ガーディアン解任   作:slo-pe

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古都内乱編8

 

 

 十月二十日、土曜日の朝。

 魔法科高校は週六日制なため、いつもであれば教室の端末に向かっているか、実習あるいは実験中の時間。達也はエリカと深雪、水波を連れて京都へ向かっている最中だった。

 ずる休みではなく、公休扱いだ。名目は論文コンペの下準備。今回は学校の経費で向かうため、リニア特急ではなくトレーラーを使っての移動だった。

 

「今回はまだ周公瑾の捕縛まではいかないのよね?」

「おそらくな。まだ奴が何処にいるのかすら分かっていない」

「なら、あたしがついて行っても平気?」

「ああ」

 

 エリカは横浜事変の際、陳祥山が使う『鬼門遁甲』を実際に体感している。あの時は美月がいなければ、エリカたちは簡単に出し抜かれていただろう。

 そしてそれは今も変わらない。エリカにはあの魔法を打ち破る手段がなく、その場にいても達也の足を引っ張るだけだろう。

 

 今回の目的は周公瑾の捕縛ではないということで、一緒に観光……もとい捜索ができるとエリカは頬を緩ませた。

 

 

 

 京都駅の改札を出たところにレオと幹比古、そして真由美が待っていた。真由美には今回同行するメンバーを伝えていたし、レオたちにも真由美が来ることは知らせていた。

 名倉殺害の犯人捜しのことを聞いて、レオと幹比古は意外なほどに前向きな姿勢を見せた。真由美がボディガードの無念を晴らす為に単身調査に乗り出した(と彼らは解釈した)ことに、甚く共感を覚えたようだ。十師族本家の者が、部下を道具扱いせずそこまで情を注ぐ姿(と彼らは解釈した)が琴線に触れたらしい。

 

 三人と合流して、すぐに宿泊予定のホテルに向かう。

 ホテルに着くと、やけに視線を集めている場所があると気づく。そこにいたのは、深雪に匹敵する美貌を持つ美少年。達也たちに気付いた彼は、その美貌に輝かんばかりの笑みを湛えて小走りに駆け寄ってくる。

 

「達也さん、エリカさん、お待ちしてました」

「二週間ぶりだな、光宣。元気そうでよかった」

「はい。前に達也さんたちと会ってから、ずっと調子がいいんです」

 

 達也が名を呼んだ通り、その美少年は先々週出会った九島家の末っ子、九島光宣だった。

 

「皆とは初対面のはずだな? 九島家のご子息、九島光宣君だ」

「はじめまして。第二高校一年の九島光宣です」

 

 達也の紹介の後、光宣は自分でも名乗った。「九島家」ではなく「第二高校一年」の肩書きを使ったのは、十師族の一員としてではなく同じ魔法科高校生として接してくれという意思表示だ。

 

「はじめまして、九島くん。第一高校二年の司波深雪です。達也さんやエリカ同様、よろしくお願いしますね」

「同じく第一高校二年の桜井水波です。九島さん、本日はよろしくお願いします」

 

 光宣と同種の美を持つ深雪が真っ先に自己紹介を返し、それに水波も続いた。

 

「俺は西城レオンハルト。二人と同じ一高の二年だ」

「吉田幹比古。僕も第一高校の二年生だよ。よろしくね、九島君」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 男二人の自己紹介を聞いて、光宣は二度表情を動かした。

 一度目はレオンハルトという名前を聞いて、エリカが幸運とまで言った友人の一人であると気づいたから。二度目は幹比古が吉田家の術者であることに気づいたからだろう。

 心の裡を隠す対人技術は、魔法技能ほど上手くはないようだ。まあ、少しは年相応ということか。

 

「久しぶりね、光宣くん。去年のパーティーで会って以来かしら」

「そうですね。真由美さん、お久しぶりです」

 

 七草は社交的な家であり、年が近い真由美と光宣はそんなに頻繁ではないが、昔から顔を合わせている。光宣の美貌に物怖じしない真由美は、彼にとって数少ない気の置けない存在だった。

 

 ホテルに荷物を預け、今日の役割を決める。

 論文コンペの会場となる京都新国際会議場の周辺を見て回るのが、幹比古、深雪、水波、そして真由美だ。

 幹比古は探査の式を打って周囲を捜索、それと同時に伝統派の術者を刺激する。真由美は『マルチ・スコープ』を使って幹比古とは別の知覚から周囲の捜索。その間二人は周囲の警戒が疎かになってしまうため、深雪と水波が警護を担当する。

 残る達也、エリカ、レオの三人は、光宣の案内の下、市内の捜索をすることとなった。

 

「じゃあ達也、よろしく頼むよ」

「ああ、幹比古もな」

「エリカ、また後で」

「うん、ホテルでね」

 

 幹比古が掛けた声に達也が、深雪が掛けた声にエリカがそれぞれ応えて、八人は二手に分かれた。

 

 

◇◇◇

 

 

 達也と別れた幹比古は、打ち合わせた通り探査の術式を派手に使いながら新国際会議場の近隣を歩き回っていた。

 状況が変化したのは、時間にして達也が次の目的地を清水寺に決めたのとほぼ同時。コンペの会場を宝ヶ池の対岸から観察しているときだった。

 

「来ましたね」

 

 背後に迫る小高い里山から、押し殺した気配が漂ってきたのをいち早く察知したのは深雪。続いて幹比古が、彼らに少し遅れて真由美と水波が察知した。

 

 深雪がいち早く察知したことに、幹比古と真由美は「僕たち(私たち)より早いんだけど」と少し落ち込んでいた。

 なお、深雪は自身に向けられる煩悩でない(・・・・・)視線を感じ取っただけである。煩悩混じりの視線は無意識に無視しているが、逆にそうでない視線には深雪は人一倍敏感だった。

 

「山の中からね」

「気配は山の中にしか無いですけど、敵がそこからしか出てこないとは限りません。襲ってくるのは人間だけじゃないかもしれない、注意してください」

 

 真由美の意識が背後の里山に向いたのに対して、幹比古はそう注意した。

 

「でしたら、お二人は他の術者がいないか探査を続けてください。襲ってくる敵は私たちが処理します」

「深雪さんなら心配要らないと思うけど、援護は大丈夫?」

「問題ありません」

 

 真由美に心配は不要と笑みを見せた深雪は、その笑みを水波へと向ける。

 

「水波ちゃん、防御はお願いね」

「お任せください」

 

 深雪は水波の返事に笑みを深める。

 次の瞬間、森の空気に小さな煌きが混じった。幹や枝、地面に落ちる細かな氷の粒。細氷、ダイヤモンドダストと呼ばれる現象だ。

 十月下旬、内陸部の、小さいとは言え山の麓。環境条件を考えればあり得ないとまでは言い切れない。だがこれを自然現象と勘違いする者は、敵味方の双方にいなかった。

 

 一瞬で半径百メートルのエリアにダイヤモンドダストを発生させた魔法。これは、攻撃用の術式でも防御用の術式でもなかった。

 深雪にとって、古式魔法師と言えば幹比古であり、何より達也の体術の師である八雲だった。術や術者そのものの気配を消すのに長けた相手に対抗するため、周囲の空間を自分の認識下に置いただけだった。

 

 薄く、事象干渉の力を広げただけで、気象条件を変化させる力。深雪にとって魔法の技術とは、効果を高めるものというより、影響範囲を狭く抑えるものという側面が強い。

 

 ──無作為に放てば、見渡す限りの世界を白く染め尽くす力

 

 それが深雪の魔法だ。この有様を前にして、真由美も幹比古も頬を引き攣らせた。

 相手は『伝統派』の魔法師。戦いの中に身を置いている彼らも、深雪の前には鎧袖一触だ。正直次元が違い過ぎる。

 さっさと見つけなければ、と二人は気合いを入れる。

 皮肉にも、それが合図になった。

 

 敵の初撃に反応したのは水波だった。四人目掛けて振り注ぐ蒼白い鬼火を対物・耐熱障壁が防ぐ。続けざまに襲い来る鬼火の第二波、第三波も、水波の障壁を破るには至らない。

 

 鬼火の雨が止む。しかし、それで襲撃が終わりであるはずもない。

 赤や黄に色づいた葉を巻き上げて、今度は風の刃が押し寄せる。色も形もない風の刃に対し、水波は四人をすっぽり覆う半球シールドを形成した。

 

 完全防御の体勢を取られたことで、彼女たちの背後、地面に落ちた木の影、そこに揺らぎが生じた。

 その揺らぎを、深雪が見逃すはずもなかった。

 

 木の影だったものは、人の形を取った黒い影となり、そのまま地面から動かなくなる。

 深雪が使ったのは、相手の体温を下げて身体機能を奪い無力化する魔法。

 下げる温度が数度違うだけで相手に後遺症を残してしまう難しい術式だが、過剰攻撃とならない範囲に上手く加減されていた。

 

「忍術使いですか」

 

 地に伏した敵を見て深雪が呟く。古式魔法師の中でも忍術使い、深雪は八雲を強く連想させられた。

 深雪は、相手の脅威度を一段引き上げた。

 

 場を覆っていた冷気が、四人の周囲を除き徐々に強くなる。薄く張り巡らせていた事象干渉力を濃くしたことによる、副次的な効果だ。

 先ほど深雪は敵の隠形を見抜くことができたが、あれは相手の動揺に助けられたに過ぎない。

 だから今回は、積極的に隠形を破りに掛かった。

 

 息を吸い、息を吐く。ただそれだけの、人が生きる上で当然の動作。だが、冷気により吐く息は白く濁り、急激な温度変化を伴うようになる。

 深雪の認識下にある領域内で、その温度変化は致命的だった。

 

 感知した七つの反応へ向けて、深雪が魔法を放った。

 六人の影が倒れた。

 だが、一箇所だけ、冷気を防ぐ魔法が発動していた。

 攻撃を認識してからでは間に合わないタイミングだったため、おそらくは条件発動型の術式。「術者の認識した魔法による現象」を相殺する使い捨ての人造精霊を使ったSB魔法。古式魔法で「追儺術」と呼ばれている魔法だ。

 

 だが、一度目は防げても二度目はない。

 最後の敵は、居場所がバレたことで破れかぶれに突っ込んで来た。

 深雪は、目の前の男がこの集団のリーダー格であると直感した。視線だけでなく、手を向けることで確実に照準を合わせ、魔法を行使する。男は低体温により意識混濁の状態で転んだ。

 受け身も取れなかった男の顔は、打ち身と擦り傷と鼻血で見るに堪えない状態だったが、深雪は眉一つ動かさなかった。

 

 

 

 

「これで終わりでしょうか?」

 

 水波が魔法を発動寸前でスタンバイしながら言う。深雪も周囲の冷気を、発動直後のダイヤモンドダスト程度に収める。

 

「今のところ、増援の気配は無いわね」

 

 深雪の言葉に、周囲を探査していた真由美と幹比古も術を打ち切って一息ついた。

 

「それにしても、本当に襲われるとは思わなかったわ」

 

 真由美が倒れている八人を見渡して苦い笑みを見せる。達也が襲撃を受け、真由美たちも標的になるかもと伝えられていても、実際に襲われると驚いてしまう。

 

「それだけ大きな事件ということですし、気を引き締めていきましょう。それでこの八人ですが、警察に連絡して引き取ってもらいましょうか」

「そうね」

「それが妥当かな」

 

 深雪の提案に真由美と幹比古が頷き、水波がそれを受けて情報端末を取り出す。しかし、音声通話機能を立ち上げようとした彼女の指は、その直前で止まった。

 深雪が林へ鋭い視線を向け、幹比古も扇形デバイスを構えた。幹比古の手元から想子の塊が飛び立つ、探査用の式神を放ったのだ。

 

「敵ですか?」

 

 情報端末をポケットにさっとしまい、水波は訊ねる。その問いに、幹比古は答える暇がなかった。

 

「見て!」

 

 幹比古が術の発動を捉えたのと、真由美がそう叫んだのは同時だった。

 真由美の目は、池に向けられていた。深雪と水波、幹比古もそれを見た。池の中から、水で形作られた四匹の小さな怪物が飛び出してきたさまを。

 

「化成体、ですか?」

「違う! 水を材料にした傀儡式鬼、一種のゴーレムだ! 実体を持っている!」

 

 水波の呟きに答えを叫び返しながら、幹比古は瞬きもせず怪物たちを凝視している。

 

軨軨(れいれい)? 合窳(ごうゆ)? 長右(ちょうゆう)? それに夫諸(ふしょ)だって?」

 

 幹比古が驚きに満ちた声で呟く。

 

 身体に虎のような縞模様がある牛に似た獣、軨軨。

 人の顔を持った猪、合窳。

 四本の腕を持つ手長猿、長右。

 四本の角を持つ鹿、夫諸。

 

「吉田くん、それは?」

「これらは皆、洪水を引き起こすと言われている大陸の怪物──そのミニチュア版。これは明らかに、大陸の古式魔法師が放つ術です」

「そうですか」

 

 深雪は幹比古の答えを確認すると、さっと手を振るう。四匹の怪物は一瞬で凍り付き、動かなくなる。

 だが、安心する暇はなかった。怪物はその四匹だけではなかった。四種の怪物たちが続々と池から上陸する。見た目の気色悪さはともかく、一体一体は脅威ではない。だが、相手は魔法による被造物。どんな能力を秘めているか分からない。

 

 深雪が一瞬の溜めを作り、手を振るう。すると、這い出てきた怪物たちと共に、池の半面が凍り付いた。

 

「今のは……」

 

 真由美の呟きは、深雪の見せた異次元の魔法力に対するものか、それとも敵のゴーレムに対するものか。深雪は後者として答えを出した。

 

「口封じでしょう」

「え?」

「この忍術使いたちを処理するため、林に隠れた術者が行使した魔法です。吉田くん、七草先輩、術者の特定はできそうですか?」

「……ごめん、まだ式神から手応えが返ってきてない」

「私も調べてみるわ。吉田くん、大まかにどっちの方角かだけでも分かるかしら?」

 

 幹比古と真由美は探知の方法が違う。

 幹比古は想子(サイオン)波を識別する式神を放つ、謂わば受動的な探査。真由美は遠隔視野によりしらみつぶしにする能動型探査。

 

「あちらです」

「…………見つけた」

 

 だからこそ、この二人の相性は抜群だった。

 幹比古が指差した方角、その狭い範囲を真由美が高精度に探知し、ターゲットである術者を捉えた。

 

「敵は何か術を行使しようとしているわ」

「大規模な術でしょうか?」

 

 水波が警戒した様子で言うと、幹比古が焦ったように真由美へ問う。

 

「七草先輩、その前に無力化できますか?」

「ええ」

 

 真由美が頷きを返した次の瞬間、敵魔法師の身体に雹が降り注いだ。

 

『魔弾の射手』

 

 ドライアイスの弾丸が、自然現象ではあり得ない速度で、敵の頭上、背後、側面、様々な角度から撃ち込まれる。敵魔法師は、その魔法が何処から放たれているかを見極めることもできない。

 だが、真由美がわざと威力を落としていることと、敵も魔法で身を守ったことで、重傷を負っている様子は無い。手足に何ヶ所も血が滲んでいる程度だ。

 そこに、真由美が仕上げとばかりに魔法を発動させた。

 

収束・移動系複合魔法『窒息乱流(ナイトロゲン・ストーム)

空気中の窒素の密度を引き上げ、その空気塊を移動させる魔法。

 

 気体の成分構成を維持しつつその流れを操るという、制御が非常に困難な魔法だ。

 四月の決闘騒ぎでは、香澄と泉美が『乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)』により使用した魔法。真由美はそれを、規模を縮小することで、より精密に、妹たちとは違い一人で発動させたのだ。

 

 酸素濃度が極端に低下した気流が、気道を通って肺に到達する。敵魔法師は低酸素症により意識を失った。

 

 

 

 

 今度こそ戦闘が一段落したことで、深雪たち三人は水波をその場に残して、林の中へ敵魔法師──幹比古曰く、方術士と言うらしい──の回収へ向かう。

 幹比古はその方術士を担いで戻ろうとしたが、深雪がそれを止めた。

 

「深雪さん、魔法の使い方上手くなったわね」

「ありがとうございます」

 

 真由美が空中に浮かぶ方術士を横目に深雪へ称賛を送る。

 深雪が使っているのは飛行魔法の応用。意識がないとはいえ、他人に行使するには通常の飛行魔法より精密な操作が必要だ。

 真由美の知る深雪はコントロールも一流だったが、強すぎる魔法力の所為で一流止まりな印象だった。だが、久しぶりに見た深雪の魔法は、その制御力も超一流と言えた。

 

 そして、元いた池沿いに戻ると、水波の隣に一人の男子生徒の姿があった。

 第三高校の制服を連想させるダークレッドのブルゾンに黒のスリムパンツ、黒のブーツを身に着けた少年。その颯爽とした佇まいを、三人は無論知っていた。

 

「一条さん」

 

 深雪がその名を呼ぶ。

 三高のエース、十師族・一条家の長男がそこにはいた。

 

 

 

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