ガーディアン解任   作:slo-pe

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古都内乱編12

 

 

 論文コンペ会場へ行っていた幹比古、深雪、将輝の三人がホテルへ戻ってきた。昨日と同様に、達也たちの男子部屋にて集まる。

 

「今日の成果について情報を交換しよう」

「僕から話すよ」

 

 達也の言葉に頷いて、幹比古が説明を始める。

 

「と言っても、話せることはほとんど無いんだけどね。不審者が隠れていそうな場所は見つからなかった。式神にも反応無し。それに昨日のことがあった所為か、警察の魔法師が大勢巡回していた。あれならたとえ外国の秘密機関でも、去年のようなことは起こせないんじゃないかな」

「お前たちが身体を張ってくれたお蔭で、論文コンペの安全が確保されたというわけか」

「身体を張ったって……まあ、そうとも言えるけど」

 

 幹比古が得心いかないという顔をしている横で、エリカとレオが「身体を張るのはあんたの役目なのにね」「何をぅ!」といつもの掛け合いをしていたが、誰も注意しなかった。

 

「というわけで、論文コンペの下調べとしては成果があったけど、外国人工作員の捜索の方は進展無し」

「昨日捕まえた連中だけで成果としては十分だろう。ヤツらのアジトに警察の手が入っているようだし、そちらは官憲に任せておけば良い。工作員の捜査だって、本来は警察の仕事だ」

「達也くん、それを言っちゃ元も子もなくない?」

 

 エリカのツッコミをきっかけに、レポーターが達也に交代する。

 

「こっちは小倉山の麓で襲撃を受けた。襲撃者の人数は十三人。密教系古式魔法師が十二人と、亡命方術士が一人。全員警察に引き渡してきた」

「その人数を相手に無傷か。流石だね」

「いや、そんなに楽な相手でもなかった」

 

 幹比古の言葉に苦笑し、達也はふと、先ほど疑問に感じたことを思い出した。

 

「幹比古、襲撃者は蛇、または竜が巻き付いている諸刃の直剣を炎で作り出していたんだが、どういう術式か分かるか?」

 

 達也の急な問いに、幹比古は少し考えてから答えた。

 

「……それは『俱利伽羅剣(くりからけん)』だね」

「不動明王が持っているという剣か?」

「そう。不動明王の降魔の利剣を模ってその力を借りる術式。象徴する力は『魔』を断ち切ること。もたらされる結果だけを見れば、エリカの『サイオン・ブレード』と同じ対抗魔法の一種とも言える」

「ふぅん……あれってそんな魔法だったんだ」

 

 幹比古の説明にエリカが不機嫌そうに眉を顰める。

 

「エリカ? 何かあったのかい?」

「別に……あんなクソみたいな魔法と一緒にしないでほしいってだけ」

 

 もはや隠すつもりもない不機嫌さに、幹比古に一つの予想が立った。

 

「もしかして、その術者の手が燃えていた?」

「燃えていたな」

「やっぱりか」

 

 達也の肯定に、幹比古はエリカ以上の嫌悪を見せた。

 

「名誉のために言っておくと、俱利伽羅剣は本来由緒正しい魔法だ。魔法発動の基点は術者の手で、具象化した炎の剣を手とわずかな隙間を空けて保持し続ける必要がある。その技量が無い魔法師には絶対に使えない、とても高度な魔法なんだ」

「じゃあ俺たちが見たあれは何なんだ?」

「他の魔法師が術式を発動して、強制的に使わせ続けたんだろう。魔法で形作られているといっても俱利伽羅剣の炎は具象化した本物。それをずっと握らされているんだから手が燃えるのは当たり前だ……わざと使わせる相手の腕を燃やして剣を構成する材料にする、そんな非道な術式もあると噂には聞いていたけど、まさか達也たちが遭遇するとはね……」

 

 説明を終えた幹比古は、自分の所為で場の空気が澱んでいることに気付き、急いで話題を探した。

 

「でもその相手を無傷で倒すんだから、達也たちも大したものだよ」

「倶利伽羅剣を無効化したのはエリカだ。紛い物の魔剣では、研ぎ澄まされた刃には勝てなかったという事だ」

「なるほど、流石はエリカだね」

 

 幹比古を筆頭に、エリカへ称賛の眼差しが送られる。エリカは照れくさそうに身動ぎした。

 

「それで、これからのことだが」

「えっ? 今日はもうホテルをチェックアウトして東京に帰るんじゃないの?」

 

 幹比古の言う通り、変則的だが夕方にチェックアウトして東京に戻るのが元々の予定だった。

 

「皆は予定どおり東京に戻ってくれ。俺はもう一泊していく。今日は事情聴取の所為で周公瑾が潜伏していたアジトへたどり着かなかった。明日、直接乗り込むつもりだ」

「達也さん、それではわたしも……」

「深雪は生徒会長だ。この時期に二日も続けて学校を休むのは良くない」

「……分かりました」

 

 達也に強い口調で告げられては、深雪も従わざるを得ない。達也がその隣へ視線をずらすと、水波はしかと頷いた。

 それに達也も頷きを返してから、幹比古に目を向けた。

 

「無論、風紀委員長が二日連続で不在というのもよろしくない」

「…達也は良いのかい?」

「俺は立場上、もう少し調べなければならないことがある」

 

 幹比古も達也の「立場」は知っている。こう言われてしまえば、彼としては引き下がるしかなかった。

 

「じゃあ生徒会でも風紀委員でもないあたしは、ついていっても問題ないってわけね」

「俺もだな」

「……課題提出は手伝わないからな」

 

 だが、エリカとレオに関してはずる休み以上の理屈を付けられず、達也も渋々受け入れた。

 

「将輝はどうする?」

「…すまんが、俺は戻らせてもらう。三高の警備訓練に穴を空けるわけにもいかない。だが戦力が必要なら呼んでくれ、その時は十師族の一員として何が何でも駆けつける」

「了解だ、頼りにしている。七草先輩はどうしますか?」

「私は残るわ。大学なら達也くんたち以上に融通は利くし」

「分かりました」

 

 こうして、奇しくも今日小倉山で戦闘した四人が、明日もそこへ向かうと決まったのだった。

 

 

 

 深雪たちを駅まで送って行って、達也はホテルに戻った。

 光宣は容態が安定したので響子が自宅へ連れて帰ることになった。本人は明日の捜索に付き合いたかったようだが、ただでさえ光宣は欠席が多い。姉とも慕う響子に強く窘められて、帰宅に同意した。

 

 ホテルは幸い、まだ空き室があった。部屋割りは当然、達也とレオ、エリカと真由美の男女二人ずつ二部屋になった。

 流石に生徒会の経費では落ちそうにないため、達也が自腹を切ろうとしたところ、真由美が既に支払いを済ませていた。これによって、達也と真由美による「俺の任務の都合だから」「私のお願いでもあるのよ」と、自分が払うべきだという普通とは逆の言い合いがあったとか。

 

 

◇◇◇

 

 

 十月二十二日、月曜日。

 今日は再び嵐山・嵯峨野へ向かう。ホテルを出てコミューターに乗り、行き先を指定する直前、達也は三人にこう訊ねた。

 

「正直このままでは埒が明かないので、今日は少し荒っぽいやり方を採ります。あまり女性の方には見せたくはないのですが、それでもついてきますか?」

「ええ」

 

 視線や言葉遣いから、主に真由美へ向けられた確認に、本人が強く頷く。エリカとレオは特に返事をしなかった。

 

 昨日襲撃を受けた場所に、警察の姿は無かった。あの十師族嫌いの刑事はまともに捜査する気が無いらしい。だが警察の目は懸念事項の一つだったため、達也たちには好都合だった。

 

 そこから少し道を下ると、目的地はあっさり見つかった。一見すると広いだけの平凡な家、地方によってはまだ残っている町村の集会所のような建物だった。

 達也は外からばれない程度に『精霊の目(エレメンタル・サイト)』で建物をスキャンした。

 

「侵入防止の罠は特に仕掛けられていないようですが、待ち伏せされていますね」

「踏み込むの? 中は真っ暗みたいだけど」

 

 達也の呟きを、『マルチ・スコープ』で中を見ていた真由美が質問かつ補足をする。

 

「暗視のできる俺とエリカで踏み込みます。七草先輩は逃げ出す者がいればその無力化を、レオは先輩の護衛だ」

「りょーかい」「おう」「分かったわ」

 

 三者三様の返事を貰い、達也は躊躇無く門を抜けて敷地に入り、エリカもそれに続いた。

 

 引き戸に掛かっていた電子と物理の二重鍵は『分解』されバラバラに壊れる。達也は門を抜けた時と同じように、躊躇いを持たず扉を開け、中に入る。

 途端に車輪形の武器が飛んで来た。中心から放射状に伸びる八本の()(スポーク)を持つ円環の刃。法輪と呼ばれる密教の法具だが、それを飛び道具として使っているようだ。

 達也が法輪を躱すと、扉を突き破り外に出る前に空中で止まって元来た軌道を逆向きに飛んでいく。別の方向から飛んで来た法輪も、やはり同じ動きで戻って行った。よく見ると、法輪から細い想子(サイオン)の糸が伸びている。

 

(ヨーヨーか)

 

 その動きはまさしくヨーヨーと同じだった。ならば対処も簡単だ。

 四個に増えた法輪を躱し様、想子の糸をエリカが『サイオン・ブレード』で切断する。法輪がそのまま扉を突き破って屋外に飛んでいく。

 

 壁際から動揺が漏れた。光学迷彩で隠れている術者、その人影は陽炎のように揺らめいており、普通なら肉眼での目視は難しいだろう。

 だが、特殊な「眼」を持つ達也と、想子の陰影を捉えるエリカには無意味、むしろ居場所をはっきり伝える意味しかなかった。

 

 総勢十二名、襲いかかってきた敵魔法師たちは、達也とエリカによってあっという間に昏倒させられた。

 

 

 

 この拠点のリーダーを務める古式魔法師は、身体を貫く激痛に目を覚ました。痛みで思考が上手く働かない。ただ、気を失っていられなくなったというだけだ。

 

「気がついたか? 俺の言うことが理解できるなら頷け。少し痛みを緩めてやる」

 

 この痛みが軽くなる、それだけが男の意識に染み込んで、彼は懸命に首を振った。約束通り、痛みが少し軽減される。激痛に霞んでいた視界が少しだけ明瞭な輪郭を取り戻す。

 視界に映るのは、同じ仮面を付けた四人の若い男(・・・・・・)。そのうちの一人が、自分の上にのしかかっている。リーダーは印を結び術を行使しようとした。その瞬間、意識を漂白する激痛が彼を襲う。

 

「余計な真似はするな。訊かれたことに答えるだけでいい」

 

 リーダーは懸命に頷いて、その声に従うことを伝えた。激痛がわずかに軽くなる。今度は思考が少し戻った程度で、霞んだ視界はそのままだ。

 

「ここに周公瑾がいたな? 横浜中華街から逃れてきた華僑の道士だ」

 

 リーダーは噓を吐くというアイデアすら持てず、正直に頷いた。

 

「その男は十二日の金曜日までここにいた。間違いないか」

 

 十二日、十二日……リーダーは上手く働かない頭で懸命に考えた。そして周公瑾がここを発ったのが確かに金曜日だったことを思い出して、何度も首を縦に振った。

 

「周公瑾は何処へ行くと言っていた?」

 

 新たな激痛がリーダーを襲う。だが不思議なことに、思考だけはクリアになった。

 目は霞み、手足は指まで動かない。それなのに口は自由に動く。

 

「宇治へ……行くと言っていた。二子塚古墳の近くに良い潜伏場所があると……それ以上詳しい話は、しなかった……噓か本当かは……分からない」

「お前の部下は大陸の方術士によって操り人形にされていたが、あれはお前が許可したことか?」

「私は……彼らの、師ではない……彼らに命令する……立場にない」

「お前はリーダーだろう?」

「彼らは同志だ……我々は対等で……誰の命令も受けない……」

「分かった。ご苦労だったな」

 

 その直後、最大の激痛がリーダーを貫いた。彼の意識はブレーカーが落ちるように途切れた。

 

「……手慣れてるわね」

 

 リーダーの男から膝を退けた仮面の男へ、同じく仮面の男が呟く。それと同時に、四人の仮面男の姿がブレる。

 達也と真由美、少し離れたところにエリカとレオ。真由美が光波干渉系魔法を打ち切ったことで、四人の姿が元に戻った。

 達也は真由美の呟きに対して何も反応せず、必要なことを語った。

 

「情報も取れたことですし、こいつらは警察ではなく藤林さんに引き取ってもらいます」

「昨日のあれがいるんじゃ信用なんないしね」

「そうだ」

 

 達也はエリカのボヤきに頷くと、藤林にメールを送り、ここの位置情報と、伝統派の魔法師を昏倒させていることを伝えた。

 

「さて、これ以上は周公瑾の詳細な居場所が分かるまで待機だ。これだけ情報があれば一週間で十分だろうし、論文コンペの前日に仕掛けることになると思う」

「ミキに頼んで、あたしたちだけ朝早くに来る?」

 

 一高代表と警備を含めたサポートチームは、応援の生徒とは別に学校からバスで前乗りするのが伝統となっている。

 だがその到着は夕方であり、エリカの提案は妥当なものであった。

 

「いや、警備メンバーの中で俺たちだけリニアというわけにもいかないだろう。決行は日が暮れてからでも構わないし、移動は通常通りでいい。七草先輩もそれでよろしいでしょうか?」

「ええ。来週も土日は丸々空けておくわ」

「お願いします。それじゃあ……」

 

 それじゃあ帰るかと言いかけて、達也は思い直す。時刻は正午を過ぎたところ、今から帰っても午後の最終五限目には遅刻してしまう。

 それなら。

 

「せっかくの京都だし、どうせズル休みするなら観光してから帰るか」

 

 こうして昨日やり残した仕事を終えて、達也たちはちゃっかり観光してから東京へ帰るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 十月二十六日、金曜日。論文コンペ前々日の夜。

 達也の自宅には深雪と水波が来ており、映像通話の先には亜夜子がいた。

 エリカはいない。もう護衛の必要はないのと、見せたくないものがあったため、今日は来ないよう伝えていた。

 

『達也さん、先日は周公瑾に関する情報、ありがとうございました』

「どういたしまして」

 

 達也が月曜日に手に入れた情報は、葉山を通じて黒羽家に伝えられている。それを元に、黒羽は周公瑾をこの一週間探し続けていた。

 

「どの程度まで絞り込めている?」

『ほぼ特定できました』

「そうか、さすがは黒羽。それで?」

 

 達也の質問に、亜夜子はわずかな躊躇を見せた。

 

『それが、信じがたいことですが、国防陸軍宇治第二補給基地。そこに匿われているとみてほぼ間違いありません』

 

 隣と背後で息を呑む気配がした。だが、達也はまさかとは口にしなかった。

 

「なるほど。中々見つからないわけだ……亜夜子」

『…はい』

 

 ぞっとするような硬質の声で呼ばれて、亜夜子が硬い声で応えた。

 この声は達也の感情が限界レベルに達した証拠だ。一定以上の強い感情を持つことができない達也は、怒りがその水準に達した瞬間、感情の無い意思だけを外に向かって示す。国防軍の背信行為は、彼の許容限度を超えていた。

 

「悪いが、少し通話を保留にしても構わないか?」

『問題ありません』

 

 亜夜子の了承を得て、達也は通話を保留にする。コンソールに複雑なコードを入力すると、数秒後モニターに女性士官が現れた。

 

『達也くん、急にどうしたの?』

 

 達也が入力したのは、独立魔装大隊で藤林に割り当てられた緊急呼出用のコードだった。

 

「少尉、お聞きしたいことがあります」

『そう……』

 

 それだけで藤林の顔に理解の色が浮かぶ。

 

「見つかりましたか?」

 

 意図的に言葉を省いた達也の問い掛けに、藤林は諦め混じりのため息を吐いた。

 

『周公瑾の潜伏場所は見当がつきました』

「どこです?」

 

 達也の端的な問い掛けに、藤林は苦しげな表情を見せた。

 

『……憲兵隊が出動する予定になっています。大黒特尉は介入しないでください』

「それは特務規則の適用対象になっていません。藤林さん、周公瑾は何処にいるのですか? 協力を約束した九島家の縁者として、答えてください」

『……国防陸軍宇治第二補給基地の内部です。達也くん、もうこの件は国防軍に任せて。幾ら君でも基地に不法侵入したことが分かったらただでは済まないわ』

「分かりました。それでは」

『達也くん!?』

 

 何に対して「分かった」と言ったのか明らかにせず、達也は通信を切った。それだけでなく、コンソールを操作して藤林からの着信を一時的に拒否した。

 深雪と水波から目を丸くしている雰囲気を感じつつも、達也は亜夜子との通話を再開する。

 

「裏付けは取れた。計画は?」

『日没と同時に行動を開始し、基地内に侵入します』

「侵入経路は?」

『複数のゲートから堂々と入らせてもらいます。フェンスを乗り越えるような真似はいたしませんわ。もちろん、中から逃げ出された場合に備えてゲートの外にも人を配置しておきます』

「そうか」

 

 達也はそう呟いて、端末で国防陸軍宇治第二補給基地の地図を表示、脳内で戦力を確認する。

 

「周公瑾の逃げ道を塞ぐための戦力は、おそらく足りそうだ。現地で落ち合うのは無理だと思うが、時間になったら俺も突入する」

『分かりました。達也さん、作戦時に通信はつながりませんので』

「ああ。亜夜子、それに文弥にも伝えてくれ。油断するなよ」

『はい』

 

 亜夜子の返事に頷いて、達也は通話を切る。そして、隣で話を聞いていた深雪へ体を向ける。

 

「聞いての通りだ。作戦と配置は明日、現地で全員が揃ってから伝える……それで、深雪はどうしてここに?」

 

 質問の形を取っているが、達也は深雪の用件に予想がついていた。これは確認の意味でしかない。

 

「今回の任務において、全裁量を任されている兄さんに、許可をいただきに来ました」

「何の許可だ?」

「封印解除の許可です」

 

 達也と深雪を繋ぐ封印──『誓約(オース)』。

 達也の『質量爆散(マテリアル・バースト)』を封印するための魔法。

 

 この魔法により封じられているのは、達也の力だけではない。達也の力を封じる為に、深雪は自分の魔法制御力の半分を常に兄へ向けている。

 達也の能力を解き放つことで、深雪自身の能力も解き放つことができるのだ。

 深雪がそれを望むということは……

 

「あの魔法を使いたいと?」

「はい。兄さんと私の初任務、確実に成功させ、後顧の憂いを絶つため。そして、()に私がどういう存在なのか知らせるため。私はあの魔法を使います」

 

 深雪は真剣な表情と強い意思の籠った瞳で達也を見つめる。

 

「分かった」

 

 二つ目の理由へ複雑な思いはあれど、兄貴が口を出すのは野暮というものだろう。ひとまず友人の想いが報われそうなことを喜んでおく。

 

 一年前の論文コンペでは深雪が、今年の論文コンペでは達也が。兄妹で許可を出す側は変わっているが、その後に続く儀式は変わらない。

 

 達也がその場で片膝をついた。

 深雪はその頬に手を添え、瞼を閉ざした達也の顔を上へ、自分の方へと向ける。

 深雪はそのまま腰を屈め、額に接吻る。

 唇が離れ、頬に添えられていた手が離れ、再び達也は頭を垂れる。

 眼を灼く程に激しい光の粒子が、達也の身体から沸き立つ。

 

 そしてその輝きは、一瞬のうちに収まった。

 

 去年、達也は活性化した想子(サイオン)こそすぐに制御できたものの、膨大な想子はしばらく達也の周りで静かに渦巻いていた。

 だが今年は違う。あり得ぬほどに活性化した想子を一瞬で制御下に置き、生じた膨大な想子も殆ど漏らすことなく自身の器に収めている。

 

「さすがです、兄さん」

 

 常軌を逸した想子の操作技術、深雪が感嘆と畏怖と陶酔の入り交じった呟きを零す。

 

 達也が目を開き、立ち上がる。

 

「ありがとうございます兄さん。ご武運を」

「ああ。俺の方こそ、深雪の成功を祈ってるよ」

 

 達也と深雪。去年とは違う関係性になった兄妹は、お互いにエールを送り合った。

 

 

 

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