TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第七話 「女神試食会」

 

「この血を出したのは誰!」

 

 新しい村に着いて三十分。宿を探すより先に、ルーシェが怒った。

 珍しいことだった。ルーシェは怒らない。指を切っても笑う。腕を裂いても笑う。あらゆることに「大丈夫、生えてくるから」で済ませる女が、今、本気で怒っていた。

 

 原因は、露店だった。

 

 村の広場に、小さな屋台が出ていた。木の看板に「女神様の聖血」と書いてある。小瓶が並んでいる。赤い液体。一本銀貨三枚。

 

 ルーシェが一本手に取った。蓋を開けた。匂いを嗅いだ。

 一口、舐めた。

 

 ——顔が、歪んだ。

 

「まっず……!」

 

 ルーシェが小瓶を掲げた。露店の男が後ずさった。

 リーゼが額を押さえた。フィオは露店の品書きを読んでいた。

 

「見なさい、この色。赤いでしょう? 私の血は銀色よ? 粘度も全然違う。こんな水みたいにサラサラしてない。もっとこう……とろっとしてるの!」

 

 ルーシェが光の刃を呼んだ。左手の人差し指に当てた。

 

「ルーシェ様!」

 

 リーゼの声。いつもの声。

 

 すっ——と引いた。

 

「ふ……っ」

 

 銀色の血が滲む。鼻先がほんのり赤くなって、首筋に汗が一筋伝った。

 ルーシェはその指を、偽物の小瓶の隣に並べた。

 

「ほら。色が全然違うでしょう?」

 

 銀と赤。確かに全然違った。

 露店の男の顔から血の気が引いた。周りに人だかりができ始めている。

 

「舐めてみなさい」

 

「は……?」

 

「いいから」

 

 ルーシェが指を差し出した。銀色の血が一滴、爪の先に溜まっている。

 

 男が、恐る恐る舐めた。

 

 ——目が、見開かれた。

 

「あ……甘……」

 

「でしょう? 全然違うわ。こっちの偽物は鉄臭いだけ。私の血はね、とろりとしてて、花みたいな香りがするの。比べものにならないでしょう?」

 

 自分の血のソムリエ解説を始めた。

 露店の男は膝から崩れ落ちていた。

 

「……なんということを……お許しを……」

 

「偽物を売ったことはいいのよ。不味いのが問題なの」

 

 リーゼが口を開きかけて、閉じた。何を言っても無駄だと悟った顔だった。

 

 隣の屋台に目が移った。

 「女神様の聖肉」。干し肉のようなものが吊るされている。一切れ銀貨五枚。

 

 ルーシェが一切れ毟り取った。噛んだ。

 

「マッズ!! よくも女神やってる私にこんなものを食べさせたわね!?」

 

 今度は二度目だった。顔が本気で歪んでいる。

 

「硬い! 筋だらけ! 臭い! 私の肉はこんなに不味くないわ!! 本物の女神の肉というものを教えてあげる」

 

「え……!? 本物の女神の肉を……!?」

 

「できらぁ!」

 

 ルーシェがなぜか叫んだ。

 

 リーゼの顔が蒼白になった。フィオは品書きの値段を記録していた。

 

「私の肉はもっと柔らかくて、噛むと汁が溢れて——」

 

「ルーシェ様!!!」

 

 リーゼが叫んだ。露店の男が腰を抜かしていた。

 

 ルーシェが偽物の小瓶と干し肉を露店に叩きつけた。

 

「明日もう一度ここに来なさい。本物の女神の肉というものをお見せするわ」

 

 リーゼとフィオが慌てて追いかけた。露店の男がぽかんと口を開けたまま残された。

 

  ◇

 

 翌朝。ルーシェは約束通り広場に現れた。

 

「ではこれより、女神試食会を行います!」

 

 ルーシェが両手を広げた。

 

「皆さん、もしかして……生だと食べづらいのかと思っていたのです」

 

 誰も何も言っていない。ルーシェが勝手に頷いた。

 

「なので——」

 

 鞄から包みを取り出した。布を開く。

 小さな焼き菓子が並んでいた。きつね色。香ばしい匂い。

 

「料理してみました!」

 

 リーゼが固まった。フィオが包みの中身を凝視した。——昨夜、宿の厨房から甘い匂いがしていた。二人とも、頭を抱えた。

 

「これ、私の髪を粉にして小麦に混ぜて焼いたの。こっちは爪を砕いて蜂蜜で練った飴。それと——」

 

 もう一つ、小瓶を出した。銀色の液体。

 

「血を煮詰めてシロップにしたわ。お湯で割って飲むと美味しいの」

 

 さらにもう一つ。木の器に、ぷるぷると震える銀色の塊。

 

「血の煮凝り。冷やし固めたの。口の中でぷるんとほどけるのよ」

 

 リーゼとフィオが顔を見合わせた。

 

「私の体のおいしさを、皆さんに知っていただきたいの!」

 

 ——昨夜の夜更かしは、これだったのか。

 

「まず髪の焼き菓子から。これは万能薬の効果があるわ。風邪、切り傷、軽い炎症——だいたい何でも効くの。ナッツみたいな香ばしさがあるのよ」

 

 焼き菓子を一つ、手に取った。自分で一口齧った。

 

「ん——おいしい。我ながらいい出来ね」

 

 自分の髪の焼き菓子を自画自賛している。

 

「次に爪の飴。これは鎮痛用。頭痛、歯痛、関節痛に効くわ。苦いけど、蜂蜜で練ったから食べやすいはず」

 

「そして——デザートにはこちら!」

 

 布の奥から、最後の一品を取り出した。

 細長い形。茶色いコーティング。五本並んでいる。

 

「私の指を、チョコレートでコーティングしてみました!」

 

 会場が静まり返った。

 

「切った指にチョコレートを溶かして掛けたの。食べやすいわよ。再生するから指はまた生えるし。——指より、チョコレートの入手の方が大変だったわ!」

 

「「…………」」

 

 リーゼとフィオが同時に黙った。黙り方が違った。リーゼは絶句。フィオは——指の本数を数えていた。

 

「あの……女神様……」

 

 人だかりの中から、細い声がした。

 蝕み病の斑紋が首まで這い上がっている女だった。痩せて、目の下に深い隈。腕に子どもを抱いている。子どもの頬にも、黒い斑紋。

 

「本当に……食べても、いいのですか……」

 

 ルーシェがにっこり笑った。

 

「もちろん。そのために作ったのよ」

 

 焼き菓子を差し出した。女の手が震えていた。

 

「お子さんにはこっちね。シロップをお湯で割ったもの。飲みやすいわ」

 

 子どもが小さなカップを受け取った。一口飲んだ。

 

「……あまい」

 

 子どもが笑った。頬の斑紋が、薄くなっていく。

 

 女が、泣いた。

 

「あ……消えて……斑が……」

 

「でしょう? ほら、おいしくて効くの。——でもね、本当は生の方がもっと効くのよ。次は生で……ね?」

 

 子どもの喉が、ごくりと鳴った。

 

 ルーシェが胸を張った。自分の体を調理して振る舞うことに、一片の疑問も持っていない。

 

 行列ができた。

 

 ルーシェは焼き菓子を配り、シロップを注ぎ、飴を渡した。

 

 食べるたびに斑が消える。飲むたびに顔色が戻る。老人が自分の首を触って泣き、少年が「もう一個!」と叫び、杖をついた女が杖を離して立ち上がった。

 泣き声と笑い声と「甘い」の声が混ざって、広場を満たしていく。

 

 ——この村の半分が蝕み病を患っていた。露店の偽物に縋るほどに。

 

 ルーシェは「効いたでしょう?」と笑って、次の焼き菓子を差し出していた。

 

 リーゼは行列の整理をしていた。泣いていた。

 

 フィオは——メモを取っていた。

 何を記録しているのか、誰にも分からなかった。焼き菓子の配布数か。シロップの残量か。症状が消えるまでの時間か。

 

 それとも——

 

 ルーシェが「甘い」と言った回数か。

 

  ◇

 

 夕方。焼き菓子は全部なくなった。シロップも空。爪の飴が三つだけ残っている。

 

「大成功ね!」

 

 ルーシェが伸びをした。

 

「ルーシェ様。もう二度と、こんなことは……」

 

「何言ってるの、リーゼ。大好評だったじゃない。次はもっと改良するわ。血のシロップは濃度を上げた方がいいし、髪の焼き菓子はもう少し薄く焼いた方がサクサクになる——」

 

「サクサク……!」

 

 リーゼが天を仰いだ。

 

「ねえ、二人とも。飴が三つ残ってるの。食べて」

 

「いりません……!」

「…………」

 

「どうしても!」

 

 ルーシェが二粒、掌に乗せて差し出した。

 

「感想が聞きたいの。味を改良したいから」

 

 リーゼが受け取った。手が震えていた。口に入れた。

 

 甘かった。蜂蜜の甘さの上に、ルーシェの爪の甘さが重なっている。甘さに甘さを重ねた、暴力的な味だった。爪の破片が歯に当たった。硬い。小さな粒が舌の裏に回り込んで、唾液に溶け始める。溶けた瞬間、甘さが喉の奥まで降りてきた。じわりと温かい。鎮痛、とルーシェは言った。確かに——肩の張りが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

 

 ——生の方が、美味しかった。あの涙を直接唇に落とされた時の方が。蜂蜜など要らない。この人の体は、そのままで十分すぎるほど甘いのだ。

 

 泣きながら舐めていた。飴が小さくなるのが惜しくて、噛めなかった。

 

 フィオは黙って飴を口に入れた。

 

 ——甘い。

 舌の上で転がした。蜂蜜の膜がゆっくり溶ける。硬い粒を舌先で追いかけた。頬の内側に押しつけた。

 

 あの日と、同じだった。

 

 丸くて、温かくて、追いかけたくて。でも、こんどは硬くて、全然違う。蜂蜜が甘すぎて、ルーシェ様の味が隠れてしまう。

 

 ——生の方が、よかった。あの目を、そのまま舌に乗せてもらった時の方が。

 なのに舌が覚えている。この人の体の味を。舌が勝手に追いかける。転がす。離さない。

 

 飴が溶けきるまで、フィオは一言も喋らなかった。

 

「どう? おいしかった?」

 

 ルーシェが首を傾げた。フィオは静かに頷いて、リーゼは泣いている。いつもの光景だった。

 

「味はともかく……食感は改良の余地ありね……」

 

 自分の爪の飴の食感改善を真剣に考え始めた。

 

「ルーシェ様。お体の方は……」

「元気よ?」

 

 元気だった。本当に元気だった。元気すぎるのだ、この女神は。

 

「フィオ。砂糖、まだある?」

「……あります」

 

 フィオが薬湯を淹れた。砂糖を多めに。ルーシェの分だけ。

 苦い匂いが立ち上る。

 

 ルーシェが一口飲んで、顔をしかめた。

 

「にが……フィオ、お砂糖入れてくれたんでしょう?」

「入れました」

「これで?」

「はい」

 

 ルーシェがもう一口飲んだ。

 

「——おいしい」

 

 フィオの目が、一瞬だけ揺れた。

 

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