固有名詞が少しだけあります。パラメータはないです。
昨日の午後とは裏腹にすっきりとした空模様。
俺は快適な気持ちで目を覚ました。ゲーム内睡眠の目覚めは毎回最高だ。
おはよう。ラナカちゃんだよ。
今日も楽しくアルバイトをしていくぞ。おー!
いつものように身支度を整え、お守りセットがきちんと着けられているか確認。よし、本さんでも装備状態になってるね。これで失くす心配はいらない、と。
そうだ、いつもは流しっぱなしの髪を今日は結んじゃおうかな。このゲームには髪型を簡単に変更できる機能があるらしい。現実だとずっと短髪で、髪を縛ったことがない俺みたいな人間にも優しいね。
アセットを幾つか見ていく。
そうだなぁ、下の方でひとつに結ぶ髪型とかいいんじゃないかな。お淑やかさとアクティブさがあっていい感じ。あ、本さんが結んでくれるんだ。光の帯?みたいなのが伸びてるんだけど、傍から見ると勝手に髪の毛が動いているように見えてちょっと面白い。
うん、最後にバレッタで留めるとばちっと可愛くなるね。
鏡の前で黒髪緑目の美少女が微笑んでいる。ラナカちゃんはいつ見ても美少女だ。
階下に降りると、当然のようにエリュークさんの起きている気配がする。俺より寝るの遅いのに起きるのは早いってどういうことなんだろうね。
いつ寝てるんだろう、健康とか大丈夫なのかな。うーん、もしかしたらショートスリーパー向けのスキルとかがあるのかも?
あとで聞いてみようと思いながら部屋に入る。
すらりとした長身がこちらを向いた途端ほのかに唇を綻ばせるので、元からにこにこしていた俺も更に明るい笑顔になっちゃうね。弾む足取りで近寄って朝ご飯の用意だ。
「おはようございます、エリュークさん。今日はすっかり晴れましたね」
「ラナカさん、おはよう、ございます。そうですね、この分だと、客足が増えそう、です。……あ、ずっと、傍にいるので、焦らなくて、大丈夫です、よ」
「わぁ、ありがとうございます。わたし、早く仕事を覚えられるようにがんばりますねっ」
「はい。頼りに、してます」
ゆっくりと頷かれる。低くて落ち着いた声音はどこまでも穏やかでじわじわ溶けちゃいそうなくらいだ。
エリュークさんはいつも優しい。期待に応えられるように精進あるのみ。
俺が気合いを入れていると、エリュークさんは何か言いたいことがありそうな雰囲気を醸していた。表情は前髪で見えないけれどこのくらいなら簡単にわかる。雰囲気が雄弁、という感じなんだよね。
小首を傾げて見上げると、エリュークさんは軽く腰を折って上半身を近付けた。なんでしょう。
「ん、ラナカさん…………、今日の髪型、可愛いです、ね?」
そっと囁かれた言葉に、俺は両手を合わせて喜んだ。
褒められるのって嬉しい。ラナカちゃんは褒められて伸びる子だよ。
「本当ですか!えへへ、嬉しいです、ありがとうございます。結んでみました」
「下ろしているのも、素敵ですが、結んでいるのも可愛い、です」
「えへへ、やったぁ。にこにこしちゃいます!エリュークさんの髪型もいつも可愛くて……、あっ、わたしたち今髪の毛お揃いですねっ」
お手伝いのために突撃したので気付いていなかったが、本日のエリュークさんも下の方でひとつに緩くまとめる髪型になっている。偶然のお揃いだ。嬉しいね。
テンションが上がったのでハイタッチをしようと両手を上げたら恐る恐る手のひらを合わせられた。そっと重ねられたため音は鳴らない。ラナカちゃんよりも二回りほど大きな手は少しひんやりとして、長い指先の黒いネイルが照明の光を受けてちらちらと輝いている。
両手を合わせたままエリュークさんが首を傾げた。
「これは、なんで、しょう?」
「ハイタッチです。お揃いで嬉しかったので!」
「嬉しいときにする、ものなんです、ね」
こくこくと頷くと、エリュークさんは小さく「はいたっち……」と呟いていた。可愛いね。
美味しい朝ごはんを済ませ、雑貨屋さんへ向かう。
開店作業は初めてなので色々と教わりながら行っていくよ。埃避けの布を回収したり、生活魔法で掃除をしたり、品出しをしたり。エリュークさんが夜のうちに作成してくれた品々も丁寧に並べていく。
スキルの力があるので、現実で同じ作業を行う時よりも圧倒的に時間が短縮できているらしいけど、それにしてもいつ寝てるのかは気になるなぁ。
最後に店内BGMを流している魔道具を起動して準備はオッケー。赤茶のエプロンにも皺は見当たらないね。
雑貨屋さん、開店です!
ドアベルがからん、からん、と軽やかに鳴り続ける。
昨日降った灰の雨によって消耗品が多く使われたためか、人の出入りが途切れることがない。俺が既に接客したことのあるお客さんが何人も来店してくれたし、初めて会うお客さんも多くいたよ。本さんによるメモ機能がなければ覚えるのが大変だっただろうなぁ。本さんいつもありがとうね。
常備薬として魔法薬を買っていくお姉さんに、文房具とお菓子を買っていく小さい子たち。細々とした小物を買うお客さんも多い。灰の雨による騒動で何かが壊れてしまったらしく修繕用の素材と道具を買うお客さんもちらほら。
八百屋のお姉さんは商品を包む紙が足りなくなってしまったようで慌てて買い物を済ませていった。
エリュークさんは当然のように全員覚えているし、俺の足りないところをさりげなくフォローしてくれる。おかげで午前中ずっと落ち着いて接客できたよ。うーん、俺はもうエリュークさん以外の下じゃ働けないかもしれない。
エリュークさんと一生雑貨屋さんをやっていたい……。
まあゲームだからね、無理なんだけど。むしろ今は遊んでいる判定になっちゃうからなぁ。
波が過ぎたので一旦お店をクローズ。
お昼休憩ということはそう、お昼ご飯の時間だよ!
「えへ、今日のお昼ご飯は何だろう────」
かららん。
お店の扉が開く。
鍵は掛けずCLOSEの札(のような魔道具)を付けているだけなので、緊急事態に備えて人が入ってくることは可能なんだよね。まあ来ることは滅多にないらしいんだけど……。
何でかって言うと、住民が営業している個人店はお昼休憩が設けられていることが殆どで、それをみんな承知しているから。
このゲームは満腹度っていう数値が定められていて、住民も来訪者もそれが大きく減ると物理的に動けなくなってしまう、らしい。俺はまだなったことはないけど、だからこそお昼ご飯をしっかり食べないといけないんだよね。
それにゲーム内のごはんはとっても美味しいから、お腹が空いたら普通にごはんが食べたくなるっていうのもある。
基本的に今の時間営業しているのはご飯屋さんや屋台、年中無休のギルドくらいかな?あ、本さんによると来訪者が営業しているお店もあるらしいよ。来訪者のログイン時間帯に影響されることや、それを煩わしく思った人向けの無人販売機能があるから、だって。
とにかく、今の時間帯にお店に来る人は珍しいし、何か大事な用事がある人の確率が高い。
俺はぱっと笑顔を浮かべるとお客さんに近寄った。
「いらっしゃいませ、何かお困りでしょうか?」
「えっ」
何故か面食らったような態度を取られた。
どういうこと。
俺はぱちぱちと瞬きをして、目の前の男性を見上げた。
エリュークさん程までとは行かないが、それでもラナカちゃんからしたら見上げないといけない高身長。
頭部は毛先が遊ばせてある明るい橙髪で、切れ長の焦げ茶の瞳は驚いたように上から下までこちらを観察している。耳は長くないし、牙や角もないから普人族だろうか。精悍な顔立ちでかっこいいね。イケメンだ。
首から下はこの街の守衛さんが身につけている白い軽鎧で覆われているけど、その上からでも鍛えているのがわかる。戦う人って感じの体格。
うん、守衛さんだ。門外に出るときに見かけた人とは違うみたいだけど。
守衛さんが何故雑貨屋さんに……?
「? あ、エリュークさんに御用の方でしょうか?」
「あ、っと……いや、そうだ。エリュークはいるかな」
「はい、居ますよ。今呼んでまいりますね、少々お待ちくださいませ」
「ああ、助かるよ」
俺はてってこカウンター奥の小部屋に行くと、お昼ごはんの用意のために戻っていたエリュークさんを呼んだ。ただドアベルが聞こえていたらしく既にこちらに来ようとしていたから、大きな声を出そうとしていた俺は慌てて口を噤んだ。
「……っぷは、エリュークさん、今守衛さんがいらっしゃっててエリュークさんに用事だそうですよ」
「守衛……、あぁ、はい。わかりました」
来たお客さんが誰か思い当たったのか、エリュークさんはこくりと頷くと店舗へ向かった。
その時に手を差し出されたので、特に何も考えることなく手を繋ぐ。
俺たちが扉前に行くと、守衛さんは慣れた様子で商品を眺めて待っていた。
立ち姿が綺麗なので、それだけでも様になっていてすごい。
「ラディオン」
「お、エリューク来たか。お嬢さんも呼んで来てくれてありがとう。名前を伺ってもいいかな?」
くるりと身を翻して、キラキラとした笑顔を浮かべられる。
なんというか正統派な騎士といった形容詞が似合う男性だ。
「ラナカです。初めまして」
「ラナカ、か。良い名前だね。俺はラディオンと言う。この街の秩序を保つ仕事をしていてね、困ったことがあれば何でも気軽に相談してくれ」
「わ、ありがとうございます。何かあったら頼らせていただきますね」
頼もしいオーラがびしばしと溢れ出ている。
やっぱり雑貨屋さんに来る人は優しい人が多いんだなぁ。
俺がほっこりしていると、ラディオンさんはふむと軽く顎先に指を添えてこちらを見やった。ひとつひとつの動作が芝居がかっているけどそれがぴったり合っている不思議な人だ。
「ところで、ラナカさんはここで働いているのかな」
「はい、先日から働かせていただいています」
「やはりそうか。いや何、先程は初対面で失礼な態度を取ってしまったと思ってね。俺が知るエリュークは一人を拗らせた男だったから、まさか新たに人を雇うだなんて思ってもみなかったよ。しかも君みたいな可愛い子を、なんて」
「ラディオン、ちょっと」
エリュークさんが咎めるような声で呼び掛けるが、ラディオンさんはくつくつ笑って楽しそうだ。うーん、清廉潔白というよりかは若干悪戯の気がある人っぽいぞ。
ただそれでも全く嫌味に感じない立ち振る舞いはエリュークさんとラディオンさんの仲の良さを感じさせた。
二人の会話を邪魔しないように俺はひっそり息を潜めた。
「悪い悪い。揶揄いに来たわけじゃないさ。仕事の話でね、いつもの納品に追加注文をしたくって」
「冗談が多いのは、君の悪い癖、だよ」
「はは、昔から寡黙な君に代わって喋り倒していたからね、お喋りな男になってしまったんだ。ああ心配しないでくれ、もちろん仕事はきっちりやっているさ。ご婦人方からは好評だし、子供たちからも親しみを込めて接してもらえているよ。住民に笑顔でいてもらえるほど嬉しいことはないからね。ふむ、これで恋人でもできたら最高なんだが。生憎ずっと仕事が恋人といった生活でね、誰かいい人はいないものかと…………そうだ、ラナ、」
「…………」
ラディオンさんは唐突に言葉を途切れさせると、両手を上げてひらひらとさせた。お手上げって感じだろうか。
「おっと、喋りすぎてしまった。こちらが仕様書だ。よろしく頼むよ」
「……はい」
「そんな
急なパス!
傍観を決め込んでいた俺は慌てて言葉を紡いだ。呂律は回らなかった。
「ぁえ、わたしですか?あの、えぇと、エリュークさんには良くしてもらっています!」
「おやおや、なるほどね。うん、頑張れよエリューク!」
「? 頑張ってなんて、ないよ」
「うーん、こっちもか。オーケー、見守るよ。既に仲は十二分に良いっぽいもんな」
ラディオンさんは一人で納得してからから笑う。
勢いがすごい。
俺とエリュークさんが仲がいいってことを言ってくれてるんだとは思うけど、また恋人みたいな誤解がされているっぽい。俺たちはとっても仲良しだけど、別に恋愛的な雰囲気はないと思うんだけどな……?
そもそもラナカちゃんは美少女とはいえ、中身の俺は普通の男だし。いや、友達がいなかったからいまいち人付き合いはよくわかってないけど。
まあ俺の中で一番大事なのは、俺とエリュークさんが一緒に楽しく過ごせることだからね。今のままで全然問題ないよ。
それにしてもこの数日で見たことの無いエリュークさんを議題に上げたい。
敬語じゃないのがそもそも珍しい!
いつも穏やかなほわほわした雰囲気なのに、ちょっと不機嫌なところが可愛い!
メリダさんに対するのとはまた違う砕け方が新鮮!
俺はエリュークさんの新たな一面を知れたことが嬉しくて、思わず繋いでいた手にきゅっと力を込めてしまった。
それに気付いたエリュークさんも優しく握り返してくれたので、小さく笑みが零れる。
そんな俺たちを見てラディオンさんは心底微笑ましそうな顔をした。
エリュークさんを弟分と言っていたように、その姿は慈しみに満ちたお兄さんそのものだった。
「昼時に時間を取らせてしまってすまない。それじゃあ俺は仕事に戻るよ」
「はい。では」
「お会いできて楽しかったです。お仕事お気を付けてくださいね」
「ありがとう、また来るよ」
ラディオンさんは軽やかに手を振ると、颯爽と去って行った。最後まで動作がかっこいい人だったなぁ。
さっきまで賑やかだった空間が静まって、繋いだ手のひんやりとした温度がくっきりと浮かび上がった。
俺が見上げるのと同時にエリュークさんもこちらに顔を向けていた。揃った動作が嬉しくなるね。
「それでは、お昼にしましょう、か」
いつも通りの柔らかな声が落ちてくる。ラディオンさんと話していた時の話し方も素敵だったけど、やっぱり俺はいつものエリュークさんが安心するなぁ。
包まれるような優しさに甘えているのかもしれないね。
「はいっ。今日は何を作りましょうか」
「麺が余って、いるので、そちらで、作ろうかと」
「わ、やったぁ。わたし麺料理大好きです」
「はい。……ラナカさんの、好きなものを、また知れました、ね」
「えへへ、知ってもらえました。もっとたくさん聞いてくださってもいいんですよ?何でも答えますから」
「…………少しずつ、知るのが、楽しい、ので」
「なるほど、確かに。毎日一緒に……は、わたしのせいで出来ないですけど、一緒にいる時間をどんどん積み重ねていったら、どんどんエリュークさんのことが知れるんだ。えへへ、素敵ですねっ」
「はい、……とても」
「これからもよろしくお願いしますね、エリュークさん」
「こちらこそ。ラナカさん」
俺たちは手を繋ぎながら住居の方へ移動し、一緒にお昼ご飯を作って食べた。
麺は細めのパスタみたいな食感で、あっさりめのスープパスタにしたよ。少しだけ効かせたスパイスがアクセントになっている。エリュークさんの作るごはんは味の調整が完璧でいつも美味しいんだよね。
俺がにこにこしながら食べているとエリュークさんも嬉しそうにしている気がする。ちょっと気恥ずかしいけど、エリュークさんが喜んでいるならよかった。
「そういえば聞きたいことがあったんでした」
「はい。なんで、しょう」
「エリュークさんっていつも私より寝るのが遅いですけど、起きるのも早いじゃないですか。ちゃんと睡眠を取れているのかなぁと気になってて」
朝から気になってたんだよね。
エリュークさんは不思議そうに首を傾げたあと、ゆっくりと頷いた。
「ああ、大丈夫、ですよ。オレは元々、睡眠時間が短い、種族なんです」
「そうだったんですね……!あ、そういえばわたし、エリュークさんの種族を知りませんでした」
「ん、そう、でしたか?オレは、石精族、です」
「石精族……」
本さんが解説をしてくれそうだけど、エリュークさんのことはエリュークさんから聞きたいので一旦待ってもらう。ごめんね。
「石精族は、石に性質が近い種族で、ええと、体の末端────爪や、角、などが、石で、できています」
「石で!」
「はい。オレの場合、魔石、です」
俺が今までおしゃれな黒ネイルだと思っていた爪や、額から出ている結晶のような角は正しく石だったらしい。ちなみに魔石っていうのは魔力の結晶体のことで、魔物を倒して残る魔瘴石を浄化したものを指すことが多いとのこと。
びっくりしながら話を聞いていると、エリュークさんが優しく俺の手を取って爪先を触らせてくれた。黒くて艶々とした爪は形も綺麗で触り心地も良い。
「わ、すべすべしてます」
「伸びてきたら、削って、エネルギーとして使える、ので、便利です、ね」
「んふふ、そうなんですねっ」
「はい。あと、石に近い、ので、金属の加工も、結構得意、です」
エリュークさんは何でも出来るなぁと思っていたけど、そのひとつに種族が理由としてあったんだ。
そこでふと気付く。
「へえー…………あ、じゃあこの指輪とかバレッタとかってエリュークさんの手作りだったんですか!?」
「…………はい、あの、黙っていて、すみま、せん」
「えっ、えっ、すっごく嬉しいですよ!元々エリュークさんにいただいたもの全部宝物でしたけど、もっともっと大事にしたくなりました!」
「…………宝物、ですか?」
「はい!宝物ですっ」
そう言い切ると、エリュークさんは少し息を呑んだ。
柔らかな静止だった。
俺たちの間だけ時が止まっているような。
そのあと動き出したエリュークさんは、俺の手をふわりと包み込むようにして握り、優しく、優しく微笑んだ。
見えるのは口元だけだったけど、その破壊力は抜群で彼から目が離せなくなる。
じわじわと耳を溶かすほどに甘い声が上から落とされる。喜色に満ちた、低くて穏やかな声。
「嬉しい、です」
「えへへ、わたしも嬉しいです!」
「……ラナカさん」
「はい、何でしょう」
「これからも、あなたに、装飾品を、贈っていいです、か?」
「もちろんです!全部全部大事にします」
「ふふ、よかった、です」
「あ、わたしからもエリュークさんに贈りものをしますからね。ペンダント、喜んでもらえたのがすごく嬉しかったので」
「…………あぁ、それは、……とても、嬉しい、です。はい、待って、ます、ね」
掠れるような声で返答がされる。
エリュークさんは優しく手のひらを離すと、両手を少しだけ掲げた。
はっとした俺がぱちりと手のひらを合わせる。
「はいたっち、です」
「えへへ、ハイタッチですね!」
「嬉しいときに、するん、ですよね?」
「はいっ」
しばらく手のひらを重ねていたが、午後の営業時間になったので店舗に移動する。
俺もその後をてってこ歩いて行くけど、途中で目線が自然と左手に向かう。そこに着けているアクセサリーが、エリュークさんの手作りだと思うといつもよりも更に煌めいて見えた。
うん。
俺はだいぶエリュークさんの内側に入れさせてもらえているんだなぁ。それが何よりも堪らなく嬉しかったんだ。
◇
午後もお客さんが多く来たけど、エリュークさんから元気百倍チャージしてもらった俺はノリノリで乗り越えた。楽しいね。
エリュークさんは何故か気付くとこちらを見ていたので、指輪やネックレスを示しては満面の笑みを返す遊びをした。そうするとエリュークさんの雰囲気がほにゃほにゃになってとても可愛いんだ。
閉店作業を終え、夜ご飯もお風呂も終えた。
ほかほかになった俺はエリュークさんが座っているソファの隣に腰掛ける。そこまでくっついているわけではないけど、エリュークさんの体温は低いので近くにいるとちょっぴりひんやりしていて気持ちがいいんだよね。
「エリュークさんは暑くないですか?」
「いえ、暑くない、ですよ」
「それならよかったです」
そのまま並んで、エリュークさんは何か難しそうな本を、俺は貰った植生図鑑を読む。
うーん、のんびりしてる。こういう時間って楽しいよね。
しばらくまったりして、時折お喋りもして。
もうそろそろ寝ないとだなぁと思って本さんを見ると、残りログイン可能時間が表示されていた。
あ、連続ログインは明日が最終日かぁ。
うぅ、嫌だなぁ。もっともっとエリュークさんと一緒にいたいよ。
次に入れるのはまた少し時間が空いてしまう。悲しい。
寂しくて、もっと近くにいたくて、少しだけエリュークさんに凭れかかってみる。
ちらりと見上げると、前髪で覆われた顔がこちらを向いている。
「ラナカさん、どう、しましたか」
「……ごめんなさい、明日を過ごしたらまた離れるのが寂しくなって」
「そう、でした、ね。オレも、寂しい、です」
しょんぼりとした声音に更に寂しさが倍増する。
こんなに可愛い人と離れなくちゃいけないの辛すぎるよ。
それならせめてエリュークさんをもっとチャージしなくては。
そう思い立った俺は、居住まいを正してエリュークさんに向き合った。
「エリュークさん」
「はい」
「あの、えっと……」
あれ、なんかちょっと恥ずかしいかも。
ただハグをしませんか?って聞きたいだけなのに。戦闘のときなんて何回も後ろから抱きかかえてもらったじゃんか。
俺は何故か火照る頬を抱えながらエリュークさんを見上げた。
「は、ハグをしませんか?」
「ハグ」
「はい、ぎゅってしたら寂しさも紛れると思うんです。どうでしょうか」
「い、いです、よ」
エリュークさんが少しだけぎこちなくなりながら頷く。
肯定に、俺は思わずぱーっと顔を明るくさせると、腕を広げて近寄った。
エリュークさんの長い腕がゆっくり開かれ、胸の中に入り込む。
ラナカちゃんとエリュークさんの体格差だと、ラナカちゃんがすっぽり収まってしまうんだよね。
ああ、やっぱりエリュークさんの腕の中が何よりも安心するなぁ。何よりも誰よりも近くて、守られている感じがするからかな。
俺はふにゃふにゃと力を緩めながら抱き着いていた。
「えへへ、わたし、エリュークさんにハグしてもらうの好きです」
「そう、ですか。……オレも、好きです、よ」
「お揃いですねっ」
「はい。お揃い、です」
エリュークさんは優しいので俺に回す腕の力は控えめだ。それが少しだけ寂しくて、むしろこっちから強く抱き締めてみる。
しばらくすると、おずおずとしながらハグが強まったので更に密着できた。嬉しいね。
「…………エリュークさんとずっと一緒にいたいですね」
「ラナカさん……」
「えへ、我儘言ってごめんなさい。わたしは来訪者なので、できないんですけど」
「いえ、オレも、ラナカさんが、ずっと、いて欲しい、ので。わかります」
「やったぁ、わたしたち、ずっと同じ気持ちですね。エリュークさんと同じ気持ちなら、全部頑張れる気がします。……明日の家具屋さん、楽しみですね!」
「そうですね」
俺たちはハグし合ったまま他愛ない会話を続けた。
離れてしまうことを少しでも先送りしたくて。
明日のログアウトが来なければいいのに、と俺は心の中で呟いた。
うぅん、まさかここまでゲームにハマるとは。
ゲームというかエリュークさんに、かな?こんなに魅力的な人、出会ったことがないからね。
「……ふぁ」
「あ、そろそろ寝ないと、ですね」
「はぁい」
小さく欠伸が漏れた。
寝ないと寝不足状態になってしまう。
俺は名残惜しみながら体を離した。
「おやすみなさい、エリュークさん」
「おやすみなさい、ラナカさん」
「また明日会いましょうね」
「はい、また明日」
手を振って部屋に入り、ベッドに潜り込む。
明日もまたエリュークさんと過ごせるのが何よりも嬉しい。俺はほのかに微笑みながら意識を落として行った。
続きは未定です。