TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
あの子の亡骸は、集落から遠く離れた丘に埋葬された。
集落の近くには埋められない。匂いを嗅ぎつけた獣がやってくる恐れがあるからだ。
コボルド達は葬式をしない。毎日のように仲間が死ぬ中で、そんな事に割く時間はないからだ。
一通り悲しんで、それでおしまい。彼らには、過ぎ去った過去よりも明日の方が大事である。
だけども今回ばかりは、そういう訳にもいかなかった。
「赤ちゃんたち、どうしましょうねえ」
「そうねえ……」
コボルド達が取り囲んでいるのは、籠に入った四匹の赤ちゃん達。
彼らは自分達の運命も知らずに、すやすやと眠っている。
私は、いくばくかの不安を胸にコボルド達に問いかけた。
「あの、この子達、どうなるんですか。まさか、捨てたりなんか……」
「しないしない、子供は大切だもの。でもねえ、まさか母親が死んじゃうなんてねえ……どうしましょうかしら」
「まだ乳飲み子を抱えてる子が、三人いるわ。彼女らに、一匹か二匹ずつ、引き取ってもらって育ててもらうしかないわね」
なるほど。もともと多産のコボルドだ、分散させれば里親の負担も少なくなるだろう。
べつに、里親のコボルドがちゃんと育ててくれるかどうかは心配ない。彼らの善性は私が一番よく知っている。
だけどそれは、この兄弟達がバラバラに引き裂かれるという事だ。
確かにあった兄弟の絆が、無くなってしまう。
それはあの子が生きた証も、消えてしまうという事だ。
「あの」
気が付けば私は手を上げていた。
「私が、育てる訳にはいかないでしょうか」
そして、そういう事になった。
人間の私ではあるが、コボルドの赤ちゃんを育てる上での問題は別におおい訳ではない。
もともとコボルド達は、集落ぐるみで赤ちゃんを育てるのを手伝っているので人手は足りている。さらに言えば私にはスキルがあるので、赤ちゃんの要望を正確にくみ取って対応する事ができる。
それでも、流石にこの平たい胸からおっぱいはでない。出たら別の意味で問題だ。
だから母乳だけは、子育て中のお母さんコボルドにお願いして分けてもらう事になるのだが、そもそも彼女らだって自分の子に飲ませる分が一番大事だ。
そうなるとこの子達に飲ませる分が足りなくなってしまうので……そこを、なんとかする必要がある。
「おおし、頑張るか」
そこで出番なのが、いつぞや私が鑑識したアーモンドっぽい木の実である。
これを赤ちゃんに直接食べさせる訳ではない。
早い話がアーモンドミルクにするのである。
作り方は理屈は簡単。綺麗な水に木の実を浸して、ふやふやにふやかす。そしたら皮をむいて、中身のアーモンドを石の器の中でごりごりとつぶす。潰して潰してペースト状になったら水を加えて調整して、はい完成。
簡単でしょう?
まあ言うは易し、行うは難しの典型なんだが。硬い固形物のアーモンドをペースト状になるまで磨り潰すってのが重労働なのは言うまでもない。
「ふんぬぅーーー!!」
赤ちゃん達に集落のママ達が母乳を上げている間、私はひたすらゴリゴリゴリゴリ……。
見かねたほかのコボルドが手伝ってくれても、やっぱり私は一緒にゴリゴリゴリゴリ……。
朝から晩まで、赤ちゃんの面倒を見ながら、とにかくひたすらゴリゴリゴリゴリ……。
そうしてなんとか作り上げたアーモンドミルクを、綺麗な布にちょっと浸して、赤ちゃんの口元に運んで吸わせるのだ。
「ほーら、ミルクでちゅよー。たっぷり飲むのよー」
「みーいっ、みみっ。みぃ……ちゅ、ちゅ、ちゅ」
甘い香りのするミルクをかがせると、赤ちゃんが手をばたつかせて吸い付いてくる。夢中でくぴくぴ吸っているその様子を眺めながら、私はうっとりと目を細めた。
「ふふふ……たくさん飲んで、大きくなってね」
見れば、産まれた当初は肌色一色だった赤ちゃん達も、今はうっすらと毛が生えそろってきている。
白だったり白と黒のまだらだったり黒一色だったり。まあバリエーション豊か。これなら見間違える事はないよね。
「ふふ。イチローはママ似だねえ? きっと美人になるよ」
「みぃー? みみ……」
「おっといけない、おなかとんとんしましょ」
お腹がいっぱいになったのか、布を手で押しのける赤ちゃんにげっぷをさせて、次の子に。そうして、一日の大半をかけたアーモンドミルクは全部赤ちゃんのお腹に消えてしまうけど、私はとても満足だった。
「ふふふ、たくさん寝て、食べて、大きくなるのよ。ふふふ」
「いつもご苦労様です、レンジさん」
「いいって好きでやってるから。……それで、そっちは何やってんの?」
見れば、アーモンドミルクを入れていた器を手にしてどこかに行こうとしているコボルドの姿が。私に呼び止められて振り返った彼は、ばつが悪そうな顔をするが、私は騙されない。
犬ってさ、こう、飼い主に怒られたら反省してまーすって顔するけど、じつは全然反省してないよね、あれ。
「えへへへ……」
「はあ……おおむね残ったミルクをしゃぶろうっていうんでしょう、意地汚い。全く……そんなに飲みたいなら、明日作り方教えてあげる。自分の分は自分で作りなさい」
「えっ、いいんですか?!」
びっくりしたような返事が返ってくるが、別に私としては企業秘密でもなんでもない。現時点で赤ちゃんの分を作るのを手伝ってもらってるし。
原料になる木の実は普通に食べたら毒があるせいか、ここらの獣も食べないのでたくさんある。いっそ、この集落の特産品みたいにしてしまうのもありかもしれない。
そうすれば、今回のように母親を失った子供達が生き延びれる可能性は高くなるだろうし。
「ただ、今は静かにね。赤ちゃんが眠ってるから」
「はーい」
耳をペタン、と伏せておとなしく帰っていくコボルドを見送り、私は赤ちゃん達に視線を戻した。
籠の中ですやすやと眠る、私の天使たち。
この子達が私の子でいてくれるのは、あとどのぐらいの事だろう?
「ふふ……早く、おーきくなーれ、おーきくなーれ……あむ……」
頬杖をついて見守っていると、最近の激務のせいか、急に眠気が襲ってくる。
私はそれに逆らわず、眠りの闇に旅立ったのだった。
グッナイ。