家族の愛は空より高く/チ。二次創作現パロ【フポラ家族愛】   作:すう

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誘拐は計画的に1

 午後の日差しでまぶしい、下校途中の帰り道。

 ラファウは鞄を肩にかけ直し、ぼんやりと足元の影を踏んでいた。

「ふむ」

 小さく呟く。

 先ほどから、尾けられている。

 数歩離れた背後の足音は、ラファウが止まれば立ち止まり、歩き出せば同じ距離を保ちながら動き出す。

 この先は、空き家や更地の続く、寂しい道。

「何か」を起こすには、好都合。

 よし、と心の中で呟き、わざと人気のない道へ入る。

 この先の自宅までは、ほんの三百二十二メートル。

 通りから死角になる箇所にたどり着いた瞬間、それは起きた。

「!!」

 全身を黒で包んだ人物が口を覆う。

 隠されるように停められていた軽四に押し込まれた。

「静かにしろ」

 低い、男の声。

 一人だ。

 白昼堂々の誘拐だ。

 こんなの。

 こんなの、めっちゃ面白そうじゃん。

 ラファウは刺激に飢えていた。

 

 玄関の扉を閉めるなり、フベルトは言った。

「ラファウは?」

 帰宅したフベルトが家の中を見渡す。

 いつもなら、帰宅するやいなや毛糸玉にじゃれつく子猫よろしくまとわりつくあの子どもが、今日はやって来ない。

 シン、と静まり返った家の中。リビングにだけ、どんよりとした重苦しい空気が漂っている。

「ラファウが、帰って来ない……」

 四十路を過ぎた男が、半べそをかいてフベルトに縋り付いた。黒髪をぐしゃぐしゃに乱し、部屋の中を歩き回る。

「……ポトツキ先生。まだ五時半をまわったところだ。友人のところで遊んでいるのでは……それは無いな」

「あ、あの子にだってお友達はいるさ! コハンスキ君とか! 放課後に遊んでくれるかは、別として……」

 声のボリュームがどんどん小さくなる。

「ああ、こんなことならGPSを持たせておくんだった!」

「まあ、巣穴から出てくる蟻の数から巣の大きさを計算していて遅くなったとか、だいたいそんなところだろう」

「それは三年前にもうやりつくしてる! ……ああ、どうしよう、何かに巻き込まれていたら」

 取り乱し始めた恩師を椅子に座らせると、フベルトは玄関に向かう。

「辺りを見てくる。ポトツキ先生は帰ってきた時のために家にいてくれ」

 

「あー困ったなー。養父さん、心配してるだろなー」

 棒読みで台詞を読み上げると、結果を待つ研究者のような目で、運転席の男を見つめた。

 ラファウは自分できちんとシートベルトを締め、手は膝に置き、大変行儀良く座っている。

 後部座席から注がれる視線に耐えきれなくなり、男は一旦車を停めた。

 荷物の中からいくつかを取り出し、後部座席のドアを開ける。

「あっもしかして目隠しですか? 悪いけど拒否します。見えないと面白くないんで」

「……怖くないのか」

「怖いですよ」

 一度伏せた青い目を、持ち上げた。

「だってあなた、計画が甘いから。尾行、下手すぎです」

「……気味の悪いガキだな」

 男はちょっと嫌な顔をしながら、無言で黒布をラファウの目に巻きつけた。念のため、両手両足を結束バンドで固定する。

「うわ。これ絵面やばい。見つかると通報されますね。隠した方がいいのでは?」

 もう一枚布を用意しておけばよかった。口も塞げるのに。

 助言に従い、後部座席の足元に寝転がらせた。

 男は再び運転席に乗り込むと、アクセルを踏み込む。

「……簡単な仕事だと言われたのに。

 さっさと家に帰れるように、大人しくしてるんだな」

 

 気づけば空は茜色に染まり始めている。

 フベルトはラファウの通学路を順に辿っていく。

 空き家の角に差し掛かったところで、道に落ちている物を見つける。

 星空柄のハンカチ。

 ポトツキがラファウに贈ったものだ。

 拾い上げる。

 不自然な折り目に、結び目がひとつ。

 あの賢しいラファウが、偶然これを落とすはずがない。

「単独犯か」

 三角と四角を組み合わせた不自然な折り目は、車。

 方向は、家とは逆だ。

「なるほど。車に乗せられたのか」

 そこまで読み取り、目を細めた。

 あいつ。

 フベルトのこめかみに青筋が浮く。

 フベルトがどこまで追ってくるか、試して面白がっている。

 折り目を崩さぬよう、静かに畳み直し、ポケットに滑り込ませた。

 フベルトは自宅へ足を向ける。

 まずは情報を揃えなければ。

 そして。

 あのクソガキに、一度灸を据えねばならない。

 

 フベルトが自宅にたどり着くと、ポトツキが慌てた様子で玄関に駆けつけた。

「今」

「ラファウが誘拐されたのでしょう」

 言いかけたポトツキの言葉をフベルトが被せ、ポケットからハンカチを取り出す。

「……ラファウ……!」

 受け取ったポトツキは膝をつく。

「犯人の要求は?」

「……」

 項垂れたまま、ポトツキが声を絞り出すように言った。

「それが。君の、研究資料と引き換えだと」

「……お粗末だな」

「え?」

「会社経由ではなく、私個人への要求。なるほどな」

 一人納得し、ポトツキを置いてきぼりにしたまま、口の中でぶつぶつと呟く。

 思考の海に沈むと、フベルトはいつもこうだ。

 言葉が足りず、周りを不安にさせる。

「犯人は他に、何か言っていましたか」

「ラファウは……今の所無事だと。フベルト、私に分かるように説明してくれ」

「早めに助け出さないと危険です」

「ラファウが危険な状態にあるということか?」

 ポトツキの顔から血の気が引いていく。

「いえ、犯人が」

 フベルトは目を伏せる。

「ラファウは状況を読んでる。あの子は、与えられた条件の中で最善を選ぶでしょう」

「それが、どうして危険なんだ」

「穴だらけの計画ほど、埋めたくなる」

 

 目隠しをされた車の中で、ラファウは静かにカウントする。

 エンジン音の減速の回数。右折三回、左折一回。

 最後に長い直進。

 車が停まった。

 シャッターの巻き上がる音。目隠し越しの光が弱くなる。

「栄永軒の裏手あたりですね。僕、あそこのラーメン好きなんですよ」

「……なぜ」

「養父も兄弟子も、最近胃が悪くなると言って食べないんですが、本当は脂ましましコッテリを食べたいんですよ。大人になるって、ままならないものですね」

 そうじゃない。

 犯人は頭を抱える。

 目隠しをされた状態で、なぜ現在地がバレているんだ。

「お腹空いてきました。これ、いつまでかかります?」

「……お前の保護者次第だ」

 子供のペースに乗せられてはいけない。

 あくまで、生殺与奪の権はこちらにある。

「なら、すぐですね」

 何度か両手を振り下ろし、縛られた両手を器用に捻る。結束バンドがぱき、と乾いた音を立てて切れた。

 目隠しを指で押し下げると、青い瞳が倉庫の蛍光灯を映した。

「で?」

 手首にうっすら残る赤い痕を撫でながら、ラファウは首を傾げた。

「あなたの要求は?」

「……」

 犯人は言葉を失い、口を開きかけて、やめた。

「……家に、連絡しないんですか?」

「逃げないのか」

「逃げませんよ」

 目だけで笑う。

「僕と引き換えに、何を欲しがるのか。それを知りたい」

 静かな口調は、寒気を感じさせる。

「……お前の保護者の持つ、研究資料だ」

「なるほど」

 顎に手を当て、少し考える仕草をする。

「フベルトさん狙いでしたか。ずいぶん回りくどい」

「そういう依頼だから、仕方ないだろ」

「ほう」

 ラファウの目が細められたのに気づいて、思わず口を押さえる。

 これ以上余計なことを口走る前に、依頼を終わらせようと、慌ててスマホを取り出した。

「ちょっと待ってください。その端末だと位置情報がバレます」

「え?」

「公衆電話行きましょう。スマホはボイスチェンジャーのアプリを入れて。録音されて声紋取られたら証拠が残る」

「え?え?」

「先に練習しましょう。文言は僕が考えます。

 無駄に長く喋らない。相手に考える時間を与えない。子どもの無事を保証しすぎない。

 あと、具体的すぎる時間指定はしない方が不安を与えられていいかも」

「……悪魔だ」

 ラファウの目は生気に満ち、犯人の顔から血の気が引いていく。

 暗い倉庫の中で、誘拐を伝える脅迫電話のレッスンが始まる。

「今の間、長いです」

 それから数分間、容赦のない指導が続いた。

 怒涛のダメ出し。

 心が削られてゆく。

 一週間で辞めた会社でだって、こんな仕打ちは受けなかった。

「……俺だって、こんなことしたくてしてるわけじゃない」

 ラファウは一瞬、押し黙る。

「……やる気あるんですか? なら僕は帰りますけど」

「うう」

 こうして、ラファウによって仕上げられた脅迫電話がポトツキのもとにかけられた。

 

「ノヴァクさん、電話です」

 生活安全課は今日も青少年の健やかな成長を見守っている。

「……嫌な予感しかしないんだけどぉ」

 しかし、ノヴァクはデスクに忍ばせた愛娘の写真を眺めて目尻を下げる。

 パパ、頑張るからね。

 心の中で四歳になる娘に話しかけ、受話器を手に取る。

「はい」

『フベルトです』

「……」

『切らないでください』

「……また君らなの」

『残念ながら』

「今回は何やらかしてくれたの」

『一応被害者です』

「本当かなぁ」

 またあの二人か。

 彼らとは、以前の事件で知り合った。

 解決したものの、犯人も警察も翻弄され、掻き回した。

 だから、この二人は苦手だ。

「で、どんな用件なの」

『ラファウが誘拐された』

「え」

『犯人の要求は私の持つ研究データ。先ほど、受け渡しの時間や場所に指定が入った。……ラファウの手が入っている』

「それは……」

 それは、手遅れになる前に誰かがブレーキを踏まねばならない。

「すぐ行きます」

 憐憫を含む視線が集まる。

 誰も止めない。誰も代わらない。

 愛娘のパパだいすきと書かれたメッセージをひと撫でし、ノヴァクは席を立った。

 

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