TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
さて。
行商人のラヴェルさんだが、商売人が着の身着のまま歩いているはずもない。
恐らく馬車か何かを砂嵐で失ったはずだとみて、私は集落の若い者を連れて探索にでかけた。
「ありました、ママ!」
「ラヴェルさんのに間違いはないかい?」
「はい、見覚えがあります!」
馬車そのものはすぐに見つかった。村の周囲にはなかったけど、ちょっと出歩いてスキルを使えばギリギリひっかかったのである。
5人ほどのコボルド達と共に向かうと、雨で茶色くなった砂原に半ばめり込むようにして転がる馬車の姿が見つかった。馬の姿は無い。残念ながら砂嵐に耐えられず、お亡くなりになった後、獣の晩餐になってしまったようだ。これもまた自然の倣い、仕方ない話ではある。
とりあえず周辺に転がっている荷物ともども、馬車を回収する。が、そこでちょっと問題があった。
「わふん、車輪が外れてます……」
「だなあ。ぼっきりだ」
そうなのである。かなり太く作られている筈の鉄製の車軸、それがぼっきりいっているのである。まあ大自然の恐るべき力を考えればそうおかしな話ではないが。
問題は、これを現状、修理する手段がないという事である。他にも車輪や馬車そのものも破損していたが、こっちは木製なのでどうとでもなる。
ただ鉄の棒は無理だ。何かでくっつけたとしてもすぐに駄目になるし、そもそもくっつける手段もない。電気も何もないこの世界では、溶接だって非現実である。
この馬車は死んでしまった、そういう他は無い。
「ううむ……」
「どうします?」
「とにかく、分解して集落に持ち帰ろう。荷物もあるしな」
という訳で、馬車はその場で分解、組み替えてソリみたいにして集落まで引きずっていく。この間の砂嵐のおかげで辺り一面は薄く砂に覆われており、雨が降った事もあって一面ぬかるんでいる。見た目に反してパワーのあるコボルド達の力を借りれば、集落まで引きずっていくのはそう難しい話ではない。
「おーえす! おーえす! ほらー、気合をいれろー!」
「わっふん! わっふん!」
「えいさっ! ほいさっ!」
私の掛け声のもとで息を合わせ、ぐいぐい馬車を引っ張っていくコボルド達。尻尾もぶんぶん振ってわりと楽しそうである。何かの本能が目覚めたのか、ついには一匹が手綱を手放し、口で咥えて四足歩行で引っ張り始めた。それを見て他のコボルド達も倣って四つ足でひっぱりはじめると、途端にぐいっと引っ張る速度が加速した。
「わわっ」
山車の気分で馬車にまたがって指示を出していた私は、急加速にバランスを崩して屋根にしがみつく。
私の合図が途絶えてもコボルド達は元気いっぱい、駆け出すとそのまま集落まで一直線だった。
「わふん、わふん! たーのしー!」
「やるぜやるぜおれはやるぜー!」
「そうかやるのかやるならやらねばー!」
た、楽しそうだね君達……。
そうして、馬車を集落に持ち帰ると、ラヴェルさんは床に頭を擦りつけて土下座せんばかりにコボルド達に感謝していた。
「ありがとうございます、ありがとうございます! まさか商売道具や荷物が返ってくるなんて……!」
「いやいや。馬は行方不明だし、軸も折れてるし……」
「それでも十分すぎるほどです! ありがとう……ありがとう……!」
何度も頭を下げるラヴェルさんを宥めつつ、私は老コボルドと顔を見合わせて苦笑したのだった。
◆◆
それはともかく
個人的に、このまま軸が折れたままにしておくのは流石に気が咎める。
ある意味ちょうどいい機会だ。コボルド文明のレベルアップも兼ねて、軸を修復しようと私は考えた。
「でも実際、どうするんです? 僕達、鉄なんか作れませんよ?」
「ふふん、私を舐めるなよ」
そもそも、考え自体は前から無いでもなかったのだ。ただ子供たちの世話が最優先だったので後回しにしていただけである。
子供たちも大きくなってきたし、どの道そろそろ切り出そうと思っていたのだ。
製鉄が出来るようになれば、コボルド達の生活水準は大きく向上する。やらないという手はない。
「いいか。私に考えはあるが、お前達でちゃんと理解してやらなければ意味は無い。危険な事も多い、ちゃんと私の話を聞いて理解するんだぞ!」
「わふん! わかった、ママの話を聞きます!」
「僕も頑張るー!」
なぜか子供たちも混じっている講習会の場。やる気と元気があるのはいいが、空回りしないか今からお母さんとっても心配です……。
まあいい、説明を始めよう。
製鉄に必要な要素は大きく分けて三つ。
原料となる鉄。そしてそれを溶かすだけの高温を出せる炉と、それを動かす燃料である。
まず鉄についてだが、これが一番大事でかつ一番大変だ。なんせ、この周辺にある鉄資源など点在する低品質な磁鉄鉱の塊だけであり、到底製鉄には使えない。日本のように川から砂鉄を集めるという手段も、雨季にしか川の存在しない枯れ果てた荒野では非現実的だ。
スキルで確認しても、この近隣に鉄鋼石の鉱脈は無かった。
まとまった量の鉄が手に入らないのでは、加工のしようもないという訳だ。
しかし、その問題はつい先日解決した。
覚えているだろうか、砂嵐の時、雷の音が響いていたのを。かなり大きな雷が、この近隣に何度も落ちた。その影響で、一部の岩石が磁石化しているのを発見したのである。
それらの磁鉄鉱そのものは、製鉄に使えるようなものではない。だがその磁石化した磁鉄鉱を縄でしばり、砂の中をさらってみると結構な量の砂鉄が取れたのである。
勿論量はたかが知れているし、精錬には手間がかかるが、それでも岩から鉄を取り出すのよりはよっぽど敷居は低いはずだ。
次に炉。これに関しては問題ない。先日、野火を利用して確保した焼成レンガを利用して反射炉を作ればいい。本来反射炉は、文明が発達してようやく開発される技術の結晶だが、基本原理を理解していればそう難しい造りのものではない。スキルで確認しつつ、設計図そのものは引き終えてある。コボルド達の協力があればすぐにでも製作は可能だ。
そして、最後にして最大の問題点が、燃料である。
そもそも焼成レンガの製造を自然現象に頼ったように、このあたりは燃料となる木材が少ない。雨季が来た事で植物たちは一斉に芽吹いてはいるが、勿論それらは燃料にはならない、みずみずしすぎる。そもそも、それを踏まえても量が少なすぎる。この辺りの植物を燃料として取り尽くしてしまったら、私達に待っているのは飢え死にだけである。
鉄も炉もあるのに、燃料がなければ製鉄は出来ない。結局諦めるしかないのか……その状況が変わったのも、やはり砂嵐によるものだった。
『回答:嵐の影響で、断崖が崩壊しています。その地層内から、高品質の石炭が露出しています』
そういう訳である。
思えば地球でも、現在荒れ果てた乾燥地帯であっても、遡れば過去は非常に自然豊かであり、地層を掘れば石炭をはじめとする資源がわっさわっさ、という場所はいくらでもあった。その例にもれず、どうやらこのあたりも過去は自然豊かな土地であったらしく、掘ってみれば大量の石炭が埋まっていたのである。聞けば、“葉っぱの石”はコボルド達も昔から知っていたのだそうだ。ただ、触ると手が真っ黒になるから嫌われていたとの事。
そりゃそうだ。知らなければ、これが燃料になるとは思わない。
とにかく、これで必要な要素は全て満たされた。
「雨季が終わり次第、準備にとりかかる! 皆も心しておいてくれ!」
「わふーん!」
「わふわふ!!」
尻尾をフリフリしながら、遠吠えのような声で賛同するコボルド達。元気がいいのは助かるが、本当にわかってんだろうな……?
まあいいか。
自由で気ままなのが彼らの良い所だしね。