固有名詞は本当にないです。
昨日より早めに起きるぞ、と思いながら寝たら丁度よく目が覚めた。ゲームが睡眠も補助してくれてるんだろうね。快適な目覚めだよ。
生活魔法を使って身支度を軽く整え、今ならまだエリュークさんも朝ごはんの用意は終わっていないだろう、と思いながら降りて行くと、昨日とは違ってほんのりスパイシーな良い匂いがしてきた。
待って、早いよ。エリュークさんっていつから起きてるんだ!
「おはようございます、エリュークさん!」
「ラナカさん。おはよう、ございます。早いです、ね?」
「えへへ、今日は昨日より早く起きれました。朝ごはん、まだお手伝いできますか?」
「はい。こちらへ、どうぞ」
今朝のエリュークさんは高めのポニーテールだった。髪の毛がゆったりとした動作に合わせて動くのが可愛いね。
朝から低くて良い声に耳を癒されながら傍に近寄る。
水に濡れるのを防ぐために袖を折り畳むようにしてまくり、エリュークさんの体格に合わせたのか一人用にしては広々としたキッチンで作業を手伝った。
「今日のごはんも美味しそうですね。ん、味はちょっと辛めっぽい?」
「あ、ラナカさんは、辛味のある方が、お好きかな、と…………」
「えっ、そうです!わたし、スパイシーな味が結構好きで……えへへ、エリュークさんにはもうお見通しでしたか?」
「何でも、美味しそうに、食べていましたが、こっちの方が、反応がよかったので」
「そんなにバレバレでしたか……!?」
個人的にはエリュークさんのごはんは全部美味しい!で脳が支配されていたはずなんだけど。
もしかして、俺ってめちゃくちゃ顔に出やすいタイプだったんだろうか。
エリュークさんは思案するようにこちらに顔を向けたあと、ゆっくりと首を傾げた。前髪が少しだけ揺れるが、その下の表情は相変わらず隠れていて目に見えない。
「……どうで、しょう?バレバレ、というほど、では」
「うぅん、それなら、エリュークさんの観察眼が鋭いだけかもしれないですね」
「そうでしょう、か」
「多分そうですよ。あ、今度はエリュークさんの好きな味も聞かせてくださいね!わたし、エリュークさんのこともっとたくさん知りたいんです」
「オレでよければ、いくらでも」
「えへへ、やったぁ」
「…………ラナカさんのことも、教えてください、ね」
「もちろん大歓迎です!何でも聞いてください」
エリュークさんの好きなものを知ってプレゼントとかしてあげたいね。喜んでもらって、ちょっとでも笑ってくれたらなぁ、なんて。ちょっと邪な気持ちが入ってしまっているかも。
昨日と同じく食卓に対面で座る。
俺は「いただきます」と手を合わせ、エリュークさんは軽く祈りを捧げる。組まれた指先の黒いネイルがつやつやとして見えた。
美味しいごはんに舌鼓を打ちながら会話をする。エリュークさんは食べる時の所作もゆったりしているが、一口が結構大きいので食事ペースはラナカちゃんよりも速い。錯覚が起きそう。
ラナカちゃんは食べ切れる量だけを口に含んで、丁寧に食べているよ。
水を飲んだエリュークさんが、ふう、と息を吐いた。顔がこちらに向けられる。む、ちゃんとした話っぽいね。俺は口の中のものを飲み込んだ。
「今日の予定、ですが、門外で戦闘を、しつつ、合間に採取を、します」
「戦闘と採取、ですか?」
「はい。うちの店は、半分くらいが、オレの自作、なので。その材料集めを、手伝って、もらいます」
「えぇっ、そうだったんですか!わたし、雑貨屋さんに置いてあるもの全部素敵だなって思ってて…………はぁ、すごいなぁ、エリュークさんって本当に何でもできるんですね」
「…………いえ、浅く広く、できる、だけで」
エリュークさんは少し俯いて声を小さくさせた。恥ずかしがっているのだろう。可愛い。
「んん、そういう、わけで、戦闘はその一環として、やります。長時間やるわけではない、ので、無理はしないで、ください、ね」
「わかりました!採取もがんばりますので、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
「はい。お願いします」
ぺこり、ぺこり、と頭を下げあったあと、くすぐったくなって思わずえへへと笑ってしまう。エリュークさんも穏やかなほわほわとした雰囲気をしている。
俺のことを考えてくれているの優しすぎだよね。ありがとうエリュークさん。一生ついていくよ!
むん、とやる気を入れて、残りわずかな美味しいごはんを味わいながら食べ切った。
身支度を整え、昨日買ってもらった諸々を装備する。今自分が身につけているものは本さんから確認できるみたい。服の名前と一緒に何かの数値も出ていたんだけど、よくわからないなぁと思っていたら簡略化してくれた。
うん……うん?なんか増えてるっぽいから、全体的に強くなっているんじゃないかな。きっとそうだと思う。
見た目的にはこんな感じ。
上半身は真っ白な厚手のケープに覆われ、その下に膝丈くらいの襟の詰まった黒地のワンピースを着ている。高めにきゅっとウエストが絞られ、その下からふわりと広がっているデザインだ。スカートの右側面部分は途中でケーキが切り分けられているみたいに三角に白いフリルが覗き、裾にもふんだんに飾られている。
足元はこれまた真っ白なソックスに、リボンが編み込まれた黒いブーツ。
手元にはチュートリアルで貰った短い木の杖を持ち、腰にはこじんまりとした焦げ茶の鞄をベルトから提げている。
中には懐中時計とブローチ、簡素な木の人形、豆本が詰め込まれているよ。全部昨日買ってもらったお守りだね。効果は守護とか身代わりとか復活とか、らしい。まあとにかく俺を守ってくれるアイテムたちだ。今日はよろしく!
あ、鞄の中に入れているのは、インベントリに入れたままだと装備判定(アイテムの効果が発揮される状態)にならないのだとか。そういうのがあるんだね、知らなかった。
左手にはもちろん、エリュークさんから貰ったブレスレットと指輪を嵌め、右手はフリー。
まあ右手は杖持ってるからね、それがアクセみたいなものでしょう。
なんていうか、正統派なファンタジー美少女って感じの衣装だ。ラナカちゃんに合っていてとても可愛いぞ!
ちなみにこんなフリフリで動けるのかというと、ゲームだから動ける、という返しになる。装備したことで存在が固定?されているらしく、飛んだり跳ねたりしてもすっぽ抜けることがないのだとか。
まあ俺は自分が戦闘に向いてないとわかってるから、そんな動くことはしないで魔法を使っていくつもりだけどね。
あと生活魔法を使えば汚れやほつれをすぐ綺麗にできるからか、来訪者はもちろん、この世界の住民も多種多様な服を着ているぞ。まあ半分くらいは来訪者の影響らしいけどね。このゲーム発売してから結構経ってるからなぁ。
「エリュークさん、準備出来ましたよ」
「あぁ、ラナカさん。じゃあ、行きましょう。…………あの、ラナカさん?」
何気なく玄関に向かった俺は、一昨日ぶり二回目、またもや腰を抜かすかと思った。
というのも、エリュークさんも家を出るときに服を門外用にしていたんだけど、その服がまあとんでもなくかっこよかったんだ。
見た目の印象で言うとチャイナマフィア。
大きめのシルエットのコートに、スリットが深く動きやすそうな
全体的に紫と黒で統一され、刺繍がとっても細かい。あとで聞いたところによると一つ一つに魔法的な意味が込められた意匠らしいよ。
エリュークさんのすらっとした長身に似合いすぎているし、今日のポニーテールも相俟って美人度が高すぎる。
長い前髪で顔が見えないのもちょっとしたミステリアスさをプラスしていて、とにかくかっこいい!
俺今からこの人の隣を歩くのか。ラナカちゃんでよかった。美少女じゃなかったら耐えられなかったところだよ。
エリュークさんに見惚れていると、反応の薄い俺を訝しんでかゆっくりと近寄ってきた。あ、でも雰囲気は相変わらずぬいぐるみみたいで可愛い。可愛いもかっこいいも兼ね備えているなんて、エリュークさんは流石だなぁ。
俺は照れ笑いながら見上げる。
「えへへ、すみません。エリュークさんがかっこよくて見惚れちゃってました。すっごい素敵ですね!」
「そ、うですか。ありがとう、ござい、ます。ラナカさんも、可愛い、です、よ?」
「エリュークさんに全部選んでもらいましたから。それでも褒められると嬉しいですね、ありがとうございます」
「…………本当に、可愛いです」
「エリュークさんもかっこいいですよ」
和やかに褒め合いをしていると、平和すぎて心がほっこりしてくる。このゲーム始めてよかったなぁ。心が浄化されるようだよ。
暫くして一段落ついて、というか照れたエリュークさんが黙ってしまったので街の外へ行くことにする。
と、エリュークさんがインベントリから何かを取り出した。なんだろう、ちょっと細長くてピンのような……髪留め?
「ラナカさん、少々目を、瞑っていただけます、か」
「? はい」
俺が素直に目を閉じると、ふっとエリュークさんが近寄ってくる気配がして、顔の左右でぱちん、ぱちんと音がした。やはり髪留めらしい。バレッタかな?
もういいですよ、の言葉で目を開けると、アバター作成したそのままでストレートに流していた顔周りの髪の毛がすっきりとしている。本さんで確認すると、シンプルな銀色のバレッタを着けられていた。なんだか造りが指輪に似ている気がする。可愛いね。
エリュークさんは黒い指先で軽く俺の髪の毛を整えたあと、ゆっくりと手を戻した。今気付いたが、手のひらがラナカちゃんの顔をすっぽり覆えるくらい大きい。身長に比例してるんだろうなぁ。
「これも、お守り、です」
「ありがとうございます。えへへ、エリュークさんもいるのに、こんなにお守りがあったらもう無敵って感じがしちゃいますね」
「傷付いてほしく、ないので」
「ほぁ、…………エリュークさんって本当に優しい人ですね?」
「そう、ですか?」
「そうですよ」
ふんす、といつものように断言する。エリュークさんが優しくなかったら誰が優しくないって言うんだ。ラナカちゃんじゃなかったら恋に落ちてたかもしれないよ。ラナカちゃんの中身は俺なので恋には落ちないけどね。
◇
二人で街中に出て西の門へ向かう。はじまりの街は東西南北に四つの門があり、その中でも一番魔物が少ないのが西らしい。
相変わらずの初心者ファーストである。俺が慣れてきたら徐々に移動しよう、と決めてあるよ。
特にトラブルもなく門に着いた。すぐ向こうには、街から続く踏み均された道と、その横に広がる草原。奥の方には木々が生い茂った暗そうな森が見える。おお、自然って感じでわくわくするね。
俺たちの他にも来訪者らしき人や、年若い冒険者、荷物を積んだ車などが門を行き来している。
彼らにならって、ピシッと仕事をしていた守衛さんたちに挨拶をしながら潜り抜ける。
途端、今まで自分を守ってくれていた
何だろう。
安全じゃなくなった予感とでもいうべきだろうか。
不安からエリュークさんに近寄ると、彼は何かに気付いたように頷く。通行の邪魔にならないよう端に移動し、そっと背を屈めてくれるので俺も話を聞くために軽く背伸びをした。
「ラナカさん、街の中は、秩序が規定されて、いるんです」
「秩序ですか?」
「はい。争いを、起こさない、神の加護、です。しかし、門の外には及ばない、ので、それを感じ取ったのだと、思いますよ」
「そうなんですね……!教えてくださってありがとうございます」
「いえ。それでは、しばらく、歩きます。この辺りは、魔物も出にくい、ので」
エリュークさんに案内されながら、俺の戦い方について軽く指導される。俺はまだ体を動かすことにも攻撃を当てることにも慣れていないので、適度な距離から魔法を当てる練習から始めるらしい。
周辺で出る魔物は、うさぎのような姿をしたもの、ねずみのような姿をしたもの、犬のような姿をしたもの、の三種類が基本となるそう。
あ、魔物っていうのは人類種に敵対するモンスターのことだよ。色んな姿形をしているんだけど、みんな瘴気っていう赤黒いオーラを纏っているので判別は容易いとか。瘴気は触ると痛いらしい。
俺がチュートリアルで戦ったのは案山子のようなもので、本物の魔物に会うのは今日が始めて。き、緊張してきたな。
「あ、いました、よ」
「ぴゃっ、ね、ねずみさんみたいですね」
「はい。まだ、こちらに気付いて、ないようです」
俺たちから15メートルくらい先で、赤黒いもやもやを纏った動物が地面を一心に両手で掘っている。大きな耳がぴくぴくと震え、筋肉がみしみしと躍動している。
け、結構大きい。俺の膝くらいまでないかな、あの魔物。現実で見たら大きく避けるサイズじゃんね。しかもそもそも俺たちに敵対的……!怖い!
俺は既に心が引けまくっていた。手もちょっとぷるぷる震えてしまっている。
「この距離なら、届きますね。では、ラナカさん、魔力を練って、放って、ください」
「はいぃ…………」
「大丈夫、ですよ。落ち着い、て」
エリュークさんから流し込まれる落ち着いた低音を心の支えにしながら、本さんに手伝ってもらって魔法スキルを発動する。魔力を練るっていうのはスキルの工程に含まれているんだけど、一応手動でもできるらしい。チュートリアルで習ったから俺もちょっとだけできるぞ。
選んだのは風魔法。かまいたちみたいに鋭い空気で敵を切り裂くやつ、らしい。
「えいっ」
ぎゅっと目を瞑りながら杖を向け、魔法を放出する。
少しのラグの後、ざしゅっ、という音。
本さんとスキルの効果もあって、どうにか当たったらしい。
目を恐る恐る開くと、端からホログラムのように崩れていくねずみ魔物の姿。死んだ魔物はその体の中心にある魔瘴石というのに魔力が集まるので、大きく魔力に欠けた他の部位は崩れていくんだって。初日に食べたサンドイッチの紙と同じ原理だね。
残ったのは赤黒い結晶。これが魔瘴石というやつ。この世界では、このあと瘴気を浄化してエネルギー源になるらしい。本さんいつも教えてくれてありがとうね!
「おめでとう、ございます。倒せました、ね」
「ふぇ、あ、ありがとうございます〜…………、はひゅ、す、すみません、エリュークさん。わたし、こんな感じで本当に慣れてなくって」
大きく息を吐き出したあと、しょんぼりしながらエリュークさんを見上げる。はい。これが俺です。戦闘クソザコナメクジなんです。本さんとスキルにおんぶにだっこなんです。
み、見捨てられたらどうしよう。怖くなってきた。
しかし、やっぱりエリュークさんは優しく素晴らしく根気のある人だった。
「大丈夫、です。ゆっくり、やっていきましょう」
「エリュークさん……!わたし、がんばります!何でも言ってくださいねっ」
「…………では、まず、目を開くところ、から、ですね。当たりやすくなり、ます」
「そ、そうでした。怖くて目を閉じちゃって」
「んん、怖い、ですか?」
「大きい存在って怖くなっちゃうんです。魔物って全部大きいじゃないですか」
「…………オレも、大きい、ですが」
「えっ、ふふ、エリュークさんを怖がることなんて有り得ないですよ。こんなに優しくて素敵な人なのに」
くすくす笑ってしまう。天地がひっくり返ってもないことを言われると人間って面白くなってきちゃうものなんだね。
エリュークさんの自己認識の低さがここにも現れるとはびっくりだよ。
「どうすれば、怖くなくなり、ますか、ね?」
「そうですね…………、あの、お手数をかけるんですけど、背中を支えてもらうことって出来ますか?」
「背中、ですか」
「はい。エリュークさんがいるんだって安心したくて」
「そのくらいなら、いくらでも」
「えへへ、ありがとうございます」
「…………では、次を、探しましょう」
またしばらく草原をうろつき、今度はうさぎっぽい魔物を発見した。
うさぎ魔物はねずみ魔物よりも耳が良いので、先程よりも少し離れた位置で魔力を練る。
今度は後ろにエリュークさんが居て、そっと背中を手で支えてくれているから先程とは安心感が段違いだ。
ただ、うさぎ魔物ってねずみ魔物よりも一回りくらい大きい。足もすごい発達してるし。怖いよー。ビュンって来そう。
俺が微かに震えているのに気付いたのか、エリュークさんがそっと声を掛けてくる。初対面の人間の腰を抜かせるほどの低くしっとりした良い声が耳のすぐ近くで聞こえ、思わず肩が跳ねた。慣れたと思ってたけど近距離すぎると破壊力がやばいんだなぁ。
でも怖さが結構飛んだ!ありがとうエリュークさん!良い声ってすごいね。
「まだ怖い、ですか?」
「だ、大丈夫です。さっきよりは全然」
「…………もっと、近付いた方が、いいです、か」
「エリュークさんが嫌でないのならお願いします!」
「はい。嫌だったら、言ってください、ね」
即座に甘えた。意地を張れるほど俺は戦闘に慣れていないからね。
エリュークさんが俺の後ろから抱き込むように腕を伸ばし、杖を持っている俺の両手を包み込むようにして狙いを定めてくれる。
真上にエリュークさんの頭が来て、全身すっぽり覆われている感じ。安心感がすごい。多分ここが世界で一番安全だと思う。
薄くハーブのような爽やかな香りもする。
「どう、ですか」
「えへへ、全く怖くなくなりましたよ。ありがとうございます」
「それなら、よかった、です。では、魔力を練って、放って」
「はいっ」
俺は今度こそ目をしっかり開いて、うさぎ魔物に魔法を命中させた。
当たってるところはあんまりグロくはなかった。魔物はどうやら血とかが飛び出ないらしい。代わりに瘴気が飛び散っている。色味としては若干似てるかもしれないね。
エリュークさんが俺からゆっくりと離れる。さらさらとコートの裾が流れていった。
「よく、できました」
「えへへ、褒められました!でもほとんどエリュークさんのおかげですよ」
「いえ。ラナカさんは、魔力を練るのが丁寧、ですね」
「そうなんですか?教わった通りにやっているのですが」
「そのまま、基礎を、大事にしてください、ね」
「わかりました」
二つ目の魔瘴石をインベントリに入れ、また魔物探しをする。しばらくはエリュークさんに後ろからハグしてもらう姿勢で魔法を放っていたけど、慣れて怖さが薄れてきたらひとりでも目を瞑らずにいけるようになったよ。ちょびっとだけど成長してるんだ。
何匹か倒し続けてわかったこととして、ねずみやうさぎは単独行動が多かったけど、犬は結構群れでいたんだよね。俺のスキルの強さだとどうしても複数を一度に倒し切ることが出来なかったから、二発目を放つまでに避ける練習もさせてもらったよ。
危ないときはエリュークさんが軽々と守ってくれました。流石エリュークさん。強くてかっこよくて頼もしい!
その後は採取の時間だ。
雑貨屋さんに置いてある魔法薬(ビンに入っていたのは薬だったらしい)の材料はこの辺りで採れるものも使っているとのことで、教わりながら集めていった。特徴とかを本さんがメモしてくれるのでとても助かる。エリュークさんからは筋が良いと褒められたので嬉しくなっちゃった。褒め上手なんだよね。
まあエリュークさんは俺と比較できないほどあっという間に採取していくんだけど。いつかは俺もそこまでいけたらいいな。がんばるよ!
もちろん、街のように安全ではないから、採取のときも警戒は怠らないようにする。正直ちょっと難しかったので、警戒しやすくなるスキルを取ったよ。なんと意識しなくてもずっと発動してくれるらしい。便利だね。
途中でエリュークさんが結界(簡易的な安全地帯らしい)を作り、お弁当を出してくれたので、その中で一緒に食べる。今日の朝ごはんの前に作っていたらしい。
不覚……!仕事が出来すぎじゃないかな?俺にもお手伝いをさせてほしい。申し訳なくなっちゃうよ。
でも俺がバイトに来るまでひとりで全部こなしてた人だから、基本ひとりでやるって染み付いているんだろう。早く戦力になって役に立ちたいね。
ちなみに味はめちゃくちゃ美味しかった。俺、エリュークさんの料理大好き。正直一生作ってほしい。
英気を養ったあとは、せっせと採取をして、時折出会した魔物と戦う。
朝からずっと外にいて、だんだん日も落ちてきた。随分長く活動してたんだなぁ。慣れないことをしてると時間が経つのがあっという間だ。
キリのいいところで立ち上がったエリュークさんが手を伸ばしてくれるので、それをありがたく借りて俺も立ち上がる。ずっと座り込んでた状態から立ってもふらつかないのはゲームの良いところだね。
「ラナカさん、そろそろ、帰りましょう」
「はぁい、わかりました」
「帰ったら、下処理を、教えますね」
「わ、何から何までありがとうございます」
「いえ、従業員なので、当然、です」
「えへへ、わたしエリュークさんのところで働けて本当によかったです」
「オレも、ラナカさんで、よかったです」
「そうですか?」
「そうです、よ」
エリュークさんがこっくりと頷く。
なんと、いつも言っていることをやり返されてしまった。
「くふ、あははっ、いつもと反対、ですね」
「ふ、ふふ、そうです、ね」
思わず二人して笑ってしまう。
微かに喉を震わす、控えめな笑い方。エリュークさんが笑うのを見たいと思ってるけど、一緒に笑い合うのも嬉しくなってくるね。
「今日は、どうでした。疲れましたか?」
「はい、疲れちゃいました。結構へとへとです。でもちょっとずつ成長できた気がしますよ」
「いつでも、付き添う、ので。ゆっくりで、いいです、よ」
「えへへ、そんなこと言われたらずっと甘えちゃいますよ?」
「ラナカさんになら、いくらでも」
「優しいんですから、もう」
門に近寄るに連れて魔物が減るので、その後は特に戦闘することなく街へ辿り着いた。
交代したのか朝とは顔ぶれの違う守衛さんたちに挨拶をして、街中へ入る。途端、すっと安心感が戻ってくる。これが神の加護ってやつなんだなぁ。
雑貨屋さんの方へ歩いていたけど、途中でエリュークさんから声を掛けられる。
「買い物を、してから、でいいですか」
「もちろん。夜ご飯も一緒に考えちゃいましょう。今日はエリュークさんの好きな料理にしませんか?」
「いいです、よ」
「やった、エリュークさんのことが知れるチャンスですね」
食材が売っている通りに向かうと、初日に出会った八百屋のお姉さんがいた。お姉さんもこちらに気付いたようで、軽く片眉を上げてくれる。
ちなみに八百屋のお姉さんは地人族らしく、褐色の肌に鋭い犬歯を持つ美人さんだ。
お姉さんは快活に声を出した。
「やぁ、エリュークにラナカちゃん。夕飯の買い出しかい」
「はい、そうなんです。わ、全部美味しそうですね。悩むなぁ」
「そりゃもちろん、うちの店のは全部美味しいよ!どんどん買っていきな。いやぁそれにしても、あんたらもアツいねえ」
「アツい、ですか?」
俺が首を傾げると、お姉さんも同じく首を傾げて腕を組んだ。大きな胸が自然と持ち上がって眼福だね。
「? だってずっと手を繋いでるじゃないか」
指さされた先には、いつから繋いでいたのかわからない俺の右手とエリュークさんの左手。
おや、本当だ。あれかな、採取から立ち上がるときに手を借りてから離してなかったんだろうな。
そんなことある???
自分でもびっくりだよ。身長差があるから腕がずっと持ち上がっていたはずなのに。
俺が驚きながらエリュークさんを見上げると、エリュークさんもゆっくり頷いた。そうだよね、エリュークさんも無意識だったよね。
「はー…………全然気付いてませんでした。エリュークさん、すみません」
「いえ、大丈夫、ですよ」
「…………? 離さないんですか」
「あ、いえ、す、すみません。ま、また距離感を、間違え、て」
エリュークさんが何故か急にしょぼしょぼになり、八百屋のお姉さんも何故か申し訳なさそうな顔をした。
何でだろう。
俺の知らないこの世界の常識とかあるのかな?え、本さんもわからない?そうなったらお手上げなんだけど。
「あー、すまないね、エリューク…………」
「いえ…………」
「え、あの、全く嫌ではないですよ?繋いでた方がよかったらそのままでも、全然」
「そりゃいいねラナカちゃん。聞いたかいエリューク、そのままで大丈夫だとさ」
食い気味だった。
ちょっとお姉さんの圧に押されてしまうぞ。
エリュークさんはじっとこちらに顔を向けたあと、小さく呟いた。
「このまま、でも、いいです、か」
「もちろんいいですよ。手を繋ぐのお好きなんですか?」
「はい。…………好き、です」
「えへへ、またひとつエリュークさんのことが知れましたね」
「知ってもらえ、ました」
なんかよくわからないけど丸く収まったっぽい。エリュークさんって手を繋ぐのが好きなんだ。じゃあ今度から一緒に外に出る時は繋ぎませんかって言ってみようかな。
八百屋のお姉さんもしみじみと頷いて嬉しそうだ。
俺たちが夜ご飯用の野菜を買ったあと、おまけで果物を付けてくれた。ありがたいけど、いいのかな。
「仲良くやんなね!またあたしも店行くからさ」
「あ、ありがとうございます!待ってます」
「ありがとう、ございます」
気風のいい人なんだなぁ。
普通に好きになってしまう。うーん、この街いい人ばっかりだな。メリダさんに、お姉さんに、常連さん。そしてもちろんエリュークさん。
うう、このあとログアウトしなきゃいけないのがちょっぴり残念だ。
俺たちはお肉屋さんでも追加購入してから雑貨屋さんへ戻った。
夜ご飯の前に採取してきた素材の下処理を済ませる。エリュークさんは流石の手際で、それを見たあとの俺もなんとか失敗せずにこなすことができた。
一通り終わったら収納。エリュークさんが持っている棚は魔法がかかっていて、時間の流れを遅くさせて中のものを長持ちさせるらしいよ。すごい。
その後は夜ご飯。
二人でキッチンに並び、エリュークさんが好きだという料理を作る。エリュークさんは結構さっぱりめの味付けが好きらしい。さっぱりしてるのも美味しいよね。
食事中に今日のことを軽く話して、そういえばと首を傾げる。
「八百屋のお姉さんがわたしたちのことをアツいって言ってましたけど、付き合っているとでも思ったんでしょうか。そんなことないのに、不思議ですね」
「はい。不思議です、ね」
二人してよくわからないなぁ、となった。
まあ別に支障はないので、そのまま別の話題に移って終わったんだけど。
お風呂を借りて、ほこほこになって出る。いつもいいお湯なんだよね。
エリュークさんはリビングで本を読んでいた。厚めで難しそう。表紙は何かの絵だろうか。お花かな?
「エリュークさん、何読んでるんですか?」
「あ、ラナカさん。これは、この辺りの、植生図鑑、です。少し古い、ので、内容を見てから、ラナカさんに、渡そうかと」
「えっ、わたしにですか!?」
「はい。オレは、もう使わない、ので」
「わぁ、ありがとうございます。大事に読みますね」
「いえ…………、ラナカ、さん」
「なんでしょう」
エリュークさんが本をぱたんと閉じて、こっちに顔を向けた。座っていても俺が立っている目線と同じくらいか少し上なのを見ると、背の高さをより際立って感じるね。
「三日ほど、離れる、んです、よね」
「そうですね、最低でも三日って感じです。あ、でもわたしもできるだけ早く戻ってくるつもりですよ」
ゲームと現実の時間差の都合上、どうしても必須ログアウト期間はそのくらいかかってしまう。
寂しいけど仕方がない。破ってログインできないほうが嫌だもん。
うん。俺はもうだいぶこの世界に心惹かれている。没入型ってすごいね、どっぷりハマっちゃったよ。
俯いたエリュークさんから手のひらを目の前に出されたので、重ねるようにして俺の手を上に乗せた。え、これで合ってるのかな。手を繋ぐってことだよね。
きゅ、と指が畳まれ、エリュークさんの黒い爪と俺の左手の指輪がぶつかってカチリと音を立てた。目の錯覚か、ほのかに黒い宝石が光ったような。
「待って、ます」
静かな声だった。
しんと胸の奥に染み入るような、淋しさと優しさが混じった声。それはむしろ、甘えているような声音で。
「……えへへ、面と向かって言われると照れますね。わたしも早くエリュークさんに会いたいです」
「はい。オレも。おやすみ、なさい。ラナカさん、いってらっしゃいませ」
「おやすみなさい、エリュークさん。いってきますね」
名残惜しむように階段を上がり、ベッドの上に寝そべる。このまま寝るようにログアウトをすれば、VRベースに戻っているはずだ。
あっという間に落ちていく意識の中、これまでのことが脳内を過ぎっていく。
あぁ、この三日間楽しかったなぁ。
他の人から見れば単調でつまらないかもしれないけれど。
俺にとっては人生で初めてのことだらけで、あらゆることにわくわくしていたんだ。
早くまたゲームの続きがしたい。
またエリュークさんに会いたい。
次の三日間を心待ちにして、俺は目を閉じた。
明日は幕間を更新します。