家族の愛は空より高く/チ。二次創作現パロ【フポラ家族愛】   作:すう

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誘拐は計画的に2

「電話のタイミングは僕が指示を出します」

 もぐもぐと口を動かし、ラファウがチャーシューを摘み上げる。

 程よく味の染み込んだ豚肉は柔らかく煮込まれ、舌の上で解ける。ラーメンとの相性は抜群である。

「あ、焼き餃子追加で」

「あいよ!」

 アルバイトの元気な声が響いた。

「……なんでそんな平気なの」

「好きなものは若いうちに食べておかないと、歳をとると受け付けなくなるらしいので」

 そうじゃない。

 犯人は何度目かのため息と共に、お冷を口に運んだ。

 これから引き渡しである。

「緊張してきた」

「大丈夫。期待値は高いです」

 ニコリと笑い、味玉に齧り付いた。

「あと、フベルトさんは警察と会社には連絡済みだと思います」

「けっ警察……」

 思わず出てしまった声に、あたりを見渡す。

 湯気。

 レンゲのぶつかる音。

 アルバイトの女性が忙しなく動き回り、頑固そうな店主が黙って湯切りしている。

 席は常にほぼ埋まる、人気店だ。

 声を顰めた。

「……警察には連絡するなと言ったのに」

「まあフベルトさんですからね。一筋縄ではいきませんよ」

 これまでで一番楽しそうな顔をして、餃子のタレを作る。ラー油を少し。

「楽しみだなぁどんな手を打ってくるかな?」

「……はあ」

 胃が痛くなってきた。

 田舎の母の顔がチラついた。

 目の前の食事に箸をつけることなく、平らげられていくのをただ見つめる。

「さあ、そろそろ時間です。行きましょう」

 ラファウはきちんと手を合わせて、ごちそうさま、と挨拶をした。茶碗の中は米粒一つ残さず、ピカピカだ。

 犯人は、差し出されたサービス券を受け取って、ポケットに突っ込んだ。

 

 フベルトは資料の入った茶封筒を手に、指定場所に現れた。

 真夜中の森林公園。

 昼間は子供達が遊具で遊ぶその場所も、今は宵闇の中。

『では、指示通りに動け』

 スマホから、犯人の指示が流れた。音声を加工してあるのか、高く機械的な声だった。

『次は郵便局前に向かえ』

『市役所掲示板前へ』

 目的の場所へ着けば見計らったようにスマホが鳴る。

 フベルトを移動の連続で消耗させる。

 歩きながら考える。

 これは、単なる時間稼ぎではない。

 観察している。

 どこかで。

『次は、手を組んだ天使像前だ』

「分かった」

 短い指示に、短く返し通話を切る。

 フベルトは再び歩き出す。

 もうずいぶん時間が経つ。

 薄暗い公園は不気味だ。

 外灯に照らされた白い石像。

 腕は胸の前で交差。

 羽を背に持ち、微笑む。

 また呼び出し音が鳴る。

 フベルトはすう、と息を吸い込んで、電話口に話しかける。

「本当に天使像か? 手を組んだ聖母像なんだが」

『……ああ、そうだった。聖母像に封筒を渡せ』

「……了解」

 フベルトは目を細め、疑惑を確信に変えた。

 像の形を、声の主は知らない。

 つまり、指示者と実行犯が分離している。

 頭を巡らせる。

 これまで辿った地点が見渡せる視認可能範囲は三つ。

 公園の展望台。市役所屋上。商業ビルの立体駐車場上階。

 全て、高所で、夜でも灯りがあり、これまでの移動地点をすべて見下ろせる場所。

 天使像の腕に抱き抱えさせるように封筒を置く。

「置いた。次の指示は」

『森林公園に向かえ。そこで子供の居場所を伝える』

「……分かった」

 電話が切れると、視線を落とさぬまま、片手で短い指示を送信する。

 街灯の頼りない光に眠る町を、ひとり歩き始める。

 

 商業施設の立体駐車場。

 ポトツキは息を切らして現れる。

 屋上に座る淡い金髪を目に入れた瞬間、ラファウを抱き寄せる。

「……養父さん」

 ポトツキは静かに震えていた。

「……楽しかったか」

「想定外です。ここに来るのは、フベルトさんだと」

「来ない。子供を叱るのは、親の仕事だからだ」

 肩を掴む力に僅かな力を込めた。

「お前はフベルトを試しただけのつもりだったんだろうが、私は、お前の姿が見えない間、生きた心地がしなかった」

「……ごめんなさい」

 ポトツキの深い、黒い目から視線を離せなかった。

 思わず口からこぼれたのは、謝罪の言葉。

 ラファウが目を伏せた時。

 天使像に向かう人物が、ひとり。

 

 白い石像の腕に抱かれた茶封筒を、何気ない動作で手に取る。

 周囲を見回す仕草は自然だ。

 偶然通りかかった通行人。

 声をかけられたら、そう言って誤魔化すつもりでいた。

 あくまで、善意の第三者。

 少し離れた暗がりからフベルトがその様子を確認し、姿を現す。

「やはりお前か」

 男の肩がわずかに跳ねた。

「……フベルト先輩! 偶然ですね。お久しぶりで……」

「芝居はいい」

「……何のことです? 私はただ、これが置いてあったから、誰かの落とし物かと」

「中を見てみろ」

 男――かつての部下は、フベルトの発言を挑発のように感じた。

 しかし、そのようなことをするフベルトでないことも分かっている。

 職場での態度は少々言葉足らずだが、研究に向ける姿勢は熱心。誰からも信頼されていた。

 目の上の瘤。

 ずっと、目障りだった。

 男は舌打ちし、封を切る。

 中身に目を走らせ、顔色を変えた。

「これは……第七案の式」

 しまった、という顔。

 フベルトは瞬きをしない。

「その名称を、社外の者が知るはずがない」

 フベルトと男の間を、冷えた風が通り過ぎる。

「第七案は三ヶ月前に立ち上がり、一ヶ月前に却下された。現在進行しているのは第九案。私の案だ」

 男の指先がわずかに震える。

「半年前に退職したお前が、なぜ内部の草案番号を知っている」

 男は、はっと息を吐くと、乾いた笑みを浮かべた。

「……知っているさ。あのプロジェクトは、元は私が叩き台を作った」

「叩き台だ。完成案ではない」

「だが方向性は同じだった! あんたが致命的だと切り捨てなければ、私の名で通っていた!」

 表情が歪み、感情が込み上げる。

 フベルトは静かに首を横に振った。

「お前の式は理論上成立する。しかし実装段階で破綻することは目に見えていた。私はあの場で事実を述べただけだ」

「……それで私の立場は破綻した」

「研究は立場を守るためにあるのではない」

 フベルトの手でスマホが震える。

 短い通知。

 ノヴァクからの一言。

 確保。

 フベルトは画面を確認し、視線を戻す。

「実行犯は拘束された」

 男の表情が固まる。

「研究資料が流出すれば疑われるのは担当者。手に入れた情報を元に、私を嵌めようとしたな」

 一歩、距離を詰める。

「それは研究ではない。ただの報復だ」

 男の手の中で、夜風に煽られ茶封筒が揺れる。

「……終わりだ」

 

「ご協力感謝します」

 実行犯の腕を押さえたノヴァクが、フベルトに向かって静かに声をかける。

 フベルトの前で、元部下の男は膝をついて項垂れている。

「誘拐教唆と恐喝未遂。立件は十分可能だ」

 事務的な声で、冷たく言い放つ。

「軽くは済まないよ。覚悟しておいて」

 男の肩が小さく震えた。

「やぁ」

 ポトツキに連れられたラファウを見て、ノヴァクは軽く手を挙げた。

「実行犯は確保。黒幕も署で事情聴取だ。後日君にも話を聞かせてもらうよ」

 ポトツキの後ろに隠れたラファウに声をかける。

 フベルトは弟弟子をじっと見下ろした。

「怪我は」

「ありません」

 ラファウは姿勢を正して答える。

 フベルトは目を細めて、ポトツキと同じ問いを投げかけた。

「楽しかったか」

「途中までは」

 ラファウが肩をすくませる。

「……途中からは」

 上目遣いにポトツキに視線を投げかける。

「養父さんが来たので、計画が狂いました」

 ポトツキの手が、頭を軽く叩く。

 その頭を、フベルトが掴み、強引に下げさせた。

「いたたたたた」

「この度は大変お騒がせして、申し訳ない」

 その謝罪が自分の方を向いていることに、犯人が目を白黒させて見ている。

「……え?」

「こいつのせいで事態をややこしくしてしまった」

「我が息子ながら、好奇心が向くと誰も止められなくて」

「ゴメンナサイ」

「……はあ」

 間の抜けた声。

「お、俺こそ、誘拐なんて、怖い思いをさせてしまって」

 ラファウが小さく抗議する。

「そうですよ。あんな杜撰な計画。恐怖でしかない」

 ポトツキの指が額を弾いた。

「いい加減にしなさい」

 ノヴァクが肩をすくめてそれを眺めている。

「……本当に、厄介な子供だよ」

 その場にいた大人全員が、首肯した。

「さあ、行こうか。続きは署で」

 ノヴァクが実行犯の腕を引く。

 公園の入り口で、応援の赤いランプが点滅している。

 残された三人。

 ポトツキがラファウとフベルトの肩を引き寄せる。

「帰ろう」

「……はい」

 少し歩いてから、小さく呟いた。

「いちばんの計算違いは、養父さんでした」

「なんだ」

「……養父さんが、あんな顔をすること」

 ポトツキの足が止まる。

 フベルトは視線を前に向けたまま言う。

「次は確実に入れておけ」

「脂ましはしばらく禁止だな」

「そんなぁ」

 夜風が吹く。

 三人は肩を並べ、今度は立ち止まらずに家を目指した。

 

 おしまい

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