TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第十五話 「エビ天みたいね」

 

「で、魔王はどこにいるの?」

 

 山を降りて、次の街に向かいながら、ルーシェが聞いた。

 

「……奴は、根城を移します。なのであの時の場所にはいないでしょう」

 

 リーゼの声が硬かった。

 

「姿は?」

 

「瘴気の闇を衣のように纏っていて、実体は見破ることができませんでした……でも、小さかったです」

 

「エビ天みたいね」

 

「ルーシェ様……?」

 

「あ、ごめんごめん」

 

「あと……目が、銀色でした」

 

「私みたいな?」

 

「いえ! ルーシェ様の方が綺麗です!」

 

「うふふ、ありがと」

 

 フィオは黙って歩いていた。

 

「じゃあ……どうやって探すの?」

 

「魔王がいれば瘴気が濃い。つまり、蝕み病の発生が多い地域ほど、魔王に近い……」

 

「あら」

 

 ルーシェの目が輝いた。

 

「それなら私の流通網が使えるわ!」

 

「……え?」

 

「各拠点の配送記録と照合すれば、どの地域で消費量が急増してるか分かるわ!」

 

 リーゼが絶句した。フィオが目を見開いた。

 

「ルーシェ様の流通網が、索敵網になる」

 

「でしょう? 作っておいてよかったわ!」

 

  ◇

 

 教会から「消費が多い」と案内された街は、意外に活気づいていた。

 

 患者が多かった。列が長かった。

 

 ルーシェは一人も断らなかった。髪を切って、肉を削いで、血を垂らして。笑って。

 

「ん……っ」

 

 光の刃を引くたびに、声が漏れた。以前より長く。以前より甘く。十人目を過ぎたあたりから、切る間隔が短くなっていた。

 

 二人には、もう別のものに見えていた。焚き火の夜に聞いた。あれは快感の顔だ。

 

 でも、それを知っても辛かった。

 

 白い毛束が、また増えていた。もう片手では数えられなかった。

 

「よし、じゃあ魔王を探しに行くわよ!」

 

 ルーシェが高々と宣言した。

 

 治療を終えると、三人はそのまま酒場へ向かった。

 

「魔王についてなにか知っている者は?」

 

 リーゼの声が酒場に響いた。店が静まった。誰も口を開かない。

 

「リーゼ、下手っぴねえ……本当に勇者?」

 

「ルーシェ様……何を……」

 

「こういうのはやり方があるの。店主さん、一杯奢らせて」

 

 ルーシェが手を差し出す。

 

「だめー!」

 

 リーゼが叫んだ。

 

「何よリーゼ」

 

「ルーシェ様! まさかまた血を!」

 

「普通にお酒を奢るだけよ……」 

 

 ルーシェが呆れ顔でリーゼを見た。リーゼの顔が赤くなる。

 

「……そういう話は裏通りの爺さんが詳しいかと」

 

 店主が恐る恐る手で示した。

 

「ありがとー! 今度は奢らせてね!」

 

 ルーシェが笑った。

 

 店主に示された裏通りの先で、フィオが古びた扉を叩いた。

 

「……なんだ」

 

 痩せた老人だった。目だけが鋭い。皺の奥から値踏みするような視線が飛んでくる。

 

「魔王について情報を」

 

 今度はフィオが交渉役だった。

 

「何が知りたい」

 

「居場所、姿、その他なんでも」

 

「知りたければ……お前たちの料理でワシを唸らせてみろ」

 

 老人の目がきらりと光った。

 

「料理!?」

 

「料理……」

 

「なんだか楽しくなってきたわね!」

 

 ルーシェの声だけが明るかった。

 

 その日の夕方、宿の厨房を借りた。

 

「強すぎます。もう少し——そう、そのくらい」

 

 フィオの横で、リーゼが真剣な顔で薪を調整していた。

 

 白身魚の薬草蒸し。山で覚えた臭み消しの薬草を、今度は魚に応用した。

 

「んー、おいしい! でももうちょっとお塩を足しましょ!」

 

 ルーシェは勝手につまみ食いをしていた。

 

 出来立てを抱えて裏路地に向かう。老人は魚の身を丁寧に崩して、舌に乗せた。目を閉じた。

 

「火入れが甘い。香りが喧嘩しとる。塩が多い」

 

 匙を置いた。

 

「だが、筋は悪くない。もう一度来い」

 

 フィオがメモを見返していた。

 

「塩が多い……」

 

 翌日も、同じ厨房に立った。

 

「リーゼ様、火力調整、上手になりましたね」

 

「……剣より難しいですね、これ」

 

 蒸し上がった魚に、ルーシェが顔を寄せた。

 

「いい匂い。昨日より優しいわね」

 

「蒸しの最後に乗せました。最初から入れると香りが強すぎるので」

 

 三人で味見をした。

 

「おいしい。でも、やっぱりもうちょっとお塩が……」

 

 ルーシェはそれ以上言わずに、首を振った。

 

「そうか、そういうことね。お塩はもう足さなくていいわ」

 

 リーゼとフィオは、静かに泣いていた。

 

 昼過ぎ、三人は料理を抱えて再び裏路地へ向かった。

 

 老人が蓋を開け、一口食べた。二口食べた。匙が止まらなかった。

 

「合格だ」

 

 フィオとリーゼの顔が輝いた。

 

「教えてください。魔王のこと」

 

 老人が椅子の背に寄りかかった。

 

「……直接は知らん。だが、北東の山に何かがある」

 

「北東の山……」

 

「そこに生きて帰ってきた奴を一人だけ知っとる」

 

 リーゼが身を乗り出した。

 

「誰ですか」

 

「この街の東にある料理店の店主だ」

 

「では、すぐに——」

 

「待て。あいつも偏屈でな。口を割らせるには——」

 

「…………まさか」

 

「あいつの『地獄鍋』を完食しろ」

 

「また食事で決まるんですかっ!!」

 

 リーゼの絶叫が裏通りに反響した。

 

「今度は作るんじゃなくて食べる方よ! やったわね!」

 

 ルーシェが両手を叩いた。リーゼが頭を抱えた。フィオは既にメモを取っていた。

 

「ちなみにその鍋、完食者はゼロだ」

 

「ゼロ!?」

 

「ま、頑張れ」

 

 爺さんが、初めて笑った。

 

  ◇

 

 その夜。宿に戻ってからも、フィオだけは部屋に入れなかった。

 

 月が窓から差し込んでいる。白い光が、石畳を照らしていた。

 

 今日の記録。薬草の選別。火加減の変遷。全部、正確に書いてある。

 その下に、書いていないものが一つだけあった。

 

 ルーシェ様が手首を切った。血が溢れた。頬が赤くなった。吐息が甘く漏れた。

 ——あれは痛みではない。もう知っている。

 

 三年間、ずっと見てきた。あの顔を。この目で。ルーシェ様にもらった、この目で。

 痛みに耐えているのだと思っていた。だから辛かった。だから泣いた。あの夜、「気持ちよかった」と聞いて、嘘だと決めつけて、部屋を出た。

 

 嘘じゃなかった。

 

 ——なのに、三年間、目を逸らせなかった。一度も。

 痛みだと思っていた時も。快感だと知った今も。あの顔から、目が離せない。

 

 メモ帳を閉じた。月を見た。

 

 ああ——そうか。

 

 好きなのだ。

 

 この人が好きなのだ。あの顔が。あの声が。あの吐息が。痛みだと思い込んで、苦しいと信じ込んで、それでも目が離せなかったのは——ただ、好きだったからだ。

 

 この目は、あの人にもらったものだ。暗闇の中で最初に見たものは、銀色だった。片目の女神が、にこにこ笑っていた。

 

 だから、この目は——あの人しか見ない。

 

 好きです。

 

 声には出さなかった。

 

 ——でも、だからこそ。

 

 あの快感に溺れていくルーシェ様を、このままにはできない。刃で気持ちよくなる代わりに、舌で「おいしい」と言わせたい。快楽ではなく、味で。この人を——取り戻したい。

 

 フィオは廊下を歩いた。厨房に向かった。明日の仕込みをするために。

 

 もう一皿。もう一杯。この人に届く味を。

 

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