これが愛だって信じていた、罰をください
−なとり、『セレナーデ』より
「……まあ、確かにこれまで夢の中で会ったことがなかったわけじゃない、けどさ……流石に今からはハードじゃないかい、セイア……?」
アビドスで起きていた問題に一旦の幕が引かれ、アンテノーラも無事(?)銀行襲撃を終えた夜。
そんなアンテノーラは気づいたら夢の様に美しい庭園……否、実際夢ではあるのだが……にて、今は伏せているはずの百合園セイアから、半ば強制的に夢の中のお茶会へと召集されていた。
アンテノーラとしては以前から数度夢の中でのお茶会に誘われたことはあるし、それを悪く思ったことは一度もない。
だが、夢の中でも活動すると言うことは事実上睡眠による休息を得られないのと同義なのである。
流石に闇銀行を襲った直後の今は、少し休みたくはあったのだ。
ただでさえ
「それはすまなかったね。だが、今回の一件がどうなったか、もしくはどうなるのかを知りたくはないのかい?」
「……それは、そうだけど」
「なら残ってくれたまえ。そこまで長くなる予定はないし、いい紅茶もあるんだ……まぁ、夢の中のものだがね」
そう言いつつセイアは紅茶を差し出し……アンテノーラは諦めたかのように息を吐くと、コートを脱いで席へと腰を沈めた。
さすがに”預言の大天使”からの情報は聞いておきたい、と苦笑いしつつも呟くと、そっと一口紅茶を口に運ぶ。
「……いい味だね。随分と紅茶の入れる腕も上がっているし、私の好みも理解してるみたいだね」
「嬉しい言葉だ。紅茶にもそれなりに渋さを求める君ならこのウバ茶がベストだと踏んで淹れてみたが、どうやら正解だったようだ」
「……ふふ」
得意げに語るセイアにクスリと笑いながら喉を湿らせたところで、アンテノーラは椅子に深く腰掛け、目をセイアと合わせる。
「それで?君が話したい内容は何なのかな?」
「……そうだね。まずはアビドスでの一件だけど……どうやら、完全にカイザーの敗北で終わったらしい。
君の闇銀行襲撃も連中には相当痛手だったようでね、アビドスへの借金の回収すらままならないレベルでの傷を負ったみたいだ」
「だろーね。むしろまだ完全に潰れてないのが不思議なんだけど?」
「どうやらカイザーグループが総出で資金注入をしているようだ……ああ勿論、PMCは除くけどね」
「さすがに再起不能だろうしね~、さすがのカイザーもFOXまでくるとなったら手傷は負ってくれるだろーて」
事実上FOX小隊をけしかけた本人が面白そうに笑いながら言うと、呆れた表情でセイアがそんな彼女を見つめる。
「そのカイザーは
「
「準備のいいことだ」
「私だってゲマトリアだからね、悪巧みくらいは基礎教養さ」
「むしろそれが君の得意分野だろう?
謀略、工作、潜伏……えてして君は、知恵や知略を用いて戦うことを本当に得意としている。
それこそ方向性は違うけれども、ミレニアムの
「随分と褒めてくれるね、カカ」
アンテノーラは面白そうに笑うだけだが、セイアの表情は逆に暗く、曇っていた。
(彼女が、もっと別の生き方を選べていれば……)
セイアは、アンテノーラのことについて生徒の中ではおそらく最も詳しい存在だ言える。
それは彼女が”預言の大天使”と呼ばれる所以……予知の力を用いて彼女の過去、現在、そして限定的ではあるが未来も観測しており、彼女がもつ二つの真の目的も、
その歴程があったからこそ今の優秀な存在としてのアンテノーラがいるのは確かなのだろうが……それでも、もしもっと真っ当な人生を送っていたらとは考えてしまう。
(せめて、せめて目的の片方だけでも捨て去ってくれないだろうか……それだけで、悲しむ人は減るというのに……)
「何を考えているんだい、セイア?」
さすがにぼんやり考えこみすぎていたのか、アンテノーラがセイアの顔を怪訝な表情で覗き込んでくる。常人なら端正ともいえるアンテノーラの顔にドギマギするのだろうが、暗い感情に苛まれていたセイアがそのような反応をすることは無かった。
「……何、君がもっと真っ当な人生を歩めていたなら、もしくは目的を諦めてくれたなら……なんて想像しただけさ」
「前者はifの世界でしかないし、後者は絶対にありえないから意味のない想像だよ」
「そうはいっても、だ。私は君の過去を知っている以上、君の幸せだった時期も知っている。多少狂気的な部分はあったとはいえ神秘の実験を楽しむ姿や、かつて在籍していた
この時セイアは、おそらく否定……別にどうでもいい、だの目的が一番だ、だの言いだすと思っていた。それに対する反論も考えてはいるが、結局はまた議論は平行線に戻ってしまう……そう、
だから。
まるで意味が分からないと言わんばかりに首をかしげるという、予想もできない行動をとったアンテノーラに……百合園セイアは、ただ硬直することしかできなかった。
「……ああ、
「覚えて、いないのかい?」
「ん、なんて言ったの?」
「覚えていないのかと言ったんだ……!自分の嘗て楽しかったころの記憶を、覚えていないのかい……⁉」
この時点でどこか嫌な予感を感じていたセイアだったが……だからと言って。
「ああ、
まさかあれだけ自己定義を重視してたはずの目の前の彼女が、
「な……⁉︎君は、自分という存在を定義することに躍起になっていたじゃないか!なぜそんな君が自分を捨てるなんて真似をする⁉︎」
「ゲマトリアに入る前の、
ただ、ベアトリーチェを殺して目的を果たす……そのために必要な
「だからと言って、逆にどう捨てたと言うんだい……?」
「自分を媒体に
「そんなっ……」
アンテノーラによるあまりにもな所業の告白に、セイアは怯え、憐憫、悲しみと言った様々な感情が混ざった視線を目の前の少女に向け……そして、諦めたかのように目を伏せる。
セイアの予知の力はあくまで外側から未来や過去を覗き込み、干渉する能力でしかなく……それ故、アンテノーラの内面で起きた残酷すぎる変化には今まで気づくことはできていなかった。
「忘れないでもらおうかな。私における自己定義は、”騙す者”としての
それ以外の私は、外からそう見えるように取り繕うことはあっても、内面では認めていないよ」
そう言うと同時にアンテノーラは腕を振るい……その瞬間には、先程までいた庭園の姿は影も形もなく、いつのまにか陰気臭い雰囲気を醸し出す洋館の一部屋へと変わっていた。
「これは……夢への逆干渉、なのか?」
「正解。私でもこれくらいはできるさ……ああ、君が淹れてくれた紅茶は無駄にしていないから安心してくれ、単に重い話をするのにあの庭園は煌びやかすぎると思ってやっただけさ」
そう言いつつアンテノーラは先程口に運んだ紅茶のカップを持ち上げ、ティーポットを指差す。どうやらあくまで周囲を変えただけで、机や椅子、紅茶や茶菓子等には何も影響を与えていないようだ。
「そう、かい。そこは配慮してくれるんだね」
「勿論。遅い時間とはいえ誘ってもらった身だ、ホストへの礼節は弁えてるよ……そうそう、今私がしたこの夢への逆干渉はそう難しくはない……
「……忠告、傷みいるよ」
とんでもない爆弾発言と忠告を受けつつも、セイアは震えそうな手を抑えてどうにか紅茶を口に運び、喉を湿らせる。
彼女にとって聞きたいことはまだあるのか、湿らせてもなお少し掠れてしまった声でアンテノーラに問いかける。
「それで……まさか、もう失ったものはないだろうね?」
「ん〜?……ああ、まぁあるっちゃあるけど」
「……何を、失ったんだい……?」
多くの
「名前、だね」
「は……?」
「かつて名乗っていた『らしい』名前を私はもう思い出せないし……その名前を聞かされても、最早私のものとは思えない感じだね。ま、どーでもいいけど」
「どうでも良いわけないだろう……!そんな……そんな、君はかつて君が『そう』あった存在を全て切り捨ててでも目的を成したいのかい⁉︎」
「だから何度もそう言ってるじゃん」
同じような詰問にうんざりし始めたのか、アンテノーラは僅かに適当さを孕んだ言葉を返し……ゆっくりと立ち上がると、壁に架けられた額縁の前で立ち止まる。
「私はかつて、
「それを望む人が、本当にいると思うのかい?」
「さあ?
でも、私の罪は私が裁く……こればっかりは、譲れないなぁ」
「にしては、その判決を執行するのは他人任せのようだね、それで良いのかい?」
「私が執行すると手温くなるからね……さて、もういいでしょ?」
その言葉と同時にアンテノーラは笑顔を浮かべ、腕を広げて宣言し始める。
「私は止まらない。
例えどのような妨害を受けようとも、必ず私が責を為して悪で灯されたエデンへの道を築き……
ベアトリーチェ以外、誰もが幸せなハッピーエンドにしてみせる」
堂々と、満足げに宣言するアンテノーラに対し、セイアの表情は再度、酷く暗く、そして曇ったものとなっていく。
(何が、誰もが幸せなハッピーエンドだ。本当にそう思っているなら、なんで……
なんで、君は
そう。
セイアが心中で語るように……アンテノーラは自らが気付かないうちに、宣言を始めた時点で静かに血の涙を流していた。
それは完全に壊れ切った体が勝手な反応をしたのか、あるいは深層心理がアンテノーラ自身の計画を嫌がっているのか……
どちらにせよ、彼女の目的とは目指す本人が
(……彼女を、御すことができると思っていた過去の私が恨めしい)
かつて初めてアンテノーラという存在を知覚した時、セイアが抱いた印象はまさに救世主に対するそれとほぼ同じだった。
何せそれまでずっと見ていた未来……トリニティが、ゲヘナが、そしてアリウスが地獄絵図と化す絶望的な未来が急に変わったかと思うと、たった一人の味方が増えただけでほとんど被害なくベアトリーチェを倒してしまったのだから。
唯一、観測した未来の
そう、当時はセイアは信じていたのだ。
アンテノーラの登場がきっかけで未来が変わったのなら、その彼女に働きかければより良い未来を作れると……そして、アンテノーラはハッピーエンドを理解でき、説得に応じてくれるだろうと。
その結果が、これである。
(……これだったらアンテノーラに接触せず、怯えを無視してでも自ら悲劇の未来を回避するよう動くべきだったのか……いや、それでも彼女は割り込んできて
万事休す。
アンテノーラの計画は止められない……そう一瞬思いかけたところで、セイアは首を横に振る。
(まだ、チャンスはある、あるはずだ)
セイア視点からだと、まだアンテノーラが完全に制御しきっていない大駒が二つ残っている。
一つは先生を含んだ補習授業部。
特に、白洲アズサに関しては
奇跡が起こらない限りその布石は発動しないだろうが……こういう時に奇跡が起きなくて、何が奇跡だという話だ。
そして、もう一つの大駒。
アンテノーラからの取引にも適切に応じ、協力関係を結びつつもその在り方を僅かに疑問に思い始めている少女……梯スバル。
幸いアンテノーラは彼女を相当気に入っている、大きな影響が与えられると言ったらここだろう。
(ならば彼女らがうまく行くよう祈りつつも、私も前を向かなければ)
何せ全てがうまく行った時、全てを指揮するのは自分になる可能性が高い。
ならば、こちらもアンテノーラにしっかりと向き合うほかないだろう。
「……アンテノーラ」
「なんだい、セイア?」
伏せていた目を見開くと、セイアはアンテノーラに宣言する。
「ならば、私はなんとしても私の願う未来を通させてもらおう。君の目的を潰しても……これで、互いにエゴを通すことになるね」
と言っても、君の計画を利用する気でもあるがね。
宣言の後、そう呟いたセイアの姿を見て……アンテノーラは、笑いながら一言だけ答えたのだった。
「やってみなよ」
Tips:アンテノーラは失っている記憶をかつての実験記録等を読み返すことで「当時何をしていたのか」は覚えているが、「どう感じた」かは何も覚えていない。名前に関しては、かつての名前を呼ばれても自分だと認識できなくなっているが、それを気にしている様子はない。
「当然でしょ。着ぐるみはその着ぐるみが持つパーソナリティが重要なんであって、中の人の情報なんて誰も求めていないんだから」
と言うわけで、これにてアビドス編終了です!
まさかこんなに長くなるとは……筆が乗りすぎてしまった。
取り敢えず今後ですが、1〜2回ほど番外編を投稿したのちパヴァーヌ編です。
以前も書いていますが、エデン突入前にパヴァーヌ2章が来るという改変がありますがご容赦ください。
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