TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
遠くでゴロゴロと雷が唸っている。
雨を伴わない嵐の訪れは、短い雨季の終わりを告げる鐘の音だ。
じきに乾いた風が大地を刻み、湖は干上がり、潤った台地は罅割れ硬く閉ざされる。
その前に、ラヴェルさんが回復したのは良好といえる。
そして、製鉄の準備も間に合った。
「よぉし、やるぞー」
「やるぞー」
「わふぅん」
雨季の恵みを蓄える傍らで、集落から離れた岩陰でせこせこ作っていた反射炉に火を入れる。薪を種火にコークスに火をつけると、どす黒い煙がもくもくと空に上がっていく。
言うまでもないが製鉄の経験なんてないから、まあ、スキル頼りの体当たりチャレンジなんだけど、まあうまくいってるかな。石炭がそんな簡単に燃えるかどうかはちょいと怪しいから、この世界の石炭は地球のそれと違うのかもしれん。まいっか。燃えて熱が出てるなら良し。
しかし明らかに健康に悪そうな色、雨季の間にやらなくてよかった、こんなのせっかくの水資源が汚染されてしまう。
炉があったまってきたところで投入するのは、子供たちが毎日砂原でおいかけっこするついでに集めてきた大量の砂鉄だ。磁鉄鉱を括りつけておくだけで無限に集めてきてくれるのだから子供のエネルギッシュさには頭が下がる。
その砂鉄を、反射炉で溶かす。まあ実際は耐熱煉瓦でもないし、繋ぎもコンクリではなく粘土なので数回の使用で駄目になってしまうだろうが、とにかく一度でも製鉄が出来ればいいのだ。今後については要相談、要研究、である。
ちなみに一連の作業は、コボルド達がびびりまくって炉から距離を置いているので、全部私一人で行っている。誰か手伝え畜生。
まあその分、他の所で頑張ってもらうけど。
「わっしょい、わっしょい!」
「わっふぅわっふぅ!」
コボルド達が木の板で仰いで風を送り込むと、炎がますます燃え上がる。そうそう、良い感じ。
「頃合いかな……」
私が栓を外すと、炉から真っ赤に灼けた鉄がとろとろと注ぎ口から滴りおちてきた。焼けた鉄の放つ異臭に、コボルド達が尻尾を丸めて後ろに下がる。
「わうわう!」
「くぅーん……」
「はいはい、そんなに怯えないの」
そうして溶かした鉄を、地面にまっすぐ掘った穴に注いでいく。所謂砂型という奴である、これも掘るのはちょっと苦労したのだがまあ詳細は割愛。
穴を満たすほど鉄を注ぎ込んだら、数日そのまま冷やして掘り出す。あとは表面のバリを、石をぶつけてこそぎ落して、はい完成。
粗鉄だし色も形状もあまりよくはないが、車軸の完成である。
あとは、これを馬車に組み込めば……じゃじゃん! 大破した馬車の復活である!
「よくできましたー、皆頑張ったわねー」
「わふぅー!」
「あぉーん!」
作業に参加したコボルド達の頭をワシワシ撫でて回る。皆、手や鼻づらが黒く汚れてしまっているが、嬉しそうに尻尾を振って馬車の完成を喜んでいた。
あとはこれを、ラヴェルさんに引き渡すのみである。
「という訳で、修復した馬車がこれです」
「これを……コボルド達が……?!」
そんな訳で、出歩けるまで回復したラヴェルさんの前に馬車を引っ張っていく。破損した車輪や車体も修復した馬車を前に、ラヴェルさんは驚愕に目を見開いていた。
「しゃ、車軸はどうしたのです?! この集落で鉄は作れないはずでは……」
「作れるようにしました。てへ」
「作れるようにしたぁ!?」
驚愕のあまり目を見開いてるラヴェルさん。目が飛び出しそうになってる……。
「はいはい、ちょっと落ち着いて。まあちょっとした創意工夫ですよ、本格的に鉄製品を量産するとかとてもとても。品質だって高くはありませんし」
「い、いやしかし……」
まあ困惑するラヴェルさんの気持ちもわかる。私みたいな小娘が、辺境の蛮族でしかないコボルド族に鉄をつくる方法を教えたなど、信じがたいし受け入れがたい。治安という意味でも。
なのでそのあたりもきちんと釘を刺しておく。これでコボルド族が鉄の武器で武装する危険な集団になったとか喧伝されると困るのはこっちだ。
「実際に車軸を作るのが精いっぱいでしたので。使った炉も壊れてしまいましたし……何より、コボルド達はあんまり火が好きではないですから、これきりですね」
「は、はあ……まあ、確かに。亜人種の皆さんは、大体概ね、炎を嫌いますからね」
「ですので、作業するのももっぱら私一人でして。大変でしたわ……」
しみじみーと語ると、ようやくラヴェルさんも安心してくれたようだ。苦笑しながら「お疲れ様でした」と労ってくれる。
そうなんだよー。ほんとに大変だったんだよ。
炎と鉄の匂いが沁みついたせいか子供たちにも距離を置かれて、挙句「ママ、くちゃい」とか言われちゃうし……ぐっすんよよよ……。
「まあこれで、ラヴェルさんも無事帰れる、という事で」
「それはありがたいのですが……しかし、馬が居ませんので。お気持ちはありがたいのですが……」
「勿論。そこも抜かりはありませんことよ」
私がぺちん、と指を慣らすといそいそと二匹のコボルドが前に出てくる。他のコボルドに比べても明らかに背丈が高くガタイがいい二匹は、そろって馬車に括り付けた縄を口に咥えると、ふんすと胸を張った。
「この二匹が、人間の街まで馬車を引いてくれるそうです。そうよね、お前達」
「わふん! いつものお返し、お返し! 頑張るわん!」
喋った拍子に取り落としたロープを拾い上げながら、決意表明。ちょっとお馬鹿な子だが、熱意は本物だ。
さて、ラヴェルさんはどう受け取るかな、とみていると、彼は何やら、そっと私の袖を両手で取った。
「あ、ありがとうございます……!」
うわ。涙目に涙声。流石にこれが演技だったら大したものだ。
「行商人たるもの、家財道具一式を失うのもまた宿命と強がってはおりましたが、本当は不安で不安で……! まさか大事な商売道具を直していただけただけでなく、このような気遣いまで……! このラヴェル・クーマシー、この御恩は死んでも忘れません……!」
「い、いえ、困った時はお互い様ですので……」
そもそも、このラヴェルさんがコボルド集落に良くしてくれたから、彼らは同じ人間である私を助けてくれた訳だしね。恩があるのはこっちのほうだったりするし。
「必ず、必ず! 二人のコボルドも、無事にお返ししますので! 必ず!」
「ま、まあ。よろしく頼みますね……」
『回答:ラヴェル・クーマシーの約束は本人は本気のつもりです。余程の事が無い限り、約束を違える事はないでしょう。信頼してよろしいかと』
ふーむ。ちょっと不安はあるけど、スキルの保証もあるなら大丈夫かな。