龍を背負った男 作:匿名
あんたは、何か信念があるかい?それは、家族、友達をはじめとした誰かを守ることだったり、何か夢や目的をもって生きることだったり、いろいろだよな。それでいて当然だけど、目に見えないもの。おれに依頼をしてくる人は、問題の違いはあれど心の奥に強い信念をもっていることがほとんど。実際に会って、顔を見て、目を見て、言葉を交わす。もちろん、たったそれだけですべてを理解できるなんて思ってはいないが、その人が持つ信念はなんとなくわかるんだ。だからこそ、その男が背負う信念を感じたときは思わず息を呑んだ。たくさんの大事なものを失っても、「かけがえのないもの」を守るため、歩むことを止めない。そんな信念。今回はそんな信念を持った男と、その男にとって「かけがえのない」小さな女の子の話。あんたも何か一つ、心に信念をもってこの話を聞いてくれ。
今年の冬はこれといったトラブルが持ち込まれることは無かった(おかげで原稿の執筆が大変!)。空は雲一つなく、まるで青い絵の具をきれいに塗って、ピカピカに磨き上げた工芸品みたい。けれど、地上では最近Gボーイズの連中がどこかあわただしい感じ。なんというか、大雨が降る前の風の冷たさみたいな感じ。とはいえ、キングからの連絡はないし、店に来るのはフルーツを買いにくるお客だけ。トラブルの解決を求めるお客だってゼロ。まあ、トラブル解決の方はあくまでおまけみたいなものだし、トラブルが無いならそれはそれで平和ってことだし、Gボーイズが忙しいのも、きっと師も走るほど忙しい時期だからだろう。 たまにはこういうのも悪くはないが、なんだか冬物の果物とおれだけが、池袋の世界から取り残されている、そんな疎外感も同時に感じてしまう。冬ってどうもセンチメンタルな気分になるときがあるよな。
折りたたむダンボールを集めながら店の奥のテレビに目を向ける。ちょうど流れているニュース番組では、最近世間を騒がせている神室町で起きたミレニアムタワーの爆破事件の続報について報道されている。あんたもここ最近、頻繁にテレビで取り上げられていたから知ってるだろ?神室町にあるミレニアムタワーが突如爆発したって事件。不思議なことに、爆発の後にはお金が近辺にまき散らされたらしく、それは正に圧巻だったらしい。爆発を彩る紙吹雪のように舞ったお金には、現場から遺体となって見つかった警視庁代議士の神宮京平が関与しているとかどうとか。それに、噂によると東城会の幹部や近江連合の幹部もその場にいた可能性が高く、いわゆるヤクザが一枚嚙んでいた可能性があるらしい。番組で連日取り上げられている情報を聞き流しながら、いつものようにさっき集めたダンボールを折りたたむ。さわやかなフルーツのにおいに少しのホコリっぽいにおい。事件は神室町で起きたといえど、今回の事件で池袋のパワーバランスも変わるかもしれない。サルも今回の事件できっと慌ただしくしてるだろうし、今度バナナでも持って行ってやろう。そんなことを思いながら最後のダンボールに手にかけた時、店先に小さな人影ができるのを感じた。
「おじさん、私フルーツ食べたいな。」
店先に目を向けると小さな女の子が立っていた。髪はショートヘア、くりっとした大きな瞳は、あどけない様子を残しながらも、どこか大人びた様子を感じさせる瞳だ。服装は薄めのパーカーに短めのスカート。足には黒めのショートブーツ。寒くないのか、なんて考えていたら店先に影を落とす人物がもう一つ。
「フルーツか…何が欲しいんだ?」
今度は対照的に大柄の男が立っている。身長はおれより少し大きいくらい。髪はオールバックで、眉間にはしわが寄っている。彫りの深い顔立ちも相まってなんだか威圧的。きっと普段からこんな感じの顔をしているのだろう。襟を立てたワインレッドのシャツの上にはライトグレーのスーツ。もちろん、下も同じ色のスラックス。左腕には腕時計、足元は白いエナメル靴。接客をすればこれくらいの観察は慣れたもの。あんたも接客の経験があればわかるだろ。それと同時に、おそらくこの男はカタギではないって予測もつく。にしては子どもを連れているなんて、よくわからない。あまり見慣れないペアの登場を前に、おれはどっかの組の組長さんの娘と、その付き人だろうか、なんてぼんやりと考えていた。男と女の子は、一通りフルーツを見た後に、欲しいものが決まったのか、男が声をかけてきた。
「すまない、これとこれを頼む。」
おれは呼びかけに応じて注文を聞き、淡々と果物を詰めていく。ついでに、みかんをいくつかいれてやる。子どもはまだまだこれから育つだろうし、みかんなら子どもでも不器用そうな男でも剥けるだろう。
「おい、そんなに頼んでないが…」
「いいんだ、これはおまけだから。追加の代金もいらないよ。」
「いいの?ありがとう!」
そう言って女の子ははにかむ。やっぱり女の子は笑う顔が一番だよな。
続けて袋に果物を詰めつつ、男の方を見てみると、男が店奥のテレビに目を向けていた。あいかわらずテレビは爆発事件の報道をしている。
一瞬だけ、男の目が険しいものになったのをおれは見逃さなかった。
反応が気になったおれは、それとなくニュースに触れる。
バカなふりをして情報を探るのはおれの得意分野。あんたもたまにやってみるといいよ。
「神室町で爆発事件だって。こわいな。」
「ああ。あそこは昔から治安が悪いが、今回の事件は規模が段違いだな。」
「あんた、神室町に住んでる感じ?」
「まぁ…、そんなところだ。」
「ふーん、いろいろ大変なんじゃないの。」
「…ああ。」
男の目が警戒の色に変わる。これ以上の詮索を許さないような感じ。
やっぱり何か関係があるんだろう。しかし、果物は詰め終えたことで探りをいれる時間は終わってしまった。あくまで店員とお客の関係。引き際を見極めるのも重要だ。
膨らんだ好奇心をおさえつつ、おれは店員の顔に戻り、男に金額を告げる。
代金を貰って、ビニール袋に詰めた果物を渡す。
「悪いな。」「ありがとう!」
そう言って、彼らは池袋西口公園、もといウエストゲートパークの方へ向かっていった。
「あの親子、なんだか訳ありって感じだね。母親にでも逃げられたのかい?」
おふくろが店の奥からつぶやく。
「さあな。なんにせよ、父親の方はカタギじゃなさそうだな。どうやら神室町から来たって感じだったし。」
「神室町かい?あそこは治安が悪いって有名じゃないか。まさか、ヤクザだったりしてね。」
「十分にあり得えそうだな。まあ、何をしにきたかはわからないけど。」
「それにしても、あんたはいつになったらあたしにさっきの子みたいな可愛い孫を見せてくれるんだか。」
なんて不意打ち。ヤクザよりよっぽど卑怯だ。
おふくろの声が聞こえないように、おれは店のラジカセに適当に選んだCDを入れ、音楽を流し始めた。