TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第十一話 「一番甘いもの」

 

「やだーー!! やっぱりもっとやるーー!!」

 

 女神が暴れていた。

 

 リーゼが右腕を掴み、フィオが左腕を掴み、二人がかりで教会の廊下を引きずっている。ルーシェの足が石畳をずるずると擦っている。

 

「百瓶だけ! 百瓶だけでいいから!!」

 

「だめです」

 

「五十!」

 

「だめ、です」

 

「十! 十でいいから!!」

 

「だめです!!」

 

「あとちょっとだけ……ちょっとだけだから……ね?」

 

「だめったらだめです!!」

 

 フィオが振り返らずに叫んだ。リーゼが黙って腕に力を込めた。

 

「流通網はもう動いてるわ! フィオの記録通りにやれば大丈夫よ! また補充に来るからねー!」

 

 ルーシェが振り返って叫んだ。神官たちに手を振っている。引きずられながら。

 

 聖堂の出口で、リーゼが足を止めた。

 

 門番が立っていた。顎に包帯を巻いている。

 女神の血なら一滴で治る傷だ。使わなかったのだ。

 

「……すみませんでした」

 

 リーゼが頭を下げた。深く。

 

 門番は何も言わなかった。ただ一歩、脇に退いて、道を空けた。

 

 

  ◇

 

 

 三日歩いて、港町に着いた。

 

 蝕み病の患者が多かった。ルーシェは一人も断らなかった。切って、治して、笑って。

 

 三人目の男は膝が腫れ上がっていた。歩けない。

 

「フィオ、すり鉢ちょうだい」

 

 ルーシェが左手を広げた。白い指。銀色の爪が薄く光っている。光の刃を親指の爪の根元に当てた。

 

 ぱきん。

 

 乾いた音がした。爪が、根元から剥がれた。

 

「っ——ぁ……」

 

 ルーシェの唇から声が漏れた。甘い、湿った声。焦点が遠くなって、口角だけがとろりと緩んだ。剥がれた爪床がむき出しになって、銀色の肉が濡れている。そこから新しい爪がじわりと盛り上がり始める。——十秒もかからず、元通り。

 

 剥がれた爪がフィオの掌に落ちた。銀色の、薄い欠片。根元に血が滲んでいる。

 

「もう一枚いるかしら」

 

 呼吸がまだ乱れていた。耳の先が赤い。

 

 フィオがすり鉢で爪を粉にした。銀色の粉末を白湯に溶かして、男に差し出す。男が飲み干すと、膝の腫れが引いて、顔から苦痛が消えていく。

 

「髪もいきましょう」

 

 ルーシェが銀の髪を一束掴んだ。光の刃で——さっ、と切った。

 

 切った髪を患者に渡した。煎じて飲めば効く。次の束を切った。また次。

 

 切り口から伸びた新しい髪が白かった。銀ではない。白。いつもは数秒で銀に戻る。

 

 今は、白いままだった。

 

 リーゼも見ていた。フィオと目が合った。

 

 二人とも、何も言わなかった。

 

 列に並んでいた男たちが、口々に言っていた。

 

「薬も女神様もありがたいがよ、なんでこんなに」

「魔王のせいだって」

「馬鹿言え。魔王なんざおとぎ話だ」

 

 リーゼの足が、止まった。

 

「ルーシェ様。魔王は——」

 

 声が喉の途中で止まった。

 

 言えば、自分が勇者だと明かさなければならない。勇者なら魔王を討て——そう言われる。旅は終わる。

 

 七日間、離れていた。あの七日間で、離れられないと気がついた。

 

「リーゼ?」

 

「……いえ。なんでもありません」

 

 二十人。三十人。リーゼとフィオが止めて、ようやく「今日はおしまい」になった。

 

 

  ◇

 

 

 港の灯りが窓から揺れている。二人の影が宿の廊下に伸びていた。

 

「ルーシェ様は」

 

「お眠りになりました」

 

「……フィオ」

 

「はい」

 

「止めるべきだったのではないですか。今日の治療」

 

「止めたら、あの三十人はどうなりますか」

 

「それは——」

 

「蝕み病です。放っておけば死にます」

 

 リーゼの奥歯が鳴った。

 

「……分かっています。分かっていますが——あの髪。白いまま戻らなかった」

 

「見ました」

 

「甘みが消えて、今度は体まで。——このまま続けたら、ルーシェ様はどうなるんですか」

 

「……分かりません。記録がありません」

 

「記録の話では……!」

 

 声が大きくなった。ルーシェの部屋を見た。——寝息が聞こえる。起きていない。

 

「……フィオ。正直に答えてください」

 

「はい」

 

「止めたいですか。治療を」

 

 フィオが黙った。長く。

 

「……止めたいです」

 

「……ですよね」

 

「でも、止めたら——ルーシェ様が笑わなくなります」

 

 リーゼが言葉を飲んだ。

 

「……リーゼ様。私からも一つ聞いていいですか」

 

「何ですか」

 

「さっき、魔王の話をしかけましたよね。ルーシェ様に。途中でやめた」

 

 リーゼの顔が強張った。

 

「何を言おうとしたんですか」

 

「…………」

 

「何か、知っていますよね。私に言えないことを」

 

「……まだ、言えません」

 

 フィオはそれ以上追わなかった。

 

「フィオはこれから……どうしたいですか」

 

 リーゼの声が掠れていた。

 

「おいしいものを、食べさせたいです。ルーシェ様に」

 

 廊下に静寂が戻った。

 

「……私も、ルーシェ様に笑っていてほしい」

 

 リーゼが呟いた。

 

 

  ◇

 

 

 翌朝。三人で港の市場を歩いていた。

 

 露店の前で、ルーシェが足を止めた。赤い果実を一つ手に取った。

 

「いい匂い」

 

 割った。白い果肉が宝石のように並んでいる。甘い匂いが朝の空気に混じった。

 

 一粒、口に入れた。

 

「うーん。甘くないわ。はずれね!」

 

 フィオとリーゼが顔を見合わせた。

 

「ルーシェ様」

 

 リーゼが口を開いた。

 

「この港で一番甘いものを探してきます」

 

「え?」

 

「いろんな国のお菓子があるんです。果物も。——すっごく甘いものを食べたら、思い出せるかもしれません」

 

 ルーシェが目を丸くした。

 

「今日は宿に戻ってゆっくりしていてください。ルーシェ様は審査員です。私たちが探してきます」

 

 フィオが言った。

 

「二人が? 私に?」

 

 リーゼが胸を張った。

 

「どちらがより甘いものを見つけられるか、競争です」

 

 ルーシェの目が、揺れた。

 

「いいの?」

 

「いいんです」

 

 昨夜、廊下で強張っていたリーゼの顔が、少しだけ綻んだ。

 

「うん。じゃあ、待ってる。いってらっしゃい!」

 

 ルーシェが手を振った。リーゼが東の市場へ、フィオが西の市場へ。振り返らなかった。

 








 九話の教会篇のすれ違い部分を少し改稿いたしました。
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