100 : 前世からの絆
90 : 魂の片割れ
80 : 生涯の友
70 : 親友
60 : 友達以上親友未満
50 : 友達
40 : わ、私達、お友達よね?
30 : 同じグループに属しているので、よく一緒に行動するけど別に友達ではない
20 : たまに会話する程度の知り合い
10 : 挨拶を交わす程度の知り合い
0 : 知らない人(無関係)
-10 : あの人、誰とも話さないよね。何考えてるか分かんないし、ちょっと苦手かな
-20 : こいつと会話するときテンション下がるわー
-30 : ていうか、むしろ会話したくない
-40 : ウザイ
-50 : カメムシ
-60 : ゴキブリ
-70 : ゴキブリの方がマシ
-80 : あいつ死なねーかなー
-90 : デスノートに名前書いた
-100 : 丑の刻参りをしている最中
以上が、ほむらの設定した〈好感度指数〉の全容である。
〈好感度指数〉は最大値100から最小値-100までの整数で表され、ある人物が暁美ほむらという人物に対してどのような印象を持っているのかを示す指標となる。当然、数字が大きいほど好感度は高く、逆に小さいほど好感度は低い。
そして、〈好感度指数〉は、ほむらがさっき3分ほどで編み出した新魔法を使用すると確認可能となる。新魔法を使用した状態で人を観測すると、ほむらに対する今現在の〈好感度指数〉が、その人物の頭上に表示されるという仕組みだ。
好感度の表示とかいうそんな訳の分からないことが、カップ麺と同じ時間で完成したなんておかしいのではないか。とは、ほむら自身思わないでもなかったが、できてしまったのだからしょうがない。魔法は何でもありなのだ。
暁美ほむらは神の力を借りパクした悪魔であり、宇宙の法則をも改変できる魔力を内包している。そんな彼女が、そろそろ本気出すか、という感じで頑張ってみたら思いの外あっさりと新たな魔法が誕生したということだ。断じてご都合主義などではない。
それはそうとして、彼女はなぜそのようなシステムを構築したのだろうか。
(まどかの好感度さえ分かれば、今の状況を何とかできるはず……!)
と、いうことらしい。
何度話し掛けても避けられ続けている現状。好感度が分かったところでどうしようもなさそうだが、ほむらは、それについては少々自信があった。
(フフ……、今こそ〈キミガヨ〉で鍛えた会話術を披露するとき)
と、いうことらしい。
ゲームで学んだ口説きのテクの数々を相手の好感度に応じて使い分けることで、やったねバッチリ好印象、となる計画のようだ。
つまるところ、ほむらはまだ少し現実とゲームを混同しているのだった。会話スキルの上昇は思い込みでしかなく、実際には会話のテクニックなど鍛えられていない。彼女はただ、与えられた選択肢を左クリックしていただけなのだから。
ゲームばかりやっていると、現実もゲームのようであればいいのにと考えてしまうこともあるだろう。大抵の人の場合それは考えるだけであって、害のない妄想のまま終わってしまう。
だが、ほむらは違う。彼女は現実を改変できるだけの力を持っていた。
それは、善き事なのか悪しき事なのか。今のほむらはそんなことを気にもしない。彼女の目には、最初からただひとりの少女しか映っていないのだった。
『ほむら、何かあったのかい? 結界を構築してたみたいだけど』
月曜日の午前7時。ほむらは主観時間でおよそ40日ぶりの登校に向けて身支度を整えていた。そんな彼女の脳内に、キュゥべえからの念話が送り込まれる。
時間を停止させたのは日曜の午後6時。そのため、ほむらの主観時間ではかなりの時間が経過していたにもかかわらず、実時間は13時間しか経っていない。
『何もないわ』
ほむらは適当に受け流した。
彼女は、普段よりも気合を入れて髪を梳いたり、胸元のリボンの角度調整をしていた。今日はとても大切な日だ。地球外生命体なんかにかまっている暇はない。
だが、ほむらはふと思う。宇宙人の〈好感度指数〉は如何ほどのものかと。それに、好感度確認魔法が上手く作用するかどうか、まずは動物実験で試してみるのも悪くない手だ。
『……キュゥべえ、ちょっとこっちに来なさい』
ほむらの呼び掛けに応じて、実験用動物が空間跳躍して出現する。
キュゥべえは己が何のために呼ばれたのか知る由もない。落ち着いた様子で室内を見回した後こう言った。
「おはようほむら。……ずいぶん散らかってるね」
その言葉を無視して、ほむらは好感度確認魔法を発動させた。
宇宙の重ね合わせ状態から望みのひとつが取捨選択されて波動関数が収縮し、暁美ほむらは世界を再び観測する。
宇宙人の小さな頭の上には、青字の極太明朝体で【1】という数字が浮かんでいた。
(【1】って……、ちょっと意外ね。てっきり【0】かマイナスだと思っていたのだけど)
好感度【0】は、対象人物とほむらが知り合いではない場合の数字として設定されている。ただ、感情というものが存在しない宇宙人だけは、例外で【0】になるかもしれないと彼女は考えていた。
それに、悪魔パワーを手にしてからは、これまでの恨みを晴らさんとして動物虐待を度々行ってきたわけだから、〈好感度指数〉がマイナスの値を示したとしても仕方ないとも思っていたのだが。
正直なところ、ほむらは少し嬉しくなった。
こんな奴のことなんてどうでもいいと思っていたはずなのに、実は嫌われてなかったのだと知ると不思議といい気分になるのだった。
「おや……? 今の魔法は――ちょっと待って――アレ? 宇宙改変を――」
ほむらが、たまにはペットに優しい言葉でも掛けてやろうかと考えた矢先。キュゥべえが急にバグり始める。その姿は高速で消えたり現れたりを繰り返し、さらに謎の金属音を断続的に発生させていた。
「は? ちょっと、どうしたの? こ、怖いからやめなさいよ」
唐突に始まった怪奇現象に、ほむらはぎょっとして立ちすくむ。まさか、好感度魔法が失敗したのだろうか。
ほむらが、どうしようどうしようとオロオロしていると、不可思議な明滅現象は始まりと同様に前触れなく終わる。
異音が収まり静けさの戻った室内で、宇宙人はいつも通りの無表情でほむらをじっと見つめている。キュゥべえは、暫くの間微動だにせずその真紅の瞳を彼女へ向けていたが、やがて静かに口を開いた。
「……君は、今、幸せかい?」
(何言ってるのコイツ)
キュゥべえの意味深かつ意味不明な台詞に対して、どのような言葉を返せばいいのか見当もつかず、ほむらは黙り込んだ。どうやら本格的に魔法失敗の可能性を疑わなければならないらしい。
「どうやら、宇宙は安定に向かい出したようだ。……じゃあ、そろそろ帰らせてもらうよ」
「待ちなさい」
ほむらは、踵を返す宇宙人を呼び止めた。
「帰るのは、この部屋を片付けてからにしなさい」
ほむらの部屋は、40日間の自堕落な生活のおかげで見るも無残な有様となっていた。当然、散らかしたのは彼女でありキュゥべえではない。それは、あまりにも理不尽な命令だった。
キュゥべえはゆっくりと振り返り、氷のように凍てついた表情をほむらに向ける。頭上には、【-1】という赤色の数字が音もなく浮かんでいた。
(あ、嫌われた……)
ほむらは、ほんの少しだけギクリとした。
「と、思ったけどやっぱりいいわ。自分でやるから……」
「そうかい」
慌てて言い繕うほむらに対してキュゥべえの返答は素っ気ないもので、ほむらは冷酷な響きさえ感じた。
キュゥべえの頭上に浮かぶ数字は、未だ【-1】のまま。
ほむらは、この無感情な宇宙人が、実は自分の発言や行動によって心象を変化させていたのだと知って衝撃を受ける。
彼女は、妙な気持ちの晴れなさを感じた。いざ他者の気持ちが透けて見えると、今まで気にもしていなかったことが、なぜか気になりだすのだった。
ほむらは、「もう帰るよ」と言い出したキュゥべえを制止する。
「……キュゥべえ。あなたが用意してくれたゲームのおかげで、色々なことを知ることができたわ。……その、あ、ありがとう……」
そして、躊躇いながらも感謝の言葉を口にした。
「礼には及ばないよ。君の命令に従っただけだからね」
それだけを言い残して、キュゥべえは空間転移する。
キュゥべえが姿を消す直前、ほむらは、その頭上の数字が【1】となっているのを確かに目にしたのだった。
「ふぁー……、あー……ねむ……」
「……あんた、結局何時まで起きてたの?」
大口を開けてあくびをする杏子に対して、さやかは呆れ顔で尋ねた。
二人が立っている場所は通学路の端であるため、登校中の生徒達が大勢通過していく。そんな状況にもかかわらず、杏子は乙女の恥じらいを一切感じさせない立ち振る舞いを披露しているのだった。
「さあね。最後に時計を見たときは、もう今日になってたかな」
「ハァ、バカはいつまでたっても学習しないんだね。だから、レポートは毎日少しずつでも進めたほうがいいって言ってたでしょ」
「うるせ。間に合ったんだからいいんだよ」
さやかと杏子はキツイ言葉の応酬をしており、傍から見ると、もしかして2人は喧嘩しているのではないかとも思えてくる。しかし、実際にはそのようなことはなく、彼女達にとってはこれが平常運転なのだった。
「あら、佐倉さんに美樹さん、おはよう。フフッ、朝から楽しそうね。」
そんな2人に、穏やかな調子で朝の挨拶を投げかける人物が現れる。
「お、マミだ。オハヨ」
「マミさん、おはようございます! 珍しいね、こんな早くに登校なんて」
微笑みをたたえながらエレガントに登場したのは、見滝原市の魔法少女達を束ねるリーダー的存在、巴マミその人であった。
「今日は日直なの。もしかして、2人は鹿目さんと待ち合わせ?」
「そうそう、ナイト気取りの誰かさんがお姫様をお守りするんだとさ。心配しすぎだっつーの」
「からかわないで、……2人とも、何度も聞くけど本当に何も感じないの? 上手く言えないけど、あいつは何かおかしいよ……」
深刻な表情のさやかが、声をひそめてそう言った。
彼女の言う“あいつ”が誰のことなのかは、マミも杏子も理解している。以前から、さやかはほむらのことをあまり良く思っていない様子だった。それが、最近になって鹿目まどかという少女が転校してきてからは、よりはっきりとした反発を態度に表すようになっていたのだった。
「“何か”って何だよ? ……でも、まあ確かにさやかの言うとおりかもな。ほむらを見てると、たまに訳が分かんねえ気持ちになるからな……」
「そうね……。私も暁美さんを見ると少し不思議な感覚になることがあるわ。彼女に何か大切なことを言おうとして、それが何なのかどうしても思い出せないってことが結構あるのよね……」
場に沈黙が降りる。
暁美ほむらという人物は、普通ではない。それが少女達の共通認識だった。
「おっはよう~。……あっ!? マミさん、おはようございます」
重苦しい空気を吹き飛ばすかのように、朗らかで明るい声が少女達に掛けれられる。声を掛けた少女は、マミに気が付くと若干慌てて丁寧な挨拶に言い直していた。
「おはよう、鹿目さん。別に畏まらなくてもいいのよ。私達は友達でしょう?」
「あ……、はい!」
“友達”の部分を少し強調するマミに、まどかは嬉しそうに返事をする。
急いで来たのだろうか、まどかは少し息を弾ませている。そんな彼女に、さやかと杏子も笑顔で挨拶を返した。
まどかという少女がいるだけで、その場が不思議とホンワカした雰囲気になる。つい先程まで神妙な面持ちだった少女達の表情は、自然と晴れやかなものとなっていた。
まどかはほむらと正反対だ。さやかは、ほむらの陰気な佇まいをふと思い出し、いま目の前で無邪気に笑っている鹿目まどかという少女と、暁美ほむらという少女はとても対照的なのだと気付く。
そして、名状しがたい不安を感じるのだった。
「おい、まどか。ほむらのことなんだけどさ」
杏子がまどかに話を振る。話題は暁美ほむらについてらしい。弛緩していた空気に少しばかりの緊張が走った。
「あいつのことは何も知らないんだよな? 何でか知らないけどアイツ、アンタにだけはおかしなくらいご執心のようだからさ。実は前に会ったことあるんじゃないのか?」
杏子の問い掛けを受けて、まどかは、笑う。
「……ほむらちゃんは――」
(ヤバイヤバイ! 早く行かないと!)
ほむらは駆けていた。ダッシュしていた。
まどかの1日の行動パターンを把握しているほむらは、彼女が毎朝さやか達と待ち合わせてから登校することを知っている。だから、まどかがさやか達と合流する前に、偶然を装って接触しようと目論んでいたのだが――
(部屋の片付けに手間取り過ぎたわ……!)
ほむらはキュゥべえが去った後、すぐに掃除を始めた。ゴミを種別毎にきちんと分別して見滝原市指定のゴミ袋に入れて、わりと真面目に地球環境に配慮していた。
だが、ペットボトル本体とキャップ及びラベルは種別が違うということを、片付けが終わりかけた頃に気付いてしまい、せっせとラベルをはがしてしていたところ、いつの間にやらとんでもない時間が経過していたのだった。
こんなときこそ魔法の出番のはずなのだが、目下全力疾走中の彼女はテンパっていて時間停止のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。
(ヤバイヤバイヤバイヤバ――あっ! あれはまどかだわ!!)
ほむらの前方100m先に、見まごうことなき可憐な後姿が見えた。だが、見えたのはまどかの姿だけではない。さやかに杏子、そしてなぜかマミまで居る。
どうやら間に合わなかったらしい。まどかと2人きりでお話しするチャンスは、放課後まで持ち越しとなってしまった。
ほむらは急に足が前に進まなくなった。彼女は走るのを止めてトボトボと歩き出す。そして、かつて友人だった少女達を眩しげに見つめた。皆、楽しそうだった。
ほむらは思う。自分は彼女達からどう思われているのだろうかと。まどかひとりの好感度を確認するつもりだったのに、どうしてだろうか、ふいにそんなことを気にし始める。
ほむらは時間を停止させた。
全てが凍りつき、鈍色となる。音の無い世界をほむらは歩き続ける。そして、少女達のもとへ辿り着く。皆、笑顔のまま彫像となっている。
何か言い掛けていたのだろうか、まどかは少しだけ口を開いていた。
ここまできて、ほむらは急に恐ろしくなる。もしかしたら、まどかから、みんなから嫌われているのではないか。もしかしたらではない、嫌われているはずだ。そもそも好かれていないからこそ、こうして好感度を確認しようとしているのだから。
(いえ、違うわ。まどかは誰かを嫌ったり恨んだりするような子じゃない。……そうよ、まどかは――)
ほむらは好感度確認魔法を発動させた。
そして、幻視する。
ほむらのほかは動けるはずのない停止した時間。極限まで圧縮された時間の中で、まどかがゆっくりと振り向いた。その瞳が黄金の輝きを放ち、鋭利な眼差しがほむらを射抜く。
まどかの全身から光が溢れ出し、世界が白一色で塗り潰されていく。ほむらは目を見開いている。まどかの口が微かに動き、言葉を形作る。【100】という数字が浮かんでいる。優しく微笑んでいる。
――私の、最高の――
暗転。
都合のいい宇宙が再選択される。
ほむらは、少女達の〈好感度指数〉を確認していた。各々の頭上に数字が浮かんでいる。
さやかは【12】、杏子は【33】、マミは【40】そして、まどかは【48】だった。
ほむらの心がかき乱される。皆の好感度はプラスの値を示していた。自分は嫌われているのではなかったのか。
彼女達の記憶は改竄している。だが、それが完全なものでないことは分かっていた。特にさやかは深層意識にほむらの所業が刻み込まれているらしく、態度が軟化することは終ぞなかった。
少女達にはおぼろげな記憶が残っている。それにもかかわらず、彼女達は自分を想っていてくれたのだろうか。自分の気持ちを、あの愚かな行いを、理解し許してくれたのだろうか。
ほむらはのぼせた頭でそう考える。みんながどれほど自分のことを気に掛けていてくれたのか、その想いに触れて涙が溢れそうになる。
すべてはまどかのため、あるいは自分自身のためでもあったのかもしれないが、ほむらはそう自分に言い聞かせて愚かな行為を断行した。
だが、それでもなお、少女達はほむらを嫌っていなかった。
やっぱり、彼女達ともう一度仲良くしたい。友達になりたい。そんな思いがほむらの頭をよぎる。全身に、震えが走った。
ほむらは、時間停止魔法を解除する。
そして、少女達に近づいていく。少女達がほむらに気付いて、驚き、戸惑いの目を向ける。
ほむらは立ち止まる。
そして、掠れた声で挨拶した。
「お、おはよう……」
まどかが、フッと妖しげに笑う。
「おはよう、ほむらちゃん」