固有名詞は今回もほぼ出てきません。
清々しい目覚め。
俺はぱっちりと目を開くと、ぐぐーっと伸びをした。手首にはワンポイントついた石が黒く輝くブレスレットがある。
ふう、と息を吐く。ゲーム内睡眠って結構いいかもしれないね。俺はいつもは寝起きがとんでもなく悪いんだけど、ここだとすっきり目覚められるぞ。
昨日のうちにエリュークさんからいただいていた衣服をインベントリ(チュートリアルで学んだゲームの必須技能、自由に出し入れできる倉庫みたいなものらしい)から取り出し、もぞもぞと着込む。あ、生活魔法も使っとこう。これはチュートリアルで取った方がいいですよって言われたスキルで、俺はおすすめされたので素直に取ってあるよ。ちょっとした水を出したり火を出したり、軽い掃除もできる便利パック魔法なんだよね。
扉を開けて階下に行くと、ふわりと漂う良い匂い。
あっ、エリュークさんもう起きてるなこれ。
俺は慌ててリビングに向かった。
「おはようございます、エリュークさん」
「はい、ラナカさん。おはよう、ございます。よく眠れましたか?」
「えへへ、今日の寝起きはすっごい良かったですよ」
「それは、なにより、です」
くう〜、寝起きに聞くエリュークさんの声が沁みる。本当に低くて艶があって穏やかで良い声だなぁ。昨日と同じく長い前髪で表情はわからないけど、今日は後ろ髪が三つ編みになっている。おしゃれさんだ。
にこにこしていたけど、はっと気付く。居候の身で家主にごはんを作らせてしまっている!
「あの、起きるの遅くなってすみません。もう朝ごはん作り終わっちゃいましたか……?」
「十分、早起きです。よろしければ、座って待って、いてください、ね」
「はい……あの、次は手伝わせてくださいね」
「無理はしなくて、いいです、よ?」
「むしろエリュークさんに甘えっぱなしで心が痛いんです」
「んん、そういうもの、ですか?」
「そういうものですよ」
しょぼしょぼしながら席に着くが、普通にエリュークさんの作るごはんが美味しそうなのでお腹はきゅーきゅー鳴いている。
ラナカちゃんは美少女なのに……!俺は顔を赤くしながら手を腹に当ててなんとか静まるように祈った。エリュークさんは紳士なので特に触れないでくれたようだ。優しい!
ことん、ことん、と机の上に並べられる見慣れぬ料理たち。異国情緒溢れていながら自然と唾液が出てくるような暴力的な旨味に満ちている。
対面で座っているため、エリュークさんの僅かに覗く口元だけでなく、照明をきらきらと反射する結晶のような角も見えるぞ。小さくて普段は見えないんだけどとっても綺麗なんだよね。
それに、立っている時より身長差が縮まっていて会話がしやすい。俺はにこにこしながら話しかける。エリュークさんは食事中の会話を楽しんでくれるタイプの人なんだよ。
「朝ごはんからエリュークさんのごはんが食べられて幸せです」
「ラナカさんは、美味しそうに、食べます、ね」
「えへへ、だって美味しいんですもん。毎日食べたいくらいです」
「このくらいでよければ、いくらでも」
「えっ、本当ですか!嬉しいです。えへへ、本気にしちゃいますよ、わたし」
「ラナカさんになら、いつでも、いいです、よ?」
「わぁい、ありがとうございますっ」
エリュークさんはなんか、謎に自分の技術を過小評価してるんだよなぁ。ちょっとびっくりしたような雰囲気だし、不思議に思っているのか首も傾げている。こんなに美味しいのにね。
「それで、今日買う服です、が」
「はいっ」
「街着用と、門外用の、2種類を、買います」
「街着ともんがい、ですか?」
俺が思いっきり疑問を浮かべると、エリュークさんはこくりと頷いた。
優雅な動きの長い指で着ているシャツを示してくれる。指先は昨日と同じく真っ黒のネイルだ。
「はい。街着は、今着てるような、特に効果のない、服です、ね。普段使いするのは主に、こちらです。門外は…………ええと、ラナカさんは、街の外に出たことは、ありますか?」
「えーと、ないですね。昨日ここに来て、ほぼそのままエリュークさんのところに行ったので」
「そうですか。そういえば、戦闘は苦手、と」
「うぅ、はい、そうです…………」
俺が肩を落とすと、エリュークさんは暫し手を彷徨わせたあと、きっぱりと声を出した。
「あの、ラナカさんは、オレが守りますし、護身程度には、教えられます」
「エリュークさん……っ!本当に何から何までありがとうございます!」
手を合わせて尊敬の眼差しで見てしまうよ。
エリュークさん最高の上司すぎる。雑貨屋さんでアルバイトできて本当によかった!ありがとうメリダさん!
俺がえへへ、と笑うと、対面からも穏やかな雰囲気が流れてきた。俺たちはしばらく和やかに見つめ合った、多分。髪の毛で目は見えないけど見つめ合ってたと思う。
切り替えるように、こほん、と空咳をひとつしたあと、エリュークさんは説明を再開した。
「街の外は、危険です。魔物の楽園です、から。ただ、門で隔てられてはいますが、時折出ていかねばならないことも、あります。そのために、用意するものが、門外です、ね」
「門の外で門外なんですね。えぇと、攻撃から身を守れる服ってことですか?」
「それも、あります。それ以外にも、攻撃を高めたり、動きを、素早くしたり、特殊能力があったり、まあ、戦闘の補助になるもの、全般です、ね」
「なるほど」
俺はふんふんと頷きながら、自動で本さんに記録されていくのをありがたく思った。本さんには自動メモ機能もあるんだよ。便利!
「命に、関わります、ので、お金は、気にせず」
「はい。…………あれっ、でも、来訪者って生き返りますよね?生き返りませんでしたっけ……?」
昨日チュートリアルで学んだところだね。なんと、ゲーム世界なので来訪者は死んでも生き返るらしい。俺はこれを聞いたとき確かに生き返らないと気軽に冒険できないもんなぁと思った。でもこんなにリアルな世界で実際死んだらどうなっちゃうんだろう、とちょっと怖くもなったけど。
「ラナカさん」
「はい」
「オレの目の前では、死なせません、よ」
「そ、そうでした。エリュークさんが守ってくれるのに甘えてちゃダメですよね!」
「油断は、よくないです、ね」
「すみません…………わたし、絶対死なないようにします」
「はい。お願いします」
反省をしないとだね。
折角エリュークさんが守ってくれるって言ってるのに、それに胡座をかくどころか死んでもいいだなんて失礼すぎたなぁ。
「…………まあ、この街の周辺は、基本、弱い魔物しかいません、が」
「そうなんですか?えへへ、それを聞いたらちょっと安心しちゃいました」
「脅しすぎました、ね、すみません」
「そんなことないですよ!エリュークさんがわたしのためを思ってくれてることわかりますもん」
「それなら、よかった、です」
ふわふわと柔らかい綿で優しく包まれるような、そんな気持ちになる。エリュークさんと話していると安心するんだよね。
雰囲気が、仕草が、話す言葉が、全部が優しいんだよ。昨日会ったばかりだけど、俺はもう随分とこの人を信用しているんだと思う。
食事を終えた俺たちは連れ立って街中に向かった。エリュークさんは服を買ってくれるだけでなく観光案内もしてくれるらしい。本当に何でもできるな、エリュークさん。
街着を売っているのは基本的に住民で、時折デザインを考えるのが好きな来訪者も販売しているらしい。ただ、来訪者は何も効果が無い服はあまり作らず、そうなると自然と門外用を作る人が多くなるとのこと。
そこまで低身長にしていないとはいえ、美少女ラナカちゃんを作成するにあたり、身長は元々よりいくらか下げている。そのため隣に立つと身長差が際立ってしまうけど、エリュークさんは話す時は軽く身を屈めてくれるので、俺も精一杯背伸びをして声を掛けるようにしていた。すると、笑いまではしない程度に、エリュークさんの口元が柔らかく弛むのが見えて俺は秘かに嬉しくなるんだ。
さて。
この街に街着屋さんはいくつかあったけど、どうやら俺には服装を選ぶセンスがないらしい。
結局俺が選んだものよりもエリュークさんが選んだ方が何倍もおしゃれだったので、全身決めてもらうことになってしまったよ。め、迷惑を掛けている……!
「可愛いですよ、ラナカさん」
「そうですか?エリュークさんがそう言うんだったらこれにしますね!」
「こちらも、どうでしょう」
「えっ、あの、既にもう何着も買っていただいているような」
「まだそんなに、買ってないです、よ?」
ただ、エリュークさんもなんか俺の服を選ぶのが楽しいのかたくさんオススメしてくれるのが救いだった。褒めるのも上手いんだよなぁ。良い声だし。
まあラナカちゃんは可愛いから着飾らせたくなるよね。わかるよ。
ちなみに、服だけじゃなくアクセサリーとかもセットで購入してもらった。左手首のブレスレットは固定だけどね。あと帽子も被ると上から表情が見えなくなってしまうと言われて基本ダメだった。俺もエリュークさんを見上げるのが少し大変になってしまうもんなぁ。満場一致で却下だったね。
街着をインベントリに入れ、続いて門外用を買いに行く。
最初は住民がやっている店で、エリュークさんが「これは絶対にないとダメ、です」と言っていたやつをたくさん持たされた。あの、エリュークさん値段がとんでもないのですが、と思ったけれど命に関わることなので俺は粛々と受け入れるのみだよ。はい。
これからバリバリ働いて返すからね、エリュークさん!
あと、いつの間にクリアしたのかわからないけれど、クエストが何個か達成出来ていたようで俺は若干の小金持ちになっていた。いやまあ、さっき買ってもらった値段とは全く釣り合わないんだけども。
ただ、思わず一目惚れをした、色味がエリュークさんそっくりのペンダント(身代わりの効果があるらしい)を買う程度の額はあった。紫がかった黒なんてエリュークさんじゃんね。
俺はそれをこそこそ買って、店を出てからエリュークさんに渡した。
エリュークさんは驚いたのか暫く無言だったが、「大事に、します」と囁かれた口調はむしろ嬉しそうだったので買ってよかったと思ったよ。
服を買い終わったので、ぷらぷらと観光タイムである。着ているのはさっき買ってもらった街着。軽やかな白のワンピースに赤茶色のボレロを合わせている。このボレロ、雑貨屋さんのエプロンと色味が似てるからお気に入りなんだよ。
いやー、それにしても手ぶらで歩けるなんて、インベントリって便利だね。
エリュークさんに先導されていく。
この街は来訪者からは「はじまりの街」と呼ばれているらしい。来訪者が一番最初に訪れる街だから、とのこと。
そのため規模は国内で三番目ほどに大きく、伴って観光名所も多いんだとか。
大きな時計塔や、過去にいた来訪者の石碑、穏やかな噴水広場など、ゆっくりと歩いていく。
そういえば、エリュークさんは俺よりもずっと足が長いのに、今日一度も置いていかれることがなかったなぁ。歩幅を合わせてくれてたんだろうね。本当に優しい人だ。
一日中街を探索していたため、あたりは日が暮れかかって、地平線には既に2つの月が瞬いている。
俺が視線を向けると、長身の彼はすぐに身を屈めてくれた。
「エリュークさん」
「はい、なんでしょう」
「今日はありがとうございました。わたし、まだ何も返せていないのにこんなに貰ってしまったので、これからどうやってエリュークさんの役に立つか、必死で考えていますよ」
「既に受け取っています、が」
「ペンダントのことですか……?いや、あれだけじゃ全然足りないじゃないですか」
「嬉しかった、ので」
「…………もうっ、えへへ、わたしの方がすっごい嬉しかったし楽しかったんです!がんばって働きますからね、びしばし鍛えてくださいよ!」
「ラナカさんは、仕事の飲み込みが早い、ので」
褒め上手なんだよなぁ!
しかも真面目なトーンで言うからさ、もうね。
俺は思わずにやけてしまう顔を見られたくなくて、エリュークさんの足元へ近寄った。身長差の都合上、密着した方が顔を見られにくいんだよ。灯台もと暗しって感じだね。
「あ」
「どうしました」
「そえいえば、メリダさんにお礼を言ってなかったです」
「推薦なら、オレが書類を返したので、知っていると、思いますが」
「そうなんですか?ありがとうございます。でも、ええと、エリュークさんのお店を選んでくれたのがメリダさんなんですよ。だから直接お礼を言いたくて」
「……それなら、ギルドに、寄りますか?」
俺はエリュークさんの提案に甘えて冒険者ギルドに行くことにした。メリダさんは今の時間帯ならまだ受付にいるため、できるだけ早く足を動かしながら。
冒険者ギルドに行くと、住民と来訪者が大体半々くらいの割合で騒めいている。いや、来訪者の方がちょっと多いかな。
俺が昨日のこと(来訪者と言葉が通じない問題)を思い出して若干びくついていると、目の前に影が落ちてきた。エリュークさんがさり気なく俺を周りの視界から遮ってくれているんだ。優しすぎるぞ!
メリダさんは前の来訪者を受け持っていて、少し時間がかかりそう。四人組の来訪者だ。物々しい門外用を着てるから、外で戦闘してきたのかな。
俺たちは隅にあった備え付けのテーブルで小さくお喋りをしながら待つことにした。時折、エリュークさんに気付いた雑貨屋の常連さんが軽く挨拶をしてくれるくらいで、特にトラブルもなかった。
四人組がいなくなったので、てってこメリダさんの所へ向かう。
「メリダさん、昨日はありがとうございました!おかげでエリュークさんのところで働かせてもらえることになりました」
俺が頭を下げると輝くような笑顔で迎えられた。相変わらず眩しい金髪美人お姉さんだ。可愛いね。
「ラナカさん、おめでとうございます。私がお役に立てたなら何よりですよ。エリュークも立ってないで座ってはいかがですか?」
「…………それなら、遠慮なく」
いくらか砕けた口調でエリュークさんが椅子に腰掛ける。身長に対して低いのか若干窮屈そうにしている。可愛いね。
「そういえば、エリュークさんとメリダさんはご友人なんですか?」
「あら。腐れ縁というか、同郷の出なんですよ、私たち」
「そう、だね」
「ラナカさん、この人いつもこんな感じで言葉が足りないでしょう。エリュークで困ることがあったらいつでもいらっしゃってくださいね」
「えっ、そんな困ることなんてないですよ!エリュークさんはすっごい優しいですし、お喋りもたくさんしてくれますから。むしろ、わたしのほうがご迷惑をお掛けしているなぁと思っています」
メリダさんはエリュークさんと仲がいいからこんな冗談も言うんだなぁ。エリュークさんは確かにゆっくり喋るけど、言葉が足りないと思ったことはないぞ!
「それなら良かったです」と微笑みながら、ちらりと目線が俺の左手首に向かう。
「そちらのブレスレットは?」
「エリュークさんにいただきました。お守りだそうです」
「あら、そうなんですね。素敵ですこと。ラナカさん、よろしければこちらのお茶菓子を召し上がっていてくださいな。私のお気に入りの店のものなのです。エリューク、少しこちらに来てくださいますよね?」
「………………」
「メリダさんありがとうございます。いただきます。えっと、何かお話することがあるんですね、いってらっしゃいませ、エリュークさん」
「……いってきます」
手をふりふりしながら二人を見送る。
勧められたお茶菓子がとんでもなく美味しかったので、俺は思わず貧乏性を発揮してちまちま食べてしまった。美味しすぎる。あとでお店教えてもらいたいな。それで、お金が溜まったらエリュークさんと一緒に食べたいね。
二人の声はほとんど聞こえないが、微かに「────く石を騙して────」「────も貰ったから────」「────無知につけこ────」というような言葉が聞こえた。なんかちょっとメリダさんが怒っているらしい。お、俺のせいだろうか。何か俺が至らないあまりに……。うぅ、お菓子はめちゃくちゃ美味しい。
俺がひとりでサクサクやっていたら、暫くして二人が戻ってきた。パッと見ではどちらにも特に変わりはないっぽい。
「おかえりなさい!メリダさん、このお菓子本当にすっごく美味しいですね。あの、ご無理でなければなんですが、お店の名前を教えていただくことってできますか?」
「ふふ、喜んでもらえたのなら嬉しいです。無理なんてことございませんよ。むしろ色んな人におすすめしたいくらいですから。よろしければこちら、紹介状となっていますので訪れたときにお見せ下さいね」
「えっ、いいんですか!えへへ、ありがとうございます!」
メリダさんは本当に優しい。でも何かお礼をしたくても、「来訪者の手助けをするのが役目ですから」と受け取ってくれないんだよね。だから、「ありがとうの一言で天にも登る心地ですよ」という言葉を信じてお礼を言うしか今の所できることがない。
迷惑になってないといいけど。
「それでは、お気をつけてお帰りくださいね。ラナカさん、何かあったらすぐ私に連絡してくださいね、本当に」
「???はい、わかりました!」
メリダさんと本を通して連絡先を交換できたらしい。連絡機能とかあったんだ。知らなかった。本さんってなんでも出来るよね。いつもありがとう!
ギルドの外に出ると、すっかり日は暮れていた。
「もうすっかり暗いですねー」
「はい。メリダの話が、長引いて、しまいましたね」
「えっ、そんなことないですよ!?」
「そう、ですか?」
「そうですよ。むしろ、もっとお話してもよかったんじゃないでしょうか。あ、普段からお話なさってましたか?」
「いえ。あまり、ですね。結構、珍しいと、思います」
「そうなんですか……わたしから見ると、仲が良くて気安い関係なんだなぁと思いましたが」
「まあ、気安くは、あります、ね」
「えへへ、そういう関係のお友達がいるのっていいですね」
エリュークさんはゆっくりと頷いてから、小さく首を傾げた。不服なんだろうか。
不思議な関係だなぁ。俺は友達がいなかったからよくわかんないや。
俺たちは他愛のない会話を連ねながら、平和な帰り道を歩いていく。雑貨屋まであと半分くらいのところで、エリュークさんが今日の夜ご飯のことを聞いてきた。お昼は二人で屋台飯をしっかり食べたが、夜となると途端にくるるると空いてくる腹。再現度がすごい。
「昨日出していただいた、あの、甘辛くて野菜多めの……」
「うん、あれですね、わかりました」
「あっ、夜ご飯はわたしにもお手伝いさせてくださいね!」
「はい。ありがとうございます」
宣言通り二人で料理をして食べた。
昨日よりは少しだけ上達した……と思う。スキルも取ったので。
お風呂を出てから、昨日のようにエリュークさんの服を借りる。寝間着は貸せるって言われたから、俺としては少しでもかかる費用を抑えたくてね……。いや、どっちにしろエリュークさんのものだからあれなんだけど。
「上がりましたよー」
「ラナカさん」
「はぁい、なんですか?」
湯上がりで芯からほかほかのままエリュークさんに近寄る。風呂に入ったあとの火照りも再現しているの、とんでもないゲームだなぁ。
「明日を過ぎたら、一旦、この世界から離れます、よね?」
「そうですね。そうしないと、ここに来れなくなってしまうので……」
連続ログイン制限を破ると問答無用でログイン禁止期間に入ってしまうんだよね。だから、このゲームもそうだけど、最近のゲームは基本的に大事な出来事は時間があるときに発生するよう誘導がされているらしいよ。
「それなら、一回門の外に、行って、みますか?」
「せ、戦闘ですか?」
「はい」
「あ、えと、えと、がんばります!やる気あります!」
「ふふ、はい。その気持ちでいてくれれば」
わ、笑ったぁ!
なんだろう、いまいちエリュークさんのツボがわからないけど、喉を緩やかに震わせて笑う姿が何よりも嬉しいから、あんまり頭が回ってないかも!
「あ、忘れて、ました」
エリュークさんから手招きをされるので、素直に近付く。あ、腕?ブレスレットですか?
「守護を、重ね、ますね」
その一言を皮切りに、低く穏やかな声が、まるで楽器のように朗々と響き、知らない言語の知らない音調がふうわりとあたりに立ちのぼる。
俺は思わず息を飲む音すら立てるのに躊躇ってしまって、ただじっと目の前の光景を見ていることしかできない。
エリュークさんの美しい黒い爪先が、ゆっくりと革をなぞっていく。何かの規則に沿って動かしているのか、その動きは淀みなく滑らかに変化していく。
じわじわとどこからか黒いインクが革に染み込んでいき、エリュークさんがなぞった通りに模様が刻まれていく。
ブレスレットの中心では黒く輝く小さな輝石がちかちかと光を蓄積していっているのがわかる。
声と、指先と、インク。その3つが組み合わさり結われて形を成していく。
最後にエリュークさんがふう、と細く息を吹きかけて、詠唱は終わった。
無地の革だったブレスレットに黒々とした模様が刻まれて終わった。光の反射で文字が変化するようにも見える。綺麗だ。俺がそれを角度を変えつつ見ていたら、エリュークさんが再度手を出すように言ってきた。
左手ですか。はい、なんでしょう。
「こちらも、どうぞ」
「えっ」
左手の中指にすっと指輪が嵌められる。
艶消しのされた細い金属に、ブレスレットとお揃いの黒い宝石が中心に位置している指輪。シンプルだけど、曲線が美しいよ。
ラナカちゃんの細くて白い指に、白銀と黒が映えているね。
俺が指輪とエリュークさんの前髪とで目線を行ったり来たりさせていると、ゆっくりと頷かれる。
「お守り、です」
「更にお守りを……!?あ、ありがとうございます。えへへ、大事にしますね。わぁ、すごい可愛い……」
「よかった、です」
「エリュークさんからいただく物、全部素敵ですごいです。わたしもセンスを磨いていきますよ!」
なんか薄々わかってきたぞ。
エリュークさんはおそらく人に物をあげるのが好きなタイプなんだ……!
そうじゃなかったら、俺がこんなにプレゼントを貰ってる意味がわかんないもんなぁ。うーん、俺も早くアルバイターとして成長してお返しをしたいね。本さんによると、来訪者は一般的な住民に比べてスキル習熟度?とか経験値獲得率?が高いらしいので、成長しやすいらしい。うん、がんばってこう!
「ラナカさんは、可愛いです、ね」
「ありがとうございます……???」
ラナカちゃんは可愛いよね!俺の理想の美少女だよ。
エリュークさんも可愛いから、俺たち可愛いコンビでやっていけるかもしれない。いや、エリュークさんは美人系列かなぁ。立ち居振る舞いが優雅だから。
「これからも、よろしくお願いします、ね?」
「えへへ、はいっ。わたしの方こそよろしくお願いします。明日も、あの、ご迷惑をおかけするとは思うんですけど」
「いえ、ラナカさんになら、迷惑だなんて、思いません、よ」
「はぁー……、エリュークさんは本当に優しいですね」
「そう、ですか?」
「そうですよ」
うん。
2日目にしてもう新たなやりたいことが決まったぞ。
なんか低いエリュークさんの自己評価をこっそり上げること!優しくて素敵で何でもできるのにこの人はなんで俺が褒めると不思議そうにするんだ。いや、俺があまりに初心者だから何もわかってないってのはあるだろうけども!
控えめなエリュークさんもそれはそれで素敵なんだけど、俺が素敵だと思っている人が自分に自信を持っていたら嬉しくなるよ。
まあ、身勝手な想いだからあくまでこっそり決行していくんだけどね。
「それじゃあおやすみなさい、エリュークさん」
「はい。おやすみ、なさい。ラナカさん」
手を振ると嵌めてもらった左手の指輪とブレスレットがきらきらと輝いた。うん、これを見るとなんかやる気が出てくるね。
明日もがんばるぞ!
戦闘…………戦闘はちょっと苦手だけど、克服していく気持ちでいくのが一番。
連続ログインの最終日だから後悔しないようにしたいね。
続きは未定です。