TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第一話 「さあどうぞ、私の指をお食べなさい」

 

「さあどうぞ、私の指をお食べなさい」

 

 女の子が泣いていた。

 七つか、八つか。痩せた腕に、黒い斑紋(はんもん)が浮いている。蝕み病(むしばみやまい)。薬草では治らない。神殿の治癒術でも治らない。

 

「い、いやっ……!」

 

 母親が叫んだ。当たり前だ。

 目の前の銀髪の女が、光の刃を手のひらに呼び出して——自分の小指を、根元から落としたのだから。

 

「ん……っ」

 

 切り落とした瞬間、甘い吐息が漏れた。

 頬が、染まっている。銀の睫毛が震えて、薄い唇が半開きになっている。

 

「これを食べると治るの。どんな病も。お味はね、少し甘いらしいわ」

 

 にこにこしている。

 指を切り落とした直後の顔ではなかった。

 

「さあ、召し上がれ。あーん」

 

 母親は動けなかった。娘は泣いていた。

 

「切ってすぐのほうが効くの。だから、ね」

 

 母親が、崩れた。

 泣きながら、娘の口に指を押し込んだ。

 

 子供が咀嚼した。光が体の中に広がっていく。黒い斑紋が、薄れて、消えた。

 

 母親が額を地面につけて泣いていた。

 

「あのね、泣かないで。減るものではないし。ほら、元通り」

 

 切断面から、光が芽吹いた。骨が伸び、肉が巻き、皮膚が閉じる。十秒で、元通りの小指がそこにあった。

 

 白銀(しろがね)の女神——ルーシェは、十本の指をひらひら振って見せた。

 

 

  ◇

 

 

「ルーシェ様っ……!」

 

 宿に帰ると、護衛騎士のリーゼが立っていた。目が赤い。

 

「あら、リーゼ。蝕み病の子がいたの」

 

「分かっています……! 分かって、いますが……!」

 

 声が震えている。泣くのを堪えている。堪えきれていない。

 

「今日は何を差し出したんですか……!」

 

「小指よ。一本切っただけ」

 

 指を広げて見せた。十本ある。再生済み。証拠はない。

 

「一本『だけ』って……! 一本『だけ』って言い方、やめてください……!」

 

「あら。昨日より少ないわ? 昨日は薬指も切ったのだし」

 

「昨日の話はしないでください……! 胃が、もう……!」

 

 リーゼの声がどんどん裏返っていく。

 

 宿の奥から、足音がした。

 神官のフィオが、薬湯の椀を持って出てきた。何も言わず、テーブルに置いた。ルーシェの席の前に。

 それだけだった。

 

「フィオ、聞いて。リーゼがまた泣いているわ」

 

 フィオはルーシェを見た。ルーシェの手を見た。十本の指を数えるように。

 それから、椅子を引いた。座れ、という意味だった。

 

「ゼロにしてください! ゼロが正常です!」

 

「ゼロだと蝕み病の子が死んでしまうわよ?」

 

 ルーシェが言った。悪気はない。事実を述べただけだ。

 

 リーゼの口が開いて、閉じて、また開いた。目から涙がこぼれた。

 

「……それは……それは、そうですが……!」

 

「ね? だから一本は必要経費よ」

 

「必要経費!? 指を……!?」

 

「コスパがいいのよ。指一本でひとり助かるの」

 

「コス……なんだかわかりませんが、もっと御身を大切になさってください!」

 

 リーゼが天を仰いだ。涙が頬を伝っている。ルーシェがハンカチを差し出した。

 

「私のことで泣かないで——」

 

「泣いてません……!」

 

 泣いている。

 

「ルーシェ様。百歩譲って……いえ一万歩譲って、指を認めるとして」

 

 鼻を啜りながら、リーゼが言った。

 

「せめて、嬉しそうにやるのだけはやめてください……!」

 

「嬉しそう?」

 

「はい……! 切る時、笑ってらっしゃいます……!」

 

「笑うわ。だって——」

 

 ルーシェは首を傾げた。何が問題なのか本気で分からない、という顔で。

 

「——だって、『ありがとう』って言ってもらえるのよ?」

 

 空気が、止まった。

 

 ルーシェは笑った。何でもないことのように。

 

 リーゼの目から、新しい涙がこぼれた。さっきまでとは違う涙だった。声を殺して、肩だけが震えていた。

 

 フィオは薬湯をそっとルーシェの方に押した。

 

「ありがとう、フィオ」

 

 ルーシェが両手で椀を持って、ふうふうと冷ます。

 

 ——「ありがとう」の、声が柔らかかった。

 たぶん本人は気づいていない。その一語を言う時だけ、声が変わっていることに。

 

 フィオの手が、一瞬だけ、自分の胸のあたりに触れた。

 すぐに下ろした。

 

「リーゼ、大丈夫? 目が赤いわよ」

 

「ルーシェ様の心配をしてるんです……!」

 

「だから痛くないと言っているでしょう? ね、フィオ?」

 

 フィオは頷いた。それだけだった。

 

 リーゼが頭を抱えた。ルーシェはきょとんとしている。

 薬湯を一口飲んで、「苦っ」と顔をしかめた。

 

 フィオが砂糖壺をテーブルに置いた。無言で。

 

 

  ◇

 

 

 夕飯の支度。

 

「ルーシェ様、野菜を切っていただけますか」

 

「いいわ」

 

 包丁を持った。にんじんを持った。光の刃ではなく、普通の包丁。とん、とん、と小気味よい音。

 

「ルーシェ様、その——にんじんを切る手つきと、ご自分の指を切る手つきが同じなのですが……」

 

「そう?」

 

「はい……まったく同じです……躊躇いの無さが……」

 

「だって切るのは切るでしょう?」

 

 リーゼの目がまた潤んだ。

 

「あら、また泣きそう」

 

「泣いてません……!」

 

 フィオが無言でリーゼの隣ににんじんの皿を置いた。盛り付けを手伝え、という意味だった。リーゼが鼻を啜りながら皿を受け取る。

 

 ルーシェが照れたように笑った。

 

「うふふ。にんじん、均等に切れたわ」

 

 指を切るのは平気なのに、料理がうまくいくと照れる。

 

 リーゼは黙って、ルーシェの皿にシチューを多めによそった。いつもそうしている。ルーシェは気づいていない。

 

 フィオは自分の皿を見た。リーゼの皿を見た。ルーシェの皿を見た。

 ルーシェの皿だけ、肉が三切れ多い。

 

 ——フィオは自分の皿から、肉を一切れ取って、ルーシェの皿に移した。

 リーゼと目が合った。

 何も言わなかった。二人とも。

 

 

  ◇

 

 

 翌朝。

 

 村の広場にルーシェが立つと、もう行列ができていた。

 

「おはよう! 今日も元気にお配りしますわよー!」

 

 リーゼが目頭を押さえた。

 

 光の刃で銀の髪をざくりと切る。肩口から。束にして、小分けにする。

 

「んっ……ぅ——」

 

 声が漏れた。頬が赤い。目が潤んでいる。髪を切っただけなのに、全身が一瞬震えた。

 

「はい、どうぞ。おひとり三本ずつ」

 

 何事もなかったように配り始める。

 

 ——フィオの目が、一瞬止まった。

 

 切った直後のルーシェの髪。毛先が、ほんの一瞬だけ——白かった。銀ではなく、白。色が抜けたように。

 瞬きをした時にはもう銀に戻っていた。

 

 フィオは目を擦った。何も言わなかった。

 

「あんた……痛いじゃろう……」

 

 行列の老人が、震える手で銀の髪を受け取りながら言った。

 

「大丈夫ですわ」

 

 にっこり笑った。嘘じゃない。本当に痛くない。

 

 ——気持ちいい(・・・・・)だけだ。

 

 だが、老人の目から涙がこぼれた。

 

「……なんで泣くの? おじいさまも? みんな泣くのねぇ」

 

「……あんたが、痛いじゃろうが……」

 

 ルーシェは困った顔で、フィオを見た。助けを求めるように。

 

 フィオはルーシェの隣に来て、切った髪を束ねるのを手伝い始めた。何も言わなかった。

 

「次の方ー!」

 

 ルーシェが列に向かって手を振った。もう腰まで伸びている。再生が速い。

 

 フィオが黙って髪を束ねる手。リーゼが泣きながら行列を整理する背中。

 ルーシェだけが笑っていた。

 

 

  ◇

 

 

 夜。

 ルーシェは自分の部屋で、右手の小指を見ていた。

 

 今日も切った指。再生して、もう何の痕跡もない。

 

 ——もう一回、やりたい。

 

 別に誰かを治すわけじゃない。明日の分を作り置きするわけでもない。

 ただ、あの感覚が欲しい。

 

 光の刃が肉を通る瞬間の、甘い衝撃。断面から光が芽吹く熱。皮膚が閉じていく時のくすぐったさ。

 全部が、全部、気持ちいい。

 

 前世は、取り柄のない男。

 誰にも見られず、役に立たず。

 

 ——それがどうだ。

 

 目が覚めたら異世界。女の体。銀の髪。

 怪我をした人に、偶然自分の血を与えて体質に気がついた。

 体を食べさせるだけで、子供が笑う。母親が泣いて感謝する。「ありがとう」と言ってもらえる。

 

 いつの間にか女神と呼ばれていた。

 

 こんな最高なことが、あるか?

 

 光の刃を呼んだ。薄い金色の光が、暗い部屋で指先を照らす。

 

 小指に当てた。すっ——と引く。

 

「ん……っ♡」

 

 暗い部屋で一人、誰にあげるわけでもない指を切り落とした。

 ころん、と毛布の上に転がった。光を帯びた、小さな小指。

 切断面が光る。再生する。十秒。元通り。

 

 転がった方の指を拾い上げた。まだ温かい。まだ光っている。

 ——これ一本で、一人の命が助かる。

 

 嬉しい。

 

 もう一本。

 

「ぁ……っ♡」

 

 薬指。毛布の上に並べた。二本。

 

 もう一本。中指。三本。

 

 もう一本——

 

 ルーシェは笑っていた。暗闇の中で。頬を赤くして。息を荒くして。十本の指を順番に。

 

 切って、生えて、切って、生えて。

 

 毛布の上に、光る指が並んでいく。

 

 ——隣の部屋で、リーゼが目を覚ました。

 壁越しに、微かな光が漏れている。

 それと、押し殺したような、吐息。

 

 リーゼは布団を頭まで引き上げて、目を閉じた。

 

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