TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第八話 「転売」

 

 試食会の後、村の人たちが毎日のように訪れた。

 

「女神様、蝕み病が……」

「女神様、喉が……」

「女神様、頭が……」

 

 ルーシェは一人も断らなかった。髪を切り、血を垂らし、肉を断ち切った。そのたびに声を噛み殺して、目尻を細めて、「はい、どうぞ」と笑った。

 

 三日目。同じ女が並んでいた。三日連続だった。

 

 ルーシェが血を渡した。女が頭を下げて去っていく。

 

 フィオがリーゼの袖を引いた。目で示した。——あの女。

 

 リーゼの目が据わった。頷いた。

 

「ルーシェ様、少し来てください——皆様、少々お待ちを!」

 

「え? まだ列が——」

 

 リーゼがルーシェの手を引いた。フィオが先導する。三人で、女の後をつけた。

 

「ちょっと、何? どこ行くの?」

 

 裏路地に入った。角を曲がった。突き当たりに——木箱が並んでいた。

 

 小瓶が並んでいた。一本銀貨十枚。隣の箱には干した銀の髪。「女神様の聖髪」。一束金貨一枚。

 

 女が、瓶を木箱に並べていた。

 

「——あれ、私の……」

 

 ルーシェが呟いた。

 

 女が振り返った。痩せていた。手が、木箱を庇った。

 

「仮病で受け取り、転売しているな」

 

 リーゼが声と共に剣を抜いた。

 

「……」

 

「蝕み病ではないだろう。頬の墨が三日前から同じ位置だ」

 

 女の目が揺れた。だが、崩れなかった。

 

「そうだよ。病気じゃない」

 

 声が低かった。

 

「でもね、病気じゃなくたって、明日食う飯がなけりゃ死ぬんだ」

 

 瞬間、ルーシェが光の刃を放った。

 

「ルーシェ様!」

 

 リーゼが止める前に、ルーシェはもう、切り落とされた自分の指を差し出していた。

 

「さあどうぞ、私の指をお食べ」

 

 女が固まった。リーゼが固まった。フィオが固まった。

 

「な……何言ってんだい、あんた……」

 

「お腹が空いてるんでしょう?」

 

 何でもないことのように言った。

 

 女の手が伸びかけて、止まった。指と、ルーシェの顔を交互に見ている。——腹が、鳴った。

 女は受け取って、口に入れた。目が見開かれた。

 

「おいしい? もう一本いる?」

 

 もう次の指に刃を当てていた。

 

 リーゼとフィオが、同時に目を伏せた。

 

 ——ああ、そうだ。ルーシェ様は、こういう人だ。

 

 剣を突きつけても止まらなかった女が、泣いていた。

 

「——で」

 

 ルーシェの目が輝き始めた。

 

「ほらやっぱり!」

 

 女の前にしゃがんだ。小瓶を一本、光に透かした。

 

「正規の流通がないからこうなるのよ! ——ねえ、何倍に薄めてる?」

 

「……五倍」

 

「五倍! いくらで売ってるの?」

 

「銀貨十枚」

 

「仕入れタダで銀貨十枚! すごい利幅!」

 

「それは……褒めてんのかい」

 

「褒めてるわよ。流通担当に雇いたいくらい。——でもね」

 

 ルーシェが立ち上がった。

 

「こういう闇市場はよくないの。品質管理ができない。十倍に薄める人が出てきたら? 効かない偽物が出回ったら?」

 

 ルーシェの目が、さらに輝いた。

 

「全部の村に正規品が安定して届いたら——裏路地で銀貨十枚払う人、いると思う?」

 

 女の顔が変わった。

 

「転売が成り立つのは、仕組みの欠陥。あなたが悪いんじゃない。流通を作ってない私の落ち度よ」

 

 リーゼが——剣を、鞘に収めた。

 

「フィオ、この路地の相場も記録して。闇値は需要の指標になるわ」

 

「……はい」

 

 フィオが書き込んだ。

 

「仕組みを作れば……もっとお体を差し出すことになるのですよ……」

 

 リーゼの声が震えていた。

 

「いいじゃない。減るもんじゃないし」

 

「減ってます……!」

 

 リーゼの目が赤かった。

 

「フィオはどう思う?」

 

「…………」

 

 フィオは黙っていた。ルーシェの論理は正しい。正規流通があれば転売は減る。多くの人が助かる。

 

 ——でも、この方の体を、もっと配ることになる。もっと切ることになる。

 

 答えられなかった。

 

 宿に戻って、薬湯を淹れた。ルーシェの分に砂糖を足しながらフィオの手が止まった。

 

 ——この人は今日も「おいしい」と言ってくれるだろうか。

 

 砂糖を、もう一さじ足した。

 

  ◇

 

 翌朝。宿の扉を叩く音がした。

 

 白い法衣の男が立っていた。四十がらみ。頬がこけている。——見覚えがあった。瓶を抱えて泣いていた、あの使者だ。だが、あの時の泥だらけの旅装ではない。今日は正装だった。教会の紋章が胸に光っている。背後に、護衛が二人。

 

「あら! あの時の!」

 

 ルーシェがにっこり笑った。

 

「一瓶、届いた? 効いた?」

 

「はい。女神様。早馬で瓶を先に届けました。子ども達の命が救われました」

 

 使者が頭を下げた。深く。

 

「ほんと! よかったー!」

 

「本日は——以前ご提案いただいた流通網の件で参りました。教会として、正式にお話を伺いたく」

 

 ルーシェの目が、輝いた。

 

「ほら!!」

 

 振り返った。リーゼとフィオを見た。

 

「ほら! 来たわ! やっとよ!」

 

 体が弾んでいた。子どものように。

 

「フィオ、あなた来て。在庫管理と配送計画、あなたが一番詳しいわ。メモ全部持ってきてね」

 

「……はい」

 

 フィオが頷いた。鞄を掴んだ。三年分のメモが詰まった鞄を。

 

「リーゼも——」

 

「護衛の件は、こちらで手配いたします」

 

 使者が遮った。穏やかに。にこやかに。

 

「教会の聖堂内は、武装した方の立ち入りをご遠慮いただいております」

 

 リーゼの手が、剣の柄にかかった。

 

「——私は、ルーシェ様の護衛です」

 

「存じております。ですが、教会内では女神様の安全は教会が保証いたします。どうかご安心ください」

 

 笑顔だった。完璧な笑顔だった。

 

「ルーシェ様」

 

 リーゼがルーシェを見た。

 

「すぐ帰るわ。打ち合わせだけよ。——リーゼは宿で休んでて。昨日寝てないでしょう?」

 

 にっこり。何でもないことのように。

 

 リーゼの口が開いた。——閉じた。

 

 ルーシェとフィオが、使者と共に去っていった。白い法衣が、朝日の中で揺れていた。

 

 リーゼは宿の入口に立ったまま、ルーシェの背中を見ていた。

 

 剣の柄を握る手が、白くなるほど震えていた。

 






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