TSママ、異世界を行く 作:オギャアデバブゥ
「わふー、わふー」
「へっへぅ、へっへぅ」
がっちゃんこ、がっちゃんこ。
多数のコボルドの人海戦術で、焼きレンガがどんどこ積み上げられていく。
それを監督するのは私の仕事だ。気ままなコボルド達は放っておくと変な感じに積み上げてしまうのだ。まあ、その辺は仕方ない。
彼らは大きな建物を建築した事はまだ数回しかないからな。集会場も大変だった。
「そうそう、そっちそっち。あ、こら、ずれてる、やりなおし!」
「わふぅん!」
「えー、ダメなの? わふぅ……」
斜めにどんどんずれていくレンガの並びを修正させる。とはいえ、ある程度基礎ができればあとはきっちり積み上げるだけなので、そこまでやかましく言う必要はない。
レンガを積み上げ、粘土を塗って、レンガを積み上げ……。多少歪な所はあるが、どんどん大きな枠状の物体が出来上がっているのを見て、私は満足感に頷いた。
「よしよし、ん?」
そこでくいくい、とコートを引っ張る気配。視線を向けると、真っ白な子コボルドがくりくりした瞳で私を見上げている。イチローだ。
「ママ、アレ、何?」
「皆の為に水をためる設備を作ってるのよ」
「んー? お水?」
イチローは首をかしげながら建造途中の貯水池を見上げて、再び私に視線を戻した。
「よくわかんない……」
「まだ作ってる最中だからね。それより、どうしたの? 何か用事?」
「んんー……」
私の問いかけにイチローは曖昧に答え、コートにしがみついたまま所在なさげに手や腰を振った。尻尾が背中でぺたん、ぺたん、と揺れている。
ははぁん、なるほど。
母親が自分以外の何かに夢中になってるのを見て焼きもちを焼いたのかな?
「ほら、イチロー」
「わふぅ」
私はずっしり重たくなった我が子を抱き上げる。
少し前まで、片手で持てるぐらい小さかったのに、もうこんなに大きくなって。食べた物が全部肉と骨と毛皮になってるんじゃないかと思えてしまう。
よくもまあ、この厳しい環境でここまで大きくなったもんである。
「これが出来たら、たくさんの水をためれるようになるのよ。そしたらみんな、暮らしが楽になるわ」
「んんー?」
説明されても子供にはピンとこないか。それより、母親と一緒に入れるのが嬉しいらしく、抱きかかえられてから尻尾がぶんぶん振られている。
まあ可愛い。
小さな子供の面倒を見るのは大変だけどこの尻尾だけでおつりが来ちゃう。
「さあ、そろそろお昼の時間よ。皆を連れておうちに戻りましょう」
「ん。ジロー達、あっち」
「あ、ママ。後はやっておきますんで、お気になさらずー」
まとめ役も笑顔で手と尻尾を振っている。その両手も鼻先も粘土で茶色く汚れている。あとで何か差し入れしないとなあ。
そんな風に今後の予定を考えていた時だ。
『回答:条件付けにより自動的にメッセージを送ります。集落周辺に、砂嵐の発生兆候を確認。あと30分で危険域に達すると思われます。集落への避難を推奨します』
「……皆! 作業は中止! 砂嵐が来る、外に出ている人たちを呼び戻して!!」
「えっまじっすか!? 作業中止、中止ー!! 遠征班を呼び戻せーー!!」
スキルからの通達に慌てて声を上げると、コボルド達も一斉に作業を中断した。すでに彼らが私のスキルを疑う事はない、そこからの避難行動はスムーズだった。
私もまた、子供達を拾いに遊び場に向かう。こういう時、一人や二人は拾い損ねて……という事がお約束だが、スキルを使う私にそのあたりの落ち度はない。
イチローを抱えたまま、私は子供達の元に急いだ。
砂嵐。
死の荒野における、もっとも恐ろしい天災である。
砂漠や荒野になじみのない地球の日本人にはいまいちピンとこないが、実際の砂嵐、少なくとも死の荒野のそれは巻き込まれれば助かりようがない、死そのものだ。
普段から太陽に焼かれて高熱に達している無数の砂礫、それが突風によって大量に押し寄せてくるのだ。その密度は吹雪の数倍であり、前が見えないどころか、太陽の光は完全に遮られて世界は闇のように暗くなり、灼熱の砂が舞う事によって疑似的に気温も70度以上に達する。さらに細かい粉塵は肺を傷つけ、呼吸器に障害をももたらす。
そんな中を出歩いていたら間違いなく助からない。例え物陰に身を隠しても、高熱と乾燥によって高確率で命を落とす。
従来のコボルド集落では、風が強くなって砂が舞い始めるという前兆を見逃さないようにする、風の“匂い”が変わるのを感知する、ぐらいしか対抗策がなかった。いやまあ、犬並みの嗅覚を持っている彼らにはそれら環境の変化を感知するのはそう難しい事ではないのだが、問題はそれではすでに少し手遅れ気味、という事だ。
多くの場合は外に出ている仲間を見捨てて、集落の出入り口を岩でふさぐ事になる。一番ひどいときには、数十人のコボルドを見殺しにしなければならなかった事もあるという。
この集落の人数が一向に増えない最大の理由といってもいい。
だがしかし。私のスキルによって、その悲劇は未然に防がれた。
まだ前兆らしきものが濃くなる前にコボルド達は呼び戻され、集落の出入り口を岩でふさぐ。
それが終わってしばらくたってから、びゅうびゅう、と強い風が吹き始める。それは瞬く間に勢いを増し、ゴウゴウと天地が唸るような凄まじい嵐へと発展していった。
「おい、隙間が空いてるぞ!!」
「ちょっとまて、粘土をねじ込んでふさぐ、下がれ!!」
「レンガを積み上げろ、ママの許可は出ている!」
そうそう見ないレベルの大嵐に、慌てて封鎖を補強するコボルド達。子供達を連れて母親は小屋にこもり、あるいは皆で集会場に集まって互いに体を温めあう。
私もまた子供達を連れて集会場に集まり、身を寄せ合うコボルド達の真ん中で毛皮に包まれていた。
「ママ、怖い……」
「お空が怒ってるみたい……」
子供達はかわいそうに、すっかりおびえ切って耳をぺたんと伏せ、尻尾を足の間に入れてぶるぶる震えている。いや、それはほかのコボルド達もみんな同じだ。
白や黒、茶色のコボルド達は大自然の驚異に身を震わせながら、おしくらまんじゅうのように身を寄せている。
「ママ様、ママ様、私達をお守りください……」
「どうか、どうかこの砂嵐も乗り切れますように……」
「大丈夫よ、皆。大丈夫、心配はいらない。出入口はふさいだし、この集会場はちっとやそっとの嵐ではびくともしないわ」
干しレンガとはいえ、強度も重量も十分。砂漠の真ん中に突っ立っているならともかく、岩陰に隠れたこの集落の中でさらに集会場にこもっていれば、何の心配もない。
『回答:肯定です。現時点で、砂嵐が原因で落命に至る可能性は0%です。ここを動かなければ安全は保障されています』
「いいから、皆、遠慮せずにもっと集まっていらっしゃい。ほら、そこの壁に居る子。そんな所にいたら寒いわよ、こっちにおいで」
毛皮団子の真ん中から、距離のある子達にも声をかけて呼び寄せる。彼らは闇の中でもそもそと身を起こすと、這うようにしてこちらに合流してきた。
コボルド達のいい所として、人間より体温が高くて毛皮でふかふかな所があげられる。こうやって集まっているとあったかくて……あったかいと、安心するよね。
ついでに言えば、暖を取るために火を起こす必要もないので、一酸化炭素中毒の心配もないし。
ま、まあ、あえて言うなら人間である私はちょっと熱いんだけど……しかたないね。
モフモフを堪能していると、外でガラララ!! と大きな雷轟が響き渡った。地面を揺るがすような轟音に、びくびくっとコボルド達がすくみ上る。
「ひぃーん……きゅぅー……」
「わふぅん、わふぅん……」
「きゃいん、きゃいん」
あらまあ、せっかく落ち着いていたのに皆怯え始めちゃった。うーん。どうしようか。
「大丈夫だってば。そうだわ、砂嵐が終わるまで、私がお話を聞かせてあげましょう」
「お話?」
「わあーい! お話、好き! お話、聞きたい!」
率先して子供達がわあわあ声を上げる。それを聞いて、近くのコボルド達も顔を見合わせる気配があった。
「ええと……気がまぎれるなら、なんでもいいかな……」
「お、面白い話をお願いします……」
「ほいほい。じゃあ、そうね、何の話をしましょうか……そうだわ、私の故郷に伝わる、ある英雄の話をしましょう。『ときはむかし、あるところにみなもとのためともという男あり』……」
子供達には普段、アーサー王伝説の話とかしてるからね。今回は別系統にしよう。
という訳で砂嵐の音が鳴り響く中、それに負けないインパクトを誇る戦国ロケットランチャーの話を噛み砕いて語る私なのだった。
それは、砂嵐が収まり静寂が戻ってくる、真夜中まで続いた。
気が付けば、外で警戒にあたっていたコボルド達まで集まっての大講演会になってしまったが、何、たまにはこういうのもいいものだよね。
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