TSママ、異世界を行く   作:オギャアデバブゥ

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『ママと商売』

 

 

 さて。

 

 コボルドの集落が瞬く間に過ぎ去る雨季を堪能している間、私はちょこちょこラヴェルさんの様子を見に行っていた。

 

 なんせ商人である。善性の人物である事は認めるが、本人も言う様に安く仕入れて高く売るのが彼らの生業。コボルド達が不当に買いたたかれていないのか、スキルの力を借りて相場をチェックしにいったのである。

 

 まあ、要らぬ心配だったがな!

 

「という訳で、コボルド産の毛織物はこれぐらいで、こういうレートで……」

 

「ふむふむ……」

 

『回答:きわめて適正価格と言えます。人類社会においては、変わった毛織物はステータスの一部として富裕層に重宝されます』

 

 どうやら要らぬ心配だったようである。

 

 少なくとも調べる限りでは、ラヴェルさんとコボルド集落はまっとうな取引をしていた、とみていいだろう。正直ちょっとホッとした。

 

「ご安心していただけましたか?」

 

「ええ、まあ。失礼しました」

 

「いえいえ。私としてもコボルド達は純粋過ぎてちょっと心配になるから、貴方のような方が居てくれて助かります」

 

 大人同士の会話をしていると、ノックも無しにキィ、と扉が開いた。

 

 顔を向けると、そこからシローが顔を出した。小さな我が子は、ぷるぷるしながら器に乗ったお盆を手に、覚束ない足取りでこっちにむかって歩いてくる。

 

「えっちら、おっちら……わふん!?」

 

「わあ!? シロー、危ない!」

 

 慌てて身を乗り出してお盆を支える。ぺたん、と床に倒れ込んだシローは、舌を出して「えへへ……」と誤魔化し笑いを浮かべた。

 

「もう、大丈夫? びっくりした……どうしたの?」

 

「その。ママのお手伝いしようと思って……」

 

 立ち上がったシローの毛から汚れを払ってやると、ちょっと気まずそうに顔を逸らしながらそんな事を言うシロー。私は一瞬押し黙って、続けて小さく笑った。

 

「もう。そんな事気にしなくていいのよ。でもありがとうね。ほら、こっちにいらっしゃい」

 

「えへへー」

 

 我が子を胸元に抱き寄せる。お盆の上に載っているのは、アーモンドミルクで煮込んだ粥か。

 

 私はそれをラヴェルさんに手渡し、自分は膝の上にシローを乗せた。

 

「どうぞ、食事です」

 

「これはまあ、助かります」

 

 木彫りのスプーンで粥を食べ始めるラヴェルさんを他所に、我が子を構い倒す。

 

 シローの両手を握って、わちゃわちゃとポーズさせる。

 

「ほーれ、へん、しーん! らいだー!」

 

「きゃっきゃ」

 

 我が子は何が何だか分からないけど、構われている事そのものが嬉しいらしく、耳をぴーん! 

 

と立てて尻尾をフリフリ、舌をべろんとはみ出させて喜んでいる。その舌をつんつん、とつつくとぴょい、と引っ込むんだけど、すぐに緩んでべろり、と出てくる。それをまた突いて中に戻す。

 

 ふふ、楽しい。

 

「わふーん、わふぅ」

 

「うーん、シローの毛皮はいつもふっわふわねえー」

 

 舌遊びを堪能して、ぎゅーっと抱きしめて毛皮に顔を埋める。

 

 犬吸いにして子吸いである。

 

 人間と違ってコボルド達はこの環境に適応しているらしく、不衛生な臭い……例えば生乾きの雑巾のような匂いは一切しない。

 

 するのは天日干ししたお布団のようなフカフカの匂いだけである。すぅーー、はぁーー。いい匂いー。

 

「わふぅん、ママ、くすぐったいよぅ」

 

「ごめんねえー。あと少し、もう少しだけー」

 

 そんな感じで我が子とじゃれ合っていると、くすくす、と笑う小さな声。

 

 見れば食事を終えたラヴェルさんが、私達をみて微笑ましそうに笑っていた。

 

 ちょっと恥ずかしくなって我が子の毛皮から顔をあげる。

 

「いやはや、仲がよろしいのですね」

 

「ええと、まあ。はい。親子ですので」

 

「ママは僕のママだもん!」

 

 ふんす、と鼻を鳴らして自慢げなシローの頭をなでなでする。

 

 うんうん。お前達は自慢の子供だものねえ。

 

「時に、レンジさん。一つお伺いしたいのですが……」

 

「はい?」

 

「この粥に使われている、乳の事なのですけども。確かこの村では、家畜は飼っておりませんでしたよね? そして近隣に、人間の村は無い……」

 

 ベッドの上で、真剣な顔でラヴェルさんが問いかけてくる。どうやら、アーモンドミルクの事が不思議でしょうがないらしい。

 

「もしや、これは伝説に聞く、聖乳(ソーマ)という奴ではないのですか?」

 

「そーま??」

 

「ええ?」

 

 え、なんでそうなるの。随分と考えの飛躍をしていらっしゃるのでは……いや、でもそうおかしくはないか?

 

 この世界で一般的に飲まれれてるのが牛乳なのか山羊の乳なのかはよく知らないが、すくなくとも大多数は動物性たんぱく質だろう。このような、植物性たんぱく質の乳液なんて、一般的にはなじみがなくてもおかしくはない。

 

 そもそも史実のアーモンドミルクだって、ミキサーが登場するまではコックが一日かけて用意するような超高級品だったのだ。この村では、コボルド達が暇さえあればゴリゴリやっているのもあって脅威のリッター単位の生産力を備えているがこれが例外なのは言うまでもない。

 

 いやしかし、それにしたってソーマ呼びは、うふふ、大げさだなあ。

 

「あはは、どうやら勘違いしていらっしゃるようす。これは単に、この辺りで取れる木の実をふやかして磨り潰したものですよ。そんな、伝説に出てくるようなものではありませんよ?」

 

「し、しかし……私はこれを呑んでたった数日でここまで体調が回復しました。普通では考えられない事です、これこそ万病への特効薬であり、死人すらよみがえらせるという伝説のソーマではないのでしょうか? そして、その作り方をしっている貴方は、もしや……」

 

「ぶふっ!」

 

 真面目腐った顔でそんな事をラヴェルさんが言い出すものだから、私は思わず吹き出してしまった。

 

 なあにそれ、おっかしい! もしかしなくても揶揄われてるでしょ。

 

「あははは、ご冗談がお上手で。ふふふ、でしたらちょっと作り方をお教えしますよ。そうしたら、ラヴェルさんも納得いただけるのでは?」

 

「ママ、作る? ごりごり?」

 

「ええ、そうね。皆をちょっと呼んできてくれるかしら。ラヴェルさんがお乳の作り方を知りたいんですって」

 

 あいわかったー! とシローが元気よく膝から飛び降りて外に走っていく。その元気な様子を見ながら、私はさて、どうやってこの信仰心の篤い商人さんを納得させようかと頭を捻るのだった。

 

 

 

 

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