TS女神の体が万能薬なので気持ちよく配ってたらなぜか周りが全員泣いてる   作:なほやん

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第九話 「鏡」

 

 教会の聖堂は、白かった。

 

 天井が高い。柱が並ぶ。ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいる。——ルーシェは、目を輝かせていた。

 

「すごい! こんなに広いの!?」

 

「大聖堂の一室をご用意いたしました。女神様の——ご作業のために」

 

「完璧!」

 

 長い机が用意されていた。硝子の小瓶がずらりと並んでいる。百本。いや、もっとある。

 

「ねえフィオ、見て。瓶がたくさん! 楽しみね!」

 

 ルーシェは光の刃を呼んだ。左の手首に当てた。

 

「は、……っ」

 

 すっ——と引いた。顎がくいと上がって、喉が白く伸びた。銀色の血がとろりと溢れて、小瓶の口に注がれていく。

 

「ふ……っ……一本目」

 

 蓋を閉めた。ラベルを貼った。

 

「二本目いくわね」

 

 もう一度、引いた。

 

「ぁ……っ」

 

 鎖骨の上まで赤みが広がっている。呼吸が浅い。神官たちが、目を逸らした。

 

「はい、二本目。——フィオ、在庫台帳つけてね」

 

「……はい」

 

 フィオが羊皮紙に書き込む。日付。本数。部位。用途。保管温度。

 

 三本目。四本目。五本目。

 

 ルーシェは鼻歌を歌い始めた。切って、注いで、蓋して、ラベル。どんどん速くなっていく。

 フィオに時間を測らせて、一本ごとに記録を更新するたび「新記録!」と叫んだ。

 

「次は髪ね。煎じ薬用の分」

 

 銀の髪を一束掴んだ。光の刃で——さっ、と切った。

 

 頬がさらに赤くなる。切った髪を丁寧に束ねて、麻紐で縛った。

 

 ——毛先の色が、抜けていた。

 

 三秒。五秒。ようやく、銀が戻った。

 

 フィオはただ、それを記録した。

 

 薬湯を淹れた。砂糖を一さじ。ルーシェが一口飲んで、「おいしい」と言った。

 

 

  ◇

 

 

 宿に、一人。

 

 リーゼは待っていた。

 

 ルーシェが「すぐ帰るわ」と言った。だから待った。

 

 

  ◇

 

 

 二日目。100本を超えた。

 

「100本突破ー!」

 

 ルーシェがガッツポーズをした。銀色の小瓶が長机を埋め尽くしている。

 

「フィオ、ペース表作ったの。朝の方が血の出がいいの。午後は粘度が上がるから、髪と爪に回しましょう」

 

 フィオが口を閉じた。

 

 年かさの神官が両手を組んで頭を下げた。

 

「南方の子どもたちが、この瓶を待っております」

 

 目が潤んでいた。

 

 フィオが薬湯を淹れた。砂糖を二さじ。「おいしい」と言った。

 

 

  ◇

 

 

 二日目。帰ってこなかった。使いが来た。「打ち合わせが長引いております」と。

 

 三日目。使いも来なくなった。

 

 宿の飯に手をつけなくなった。何を噛んでも、味がしなかった。

 

 リーゼは宿の窓から、教会の尖塔を見ていた。白い塔。青い空。何も見えない。中で何が起きているのか、何も。

 

 ——どくん。

 

 胸が、跳ねた。不意に。脈拍が乱れた。

 

 ——今、切ったのだ。あの聖堂の中で。腕を差し出して、光の刃を引いて、あの顔をしている。

 

 胸の中の鼓動が、少し速くなった。もう一回。もう一回。切っている。今も。壁の向こうで。止められない。ここからでは何も——

 

 窓枠を掴んだ指が、白くなっていた。

 

 

  ◇

 

 

 三日目。ルーシェは大陸の地図を広げて、流通設計を始めた。

 

「ねえ、私の血って一瓶いくらで売れるのかしら」

 

「売らないでください……」

 

「冗談よ。無料配布。でも運送費は教会持ちね。——ロジスティクスが肝なの。サプライチェーンの最適化と、ラストワンマイルの設計が——」

 

 神官たちが顔を見合わせた。末端配送の担当に、いつの間にかあの裏路地の女が入っていた。

 

 砂糖を三さじ。「おいしい」。

 

 

  ◇

 

 

 四日目。

 

 リーゼは教会に行った。正門の石段を上がった。門番が立っていた。

 

「武装した方の立ち入りは——」

 

「剣を置きます」

 

 石段の脇に剣を立てかけた。鞘ごと。

 

「ルーシェ様に、会わせてください」

 

「少々お待ちを。——女神様にお伝えして参ります」

 

 門番が中に消えた。

 

「申し訳ございません。女神様はお忙しく、お答えをいただけませんでした」

 

 頭を下げた。

 

 ——嘘だ。

 

 ルーシェ様が、会いに来た人間を無視するはずがない。

 

 取り次いでいないのだ。

 

 剣を拾った。鞘が冷たかった。

 

 

  ◇

 

 

 五日目。200本を超えた。爪の粉末にも手を広げた。

 

「フィオ、ラベル書いて。『女神の鎮痛散・一日三回・食後に服用』」

 

「…………」

 

「あと、パッケージもうちょっと可愛くしたいのよね——」

 

「……薬です」

 

「薬だって見た目は大事よ? 飲む人の気持ちが明るくなるの。——あ、そうだ。私の髪を一本ずつ結んでリボン代わりにするのはどう?」

 

「それは……」

 

「おまけがついてお得じゃない!」

 

 フィオはラベルを書いた。文字は正確だった。手は——少しだけ、震えていた。

 

「あ、そうだ。昨日誰か来たらしいんだけど、ちょうど配送ルートの計算してて——あとでいいって言っちゃった。誰だったのかしら」

 

「……リーゼ様です」

 

「えっ! リーゼが!? すぐ伝えに行って! すぐ戻るからって!」

 

 若い神官が一人、走り出た。

 

 四さじ。「おいしい」。

 

 

  ◇

 

 

 五日目。

 

 教会から使いが来た。若い神官だった。

 

「女神様からの伝言です。すぐ戻りますので、どうかご安心を——」

 

 扉を閉めた。神官の顔も見なかった。

 

 ——嘘だ。「すぐ戻る」。もう五日目だ。あの教会にいる限り、ルーシェ様は戻ってこない。

 

 六日目。また使いが来た。扉を開けなかった。

 

 

  ◇

 

 

 七日目。流通網の全体図が聖堂の壁に貼り出された。300の拠点。配送ルート。在庫管理表。

 

「完成! これで大陸中の人に、私の体が届くわ!」

 

 ルーシェが両手を広げた。頬が赤い。七日間ずっと赤い。もう通常営業だった。

 

「来月は300瓶目指しましょう!」

 

 神官たちが拍手した。泣いている者もいた。

 

 フィオだけが、拍手しなかった。壁の図を見ていた。300の点。その一つ一つの傍に、数字が書いてある。

 

 その全部が、この人から流れ出す。

 

 薬湯を淹れた。

 

 砂糖を七さじ。もう椀の底に溶け残っている。

 

「おいしい」

 

 同じ声だった。

 

 

  ◇

 

 

 七日目。

 

 宿の鏡を見た。目の下に隈。唇が割れている。

 

 口の中にはただ。鉄と、錆と、苦み。

 

 白い法衣の群れがルーシェ様を取り囲んでいる。銀の髪を切っている。爪を剥いでいる。血を瓶に詰めている。ルーシェ様が笑うから、いくらでも切れる。笑う女神は断らない。それを知っていて、囲んでいる。

 

 鏡の中の顔は、騎士の顔ではなかった。

 勇者の顔でも、なかった。

 

 剣を握った。

 

 取り返さなければ。私の、私だけのルーシェ様を。

 







 八話誤字修正いたしました。誤字報告ありがとうございます!
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