TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第十三話 「幻のキノコ」

 

 次の街は山あいの小さな街だった。

 

 いつもの通り、ルーシェが治療を始めた。蝕み病の患者が列を作る。髪を切って、肉を削いで、血を垂らして。笑って。

 

「んっ……ふぅ。はい、次の方」

 

 光の刃で髪を肩口から落とす。銀色の束が宙を舞う。切った直後の断面が白く色が抜けている。

 

「ん……っ、ぅ——」

 

 声が漏れた。頬が染まった。睫毛が震えた。肩が上下して、鎖骨の上まで赤みが広がっている。

 ——以前より、強い。味が消えた分だけ、体が別の回路で補おうとしている。甘みの消えた舌の代わりに、肌が甘い。切るたびに体の芯が溶ける。一束切っただけで、こんなに。

 

 もう一束。もう一束切りたい。もっと——。

 首を振った。指先がまだ痺れている。

 

「はい、次の方!」

 

 リーゼとフィオは、もう止めなかった。止められなかった。止めたところで、この人は笑って「大丈夫、生えてくるから」と言うだけだ。

 

 ——白い毛束が、また増えていた。銀の中に二筋、三筋。前の街より明らかに多い。

 

 ここ数日、ルーシェは食卓で塩壺を抱え込むようになっていた。

 煮詰めた果実、酢漬けの魚、香草を山ほど入れた肉。味の濃いもの、刺激の強いもの、見慣れないものを見つけるたび「ひと口ちょうだい」と言った。

 薄れていく舌が、まだ何かを掴めるか確かめるみたいに。

 

 十人目を治したところで、担架が運ばれてきた。

 

「どいてくれ! 急患だ!」

 

 男が担架に乗っていた。顔が紫色だった。泡を吹いている。蝕み病ではない。

 

「どうしたの?」

 

「キノコだ……! この馬鹿、また山に登りやがって——」

 

 ルーシェが男の口をこじ開けた。

 

「毒ね。涙でいける」

 

 ルーシェが聞く前にフィオが鞄から薬草を取り出した。あの苦い薬草を。

 

「んぐっ——!」

 

 奥歯で繊維を潰すたびに、舌の根元に苦味が溜まっていく。目の奥が熱くなる。鼻の奥が痺れた。涙が滲んだ。銀色の涙が頬を伝う。

 

 フィオが椀で受けた。手慣れていた。涙が椀の底を叩く音がする。一滴。二滴。澄んだ銀色の液体が溜まっていく。

 

 椀の涙を男の口に流し込んだ。紫色が引いていく。泡が止まる。唇の色が戻る。呼吸が戻った。

 

「……た、助かった……」

 

「よかったわ!」

 

 ルーシェがにっこり笑った。まだ目が赤い。苦い薬草の味が口に残っている。顔をしかめて、舌を出した。

 

「ところで、何のキノコを食べたの?」

 

月光茸(げっこうたけ)だ。猛毒だが——この世で一番美味い」

 

 ルーシェの目が、輝いた。

 

「この世で一番美味い!?」

 

「ああ……一口食ったら忘れられねえ。だから毎年、馬鹿が山に登っては死にかける……俺みたいに……」

 

「どんな味なの!?」

 

「旨味がすごいんだ……。舌が痺れて、頭の芯まで響いて……噛まなくても口の中で溶けるんだ……一瞬、世界が変わる……」

 

 男が遠い目をした。死にかけた直後なのに、うっとりしている。

 

「毒も食らう……栄養も食らう……」

 

 ルーシェは一人呟いた。

 

「ルーシェ様」

 

 リーゼの声が低かった。

 

「だめです」

 

「まだ何も言ってないわ」

 

「顔に書いてあります」

 

「——食べに行きたい」

 

「だめです!!」

 

「でも私の体なら毒は効かないわよ? 再生するし。仮に効いても涙で解毒できるし」

 

「それが一番厄介なんです……!」

 

 リーゼの声をよそに、フィオが黙って地図を広げていた。

 

「この山ですね。山頂付近の北斜面に群生地があるそうです。朝から登れば夕方には着くかと」

 

「フィオ!?」

 

 リーゼが振り返った。

 

「……止めても無駄だと、この三年で学びました」

 

「学ばないで!!」

 

 リーゼの声は虚しく響いた。

 

 ルーシェが手を叩いた。

 

「決まりね! 幻のキノコを探しに行くわよ!」

 

 

  ◇

 

 

 ルーシェが先頭を歩いている。鼻歌を歌いながら。

 

「ルーシェ様、道が二つに分かれています」

 

 フィオが地図を確認した。右は獣道。左は崩れかけた石段。

 

「右ね!」

 

「根拠は?」

 

「勘!」

 

「左です。石段がある方に人が通った形跡があります。キノコ目当ての登山者が踏み固めた道でしょう」

 

「フィオって冷静ね……」

 

「誰かが冷静でないと死にます」

 

 リーゼが黙って先を歩いた。剣を抜いている。

 

「リーゼ、何してるの?」

 

「魔獣の気配がします」

 

「あら、頼もしい」

 

「頼もしくなくていいので引き返してください……」

 

 藪を抜けた。開けた場所に出た。——岩場に、大きな影が座っていた。

 

 肩に苔が生えている。角が二本。目が赤い。

 

「あら。大きい熊ね」

 

「魔獣です! 下がってください!」

 

 リーゼが踏み込んだ。一閃。角が宙を舞った。二閃。腹を薙いだ。三閃目で、崩れ落ちた。

 

 一秒だった。

 

「すごい! リーゼってやっぱりすごく強いのね!」

 

「……普通です」

 

 リーゼの顔が赤かった。

 

「ねえ、この熊、食べられるかしら」

 

「魔獣ですよ!?」

 

「魔獣って食べていいんですっけ……」

 

 フィオが魔獣の腹を調べていた。

 

「……肉質は悪くなさそうです。角と苔を除けば、構造は通常の熊と変わりません」

 

「フィオ!?」

 

「ただし、瘴気が残っている可能性があります」

 

「大丈夫大丈夫! 何かあったら私が治療するから!」

 

「その理屈で何でも食べないでください……!」

 

「まず捌かないと」

 

 ルーシェが光の刃を呼び魔獣の腹に当てた。短い。

 

「リーゼ、剣貸して」

 

「……はい?」

 

「包丁がないの」

 

 リーゼが渋々と剣を差し出した。

 

「よっ——と」

 

 魔獣の腹に刃を入れた。迷いがなかった。皮を剥ぐ。内臓を避ける。肋骨に沿って肉を外す。

 

 やけに手慣れていた。刃の入れ方に迷いがない。骨に刃が当たる角度を知っている。

 

「……ルーシェ様、その……捌き方」

 

「ん?」

 

「どこで覚えたんですか……」

 

「ひみつ」

 

 フィオがメモを取ろうとして、やめた。これは記録しない方がいい気がした。

 

 背ロースを切り分けた。腿肉を外した。剣を返した。

 

「はい、ありがとう」

 

 リーゼが剣を受け取った。刀身に脂がべっとり光っている。

 

「……ああ……聖剣が……」

 

「え?」

 

「いえ! なんでもありません!」

 

 リーゼが慌てて剣を拭いた。ルーシェは首を傾げた。

 

 フィオが枯れ枝を集めて、火打ち石を打った。三度目で火が点いた。小さな炎が苔むした岩場を照らす。

 

 ルーシェが背ロースを薄く切った。均等に。にんじんを切る時と同じ手つきだった。

 

 石を竈代わりにして、平たい岩の上に肉を並べた。脂がじゅうと音を立てた。縁が白く焼けて縮れる。肉汁が岩の上を走った。煙が立ち上って、森の湿った空気に肉の匂いが混じった。

 

 獣臭い。だが悪くない。焼けた脂の匂いの中に、どこか甘い香りが混じっている。

 

 一切れ裏返した。裏面はきつね色に焼けている。もう一度、じゅうと音がした。

 

「いい感じね」

 

 一切れ齧った。

 

 肉の繊維が歯に引っかかった。硬い。奥歯で噛み切ると、繊維の間から汁が出た。

 熱い。脂と血の中間みたいな汁が、舌の上を滑っていく。噛むたびに新しい汁が出る。硬いのに、噛むほど味が出る。——獣の肉だった。

 

「……ん。硬い。けど、噛むと思ったより汁が出るわね」

 

「ご自分の体を表現する時と同じなのやめてもらっていいですか……」

 

 リーゼが頭を抱えた。

 

「塩気が足りないわね」

 

 ルーシェが塩をドバドバと振った。もう一口。

 

「んー、まだ薄い」

 

 さらに振った。フィオが一切れ齧って、顔をしかめた。——しょっぱい。十分すぎるほど、しょっぱい。

 

 フィオが二切れ目を焼きながら、薬草の束から葉を一枚抜いた。肉の上に乗せた。

 

「フィオ?」

 

「臭み消しです。この薬草で肉の獣臭を中和します」

 

 葉が岩の上でしんなりと萎れた。薬草の苦い匂いが、肉の脂の匂いと混じった。——不思議な匂いだった。苦いのに、食欲が湧く。

 

 焼き上がった肉をルーシェに差し出した。ルーシェが一口齧った。

 

「あ。さっきよりおいしい。全然違う」

 

 フィオの手が、一瞬だけ止まった。

 

 ——おいしい、と言った。

 

「……もう少し、工夫してみます」

 

 三切れ目には、塩と、別の薬草を二種類使った。リーゼが黙って見ていた。

 

「フィオ、私にも教えて。切り方とか、火加減とか」

 

「リーゼ様が料理を?」

 

「私もルーシェ様に『おいしい』って言わせたいの。——本当の『おいしい』を」

 

 フィオは強く頷いた。

 

 ルーシェは珍しく静かに、二人をただ見ていた。

 

  ◇

 

 

「この辺りです。北斜面。湿度が高く、日光が届かない場所」

 

 三人で地面を見た。落ち葉の間。苔の隙間。腐った倒木の裏。霧が濃い。足元がほとんど見えない。

 

「ルーシェ様、足元に気をつけて——」

 

「きゃっ」

 

 滑った。リーゼが腕を掴んだ。引き上げた。

 

「……ありがとう。リーゼの手、温かいわね」

 

 リーゼの耳が赤くなった。胸の中で、心臓がどくどくと鳴っている。

 

「——あ」

 

 フィオが声を上げた。

 

 倒木の裏。苔の隙間から、淡い光が漏れていた。

 

 霧の中で、何かが光っている。——青白い光だった。月を溶かして苔の隙間に注いだみたいな、冷たい光。

 

 近づいた。倒木の裏に回った。

 

 一本だけ、生えていた。

 

 青白い傘。銀色の軸。傘の縁が薄く透けていて、向こう側の苔が見える。軸は銀色というより、夜明け前の空の色に近かった。

 

 全体がぼんやりと発光している。光源がないのに影ができている。——このキノコ自体が光源だった。霧の中で、静かに、一本だけ光っていた。

 

「……これが!」

 

「傘の直径、軸の高さ。間違いありません。これ、毒です。致死量は——」

 

 フィオが言い終わる前に、ルーシェがそれを手に取り、一口齧った。

 

「ルーシェ様!?」

 







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