龍を背負った男   作:匿名

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第二章「桐生一馬」

 その日から何事も無く数日が過ぎ、二人のことも忘れかけていた。おれはというと、やっぱり店番。退屈に飽きかねて街に繰り出そうと考え、エプロンをほどこうとしたとき、店先に大きな影が一つ。

 

「真島誠はいるか。」

 

見ると、数日前に来た男が立っていた。服装も外見も全く同じ。ただ、明確に違うのが纏っている雰囲気。なんというか、ピリピリしてるというか、今にも暴れそうな猛獣みたいな感じ。眉間のしわも以前より深い気がする。こういうときの対応は一つ、あくまで冷静に。クールダウン、マコト。

 

「おれがそうだけど。」

 

男がゆっくりと近づいてくる。まさか、この前のフルーツのことでクレームだろうか。

 

「探している子どもがいる。名前は遥。何か知らないか。」

 

真剣な顔で伝えられたのは、ショバ代の取り立てでもなく、クレームでもなく、人探しの依頼だった。さて、どうしたもんか。この手の話が舞い込むときは、「ワケあり」の依頼人なことがほとんど。一応お決まりの言葉をいってみる。

 

「あー、人探しならおれなんかより、警察の方がいいんじゃないかな。」

 

「訳が合って警察は頼れない。だが、俺はどうにかしてこの子を助けなければならない。力を貸してほしい。頼む。」

 

以前も似たような誘拐事件に関わったことがあるが、基本的に誘拐なんてどうしようもない。それに警察が頼れないとなると、たいてい反社会的勢力が裏にかくれているのだ。そういった展開は映画の世界だけで十分だ。

 

「手を貸したいところだけど、おれにもどうしようもないよ。情報も無いし、だれか他のやつにあたってくれ。」

 

「情報ならある。攫って行った奴らはどこかしらに青いものを身に着けていた。お前らの街にもGボーイズってカラーギャングがいるだろう。 」

 

磨いていたりんごを危うく落としそうになる。利益は薄くともうちの大事な商品なのだ。それはさておき、Gボーイズが誘拐?まさか、ありえないだろ。

 

「もしおれが協力しない、っていったら?」

 

「俺なりの"やり方"で勝手にやらせてもらう。こっちは子どもが攫われてるんだ。当然、邪魔をする奴には容赦はしないがな。」

 

さも当然のように言った男の顔は、冗談をいっているようには見えない。

断ったら大惨事が待っているのは一目瞭然。それほどまでに男の目には覚悟が備わっている。こんな奴におれの好きな街、池袋で暴れられるなんてたまったもんじゃない。それに、Gボーイズって言葉が出た以上、話を聞かないわけにはいかない。

 

「わかった。けど、まずは話を聞いてから。」

 

接客用のエプロンを外し、奥のおふくろに声をかける。雷が落ちる前に駆け足で池袋の街へと繰り出す。外は晴れてても、雷が落ちるのは池袋でもおれん家だけ。

 

「ここじゃ話しづらいだろ。ついてきてくれ。」

 

そういっておれは、この推定ヤクザで父親らしき男とウエストゲートパークの方へ歩き出した。こんなところを誰かに見られてヤミ金に手を出した、なんて思われたらヒヤヒヤする。トラブルシューターだって評判は良いに越したことはないからね。

 

 

 

 

 芸術劇場にあるカフェに入り、奥のボックス席を取る。男はコーヒー、おれはいつもの甘いカフェオレを頼み、紙とペンをパーカーのポケットから取り出して話を聞き始める。

 

 

「色々聞きたいけど、まず、人を探してほしいってどういうこと?」

 

「ああ。この子なんだが。」

そういって男は写真を取り出す。

 

この前一緒に来ていた女の子の写真だ。見切れているのは目の前にいる男だろうか。女の子はカメラに向かって優しくほほえんでいる。

 

「最後に一緒にいたのは?」

 

「神室町だ。」

 

「なら神室町で探せばいいんじゃないの。」

 

「いや、攫った奴らのクルマが池袋方面に向かうのを確認した。それに……。」

 

「さっきも話したように、奴らは青いものを必ずどこかに身に着けていた。お前らの街にもGボーイズってカラーギャングがいるだろう。 どうやらあんたは違うようだが。」

 

 知らない人に向けて解説。あんたも池袋に来るときは覚えておくといいよ。Gボーイズっていうのは、池袋で活動しているカラーギャングのこと。リーダーはキングこと「タカシ」。タカシは俺の高校からのダチ。ガキの王さまと侮るなかれ、圧倒的なカリスマと実力で池袋の血気盛んで頭の悪いガキどもを束ねあげてる。それがどんなに大変なことかは、あんたの学校か職場にいる問題児たちを一つにまとめる様子を想像してくれ。きっと誰だってさじを投げるだろ。さて、解説はほどほどに、ここまでの話でおれの中には疑問符が浮かんでいた。いたって単純、本当にGボーイズがやったのだろうかってこと。Gボーイズは、基本的に犯罪行為はしない。もちろん、自分たちに危害を加えるような奴らには容赦ない返しはするが、それ以外で犯罪行為はしないはずだ。

 

「確かにいるけど、Gボーイズはそんなこと絶対にしない。何より、キングがそんなこと黙ってないはずだ。」

 

「……どういうことだ。」

 

「おれの知るGボーイズは、積極的な犯罪行為はしない。あとクスリとかね。少なくともタカシが許さない。厳しい掟があるんだ。」

 

「つまり、極道と同じようなものか。だが、それでも下っ端の奴らがやったって可能性はあるんじゃないのか?」

 

なかなか疑り深いようだ。しかし、無いと言い切ることはできない。

 

「まあ、確かにあるかもしれない。ただ、忠誠の程度に多少の差はあれど、チームで互いに監視し合ってるし、ルールを破るってことはこの街で歩く権利を捨てるようなもんだ。そんなことがわからないようなガキはいないと思うけど。」

 

「……随分知っているようだな。お前もそのメンバーなのか。」

 

「いや、おれはメンバーじゃない。あくまでキングのダチってだけ。」

 

ここまで話しておきながら、おれの中でも少しだけ疑いの芽が出ていた。もし、本当に、万が一、そうだったとしたら、おれはどうするべきか。カフェオレに反射して見えるおれは、どこかぐらぐらと歪んでいた。おれとしたことが、らしくない。不安を飲み込むように一口飲む。

 

「そうか。どちらにせよ、俺はそのGボーイズのキングとやらに話を聞いて、情報を集めたい。どうやら、あんたは池袋のことよく知っているようだし、あんたを仲介してキングって奴から話を聞くことはできるか。」

 

「ちょっと待ってくれ。その前に、ひとついいかな。」

 

「なんだ。」

 

「あんたにとって、この子はどういう存在なんだ?この子を見つけたらどうするつもりなんだ?」

 

カフェで話し始めていたときからずっと気になっていた質問を投げつける。この男は、依頼自体は受ける気でいたが、なぜこうもこの娘を大事にしているのだろうか。何がこの男をそこまで動かしているのか。依頼人のことは少しでも知っておきたいしね。すると、男の目がまっすぐおれを射抜く。静かに、けれど力強い炎が宿っている目だ。男はゆっくりと語り始めた。

 

「……俺にとって、この子、遥はかけがえのない存在だ。」

 

「少し前、とある事件をきっかけに俺と遥は出会った。結果的に、俺も遥も、大事なものを失った。特に遥は両親を失い、独りぼっちになりかけていた。 そして、俺にたったひとつ残されたのがこの子だった。」

 

男がテーブルの写真に目を落とした瞬間、目の色が穏やかに変わった。

 

「……遥と俺は、血が繋がってない。だが、本当の親にはなれなくても、俺はこの子のことを本当の家族のように想っているし、あいつのことを守ってやりたい。それに、また独りになんてさせねぇ。俺は、これからの人生はこの子のために生きていくと決めている。そのためだったら、命張る覚悟はできている。」

 

おれには、この男が不器用ながらも自分にとってかけがえのないものを守るため、毎日を必死に生きようとする男に見えたのだ。どん底にいようとも、もがき、必死に生きる姿はこの街で生きるおれたちと同じではないのか。そんな男がたった一人で、血もつながっていない女の子のために命を張ろうとしている。それならば、この男が命を落とし、再び女の子が独りぼっちにならないように誰かが協力したっていいんじゃないか。店のスピーカーから流れるメロディを聞きながら、男の言葉を反芻する。このとき、おれは初めて今回の依頼を受けようと決めたのかもしれない。残っていたカフェオレを飲み干し、ポンコツな脳みそにエンジンをかける。

 

「わかった。協力する。」

 

「……!恩に着る。報酬は……。」

 

「いいや、いらない。おれは金で動く探偵じゃないから。そのかわり、おれも自由にやらせてもらう。あと、ひとつ約束してくれ。この街では、可能な限り暴力は控えてくれ。あんた、その手のプロだろ。おれは平和主義者だから、そこんところよろしくな。」

 

「あ、ああ。善処する。」

 

「ああ、聞き忘れてた。あんたの名前は?」

 

「……桐生、桐生一馬だ。」

 

「そうか、よろしく。桐生。」

 

桐生に右手を差し出す。桐生も理解したのか、すぐに右手を差し出し、おれたちは握手を交わした。ゴツゴツしていて、喧嘩慣れしている手。ハルカと手を握るときは優しく握るのだろうか。

 

 そういえば「桐生一馬」って名前、どこかで聞いたような名前だ、なんてそのとき思っていたおれの脳みそはやっぱりポンコツ。やっぱり果物を売ってるだけじゃ記憶力も訛っちまうよな。




池袋ウエストゲートパークを読み返してますが、やっぱり面白いですね。
余裕があれば登場人物の解説をいれるかもしれません。
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