家族の愛は空より高く/チ。二次創作現パロ【フポラ家族愛】 作:すう
「電話のタイミングは僕が指示を出します」
もぐもぐと口を動かし、ラファウがチャーシューを摘み上げる。
程よく味の染み込んだ豚肉は柔らかく煮込まれ、舌の上で解ける。ラーメンとの相性は抜群である。
「あ、焼き餃子追加で」
「あいよ!」
アルバイトの元気な声が響いた。
「……なんでそんな平気なの」
「好きなものは若いうちに食べておかないと、歳をとると受け付けなくなるらしいので」
そうじゃない。
犯人は何度目かのため息と共に、お冷を口に運んだ。
これから引き渡しである。
「緊張してきた」
「大丈夫。期待値は高いです」
ニコリと笑い、味玉に齧り付いた。
「あと、フベルトさんは警察と会社には連絡済みだと思います」
「けっ警察……」
思わず出てしまった声に、あたりを見渡す。
湯気。
レンゲのぶつかる音。
アルバイトの女性が忙しなく動き回り、頑固そうな店主が黙って湯切りしている。
席は常にほぼ埋まる、人気店だ。
声を顰めた。
「……警察には連絡するなと言ったのに」
「まあフベルトさんですからね。一筋縄ではいきませんよ」
これまでで一番楽しそうな顔をして、餃子のタレを作る。ラー油を少し。
「楽しみだなぁどんな手を打ってくるかな?」
「……はあ」
胃が痛くなってきた。
田舎の母の顔がチラついた。
目の前の食事に箸をつけることなく、平らげられていくのをただ見つめる。
「さあ、そろそろ時間です。行きましょう」
ラファウはきちんと手を合わせて、ごちそうさま、と挨拶をした。茶碗の中は米粒一つ残さず、ピカピカだ。
犯人は、差し出されたサービス券を受け取って、ポケットに突っ込んだ。
フベルトは資料の入った茶封筒を手に、指定場所に現れた。
真夜中の森林公園。
昼間は子供達が遊具で遊ぶその場所も、今は宵闇の中。
『では、指示通りに動け』
スマホから、犯人の指示が流れた。音声を加工してあるのか、高く機械的な声だった。
『次は郵便局前に向かえ』
『市役所掲示板前へ』
目的の場所へ着けば見計らったようにスマホが鳴る。
フベルトを移動の連続で消耗させる。
歩きながら考える。
これは、単なる時間稼ぎではない。
観察している。
どこかで。
『次は、手を組んだ天使像前だ』
「分かった」
短い指示に、短く返し通話を切る。
フベルトは再び歩き出す。
もうずいぶん時間が経つ。
薄暗い公園は不気味だ。
外灯に照らされた白い石像。
腕は胸の前で交差。
羽を背に持ち、微笑む。
また呼び出し音が鳴る。
フベルトはすう、と息を吸い込んで、電話口に話しかける。
「本当に天使像か? 手を組んだ聖母像なんだが」
『……ああ、そうだった。聖母像に封筒を渡せ』
「……了解」
フベルトは目を細め、疑惑を確信に変えた。
像の形を、声の主は知らない。
つまり、指示者と実行犯が分離している。
頭を巡らせる。
これまで辿った地点が見渡せる視認可能範囲は三つ。
公園の展望台。市役所屋上。商業ビルの立体駐車場上階。
全て、高所で、夜でも灯りがあり、これまでの移動地点をすべて見下ろせる場所。
天使像の腕に抱き抱えさせるように封筒を置く。
「置いた。次の指示は」
『森林公園に向かえ。そこで子供の居場所を伝える』
「……分かった」
電話が切れると、視線を落とさぬまま、片手で短い指示を送信する。
街灯の頼りない光に眠る町を、ひとり歩き始める。
商業施設の立体駐車場。
ポトツキは息を切らして現れる。
屋上に座る淡い金髪を目に入れた瞬間、ラファウを抱き寄せる。
「……養父さん」
ポトツキは静かに震えていた。
「……楽しかったか」
「想定外です。ここに来るのは、フベルトさんだと」
「来ない。子供を叱るのは、親の仕事だからだ」
肩を掴む力に僅かな力を込めた。
「お前はフベルトを試しただけのつもりだったんだろうが、私は、お前の姿が見えない間、生きた心地がしなかった」
「……ごめんなさい」
ポトツキの深い、黒い目から視線を離せなかった。
思わず口からこぼれたのは、謝罪の言葉。
ラファウが目を伏せた時。
天使像に向かう人物が、ひとり。
白い石像の腕に抱かれた茶封筒を、何気ない動作で手に取る。
周囲を見回す仕草は自然だ。
偶然通りかかった通行人。
声をかけられたら、そう言って誤魔化すつもりでいた。
あくまで、善意の第三者。
少し離れた暗がりからフベルトがその様子を確認し、姿を現す。
「やはりお前か」
男の肩がわずかに跳ねた。
「……フベルト先輩! 偶然ですね。お久しぶりで……」
「芝居はいい」
「……何のことです? 私はただ、これが置いてあったから、誰かの落とし物かと」
「中を見てみろ」
男――かつての部下は、フベルトの発言を挑発のように感じた。
しかし、そのようなことをするフベルトでないことも分かっている。
職場での態度は少々言葉足らずだが、研究に向ける姿勢は熱心。誰からも信頼されていた。
目の上の瘤。
ずっと、目障りだった。
男は舌打ちし、封を切る。
中身に目を走らせ、顔色を変えた。
「これは……第七案の式」
しまった、という顔。
フベルトは瞬きをしない。
「その名称を、社外の者が知るはずがない」
フベルトと男の間を、冷えた風が通り過ぎる。
「第七案は三ヶ月前に立ち上がり、一ヶ月前に却下された。現在進行しているのは第九案。私の案だ」
男の指先がわずかに震える。
「半年前に退職したお前が、なぜ内部の草案番号を知っている」
男は、はっと息を吐くと、乾いた笑みを浮かべた。
「……知っているさ。あのプロジェクトは、元は私が叩き台を作った」
「叩き台だ。完成案ではない」
「だが方向性は同じだった! あんたが致命的だと切り捨てなければ、私の名で通っていた!」
表情が歪み、感情が込み上げる。
フベルトは静かに首を横に振った。
「お前の式は理論上成立する。しかし実装段階で破綻することは目に見えていた。私はあの場で事実を述べただけだ」
「……それで私の立場は破綻した」
「研究は立場を守るためにあるのではない」
フベルトの手でスマホが震える。
短い通知。
ノヴァクからの一言。
確保。
フベルトは画面を確認し、視線を戻す。
「実行犯は拘束された」
男の表情が固まる。
「研究資料が流出すれば疑われるのは担当者。手に入れた情報を元に、私を嵌めようとしたな」
一歩、距離を詰める。
「それは研究ではない。ただの報復だ」
男の手の中で、夜風に煽られ茶封筒が揺れる。
「……終わりだ」
「ご協力感謝します」
実行犯の腕を押さえたノヴァクが、フベルトに向かって静かに声をかける。
フベルトの前で、元部下の男は膝をついて項垂れている。
「誘拐教唆と恐喝未遂。立件は十分可能だ」
事務的な声で、冷たく言い放つ。
「軽くは済まないよ。覚悟しておいて」
男の肩が小さく震えた。
「やぁ」
ポトツキに連れられたラファウを見て、ノヴァクは軽く手を挙げた。
「実行犯は確保。黒幕も署で事情聴取だ。後日君にも話を聞かせてもらうよ」
ポトツキの後ろに隠れたラファウに声をかける。
フベルトは弟弟子をじっと見下ろした。
「怪我は」
「ありません」
ラファウは姿勢を正して答える。
フベルトは目を細めて、ポトツキと同じ問いを投げかけた。
「楽しかったか」
「途中までは」
ラファウが肩をすくませる。
「……途中からは」
上目遣いにポトツキに視線を投げかける。
「養父さんが来たので、計画が狂いました」
ポトツキの手が、頭を軽く叩く。
その頭を、フベルトが掴み、強引に下げさせた。
「いたたたたた」
「この度は大変お騒がせして、申し訳ない」
その謝罪が自分の方を向いていることに、犯人が目を白黒させて見ている。
「……え?」
「こいつのせいで事態をややこしくしてしまった」
「我が息子ながら、好奇心が向くと誰も止められなくて」
「ゴメンナサイ」
「……はあ」
間の抜けた声。
「お、俺こそ、誘拐なんて、怖い思いをさせてしまって」
ラファウが小さく抗議する。
「そうですよ。あんな杜撰な計画。恐怖でしかない」
ポトツキの指が額を弾いた。
「いい加減にしなさい」
ノヴァクが肩をすくめてそれを眺めている。
「……本当に、厄介な子供だよ」
その場にいた大人全員が、首肯した。
「さあ、行こうか。続きは署で」
ノヴァクが実行犯の腕を引く。
公園の入り口で、応援の赤いランプが点滅している。
残された三人。
ポトツキがラファウとフベルトの肩を引き寄せる。
「帰ろう」
「……はい」
少し歩いてから、小さく呟いた。
「いちばんの計算違いは、養父さんでした」
「なんだ」
「……養父さんが、あんな顔をすること」
ポトツキの足が止まる。
フベルトは視線を前に向けたまま言う。
「次は確実に入れておけ」
「脂ましはしばらく禁止だな」
「そんなぁ」
夜風が吹く。
三人は肩を並べ、今度は立ち止まらずに家を目指した。
おしまい