一のことが起こった場合、避難できるシェルターの確認も必要ですし」
彼とは対照的に、深雪は僅かな違和感すら感じさせず質問へ答えた。
深雪と幹比古のやり取りを聞いて泉美が何事か言いたそうにしていたが、言い出せずにいる内に深雪が先回りした。
「泉美ちゃんには私が京都へ行っている間、副会長として代わりをお願いしたいのだけど。引き受けてくれないかしら」
「お任せください。精一杯務めさせていただきます」
言う迄もなく、泉美も本当は深雪と一緒に京都へ行きたいのだ。だが敬愛する深雪に自分の代わりを頼まれて、嫌と言える彼女でもなかった。むしろ泉美は、「深雪先輩が私のことを頼ってくださった!」と奮起するタイプの少女だった。
「日程はどうしますか?」
「少しギリギリですけど、コンペの前の土日、二十日から二十一日にかけての一泊二日でどうでしょう?」
「妥当でしょうね。宿の手配は生徒会でやっても?」
「お願いします」
「分かりました。水波ちゃん」
「はい」
ここで深雪は、会議開始から傍観に徹していた水波へ声を掛けた。
「仕事を増やして申し訳ないのだけれど、ホテルに予約を入れてくれないかしら。できればコンペの前日に泊まるホテルが良いわね。メンバーは私、水波ちゃん、吉田君の三人で」
「私もですか?」
「ええ。もし去年のような事があった場合、生徒を守る一番の盾になるのは水波ちゃんだから。一度現地を見ておくべきだと思うの」
「分かりました」
水波が了承した。幹比古が最後の仕込みとして水波に声を掛けようとしたその時、船尾が口を開いた。
「深雪先輩、生徒会の二年生が二人共抜けるのは業務が滞る可能性が高いです。私は言うまでもなく、泉美も先輩方ほど業務をこなせていません。ホテルへの挨拶でしたら私が行ってきます」
現状、論文コンペを間近に控えて生徒会業務はアップアップしており、期限が先のものは後回しにして何とか回している状態なのだ。そんな中で上級生二人がいなくなれば業務が滞るのは目に見えている。
そもそも船尾は、深雪が京都に行く必要があるのか疑問だった。ホテルへの挨拶が必要な理由は分かる。だがそれは船尾がやってもいいし、なんなら下見に行く幹比古についでに任せればいいと思っていた。
実務の面でも、船尾のやる気の問題でも。深雪を京都へ行かせるわけにはいかないと、船尾は脳内で交渉の手札を数える。
船尾のセリフに泉美が表情を輝かせた。船尾の言っていることは、その裏に邪な気持ちがあるとしても正論である。
本音では泉美が深雪と京都へ行きたかったが、水波が京都へ行くのは変えられないだろう。であるならば、水波と船尾が京都へ下見へ行けば、その間泉美は深雪を独り占めできる。
頑張れ頑張れと、泉美は声に出さず船尾を応援する。
「春花ちゃんには移動のことで個別にお願いしている件があるでしょう? 私は全体を見ているだけで、特定の仕事を受け持っていないから」
「私はまだ一人前の仕事量を振られていません。深雪先輩でしたら私の分の仕事をこなしつつ、全体の把握もできると思います」
船尾が役員になってまだ二週間も経っておらず、その仕事量は他の三人に比べて明らかに少ない。
「そうね」
船尾の的確な指摘には、深雪も頷かざるを得ない。だが深雪がそれを、船尾の頭の回転の速さを計画に入れていないはずがなかった。
「でもね、さっき吉田君も言っていたけれど、京都の方は魔法師へあまり友好的ではないらしいの。去年あんな事があったばかりだし、生徒会長である私が挨拶に伺った方が波風が立たないと思うの」
「『長』が付く役職なら風紀委員長の吉田先輩がいます。吉田先輩は下見に行くのですから、ホテルへの挨拶も任せればいいのではないですか?」
「吉田君は市内をくまなく下調べするのよ? 挨拶だけならともかく、シェルターの確認までする時間はないと思うわ」
「ですが……いえ、分かりました」
船尾は反論の余地が見つからずに引き下がった、その隣では泉美も気を落としている。
「ただ、仕事が滞る可能性が高いのは確かだから、下見の前日と翌日にヘルプを呼びましょうか」
「ヘルプ、ですか?」
「ええ。達也さんに来てもらって、その日に早急に片付ける仕事と、後回しにして溜まっていた仕事。粗方整理してもらいましょう」
それを聞いた下級生組の反応は対照的だった。
泉美は深雪のセリフがよく理解できなかった。言葉の意味は分かる。だが、現状生徒会役員四人で対処して、それでもいっぱいいっぱいなのだ。達也一人が来たところで何も変わらない、むしろ仕事を教える分邪魔になるのではと思ったのだ。
一方で船尾は、九校戦の練習期間中、達也の意味不明な処理能力(魔法ではなく脳の処理能力である)を間近に見ていた。そのため、確かに達也なら何とかなりそう、というかそれなら今すぐ来てよと思っていた。
話が一段落したのを見計らって、先ほど船尾に遮られた幹比古が再度口を開いた。
「ヘルプと言えばなんですけど、下調べの人員を三人追加してもいいですか?」
「大丈夫ですよ。誰を連れて行く予定ですか?」
「達也とレオ、最後にエリカです。三人に話は通してあります」
幹比古が挙げた名前に、泉美と船尾は眉を顰めた。達也とレオとエリカ……達也とエリカである。
自分たちは憧れの先輩と京都に行けないどころか離れ離れになってしまうのに、あのカップルは京都旅行を楽しむというのか。そう思ったのである。
理屈は分かる。コンペ会場の周辺は森や山など自然が多い。達也、エリカ、幹比古、この三人は隠密性と知覚能力、戦闘力全てに長けており、今回の下見には最適な人材だ。レオも山岳部の部長としての視点で、潜伏しやすい場所のアドバイスなどできるだろう。
二人とも、それを理解できるだけの頭脳があったために反論できない。やりようのない不満だけが残る。
「分かりました。それでは三人部屋二つで予約しましょうか」
あの男めぇ……と、一年生生徒会二人は、この場にいない達也へ怨念を飛ばすのであった。
◆
後輩生徒会役員から恨まれているとは露知らず、達也はエリカと共にキャビネットで帰路に就いていた。
その道中、配信記事を読んでいた達也が「おやっ?」という風に表情を変えた。
「達也くん、どうかした?」
隣に座っていたエリカがすぐさまそれに気づいて問い掛ける。
「ああ、このニュースなんだが」
達也が情報端末をエリカに向けた。そこに表示されていたのは京都地方のローカル記事。その内容は有名な観光地で発見された、他殺死体の詳報だった。
「発見されたのは今朝のことで、被害者の名前は名倉三郎……誰?」
読み上げたエリカだったが、心当たりの無い名前だったのでこれは当然の質問だ。
「同姓同名でなければ、七草先輩のボディガードをしていた魔法師だ」
エリカが大きく目を見開く。
「…本人?」
「分からない。写真がないからな」
口ではそう答えたが、達也は直感的に、この被害者は真由美の護衛だったあの初老の魔法師だと確信していた。
「じゃあ仮に本人だとして……偶然、ってわけじゃないわよね?」
エリカが口にした疑問は、達也も懐いたものだった。
七草家の魔法師が、周公瑾が潜伏している可能性が高い京都で殺された。それも変死体と言える状態で。通常では考えられない死体の状態だと記事には書かれていた。おそらく、魔法戦闘に敗れた結果だろう。
七草家長女のボディガードを任せられるほどの腕を持つ、数字落ちの可能性が高い魔法師を、魔法戦闘で殺害する。それほどの手練は限られている。例えば黒羽貢に重傷を負わせ、黒羽の実行部隊の包囲を破って逃走を果たしたあの男……。
達也にはこれが偶然とは、到底思えなかった。
◇◇◇
十月十五日、月曜日。
論文コンペの準備で喧騒の最中にあった第一高校が、別のざわめきに覆われた。
元生徒会長の七草真由美が、十師族・七草家の長女として、司波達也に面会を求めてきたというニュースが生徒たちの関心を奪った。
無責任に噂話を交わす生徒たちの中で、その当人、七草真由美は来賓用の応接室に案内されていた。
「ごめんなさいね、達也くん。一高に来るのが一番無難だと思ったものだから……」
真由美がそう言って頭を下げたのは、外の騒ぎに気づいているからだろう。
応接室に案内される途中で向けられたチラチラと窺い見る視線から、自分たちが今頃好奇心の的になっていることは容易に推測できた。
「気にしないでください。おそらくですが、すぐに収まります」
「えっと、どういうこと?」
「今年の論文コンペで俺やエリカは当日の会場警備を担当するので、現地の情報もチェックしているんです。ですのでエリカや友人たちは誤解することもないですし、周囲もそれを見て冷めていくでしょう」
達也のセリフは、言葉の上では外の騒ぎについて心配要らないと述べているに過ぎない。しかしその実、今日真由美が一高を訪れた理由を察していると伝えるものだった。
緊張していた真由美の顔が、苦笑気味に少し弛んだ。
「どうして分かったの?」
「可能性の問題です」
達也は、真由美が自分に、ただ会いに来ただけとは端から考えていない。
「京都での事件から三日。このタイミングで七草先輩が俺に会いに来たというなら、それしか用件は思い付きません」
「全く関係のない用事かもしれないじゃない?」
「その可能性を考えても意味はありません」
「……そうね」
真由美の短い沈黙は、頼み事を口にするかしないか、最後の迷いを振り切る為のものだった。
「達也くんは、名倉さんのことを覚えてくれているかしら」
「ええ。このたびはご愁傷様でした」
「お気遣い、恐れ入ります……それで、名倉さんの死因については知っている?」
「おそらく魔法戦闘による他殺としか」
「それ以上の情報は公開されていないものね……そうよ、名倉さんは何者かに殺された。私には、その犯人が誰だか分からない」
真由美の言い回しに、達也は軽い疑問の表情を浮かべた。
「私には、と仰いますと?」
「父は」
真由美はそこで一旦言葉を切った。だが彼女は既に、躊躇を捨てていた。
「父は、名倉さんを殺した犯人を知っている」
達也は驚きを隠さなかった。
「お父上がそう仰ったのですか?」
「いいえ。でも父が知っているのは、少なくとも心当たりがあるのは確実よ。名倉さんは父に命じられて、秘密の仕事で京都に出向いていたんだから」
「秘密の仕事で京都に、ですか……」
「これもはっきり聞いたわけじゃない。父は『ある仕事で』としか言わなかった。『私が知る必要は無い』とも言ったわ」
「なるほど」
それは「裏の仕事をやらせていた」と言っているのと同じだ。多分、七草弘一にも隠すつもりはなかったのだろう。
「それで先輩は、どうしたいんですか?」
この質問は、真由美にとって、決して不意討ちではなかった。だが達也のストレートな言葉と、それ以上に彼女の瞳を真っ直ぐ貫く眼光に、真由美は少なからずたじろいでしまう。
それでも真由美は俯き、黙り込むことはなかった。使命感、あるいは義務感に突き動かされて、達也の視線を受け止めた。
「真相を、知りたいの」
「犯人を突き止めたいと?」
「──ええ、そうよ」
答えが返ってくるまでに、わずかなタイムラグがあった。それは真由美の躊躇いを反映したものではなく、逸る心を抑える為のものだった。
「正直に言うわ、私と名倉さんの関係は決して親密なものじゃなかった。名倉さんにとって私はビジネスの対象でしかなかったし、私もあの人のことをお目付役兼ボディガード以上の存在だと思ったことはない」
「それでも、犯人捜しをしたいんですか? リスクは小さくないと思いますが」
達也は軽く真由美を挑発してみた。返ってきたのは怒りを湛えた眼差しだった。
「勘違いしないで。甘い気持ちで言っているんじゃないわ」
「では何故です?」
「私のボディガードが、七草家の命令で命を落とした。死ねと命じたわけじゃないのは分かっているけど、そうなる可能性が高い仕事を命じたのだったら結果的には同じよ。私はその事実から目を背けたくないの。七草家の一員として、せめて事の真相は知っておきたい」
「そうですか」
強い意志の籠もった口調で告げられて、達也はその覚悟が偽りでないと判断した。真由美を追い返すという選択肢を捨てた。
それに心情面を抜きにしても、真由美の能力は役に立つ。肉体的には非力な女性だが、戦闘力は横浜の戦場で実証済み。『マルチ・スコープ』を用いた知覚能力は達也の知る魔法師の中でもトップクラスに高い。
「再度伺いますが、危険だということは理解されていますか?」
「…ええ、それでも、私は何かをせずにはいられない」
達也の言い回しに、真由美は達也が何かを掴んでいると推測した。
「だから達也くん、お願い。力を貸して欲しいの」
「分かりました。それでは、名倉さんの事件の詳細について、判明していることを伺えますか?」
達也の要請に、真由美はすらすらと事件の概要を説明した。
最近名倉が中華街を探っていたことから、犯人は横浜事変の関係者と推測されること。
またそれに付随して、名倉が真由美に自分が何をさせられているのか手掛かりを残していたこと。つまり七草弘一は家の中枢にいる部下すら掌握し切れていない、あるいは七草家には真の意味で腹心と呼べる部下がいないという、中々に示唆に富んだ発言をした。
達也はこれは真夜に報告すべきかと悩んでいたが、真由美からの視線に気づき、一旦思考を止めた。
「達也くんは、何か知っているの?」
「ええ。俺もコンペとは別に京都付近の情報を調べていて、名倉さんを殺害した魔法師に心当たりがあります──七草先輩」
「なにかしら」
「俺の情報を聞いた場合、七草先輩にも任務に協力すると約束してもらいます。それでもお聞きになりますか?」
「ええ。聞かせてちょうだい」
任務という軍を想起させる単語にも、真由美は揺るがなかった。
「そうですか……去年の横浜事変で敵工作員の手引きをした外国人魔法師、俺はそれを追う任務を受けました」
心構えをしていても、告げられた事実の重さは変わらない。横浜事変という大事件の黒幕の捕縛、重すぎる任務に真由美は言葉を失った。
「名は周公瑾。判明している情報が、ターゲットが追っ手を振り切っている魔法の概要と、京都付近で『伝統派』という古式魔法師の集団に匿われていることのみ。情報が少な過ぎるため俺が囮をすることになり、実際に何度か襲撃を受けています。また、九島家にも捜索に協力してもらっています」
多すぎる情報量に真由美の脳はショート寸前だったが、どうにか情報を受け入れる。
「九島家……? あ、響子さんの……」
一つだけ残った疑問も、藤林と旧知の仲であり、達也と藤林が同じ部隊に属していると知っている真由美はすぐに理解を示した。
達也はそう誤解させるよう発言したのだから、当然訂正しなかった。
その後、先週の京都での捜索内容を話して、ターゲットの使う魔法について説明をして、名倉の遺品を見せてもらえるよう要請する。
二十日の土曜日に京都で落ち合う約束をして、二人は来賓用の応接室をあとにした。
◇◇◇
十月十九日、金曜日。
今年の論文コンペまで、今日を含めて正味十日。発表の準備はいよいよ大詰めを迎えていた。
放課後の生徒会室では、打鍵音と電子音が異常なまでのスピードで鳴り響いていた。
その音の主はもちろん達也。生徒会のヘルプとして呼ばれた彼は、後回しにされていた事務作業──毎日発生する、処理が面倒なだけの作業──について深雪から説明を受けると、猛然とキーボードを叩き始めた。初めて見るその光景に、泉美は開いた口がふさがらなかった。
その後、達也は業務が一段落するたびに深雪へ報告し、新しい仕事を進める。
業務開始から約三時間後。下校時刻まであと少しとなったその時刻に、達也は立ち上がり深雪の前に立った。
「深雪、自治委員会と風紀委員会からの報告および提言は、全て決裁待ちのディレクトリに整理しておいた」
「分かりました。最終確認はこちらでやりますね」
「よろしく頼む。他に残っているものはあるか?」
「いえ、これで終わりです。ありがとうございます」
泉美と船尾は作業を中断して、該当のディレクトリを覗く。そこには、雑多に放置されていた提言が整然と並び替えられ、その一つ一つも的確に処理されている。
達也は生徒会役員ではないため、最後まで処理することはできない。だがこの完璧な仕事内容なら、本当に確認だけで修正の必要はないだろう。これ以外の仕事も同じように決裁直前の段階まで進められ、ディレクトリに纏められている。
新生徒会が発足して三週間弱。論文コンペによる追加業務があったこと、新役員の船尾に仕事を教えなければならなかったこと。その二つを加味しても、深雪、水波、泉美の三人で手が回らなかった業務を、達也はものの三時間で完遂してみせたのだ。
泉美と船尾は、達也の処理能力の高さに戦慄するとともに、深雪がこのタイミングまで達也を呼ばなかった理由を察した。要するに、達也の処理能力が高すぎるのだ。
去年から役員だった上級生はともかく、下級生は仕事を覚えている真っ最中だ。もし最初から達也がヘルプに来ていたら、確かに仕事は楽だっただろう。だが泉美や船尾の仕事が無くなり、それだけ経験を積む機会が失われてしまう。今年はそれでよくても、泉美たちが上級生となる来年のためにならない。
「ねえ泉美」
「どうしました?」
達也が生徒会室を後にしたところで、船尾は泉美へ話し掛けた。
「これさ、達也先輩いなかったらコンペ終わってからやる仕事だったんだよね?」
「ええ、そうですね」
「去年もそうしてたのかな?」
「どうでしょう。去年は五十里先輩がコンペの代表メンバーでしたから、もっと厳しかったと思いますが」
「よくそれで回ってたね……やっぱり私がとろいからかなぁ」
「船尾さんは生徒会役員になったばかりですし、仕方ありません。むしろ私こそ、去年の深雪先輩ほど仕事をこなせていませんし」
「水波先輩は役員になってすぐにこなしてたんだから、それは言い訳にならないって。それに私に仕事教えるために先輩たちが付きっきりなってることも多いし……頑張らないとなぁ」
去年の記録を見れば、誰がその業務を処理したかすぐに分かる。去年の深雪・水波の作業量と、今年の泉美・船尾のそれは大きく差がついていた。
「あとさ、来年、どうしよっか……達也先輩には頼れないだろうし、やっぱり役員が少ないのが問題だよね。負担が大きすぎる」
「そうですね、正直たった四人で処理する業務量ではないと思います。一人増えるだけでも大分楽になりますし、生徒会役員を今の四人体制ではなく五人体制にしてみてはどうでしょう?」
「それいいね。三学期から役員増やせるか、コンペが終わったら先輩たちに聞いてみよっか」
軽い息抜きも兼ねて今後の展望を話し合った二人は、明日以降に仕事を持ち越さないよう目の前の業務へ取り掛かる。
キーボードの打鍵音が、生徒会室に静かに戻っていった。