固有名詞やパラメータは基本的にないです。
昨今話題のゲームを買ってみた。
何でも、まるで自分が異世界に来たと思えるほど自由度が高く没入感が凄まじいらしい。
いやー、最近のゲームってすごいね。寝っ転がって装置を着けるだけでそんなすごいゲームの中を動き回れるんでしょ。
俺は今まであんまりゲームをやってこなかったけど、やってみたら良かったかもなぁ。いや、今回買ったゲームみたいに現実と区別がつかないほどリアルなものは成人してからしか遊べないんだけどね。
俺が小さい頃、こういう没入型のゲームが普及し始めてすぐかな、あまりにもリアルすぎて、現実とゲームを混同しちゃう人が多く出ちゃってね。結構な社会現象になってたんだよ。
でも技術はもう革新しちゃってるし、何よりそういう没入型ゲームって
そこからまあ色々あって、成人前にプレイできるのは敢えてゲームだとわかるように加工された作品のみ、成人してからは没入型も解禁ってシステムになったんだよね。まあ、成人してからも体調の検査は必須なんだけど。
ゲーム機自体が常に俺たちの体を見てて、異変があったらログイン出来なくなるわけ。技術の進歩ってすごいね。
長くなっちゃったけど、俺が今回買ったのはその没入型の方ってこと。ただでさえリアルだと言われてた没入型VRゲームの中でも際立ってリアルで、やろうと思えば何だって出来るほど選択肢があり、それでいて個々人に併せて導線が引かれているためシステム面のストレスがないとかなんとか。
まあとにかくリアルですごいってわかってればいいよね。俺も詳しいことはわかんないし。
電源を入れ、装置を着けて横たわる。
俺はわくわくしながら機器に意識を滑り込ませた。
◇
はい。
気がつくと俺はシンプルな部屋に横たわっていた。家具としては簡素な机と椅子、そして俺がいるベッドだけ。
ここはVRベースだね。VRはもちろんゲーム以外にも学校とか買い物とかにも使われているんだけど、横たわった状態から直接意識を飛ばすと違和感に襲われるから中間地点としてこういう部屋が設定されてるんだよ。
意識は既に電脳世界にいるんだけど、ワンクッション置くのが大事らしい。現実に帰る時もこの部屋に横たわって齟齬を修正してからなんだよね。
慣れたことなので素直にベッドから起き上がると、俺は操作デバイスを呼び出して、読み込んでおいたゲームを起動した。
シンプルな部屋にすうっと線が入っていき、ブロック状に区切られ、それらがどんどんと色鮮やかな物質と入れ替わるように世界が再構成されていく。なんとも壮大でかっこいい演出だ。
ゲームってやっぱり最初からプレイヤーを楽しませようとしてあるんだなぁ。病院に行くのとは全然違うね。
俺がおおーと目を奪われていると、いつの間にかあたりは清々しい草原になっていた。ふわりと風が吹き、前髪が揺らされる。すん、と鼻につくのは土と青草の匂い。ほのかに暖かな外気が体を撫でる。踏み締めた足元はでこぼこと不揃いで、微かにじゃりりと音がした。
り、リアルだぁ。
えっ、俺今本当に草原にいるのか。
ゲームってすごいな。本当に没入してしまうぞ、これは。
俺がきょろきょろ辺りを見回したり、試しにぶちりと草をむしってみたり、むしった草を縒り合わせてみたり、一頻り楽しんだ後、自然と目の前に
いや、今までなかったのに、最初からそこにあったかのように在る。俺がはしゃいでたから収まるまで待ってくれてたってこと?親切だなぁ。
おしゃれな金縁で象られたハードカバーの本は、独りでにばらららら、と開くと目の前にこれまたおしゃれな……なんだこの文字、謎言語だけど読めるぞ。
まあとにかく文字列が飛び出て、それと同時に脳内でそれらが音声のように読まれていく。テレパシーっぽい。視覚からも聴覚……脳覚?からも読んでくれるんだね。
はーん。
ここでこれから遊ぶゲームで使うアバターと名前を決めると。
そりゃそうか。ゲームだもんね、リアルそのままじゃなくてもいいのか。一応既に作成してある他ゲームのアバターも使えるらしいけど、俺はこれが初めてだからそんなものはないんだよね。
やりたいことが出来るの一つ目として、なりたい自分になれるってことなら、俺はやっぱり
だって可愛い女の子が好きなんだもの。これから楽しく遊ぶんだから、自分が一番楽しめる姿でいるのがベストでしょ。
え、俺が美少女が好きな理由?普通に見ててテンションが上がるからだけど……?
俺は本の導きに素直に従って理想の美少女アバターを作成した。
肩甲骨くらいまでのストレート黒髪に、猫のようにぱっちりとした緑色の瞳。虹彩に黄色く円環が出来ている。ツンと澄ました顔は笑うと途端に人懐っこくなり、華奢な体格も相俟って幼さと大人びた姿勢が同居しているぞ。年齢的には16歳くらいかな。
これは美少女!可愛い!
鏡の前で一回転すると、ふわりと髪の毛が舞うのが素敵だね。声もあどけなく甘やかな響きなのがグッド。
ちなみにこれから行くゲームでは人間以外の種族もいるらしく、こういうアバターにも出来るよと獣耳が生えた姿とか機械っぽい姿とか無機物みたいなのも見せてくれたんだけど、人間の美少女になりたかったので人間だよ。
うむうむと満足していると、続いて本から基礎スキルを取るように誘導された。スキルってなんですか、本さん。
ほうほう、ゲームで自分の動作を補助したり、かっこいい技を使えたりするやつなんだ。へえー。
…………いや、思いつかないな。
だって俺このゲームでまだやりたいことわかんないし。普通のゲーム慣れしてる人たちだったらこの時点でもう決めてるのかな?あ、ゲーム世界にログインしてからでも大丈夫なんだ。
じゃあ後でにしようかな。
これからも本さんはユーザーインターフェースとしてゲーム内で使えるらしいので一安心。困ったことがあったら色々聞いていいとのこと。助かるね。
最後に名前決めか。カタカナっぽい名前の方がいいのかな。ふむふむ、やっぱり異世界なのもあってファンタジーっぽい名前の人が多いんだ。
うーん、それじゃあ本名からもじって「ラナカ」にしようかな。これから俺はラナカだ!黒髪緑目の美少女だよ、よろしく!
それじゃあゲーム世界にレッツゴーということで、没入型PVを鑑賞したあと、俺はゲーム世界に降り立った。
PVではなんかこの世界の成り立ちみたいなのが流れたあとに神様と英雄と悪役っぽい異形が争いあったり、目を惹かれる街並みや絶景が映ったり、とにかく綺麗で迫力があって面白かったよ。わくわくするね。
◇
ぱち、と泡が弾けるように視界が鮮明になる。
今の俺はどうやら石造りの建物の中にいるらしい。足元は光を失った魔法陣。草原じゃない景色は久々だなぁ。
えーと、さっきのPVから考えるに、俺は来訪者と呼ばれる存在らしい。プレイヤーがこのゲームで遊ぶための身分のようなものなのかな。来訪者はこの世界に招かれているから基本的に歓迎されるし、モノを知らなくても当然とされるとのこと。無知が許されているのは助かるね。
着ている服はシンプルなポンチョに履きやすいパンツ。旅装って感じだ。衣服はちょっと固めでごわごわしているが、デザインは結構可愛いかもしれない。まあそもそも俺が美少女なのでね。ラナカちゃんは何着ても可愛いぞ!
示された扉を開けると、途端にざわざわとした雑踏が満ちる。
多種多様な姿の人々の気配が、音が、活気が、びりびりと振動のように体に伝わってくる。はえー、すっごい。ゲームの中なのに、本当に生きてる感じがする。圧さえある。
目に映るもの全部が見知らぬもので、正に異世界に来たみたい。
俺は若干おっかなびっくり身を縮こませつつ、そのまま本さんの導きに従って街中を巡り、チュートリアルなるものを済ませていった。
ゲーム初心者がやっておくべきこととか身につけておいた方がいいことを丁寧に教わったぞ。
その過程で俺は冒険者ギルドで冒険者カードを作ったのだが、わかったことがある。
俺、たぶん戦闘と人付き合いに向いてない!
はい。
俺はこれが人生初めてのゲームな上に、今まで体を動かした経験もないときた。もちろんこのゲームは優しいから、体を動かす補助スキルを使えば自然に動いたり魔法を出したりできたんだけど、メンタル的にめちゃくちゃ疲れる。なにあれ。
よくPVの人達はあんなどったんばったん出来てたね?
凄すぎるよ。
加えて、
待って、本さんにその意味を質問させてくれ。そんな一気に言われても追いつけないぞ!とあっぷあっぷする羽目になり。
結局「わ、わかんないです、すみません、全部お断りします……」と言って逃げてきてしまった。
怖かった。リアリティがすごいから他人からの圧が怖い!
とぼとぼ歩いていたらラナカちゃんの可愛いお腹からくきゅるると音が鳴った。お腹が空いたってことか。いや、チュートリアルでも学んだけど、ゲームなのにお腹空くのってすごいね。
本さんからも満腹度が減ってきているから何かを食べましょうとお知らせが来ている。
俺はチュートリアルで貰ったお金を使って屋台のごはんを買った。店主の小人族のおじさんは小さい体でびゅんびゅん動いていて見ててすごかったし、この街は屋台料理が発展しているらしく、色んなお店があって楽しい。気分も上向いてきた。うむ、やっぱり街中をうろうろしているだけでも全部がリアルで楽しいな。
これだけでもこのゲームを買ってよかったと思えるよ。
ランチタイム中の他の人たちに習って大通りの端にある段差に腰掛け、食事タイムとする。
あむ、と硬めのパンっぽいもので野菜や肉を挟んだサンドイッチ系の料理をひと口。しっかりとした歯応えとシャキシャキとした食感だと思ったのも束の間、途端に芳醇な旨みと酸味、パンのほのかな甘みが襲いかかってきた。味覚の再現すっごい。
美味しい。えっ、現実で食うよりも美味いかもしれない。ええー、美味しいなぁ。
無心で食べ終わったあと、サンドイッチが包まれていた紙はほろほろとホログラムのように空中に溶けて行った。ゲームっぽい。なんだこれ。
はーん、ゲームだから無駄になるところはある程度簡略化されたり除外されたりしてるんだ。世界観に照らし合わせると、この世界では魔力というエネルギーが巡っているらしく、それらが著しく欠けた素材は崩れてしまう設定らしい。面白いね。
ぼんやり行き交う人々を眺めながら食後の休憩を取る。
こうしてみると、結構
ここは最初の街だし、来訪者は基本的にやりたいことでエネルギッシュなんだろうね。
そういえば、チュートリアルで貰った以外だとお金ってどうやって稼げばいいんだろう。このままごはんを買ってるだけだといつかは尽きてしまうんだけど。ポンチョ以外の服も買いたいし。
本さんに聞くと、今持っているお金はクエスト報酬とのこと。チュートリアルをしたため、
うーん、戦闘かぁ。戦闘はちょっとなぁ。
アルバイトとか出来たら良いんだけど……。
一旦冒険者ギルドに行ってみようかな。
チュートリアルによると、冒険者ギルドは来訪者補助も兼ねているらしいからね。
「街で働きたい、ですか?もちろん可能ですよ。今のところ募集をかけているのはこちらの店になりますね。近頃はずっと来訪者がいらっしゃってますから、人手を欲しがるところはたくさんありますよ」
目の前でにこにこしながら親切に対応してくれるのはメリダさん。冒険者ギルドで来訪者専門の受付を担当している金髪美人のお姉さんである。美少女もいいけどお姉さんも良いよね。妖精族らしく、耳が長くて尖っているのも可愛い。
チュートリアルを受けてたときの担当さんでもあるので、今のところ俺のゲーム生活で最も関わった人と言えるよ。もちろん、来訪者じゃなく住民である。
「本当ですか!ありがとうございます。えへへ、メリダさんに相談してよかったです」
この可愛い子ぶってるのは俺ね。俺っていうかラナカちゃんね。ラナカちゃんは真面目で人懐っこくて可愛い子だから。
メリダさんもラナカちゃんの可愛さにほんわかした笑みを浮かべている。他の来訪者に向けてたような営業スマイルじゃないのがわかるのって嬉しいね。
「いえいえ、来訪者を支えるのが私の役目ですので。ラナカさんのような可愛らしい方のお役に立てるなら本望というものです」
「えへへ……」
照れ照れしてしまう。
メリダさんはどうやらお姉さん気質のようで、頼りないラナカちゃんを結構過保護に引率してくれる頼れる人でありつつナチュラルに褒めてくる美少女キラーである。美人のお姉さんにおだてられると弱いぞ、俺は。
「どのような職種が良いなど希望はございますか?」
「うぅん、わたし、何もかもが初心者なので……。もしよかったら、メリダさんのおすすめってありますか」
「あら、私のおすすめですか。そうですね、ラナカさんは来訪者が多く居る店はあまり得意ではないですよね?」
「そ、そうですね。恥ずかしながら」
「加えてラナカさんは戦闘が苦手なようですから、それを補ってくれる人の方がよろしいかと。それで言うとエリュークの雑貨屋などどうでしょう」
「エリュークさん、の雑貨屋、ですか?」
首を傾げると、メリダさんはしっかり頷いた。
なんでもエリュークという人が営んでいる雑貨屋は基本的に住民向けなので来訪者は少なく、エリュークさん自身は様々なものを扱う職種柄戦闘に長けているとのこと。
寡黙ですが生真面目な男なのでラナカさんと相性は良いと思いますよ、と太鼓判を押されたため、メリダさんから推薦状を貰って雑貨屋さんに向かう。
地図も兼ねている本さんに導かれて少し入り組んだ街の奥へ。
「ここ、かな?」
見た目的にはこじんまりとしつつ、ほっと温かみのある可愛らしい意匠のお店。赤茶色で揃えられた煉瓦と、店先に並んだ植木鉢がマッチしている。あ、この植木鉢も売り物なんだ。
「すみませーん……」
飾り窓の嵌ったドアを押し開け、軽やかな鈴の音と共に店内に入る。
聞いたことのない音楽が流れているなぁ。素朴ながら跳ねるような明るい曲だ。奥にある道具から音が出ているみたいだね。少し大型の蓄音機のような……なんだろう、あれ。本さんによると魔道具らしい。魔法の道具ってことかな?
少し視線を横にするとペンや紙といった文房具もあるし、何かの液体が入ったビン、可愛いアクセサリー、包帯なんかもある。本当に色々扱ってるんだなぁ。
俺ここで働けるんだろうか。
既にだいぶ心がときめいているんだけど。わくわくする!
物に溢れて少し手狭な店内をゆっくり歩きながら、カウンターの方に向かうと、長い前髪で顔のほとんどが覆われた男がいた。髪の色は真っ黒だ。俺の艶のある黒髪と違って、若干紫っぽい色をしている。ファンタジー色だね。
何か作業をしていたらしい彼はこちらを見て……見ているのかな?目が見えないからわからないけど、立ち上がった。動作は思ったよりもゆったりとしていて、ベージュ色の長袖に赤茶色のエプロンを着けている。
え、すごい身長が高い!天井にジャンプしたら頭がついちゃいそう。
見上げないと顔が見えないぞ。ていうか手足が長いから動きがゆっくりに見えるんだな。
「いらっしゃいませ」
低く、ぞくぞくと背筋に痺れが走るような良い声で挨拶をされた。え、嘘、やばい、腰抜けるかと思った。
ラナカちゃんじゃなかったらへたりこんでたよ。ラナカちゃんは俺の理想の美少女なので初対面で腰抜かすとかはしません。
「こんにちは。エリュークさん、ですか?」
「…………はい。オレがエリューク、です」
エリュークさんが小さく頭を下げた。その拍子に後ろで括っていたらしい長い髪が垂れる。言葉少ないながらも不思議そうな感情が伝わってくる。雰囲気がぽやぽやしているというか。
なんか、声はとんでもなく良いしすごく大きいけど可愛い人だなぁ。ぬいぐるみみたい。
「初めまして。わたしはラナカといいます。あの、働くところを探していたところ、冒険者ギルドからこちらのお店を紹介していただきまして。あ、これが推薦状です」
「……ああ、ギルドから」
エリュークさんがゆっくりとした動きでカウンターから出てきて、俺が差し出した推薦状を受け取った。指先に黒いマニキュア?が塗られていておしゃれだ。
長い指でぺらりと中を検めたエリュークさんは、こちらを近くで観察するように少し身を屈めた。あ、この距離で見ると額に小さな角が生えてる。結晶みたいで綺麗だなぁ。
「来訪者の方、なんですね……?」
しっとりと囁かれるように声が来て、思わずびくりとしてしまう。俺はぷるぷる震えながらエリュークさんを見上げた。
「ら、来訪者だと働けないですか?」
「え、あ、いえ、違います。オレが知ってる、他の来訪者は、あまり街中で働かないので…………」
エリュークさんは少し動揺したようにしどろもどろに言葉を連ねたあと、ぽそぽそと「珍しいな、と思いました」と呟いた。
俺はほっと安心して、大きく息を吐いた。そのままぎゅっ、と手に力を込めて少しだけ距離を詰める。
「あの、わたし、来たばかりであまりモノを知らないのですが、精一杯学んで働きますので、どうかここで働かせていただけないでしょうか」
ぺこりとしっかり角度をつけて頭を下げる。
このお店、品揃えのセンスがもうすごいラナカちゃんに合うし、エリュークさんも穏やかで良い人そうだし、ここがいいです!働きたい!
「はい、ギルドから推薦状も、いただいてますし。こちらこそ、お願いします」
エリュークさんもその大きな躯体を折り曲げてお辞儀をしてきた。手足が余ってる、すごい。本当に背が高いんだなぁ、この人。
少しびっくりしつつ、俺の顔は自然と満面の笑みになっていく。
「ほ、本当ですか、ありがとうございます!えへへ、これからよろしくお願いします」
「……はい。えっと、ラナカさん、ですよね」
「はいっ、ラナカです」
「ラナカさんは、現在どこに住んでます、かね?」
「住む……?」
ゲームの世界で住むとは。
俺がはてなマークを乱舞させていると、エリュークさんは何かに納得したようにこちらを手招いてきた。
カウンターの奥へ行っていいってことかな?
俺がてってこ素直に着いていくと、カウンター裏の小部屋から通じる階段を示された。
「来訪者は、時折長く、この世界から離れます、よね」
ああ、ログアウトのことか!
この世界は俺以外のプレイヤーも遊んでいる都合上、俺がゲームに入っていない間も時間が過ぎていくため、住民たちは来訪者のことを来訪と不在を繰り返す存在であると認知しているらしい。
俺はこくこくと頷く。
「なので、大抵は、長期間宿を取ったり、来訪者用の住居に住んだり、するらしいのですが」
「そうなんですね……!」
知らなかったよ。チュートリアルでログアウトの仕方は学んだけど、教会のような安全地帯でって言われてたからみんなそこでログアウトしているものかと。
「それだと、お金がかかる、ので。一応、ここは、オレの住居兼用、なんです。空き部屋があるし、もしよかったら………………あ、あ、いや、あの、ラナカさんは、オレと一緒じゃ嫌です、よね」
「えっ、そんなことないです!むしろ助かりますよ」
「す、すみません、女性に、急に…………」
「いえいえいえ、エリュークさん頭下げないでください、大丈夫なので!住み込みさせていただけるんですよね、ありがたいです!」
ラナカちゃんが美少女なあまりにエリュークさんがしょぼしょぼになってしまった。相変わらず背は高いが、雰囲気が小さく見える。何だこの人は、あまりにも可愛すぎないか。
「…………距離感に、気を付けろ、と言われているんですが、ラナカさんに甘えて、しまいましたね」
「えへへ、全然嫌じゃないので問題ないですよ。わたし、知らないことばっかりなので、教えていただけるの助かります。あの、むしろこちらこそエリュークさんに甘えてしまって、いいんですか?わたしにできることなら何でも言ってくださいね。何でもしますので!あ、戦闘とかは、ちょっと難しいんですけど……」
「………………ラナカさんも、気を付けましょうね」
「わ、わたし、今なにかダメなことを言ってしまいましたか……!?」
愕然としてしまうぞ。
むしろ俺的にはエリュークさんを慰めていたんだけどなぁ。
少し黙ってしまったエリュークさんが、ポケットから一粒の黒い宝石がついた革の輪っかを取り出した。手を出すように促されたので素直に出すと手首に通される。ブレスレットらしい。
なんだろう、お守りかな?
しゅるしゅると縮んで俺の手首にぴったり沿った。すごい!これも魔道具というやつなんだろうか。
「ラナカさんが、知らないことは、オレが教えるので。危ない人に、ついていっちゃ、ダメですよ」
「は、はい!わかりました!」
「はい。いい子です、ね」
ゆっくり頷かれると嬉しくなる。ありがとうメリダさん、エリュークさんはとんでもなく良い人だよ!
その後はシフトについて話したり、今後のバイト内容について教わったり、ちらほら来たお客さんに紹介されたりした。エリュークさんの雑貨屋は地域密着型のお店らしく、基本来る人はみんな顔見知りらしい。
俺が明るさを心掛けて挨拶をすると、みんなにこにこしながら「よろしくね」と言ってくれた。お店とそっくりで優しい人しかいないんだなぁ。
その中の一人、八百屋を営んでいるらしいお姉さんがふと俺のつけているブレスレットを見てエリュークさんを二度見していたのはちょっと気になったけど。
エリュークさんはいつも通りの低い良い声で、「危なっかしい、ので、お守りです」と言っていた。やっぱりお守りなんだぁ。大事にしないとだね。
窓から差し込む光がオレンジ色になっていく頃、エリュークさんは「そろそろ、閉めましょうか」と言った。早めに閉めるのは来る人が大体わかっているかららしい。急遽人が来たらすぐに開けられるのもあるようだけど。
個人店の強みだね。
エリュークさんに教わりながら、せっせと閉店準備をする。指導がわかりやすく優しく的確なので、無知の俺でもなんとかなっているよ。
危ない魔道具はエリュークさんが仕舞うので、俺はそれ以外をちまちま運んだり、布を掛けたりする。ちょっと筋力が足りないかも、と思ったけど、本さんのオススメで力が強くなるスキルを取ることにしたらだいぶ楽になった。ありがとう本さん!
「ラナカさん」
「はーい」
「それで、もう大丈夫、です。夜ご飯に、しましょう」
エリュークさんに呼ばれ、店から住居の方へ移る。ちなみに働いているときはポンチョの上からエリュークさんとお揃いの赤茶色のエプロンを着けていたよ。
エリュークさんサイズだったので最初はとんでもなく大きかったんだけど、裁縫もできるらしいエリュークさんがぱっぱと手直ししてくれたんだよね。すごい。もう今日だけで尊敬が留まるところを知らないぞ。尊敬の目で見てたら「そういう、スキルもあるだけ、です」と照れたように言われたけどね。可愛い人だよ。
お店が終わったのでエプロンを受け取ったエリュークさんが首を小さく傾ける。相変わらず長い前髪で表情はわからないが、この人は雰囲気が柔らかいので今のところ困ることはあまり無い。
「…………明日、休みなので、服を買いに、行きますか」
「えっ、わたしのをですか?」
「はい。ラナカさんは従業員、なので、遠慮しないで、いいですよ」
福利厚生です、と相変わらず震えるほどの良い声で淡々と言われる。
俺はあわあわと指を動かしたが、エリュークさんはやると決めたらやる人だというのはなんとなくわかってきた。芯がある人なんだろうね。
「あ、あの、わたしはすごい、助かるんですけれど……!助かるんですけど!〜〜〜っ、いえ、本当に、こんなに良くしていただいて、ありがとうございます。わたし、頑張ります!エリュークさんの役に立つように!」
ふんすと意気込むと、エリュークさんは小さく笑った。
えっ、笑った。
俺は思わず目をぱちぱちとしてそれを見つめてしまう。
掠れるようなささやかな笑みだった。
「はい。よろしく、お願いします、ね」
「えへへ、はいっ!」
ふっ、と、エリュークさんがもっと笑ってるところが見たいと思った。
うん、そうだ。俺はなんとなくでこのゲームを始めて、やりたいこともわかんなかったけど、多分エリュークさんが笑うのを見るのがやりたいことなんだろう。
だって、初めてこの人の笑みを見たら、すごくすごく嬉しくなったんだよ。
優しくて何でもできるこの人を喜ばせられたら、それに勝る幸福はないんじゃないかなぁ。
「ラナカさんは、何が食べたい、ですか?」
「うぅん、この街のおすすめとか……?」
「色々、ありますが。何でも、作れますよ」
「えっ、エリュークさん料理もできるんですか!」
「少しだけ、です」
「すごいなぁ……。あの、迷惑じゃなかったら、お手伝いしてもいいですか?」
「はい。ありがたいです、よ」
和気藹々しながらふたりで料理を作って一緒に食べた。
エリュークさんの作るものは全部絶品で、俺が入ったことで瑕疵になってしまっているなぁと思ったが、「美味しいです、よ」と言ってくれたのでこれからも頑張ろうと思う。まあ、教わってるのはエリュークさんからなんだけどね。本当に優しい人だよ。
お風呂も借りて(成人指定のゲームなのでなんと脱げるのである)服も借りて恐縮しきりの俺に、エリュークさんは「ラナカさんは従業員なので」と堂々とした態度だ。
早くエリュークさんの役に立ちたいところだね!
おやすみなさいと挨拶を交わして、俺に宛てがわれた部屋で眠る。ゲーム内で寝ることができるってすごい。不思議な感覚だ。
ゲームの時間と現実の時間は流れる速さに差があるらしく、俺は今のところゲーム時間であと連続2日間遊ぶことができる。そのあとは3日くらいログアウトして、また3日くらい入れるかなぁって感じ。
ゲームなので寝る意識を持てばたちまち眠りにつけるのがありがたいなと思いながら、俺は明日の買い物を楽しみにして意識を落としていった。
続きは未定です。