家族の愛は空より高く/チ。二次創作現パロ【フポラ家族愛】 作:すう
この世はバカばっかだ。
四歳のラファウが見る世界には、滑稽なほど愚かな人間しかいない。
碌でもない母親はラファウを放って帰ってこないことなどしょっちゅうであったし、新しい彼氏もこれまた同じ。怒鳴り、気に食わなければ殴る。原因はラファウにひとつもなくとも。
だから、ラファウは本能的に学んだ。
笑うこと。
泣かないこと。
観察すること。
生き延びるのにいちばん効率がいい方法を選択するために。
ある夜、男が母との喧嘩をエスカレートさせた。
暴れた拍子に母の腕を切りつけた。血を見て逆上した切先は、幼いラファウを向く。
流石に命の危険を感じ、裸足のまま部屋を飛び出す。
人通りの多い場所まで逃げ、ラファウは瞬時に通行人を観察した。
一度しか使えない、賭けに出る。
道ゆく男の腕を握る。
「たすけて、おとうさん」
――八年後。
「ご飯できたよ」
ポトツキの声に、先に顔を上げたのはフベルトだった。
ラファウの目は、盤面を睨んだまま動かない。
「ラファウ、続きは明日にしよう」
「……後、一手だけ」
長考の末、駒を置く。
フベルトは一瞥する。
「それだと八手目で詰む。私の勝ちだ」
「……ぐぬぬ」
ラファウは頭を抱え、肩を落とした。
「冷めるよ」
ポトツキの声は穏やかだが、皿を置く音に圧がこもる。
「……はーい」
渋々席につく。
揚げたての香ばしい香りが広がる。唐揚げだ。
「成績は?」
「二五八勝。敗北はゼロです」
手を合わせて、味噌汁を口に運ぶフベルトがラファウを横目で見る。
「……少しは手加減をしなさい」
「何故?」
眉を顰めて、首を傾げる。
「手を抜いたゲームは楽しくない」
ラファウの箸がぴくりと止まる。
「……明日は負けません」
モリモリと唐揚げを頬張るラファウに、ポトツキは無言で唐揚げをひとつ分けてやる。
翌日。
「フミャ――!!」
庭にいたフベルトのもとで、大声が響いた。
リビングで宿題をしていたラファウは、何事かと目を向ける。
ホースを片手に持ったフベルトと小さな生き物が見えた。
水やりをしていた際、誤って通りすがりの猫に水をかけてしまったらしい。
「……すまない。いると思わなかった」
「ニャムニャム〜!」
「許してほしい」
「すごい。あの人猫に謝ってる」
「誠意が伝わるといいな。放っておきなさい」
ポトツキは読みかけの新聞に目線を戻す。
「近くで窃盗事件。世の中物騒になったもんだ」
「まあうちは狙われる心配がなくてよかったです」
「どう言う意味かな、ラファウ」
「タオルありますか、先生。ちゃんと乾かすまで帰らないそうだ」
白い猫を抱えたフベルトが、部屋に入ってきた。
「猫が言ったんですか?」
「他に誰がいる」
「会話できるんだ」
「にゃあ」
「あれ? この猫、首輪ついてますよ。飼い猫なんじゃ?」
ラファウが猫の首をくすぐる。
こそばゆく目を細め、されるがままにされていた猫の首には、赤いベルト部分に、白い球が埋め込まれたデザインの首輪が付けられていた。
「猫に真珠だ」
「豚でも小判でもなく?」
軽く笑って、ポトツキが眼鏡をかけ直す。
指先で真珠を摘む。
つるりと滑らかな表面。
わずかに冷たい。
ポトツキは表情から、笑みを消す。
「……天然だな」
「え?」
「いや。猫の話だ」
「はい?」
新聞を畳む。
「……よく分からんが、価値はありそうだ。乾かして帰ってもらいなさい」
しかし、猫はいつまで経っても帰らなかった。
完璧に乾かされ、毛並みを整えた猫は庭に出されていたが、そこから一向に動く気配を見せない。
庭の端で丸くなり、ずっと家の方を見ている。
ラファウはフベルトと共に、カーテンの隙間から猫の様子を覗き見て囁いた。
「……まだいますよ」
フベルトは腕を組む。
「明日、警察に届けてみるか」
カーテンを閉める。
猫が小さく鳴く。
「にゃあ」
翌朝。
「あ」
寝ぼけ眼で歯を磨きながら、朝のニュース番組を眺めていたラファウが声を出した。
『市立博物館で、展示品の盗難事件が発生しました』
近くだ。
『被害に遭ったのは、真珠で飾られた装身具数点。被害総額は、数千万円相当と見られ――』
窓際で、猫が「にゃー」と鳴く。
まだいたのか。
猫の首につけられた首輪を、ラファウは改めてしげしげと眺める。
「もしかしてお前、窃盗団の一味なのか?」
ラファウが茶化して話しかけると、窓枠をカリカリと引っ掻き、開けようとする仕草をした。
「腹が減ったと言っている」
「餌付けなんてしたら住み着いてしまうのでは?」
フベルトの手には、小皿に盛られた猫の餌。
猫は警戒もせず、当たり前のように食べ始める。
「なんか違和感」
しげしげと食べる様子を眺めていたラファウが、首輪をつつく。
「あ」
ころりと軽い音を立て、首輪が外れた。
「……これ、首輪じゃない」
猫の毛のついたそれを、摘み上げた。
Cの形をした、バングル型の腕輪。
テレビで観た、博物館の盗品の展示写真が思い出される。
盗品の中に、よく似たものが無かったか。
ラファウは腕輪をじっと観察する。
真珠の配置、金具の処理。
ラファウの目が、輝きを帯びていく。
「……これ、本物じゃない」
フベルトは目を細める。
ラファウは続ける。
「博物館の情報では、南洋真珠とされていた。なのに、この控えめな輝きはアコヤ真珠。あと、左右の金飾りのデザインが微妙に左右対称じゃない」
「こら」
「ぐえ」
大きな手がラファウの頭を掴んだ。
背後からフベルトが低い声で凄む。
「あの猫は今日、警察に届ける」
「えぇ〜。本物ならともかく、偽物ですよ? 絶対訳ありです、コイツ」
猫は満腹気に前足を舐めている。
ポトツキは今日、塾講師の仕事で不在だ。
フベルトはラファウの小さな頭蓋骨から手を離さない。
「猫を巻き込むな」
風呂用のランドリーバスケット。
猫はその中に入れられ、フベルトに抱えられた。
少し窮屈かもしれなかったが、猫は嫌がる様子もなく、じっと身を潜めている。
警察への道すがら、並んで歩く二人の顔は対照的だ。
ラファウが笑う。
背後でずっと同じスニーカーが付いてくる。
フベルトの渋い顔。
あの白いワゴンは先ほど通り過ぎて、先回りしてきた。
「ラファウ」
「分かってますよ。猫を、届けるんですよね」
物分かりの良すぎるラファウの笑みに釘を刺し、フベルトがわざと人気の少ない道に入る。
猫入りのランドリーバスケットをラファウに手渡した。
見計らったように数人の足音が二人を追う。
先細る細い道。
ラファウと猫を背に、フベルトが突然振り向き、着いて来た男たちを睨みつけた。
「何の用だ」
四人の男たちの目は、獲物を追い詰めた捕食者のつもりでいる。
長身のフベルトを品定めするように眺め、ニヤついた笑みを浮かべた。背後には子供が一人。数の優位はどちらにあるか。
ラファウがフベルトの背中を見上げる。
彼がどんな方法でこの場を突破する気なのか、非常に興味深い。
「何かお困りですか?」
背後から響いた声に、男たちの表情が固まった。
声をかけてきたのは、背広姿の男だった。
目は眠そうなのに、視線は動かない。その場にいるすべてのものの動きを捕えているようだった。
隙のない動きで一歩距離を詰めると、男たちが同じだけ後ずさった。
「猫を拾ったので、警察に届けようと」
フベルトは静かな声で、しかし警察の部分を強調した。
「け、警察……」
男の一人が顔を引き攣らせた。
「そりゃ、ご苦労様です。……で、あなた方は?」
じろり。
背広の男の一瞥に、男の一人が舌打ちする。
「いえ、別に」
「あ」
気を衒う少年の声に、その場にいた全員の視線がラファウに集まる。
するりとバスケットから白い影が抜け出し、足元を駆け抜けた。誰もが眺めているだけの一瞬に、猫の姿は街の中に溶けてしまった。
男が反射的に猫の行く先を追い、大通りへ足を向けた。
「俺たちはこれで」
背広姿の男を横目に、逃げるように大通りへ向かう。
背広の男も視線を走らせるが、動かない。
フベルトも追わない。
ラファウがほんの少しだけ笑った。
「……逃げちゃいました」
背広の男が頭をガシガシとかいて、上着から手帳を取り出す。
「私、ノヴァクと言います」
手帳を出す。
小さな女の子の写真。
「……違う」
閉じる。
本物を出す。
「刑事です」
「可愛い子ですね」
ゴホンと空咳をして、緩みかけた顔を刑事のものに戻した。目に鋭利な光が灯る。
「今の連中に心当たりは?」
「いや、無い」
「そうですか」
目線はラファウのバスケットに注がれたが、何も言わずに戻した。
「ああいう輩に、あんまり関わらない方がいいよ」
「分かった」
遠ざかるノヴァクを見つめ、フベルトの大きな手がラファウの頭を掴む。
「……わざとだな」
「てへ」
バスケットの留め具が外れている。
「どうします? 猫は逃げてしまいました」
ラファウは見上げる。
瞬き一つしないその目は、観測手のもの。
その腕にはいつの間にか、あの腕輪。
「……」
フベルトの視線が、路地とラファウの腕を往復する。
はあ。
「先生に釘を刺されていたのにな」
バスケットを手に持ち、大通りへ向かう。
「そうこなくっちゃ」