TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
ぺろぺろ。
ぺろぺろ。
微睡みの縁で微睡んでいた私の意識を引き戻したのは、冷たくひんやりしてざらっとしたものが、くりかえし頬を撫でる感触だった。
「んみ。みみぃ、ママ。おきて」
「んぎぃー……」
「おきて、ママ。まんま」
舌足らずな声に急かされて私は顔を上げる。粗末な木のベッドから身を起こすと、枕元でふわふわの毛に包まれた子犬が、尻尾をふりふりしながら私を見つめていた。
真っ白な産毛に包まれた、もちもちのコボルドの子供。イチローだ。
「起きた、ママ!」
「ん。おはよう、イチロー」
「おはよ!」
ハイハイから不完全な二足歩行で抱き着いてくる子供を抱き上げ、もぞもぞとベッドから降りる。
空気はまだ涼しいを通り越してひんやりしている。まだ早朝だ。
薄暗い中、イチローを抱きかかえたまま子供たちを寝かせている篭に向かうと、他の子供たちは皆まだ熟睡中である。イチローだけが、お腹がすいて目を覚ましたらしい。
「イチロー、みんなまだ寝てるから、静かにね」
「えー」
いやいやする子を抱きしめて、ゆっくりと揺さぶる。するとやっぱりまだ眠り足りなかったのか、次第に目がとろーんとしてくるイチロー。
「んみぃ……」
「ほら、まだ眠いでしょ? しっかり眠りなさい」
「んー、やだぁ。ママと一緒に、いるぅ……」
うつらうつらと船を漕ぎながらも眠気に反逆するイチロー。しかしながら勝てる筈もなく、最終的にこてん、と首を倒して寝入ってしまう。その無邪気な寝顔に頬を緩めつつ、私はイチローを篭に戻そうとした、が。
「あ、ちょっと」
「Zzz……」
小さな指が、私の服をつかんで離さない。指をほどこうとチャレンジしてみるも、まるで溺れる藁のようにしがみついてきている。無理やりほどく事もできるが……。
「……まあ、いいか。よっこいせっと」
ずり落ちてきた子供を抱えなおして、しっかりと抱き直す。
今日はこのまま朝の巡回にいこう。
「一応確認しとくけど、子供たちはどう?」
『回答:体調不良は確認できず。全個体、健康です』
「そう」
篭の子供たちの様子を見て、念のためスキルも使ってチェックする。二重チェックは大事である。
「何か変化があったらすぐに教えてね」
『了解』
スキルの応答は機械的だが律儀で冗長性もある。空気を読めないのだけが致命的な欠陥ではあるけど、まああくまでスキルだ。上手く使っていくのが私の役目でもある。
まだ寒い集落の空気で子供の体が冷えないように、上からポンチョを被る。これも、集落のコボルド達が私の為に草を編んで作ってくれた一品だ。彼ら、意外と手先が器用なのである。
まともな工具が無いなりに作ったのであろう立て付けの悪いドアを開いて、私は早朝の集落に様子見にでかけた。
まだ薄暗い日の出前の集落。だが、朝の早い者はすでに動き出しているようだ。
思えばこの集落も私が来た時より随分と様変わりした。まあ大体、私の入れ知恵のせいなのだが。
以前は適当に石を積み上げたり、木を立てかけたりしただけだった住居は、干し煉瓦を積み上げたものに変わった。元々昔はこのあたりは水が豊富だったのか、あちこちに粘土の層が存在しており材料にはこまらないので、私の主導で煉瓦の大量生産を指示したのだ。干し煉瓦の家は昼は涼しく夜は暖かく過ごしやすい……まあ自前の毛皮を持っている彼らにとってどれだけ効果があったかはわからないが、少なくともコボルド達は喜んで住んでくれているから、それでいいか。
そして干し煉瓦の使い道はそれだけではない。
私はもくもくと煙を上げる煙突を見かけて、そっちの様子を見に行った。
「おはようございます。今日も朝から精が出ますね」
「あ、ママさん。おはようございます。いやあ、昨日たくさん皿が割れちゃって。急遽10枚ぐらい焼かないといけなくなっちゃったんですよ。んでついでに、水瓶も増やしておこうと思って」
簡素な造りの窯の前で作業しているのは、黒い毛皮のコボルド達だ。彼らは素焼きで器を作る職人さん達である。
ところでママさん呼びはなんで? べつにいいけど。
「んみぃ……」
「おっと、お子さん連れでしたか。はは、しがみついて離れなかったんですね」
「そうなんですよ。あるあるですか?」
「あるあるですねえ」
コボルドの集落だと皆子育て経験者である。育児あるあるで話が盛り上がった後、私は集落に異変が無い事を確認して家に戻った。
家に戻ったら朝ごはんの準備である。
集落でコボルド達が主食にしているのは、モコロ、と彼らが呼んでいるトウモロコシに似た植物の実である。
トウモロコシといっても現代で食べられている品種改良済みのそれを想像してはいけない。どっちかというとその原種に近い奴で、一房に実が数粒しかついていない。しかもその実はカチコチパサパサで、とてもじゃないがそのままでは食べられない。
じゃあどうするかというと、それを石の皿の上でゴリゴリと磨り潰すのだ。硬い皮を押しつぶしてでてくる中身はほろほろとしていて、実が全部粉になるまで磨り潰したら水をちょっとだけ加える。するとぽろぽろ纏まってくるので、さらにそれを捏ねると、ぱさぱさのドッグフードを砕いたような何かが出来る。
これが彼らの主食である。
そんでもって、子供たちには大人用はまだ早いので、アーモンドミルクでさらにふやかす。これがあの子達の離乳食。
ぶっちゃけると人間の舌からするとあんまし味がしなくて美味しくないんだが、コボルド達はこれが美味しく感じるらしい。まあ地球のドッグフードも、人間が食べて味がするようなもんじゃなかったしね。
それ基準で考えると、時々手に入る果汁たっぷりの木の実なんかは彼らにとって味が濃すぎて味覚どころか人生観が狂うレベルのものだそうだ。扱いが殆ど麻薬か何かである。
「ん……み……」
「おや、起きた?」
「ごはん……? まんま、まんま……」
と、そこで懐にしがみついていたイチローが目を覚ましたらしい。
目を閉じたまま嗅覚でご飯に反応する我が子に小さく笑みを浮かべながら、私はモコロを大皿に盛って眠っている子供たちの元に向かった。
「ほーらみんな、起きて起きて。朝ごはんですよ」
「んー? まんま……」
「みーい、みー……」
声をかけると、ぴくっと反応して足を蠢かすもの、一度顔を上げて再び眠り始めるもの、反応は様々だ。私はそんな子供たちを一匹ずつ抱え上げると、テーブルの周りに並べていく。
まだまだとろりとした目つきの子供たちの前に皿を置き、用意したモコロを運んでくる。
くんくん、とそのお鼻が匂いを嗅ぎ、ぱっと子供たちが目を見開いた。
「まんま!!」
「ごはん!」
俄かに騒ぎ始める子供たち。サブローがシャカシャカ這いずって足元によってくるのを拾い上げてテーブルに戻す。
流石の嗅覚というか、ご飯を嗅ぎつけるとこの通りである。元々は起きるまで自由に眠らせていたのだが、離乳食を食べるようになってからは嗅ぎつけ次第バラバラにキッチンを襲撃してくるので、いっそまとめて朝ごはんを食べさせるようになったのが事の経緯である。少なくとも睡眠時間は不足してないはずだ。そうだよね?
『回答:コボルドの幼体としては十分すぎる睡眠時間が取れています。問題は無いかと。規則正しい食事による健全な生活、それによる成長補正の方が勝ります』
それならよし。
「それじゃあ、皆。いただきます」
「いただー、きー! まー!」
「ただーますー!」
舌ったらずな声で適当に挨拶をかえす子供たち。まあ、コボルド達にはいただきますの習慣はないらしいしなあ。
木彫りのスプーンをわしづかみにして、へたくそに離乳食を食べる子供たち。ああ、ああ、そんなに零しちゃって。犬の口だとぼろぼろぼろ、食べた分の大半は零れてしまう。
「ああもう、そんなに口の周りをよごしちゃってえ」
「んみぃー」
「あ、ずるい、僕もー」
シローの口周りを拭いてやると、それを見て頓珍漢な事を言いだしたジローが器に鼻を突っ込んでくちゃくちゃにする。ああもう、綺麗な毛皮がぐちょぐちょじゃないの。
ええい、もう。
「ママ、あーん。あーんして」
「ああ、はいはい。ありがと」
かと思ったら、自分の分を掬って差し出してくるイチローとかもいるし。一口分ぱくりとすると、イチローは黒いお目目ヲキラキラさせて、さらに私に差し出してくる。こらこら、それはお前が食べないといけないでしょ。
「いいわよ、ほら、お返し。お食べ」
「! あーーん……」
「んああ、兄ちゃんずるぅい!!」
イチローにスプーンを差し出すと、期待にあーんと開かれる大きなおくち。が、そこに横から突っ込んできたサブローが横取りする。
笑顔でもぐもぐするサブローに、唖然とするイチロー。その目にみるみる涙がたまっていって。
「うわあああん!!」
「ふんぎゅみっ!?」
たちまち始まる取っ組み合い。手足の短い幼コボルド同士の喧嘩は可愛らしいけども、当人達は大まじめだ。おまけに周囲を顧みないから皿がひっくりかえるはテーブルがガタつくわ。さらには兄弟が喧嘩を始めた事にびっくりしてシローが泣き始める。
「びええ、びえええーーー!!」
「ふんみっ! ふんみっ! ふみみ!!」
「ふんみぃーー! ふんみっ! ふみみ!!」
もうしっちゃかめっちゃかである。
「ああもう、皆落ち着いて。ちゃんと全員分食べさせてあげるから、ほら。泣かないの! ああもう、どうしたら……」
『回答:教育理念としては不適切です。もう少し子供たちの自主性を尊重すべきかと』
聞いてるけど聞いてないの、今は! ああもう、全く!
そんな感じで、私の朝はしっちゃかめっちゃかである。まあこれも子供たちが大きくなるまで少しの辛抱、頑張り所という所である。
お母さん頑張っちゃうから!!