TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
拝啓、母上様。
お元気でいらっしゃるでしょうか。私が行方をくらましてから、そちらではどのぐらい経過しましたか。
私は元気です。
今、私は異世界の亜人種の村で……皆のママをやっています。
「母上様、母上様。お花を摘んできました」
「母上~母上~。お腹がすきました」
「はいはい、皆、ちょっとまってね」
群がってくるのは二足歩行する犬のような、コボルド達である。舌たらずな声で私をひっきりなしに呼ぶ彼らの相手をしながら、私は晩御飯の用意をしている。
一応、コボルド達も手伝ってくれるが、火やフライパンが扱えるのは私だけだ。炎を怖がる彼らの為に、腕をまくってひたすら肉を焼いて野菜を炒める。
「はい、みんな。ごはんできましたよ」
「わーい」
「ごはんだー」
きゃっきゃとテーブルを取り囲むコボルド達。待ちきれないといった様子の彼らに苦笑しつつ、私もテーブルに着く。
「みんな手を洗った? じゃあ、はい。いただきますー」
「いただきます!」
「ますー!!」
飢えたようにごはんにがっつく子供達。そんな彼らの様子を微笑ましく見守っていると、傍らで控えていた数少ない大人のコボルドが小さく頭を下げてきた。
「いつもお疲れ様です、母上様」
「ああ、ううん。いいよ、別に。好きでやっている事だしね」
たくさんの料理を作るのは大変だけど、まあ喜んで食べてくれるのは嬉しいといえば嬉しい。
これだけわかりやすく喜んでくれると作り甲斐があるというものだ。
「それにしても、すいません。母上様の手を煩わせてしまって……」
「いいの、いいの。そもそも拾ってもらった御恩がこちらにはあるからね」
「はあ……そうですか?」
対面する親コボルドは、私がここにきてから生まれた子供でもある。生まれた時から村にいる私の事情を、良く知らないのも仕方ない。
「そうなんだよ。そういえば、私がどうしてこの村に来たのか、話していなかったかな」
せっかくの機会だ。
晩御飯がてら、私のこれまでの経緯を彼らに話す事としよう……。
◆◆
そもそも私はこの世界の人間ではない。
もともとは地球、日本の現代人である。それもむさくるしい無精ひげのおっさんであった。
会社とアパートの部屋を往復するだけで疲労困憊になる毎日を送っていた私は、ある日突然気が付けば見知らぬ荒野に一人転がっていた。
それだけではない。
最近たるんできたのでちょっと筋トレを頑張ろうかなとか考えていた中年ボディは、気が付けば10代前半のピチピチ少女に生まれ変わっていたのである。
いや、最初は喜んだよ?
訳が分からなかったが、体の調子がいいのは本当だったからな。肩は軽いし、足も軽いし、眼鏡無くても遠くまで見えるし。文字通り生まれ変わったような気分だった。
が、そのせいで、自分の立っている所が見覚えがない所か、日本かどうかも怪しいって事に気が付くのに時間はかからなかった。
少なくともあんなどこまでも続くこげ茶色の荒野は日本にはない。外国だったらあるかもしれないが、それなりに生物に詳しい私でも生えている植生にはまったく見覚えがなかった。
せめて東西南北はわかるかな、と見上げた先に、太陽が二つあったときは目がおかしくなったと思ったね。そんなこんなで、神様との面談とか謝罪とか全くないまま、私は異世界に転生、それもTS転生してしまった訳だ。いや、この場合は転移かな? この肉体が、行倒れの幼女に私が乗り移っているとかでなければ、だけど。
ちなみに幸いというか、スキルはあった。
混乱と驚愕のあまり、私が思わず「ここはどこだ、私は誰なんだ!?」と絶叫したら、電子音声のような抑揚のない声で答えが返ってきたのである。
『場所は 世界名:ヴァイザード アストラル大陸 ネヴィツ平原 通称:死の荒野。貴方は 五十嵐蓮司 です』
「ホワアイ(驚愕)!?」
『私は スキル “Q&A”です』
という事らしい。
まあ早い話が対話型辞書が私に与えられたスキルらしい。助かると言えば助かるんだが、正直もうちょっと物理的なスキルが欲しかったという所だ。
なんせ、こんな感じである。
「お前が何なのか分かった。で、私が生き伸びるためにはどうすればいい?」
『この場所は通称、死の荒野です。準備をした旅人でも、生存は困難な領域です。事前準備の無いマスターがこの領域で3日後まで生存できる可能性は0%です』
「絶対に死ぬという事ですかあ!?」
ときたもんである。いや、助かる見込みのない余命宣告ってこんなにきついものなのかと思ったねほんと。
ただ、流石にただ無慈悲なだけではなかった。
「なんかこう、ちょっとでいいから生き延びる可能性とか……」
『計算中…………ここから左に、ひたすら歩いてください。そちらの方向には、亜人種のテリトリーが存在します。運よく人間に対し好意的な種族の集落に接触できれば、生き延びれる可能性があります』
「その可能性はどのぐらい?」
『マスターの精神的健常さを維持するために、確率を数値化する事は推奨できません』
まあつまり0%ではないというだけの話らしい。
とはいえ他に選択肢はなく、私はぺたぺた、荒野をひたすら歩き始めたのだ。
んで、すぐに割と限界にきた。
転移する前、私は間違いなくユニ●ロの服とランニングシューズを身に着けていたのだが、この少女ボディが身に着けていたのは白いワンピース一着で、靴すらもない。やわらかな素足で荒々しい焼けた荒野の地面を歩いていたら、どれだけ気を付けて石をよけていても足の裏がズタズタになってくる。
おまけに、頭の上では二つの太陽がカンカン日照りだ。汗は出ないけど、それは湿気が少なすぎて流れた瞬間に蒸発しているってすぐにわかったね。
で、何キロも歩かないうちに、限界を迎えた私はばたりとその場に倒れてしまった。
喉はカラカラ、視界はぐらぐら、意識は朦朧。
もうスキルに問いかけるでもなく、私は死にかけだった。
「……、…………っ」
『はい。残念ですが、マスターの単独行動に必要なリソースは底をついています。あと30分、この状態が続いたら生命活動は不可逆的な衰退を始めます。その先に待つのは死です』
言葉に出さなくても回答してくれるのは助かるけどいくらなんでも無慈悲すぎるなあ。
虚ろな意識で、それでも先に進もうと荒れ果てた荒野に手を伸ばし……そこで、私の意識はぶつんと途切れた。
「あれ? 誰か倒れてる?」
「ほんとだ。死んでる?」
「生きてる! 村に運ぼう!」
そして、気が付いたら私は小さなコボルドの村で寝かされていた、という訳だ。
「……、…………」
「あ、目が覚めた!」
「無理しないで。喉が渇ききってひび割れてる、しゃべろうとすると血が出るよ」
ベッドに寝かされたまま身動きの取れない私を取り囲むのは、二足歩行する犬……いや、チワワだかプードルみたいななんか可愛い奴らだった。
もちろん見た目が可愛いからって無害とは全く限らないんだが、死の淵から戻ってこれて意識もふわふわしていた私にとっては、その愛嬌ある彼らの見た目は精神的にとても安らぎを覚えた。
なので、気が付けば得体のしれない生き物の巣に連れ込まれているという状況に慌てることもなく、おとなしく彼らの介護を受けていた。
思えば、彼らは実に献身的に私を介護してくれた。手つきこそ危なっかしかったものの、背中を起こして水を飲ませ、汁気たっぷりの果物の皮をむいて口に運んでくれたり、とにかく彼らの甲斐甲斐しい介護がなければ、せっかく拾った命を落としていたかもしれない、というのは言っておこう。
だから私は思ったんだ。
私がいつまで生きられるのか、どこまでやれるかわからないけど、命のある限り彼らに恩を返そうってね。
それが、私と彼らの関係の始まりだった。
◆◆