悪で灯されたエデンへの道   作:乃木楓斗

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ハーメルンでは初投稿です。
ブルアカ、及びオリキャラを用いた作品は初めて書くので生暖かい目で見ていただけると幸いです。


−1章 裏切り者(アンテノーラ)が嘲笑う前日譚
プロローグ アンテノーラと名乗る女


「……これ以上は、もう綺麗にならなそうですね」

 

 

 そう独りごちながら私は、手元のぼろぼろになったクロス……もはや、ただのぼろ布といった方が正しいだろうか。

 そんな薄汚れた一枚の布切れを畳んでポケットにしまい、もう片手に握っていたハーモニカを夕日に透かすように持ち上げる。

 

 勿論、透明でも何でもないハーモニカが陽の光を通すことはないが……刻まれた"vanitas"の文字を隠すように飴色に光る金属部分に、クスリと微笑んでしまう。

 

 

“マダム”の教えに逆らうつもりはないし、無意味に抗うこともしないが……こうやって、少しの間アリウスの精神も、いつの間にか巣食っていたトリニティやゲヘナへの嫌悪も、日に日に荒んで摩耗していく自らの心についても目を背けていられるこの時間は、悪くない。

 

 

 普段ならこれ以上演奏しているとマダムに見つかるところだが……幸い、今日は自治区を離れていくところをどうにか確認している。いつ戻るかはわからないが、これまでの経験上夜になるまで戻ってくることはないはずだ。

まぁ……明日になればまたいつもの繰り返しに戻るのだが。そんなことをが脳裏によぎり目が死んでいくのを感じつつ、手元のハーモニカに視線を戻す。

 

 

「マダムがいない事が確定している今日……もう少しだけ、練習していてもいいかもしれませんね」

 

 

 時折マイアや後輩たちがハーモニカを聞かせてほしいとやってくる。

 それ自体は悪くないし、彼女たちの少しの心の支えになってくれているのであれば喜ばしいことだが……人に聴かせるものになる以上、あまり下手な演奏を聴かせるのは自尊心が反発してくる。

 

 今日は彼女たちが来る気配がない、ならば今のうちに練習をしておいた方がいいだろうか……そう思って私はマウスピースの部分を口元に持ってきてそっと息を吸い込み、音を奏でようとした……そんな瞬間だった。

 

 

 

「ストップ。すごく素敵な演奏だし止めたくはないのだけれど、今は私の話を聞いてもらえないかな?(かけはし)スバルさん」

 

 

 

「!?」

 

 本来自分以外誰もいないはずの廃墟。

そこに突如響いた聞き覚えのない少女の声に驚いて後ろを振り向くと、そこには明らかに……明らかに、薄汚れた廃墟には不釣り合いな少女が立っていた。

 

 

 雪のように白い肌に気品感じる黒いドレスという、アリウスからは遠くかけ離れた服装。

 見た目は華美でありながらも歯車や機械があしらわれている不可思議な靴。

 

 

 そして何より。

 一切の汚れを思わせない長い白髪と、留め具も無いのに顔から一切外れる気配がしない、狼のような仮面。

 

 マダムとは明らかに違いつつも、アリウスの生徒たちとは違う異常な存在であることを赤裸々にしている少女はクスリと小さく声をあげて笑う。

 そしてまるでこちらが目上の人間になったかのように錯覚するほどの優雅なカーテシーで頭を下げた後、ゆっくりとその名を名乗った。

 

 

 

「私はゲマトリア所属、アンテノーラと申します。できれば……いや、是非とも覚えてくれると嬉しいな」

 

 

 

 

「ゲマ……トリアのアンテノーラ……さんですか?」

 

 

 驚きからどうにか落ち着きを取り戻して目の前の少女に問いかけると、彼女は不思議そうに首をかしげる。

 

「……その様子だと、私のことは聞いたことがないのかな?てっきりあのゲロカ……ベアトリーチェから、一度くらいは名前が出てると思ってたんだけど」

「マダムをご存じなのですか?というか、今とんでもない呼び方でマダムを呼ぼうとしていませんでしたか……?」

「あれはゲロカス以外の何物でもないでしょう?少なくとも、私の価値基準ではその評価にすぎないよ」

 

 そういってアンテノーラはため息を吐く。

 マダムの知り合いであると名乗る以上、手を出すわけにはいかないが……しかし、彼女の言動にはどこか危うい部分も存在している。

 そう考えつつも足に添えていた右手を前に出し、姿勢を整えて挨拶を返す。

 

 

「アリウス分校3年の梯スバルと申します……マダムのお知り合いということですが、どういったご用件でしょうか?」

 

 

 マダムの関係者、ということでできる限り丁寧な口調で挨拶をすると、それを逆に嫌がるのかのようにアンテノーラは手を払うような仕草で不満を示す。

 

 

「……私にそんな大層な挨拶はいらないよ。むしろ変質者が出たともっと警戒してくれない事にはこちらも安心できないかな。さっき君が足に手を添えていつでも銃を抜けるようにしていたように、ちゃんと警戒をしてほしいな」

 

 

 なんなら君の主力武器(メインアーム)を私に向けてくれてもかまわないんだよ、と悪戯っぽく笑いながら言いつつ、アンテノーラは答える。

 

 

「……気づいていましたか。失礼いたしました」

「だからそれくらい警戒してくれる方がいいんだって。

 それに、私は一応これでも()()()()()()()()()()なんだから……そう簡単に倒されるほど、柔じゃないんだよ?」

 

 

 軽く腕を曲げて力こぶを示す……否、力こぶにもなっていない柔らかそうな二の腕を示すアンテノーラに私は少し苦笑した後、先ほどから気になっていたことについて聞こうと口を開く。

 

 

「その……失礼ながら、ゲマトリアとは何なのでしょうか。聞いている感じだと、マダムと関わりのある組織であることは察せられるんですが……」

「あぁ……ベアトリーチェのやつ、それすら生徒達に伝えてなかったんだね……全く、本当にろくでもない大人だよ、ホント」

 

 

 それに所属している私もまたろくでなしだけどね、とあっけらかんと言うアンテノーラになんともいえない表情を向けていると、視線に気付いたのかアンテノーラは咳払いをして、向き直る。

 

 

「ゲマトリアっていうのは、……まぁ、分かりやすく言うとここキヴォトスに存在する“神秘”っていうナニカを研究してる組織……いや、個々人の活動が主になっていることを考えると同好会っていうのが一番近いのかな?ま、簡単にいえばそんな集団だよ。で、私ことアンテノーラも、あのゲロカスことベアトリーチェもその一員ってわけ」

 

 

あまりにざっくりとした説明に「はぁ……」としか答えられなかった私を見て、アンテノーラは肩をすくめる。

 

 

「正直、ゲマトリアとはいったい何なのか、っていうのは今回私がここに来た理由とはあんまり関係がないんだ。というより、むしろ困惑を深める材料にすらなるから、今は知らなくていいよ」

「……では、今回アンテノーラさんがここに来たのは、マダムとは関係がないということですか……?」

「いや?むしろベアトリーチェとは大いに関係しているよ。と言っても、彼女に気づかれては困る内容だけどね」

「……?」

 

 

 要領を得ない説明に困惑していると、アンテノーラは姿勢を正し近くにあった椅子にゆっくりと座って口を開いた。

 

 

 

「梯スバルさん。今回、私はあなたをアリウス分校生徒の代表者と捉えた上で取引を持ち掛けに来ました」

 

 

 

 その言葉に、私は驚きと困惑を内心に宿しつつも彼女の目……否、目があるであろう部分に視線を合わせる。

 

 

「取引ですか……?それに、私を代表者に?」

「ええ。今のアリウス分校の状況を色々調べさせてもらったけど……君が一番代表者としてふさわしいって思ってね」

「私よりもふさわしい人がいたと思いますが。……それこそ、スクワッドのリーダーとか」

「錠前サオリのことだね。確かに彼女も候補には上がったけど……彼女はどちらかというと、アリウスの武の代表だからね。私が望んでいる取引相手、及び交渉相手はアリウスの生徒たちの心を支えている生徒の方だからね」

 

 

 その言葉に、私はかつて錠前サオリと交わした言葉を思い返す。

 

 

 『どうも、「後輩」たちはお前を頼りにしているようだ』

 『……そうですか。それはどうも』

 『ああ。私には難しい役回りらしい』

 

 

 ……つまりは、生徒たちのある程度の精神的支柱になっている生徒と取引をしたいということだろう。

 

 

「……分かりました。それでは、取引の内容を教えてくだ」

「ストップ。内容を知りたいのは分かるけど、先にこちらからいくつか言わなきゃいけないことがあるんだから。そう焦らないでくれると嬉しいな」

 

 

 ……僅かに急いてしまっていた心を見透かされた恥ずかしさを隠すように顔を手で押さえる。

 しかしそんな私の様子はどうでもいいかのように、アンテノーラは真面目な口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「あらかじめ言っておくよ。今から私が持ちかける取引は、断ってくれて構わない。……むしろ、君の立場なら断るべきものだ」

 

 

「え……?」

 

 

あまりにも意外な言葉に、私は思わず声を漏らす。

 

 

「勿論私は君が、もしくはアリウス生たちが協力してくれるように交換条件を出すつもりだし、契約が満了した暁には君たちにそれ相応のメリットを齎すつもりだ。

 ……けど、今の君たちの在り方を完全に叩き壊すようなことも依頼する部分も多分にある。だから、しっかり内容を聞いたうえでならキッパリと断ってくれて構わない。

 何なら、あのババアに密告してくれても構わないよ。個人的には……まずは保留にしてもらえるとありがたいんだけど」

 

 

 そうしてくれたら次に会った時、より詳しい話をできるから……アンテノーラはそう言うと両膝にそれぞれの肘をつき、顔の前で指を絡める。

 

 

 彼女の言葉に、私は必死に脳を回す。

 今の私たちの在り方を、完全に叩き壊すこと……それはつまり、マダムが支配している今の生活を壊すということ。

 その時点で、アンテノーラが持ちかけてくる取引がきな臭いものであるのが目に見えている。

確かに、内戦を終結させてくれたマダムというある種の恩人の下で生きているアリウスの生徒として……この取引は受けない、もしくはマダムに密告するのが当たり前なのだろう。

 

 

 

だが。

 

 

 

 時折流れ着く外の情報から……アリウスの境遇が、決して素晴らしいものではないことは……正直、ある程度は感じている。

 いくらトリニティやゲヘナは憎悪の対象だと言えど、私たちよりずっといい生活をできる場所であることも、理解できている。

 

 

故に、考えてしまう。

 

 

 もし目の前の人の取引に応じた先に、アリウスの皆が他の地区のようにもう少しだけ幸せに過ごせる未来があるかもしれないなら。

……話だけでも、聞く価値はあるのではないか。

 

 

 そんな思考に頭を埋め尽くされてしまい、声が出なくなってしまった私を見て……アンテノーラは、満足そうに息を吐く。

 

 

「……いいね。リスクとリターンをしっかりと認識したうえで、悩むべきところでちゃんと悩んでくれている。そういう子が、私にとって一番ありがたい取引相手なんだ」

「優柔不断な子供、とは思わないんですね」

「私も相当酷な話をしてる自覚はあるからね。

 まぁでも、取引の内容……それから、報酬に関して位は聞いてもらえると嬉しいかな。何度も言うけど、話を聞いたうえで断ってくれて構わないんだから」

 

 

 その言葉に私は目をつぶった後、覚悟を決めてアンテノーラの顔に視線を合わせた。

 

 

「それでは教えてください。あなたの、私に持ち掛けたい取引というのを」

「そうだね。それじゃあ、こちら側からの要求を端的に言おうか……」

 

 

 

 

 

 

 

「ゲマトリアの構成員にして、アリウス分校の生徒会長であるベアトリーチェ……あのゲロカスの、()()に協力してほしいんだ」

 




Tips:アンテノーラ、なんか優雅っぽい見た目や振る舞いをしているがキヴォトスの外のサブカルコンテンツを結構好んでいる。最近ハマってるのは『う〇ねこのなく頃に』。
ベアトリーチェをゲロカス呼ばわりしているのは、つまりはそう言うこと。

《追記》行間、表現等の修正を何度か行いましたが、ストーリー上の変更点はございません。ご了承ください。

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