悪で灯されたエデンへの道   作:乃木楓斗

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心という器はひとたびヒビが入れば、っていうけど……私としては理解できないなぁ。
だって、一回心も体もぶっ壊れた私だってなんだかんだ元気にしてるんだから!
−アンテノーラの言葉



#12 白いカンバスに赤い一線を

「着きましたよ、アンテノーラ……って、あれ……?」

 

 

 とある春の日……具体的には、アビドスでの大事件が起きてから数日が経った頃。

アンテノーラとこれからの話し合いをすべく約束をしていた梯スバルは、いつもの廃墟に彼女の姿がないことに気がついた。

 

 

「珍しい……約束を無断で飛ぶような人ではないはずですし、何かあったんでしょうか……」

 

 

 数分待てども来ない様子に僅かに焦りを見せながらスバルはそう呟く。

普段なら約束の前には廃墟に着いているような人である以上、数分でも遅れているとやはり胸騒ぎがする。

しかも理由すら分からないのだ、緊急事態……とまでは言えなくとも、おかしな状況になっているとは間違いないだろう。

 

 

「幸い、今日は休みかつマダムもいない日ですが……だからと言って、いつまでも待つのは……」

 

 

 支給されていた古臭い腕時計を数度確認し……一度息を大きく吐くと、スバルは廃墟から発ち、無縁仏まで向かった。

以前墓参りをしてくれた事を思うと、またそこに居る可能性が無いわけでも無かったが……

 

 

「……流石に居ませんか。まぁ、何度も弔いをするほど信心深い人ではなさそうですしね……それに、もとよりここに居るとは思いませんでしたし」

 

 

 スバルの予想……及び、発言通りアンテノーラの姿はそこに無かった。

まぁそもそも、こんなところで突っ立っていたら他のアリウス生に先に見つかって警報がガンガン鳴っているだろうが……過去に共に訪れたことがある場所である以上、確認しないわけにはいかなかったのだった。

変わらず並ぶ戒名の多さに悲しみの表情を浮かべつつも無縁仏を見つめていると、ふと昔……アンテノーラが来る前に、後輩の立木マイアに頼まれた一つのお願いを思い出した。

 

 

 『先輩、一つお願いしたいことがあるんですが……』

 『なんでしょう、可能なことであれば聞きますが』

 『もし、今から言う名前の人を見かけたら私に、教えて欲しいんです……ずっと昔に会って話をしていたんですが、内戦の頃に行方不明になっちゃって……』

 『……見つかる可能性が薄い、と言う前提だけは念押ししておきますが……いいでしょう、その名前を教えてください』

 『はい、あの子の名前は……』

 

 

「確か……()()、でしたっけ……青い髪の生徒だと聞きましたが……当時探してもいなかったですし、おそらくもう……」

 

 

 行方不明の末に死者として墓碑に刻まれたその名前を見ながら、スバルはこのアリウスという地の過酷さ……あるいは理不尽さに、思わず目を伏せる。

仮に生きていたとしてどこにいるのだという話もあるし……そこまで生き延びれる力を持つ生徒を、マダムが見逃すはずがない。とっくに私兵にされているだろう。

 

 

「……だからこそ……アンテノーラが、アリウスを変えてくれるといいんですが」

 

 

 そう独りごちたところで、スバルは切り替えるように伏せていた目を開くと、次の目的地……以前アンテノーラが謎のゲートとやらで空間を繋いでいった彼女の元研究所(アジト)へと向かうべく、ゲートが隠されている小屋へと足を進めるのだった。

 

 

 それから数分後。

スバルがゲートを通っ元研究所にやってくると、お目当ての人物……アンテノーラの姿はすぐに見えた。何せゲートの真ん前にあるアルミデスクに肘をつきながら椅子に座っているのだ、気づかないわけがないだろう。

普段の黒いドレスとは違って白いコートを羽織っているようであり、スバルに背を向ける形で座っている故顔は見えないが……まぁ、アンテノーラであることは間違い無いだろうとスバルは結論づける。

 

だが。

 

 

「……もしかして、寝てます?」

 

 

そう。

真後ろに立たれてもなおスバルの存在に気付いていないことから分かるが……アンテノーラは、寝入ってしまっていた。

なにせアビドスでの大立ち回りの後にセイアとの会談、事後処理の合間に自分宛の手紙を読んでいたのだ……流石のアンテノーラも、体に限界が来ていた。

 

 

「……随分、お疲れみたいだったですしね……こんなに書類まで作って……」

 

 

 机の方に目をやると、そこにはさまざまな注文書や図面が書かれた書類が視界に映る。大方、アリウスへの支援物資の注文票やトリニティへの侵入経路等が記されているのだろう……そう思ったスバルは少し笑みを浮かべながらも書類を押さえるように置かれている仮面に目をやり……

 

 

「……え?仮面?」

 

 

 一瞬流し見しそうになったそれに改めて目を向け直すと、確かにそこにあったのは狼の仮面……いつもスバルと会う際にアンテノーラがつけているものだった。

 

 

「えっと、これはつまり……そういうこと(今は素顔のまま)、ですよね……?」

 

 

 今の姿勢がアンテノーラの後ろから肩越しに机を覗き込む、というものの為アンテノーラの顔そのものはまだ見ていないが……恐らく、いや間違いなく何もつけていない本来の顔が見れるのだろう。

普段は冷静なスバルも好奇心に駆られてその顔を横から覗き込もうとしたが……その直前で、動きを止める。

 

 

「……本当に、見ても良いんでしょうか……?」

 

 

 そう呟きながら、スバルは心を落ち着かせるように深呼吸をする。

なにせ今覗き込もうとしたのはここ最近アリウスに裏から、しかも取引上のものとは言え援助をしてくれている恩人の、隠そうとしているものである。

そんな事をするのはある種不義理な行為とも言えるし……万一顔を覗き込んだことがバレたら援助を切られるかもしれない。

それほどのリスクを取ってでも見たいかと考え……結果的に、スバルは首を横に振った。

 

 

(気にならないわけではありませんが……そもそも、私自身もアンテノーラが嫌がる事をしたいわけじゃありません。取引相手として……そして、友人として、今後ともより良い関係を続けたい以上、勝手なことはすべきじゃないはずです)

 

 

 書き置きだけしていきましょうと呟きつつ、スバルはその場を後にすべく踵を返した……

 

 

 丁度、その時だった。

 

 

「……ん、あ……」

 

 

 微かに聞こえる、呻き声のような声。

 

 慌てて振り返ると、肘をついた体勢のままではあるものの僅かにアンテノーラが身じろぎしている様子が視界に入った。

顔を見たと勘違いされるかも、と少し冷やつきつつも後ろから声をかけようとして……

その動きを、止めた。

 

 

 否、()()()()()()()()

 

 

 何せ声をかけようとしたスバルの目に映ったのは……赤い液体が頬を伝って、机を汚していく様だったのだから。

 

 

「あ、アンテノーラ……⁉」

 

 

 大慌てで目の前の少女の下へと駆け寄り、顔を覗き込んでみると……そこには、眠ったまま目から血の涙を流し、苦しそうに魘されるアンテノーラの姿があった。

 

 

 

 

「うぅ……ごめん、なさ……許さな、で……私を、どうか……」

 

「アンテノーラ!しっかりして下さい!」

 

 

 激しく肩を揺することでようやく気付いたのか軽く咳き込んだ後、ゆっくりと血が滴る両目を開き始める。

 

 

「あれ、すばる……?ここ、あじとじゃ……」

「時間を過ぎても来なかったから心配で来たんです!そうしたら、目から血を流してて……!とりあえず、ガーゼがあるんで押さえてください!」

 

 

 どうにか止血せんとアンテノーラの目元を押さえるスバルだったが、その手をそっと掴むと、少し困ったように微笑みながらアンテノーラが口を開く。

 

 

「落ち着いて。これくらい、よくある事だから」

「よくあるって……むしろもっと不味いじゃないですか!一体なんで、そんな……」

「……ま、色々あってね。ゲマトリアに入る前に()()()()()()()()、そこからどうにか立て直したようなものだから……正直、ガタが来ているともいう」

「そんな……」

 

 

 思わずアンテノーラの手を掴み……その腕が、改めて見ると病的に細いのに気がついた。

体にガタが来ているという発言といい、先ほどの謝罪のような寝言といい……目の前の少女が抱えているものが一体何なのか、スバルには到底想像ができなくなっていく。

何とも言えない、重苦しい感情に押しつぶされるように表情を曇らせていくスバルに、アンテノーラはその方に手を置いてやりながら語りかける。

 

 

「……あくまで、アリウスからしたら取引相手なんだからさ。むしろもっと働けって、せっついてくれても良いんだよ?」

 

 

 だが、慰めるかのように言われたその言葉で、かえってスバルは激情を吐き出す。

 

 

「そんな事……!言えるわけないじゃないですか!」

「……」

「確かに、マダム弑虐の取引関係に過ぎないと言えばそうかもしれません!

でも、しっかりとアリウスのことを思っている行動をとってくれるのを見たり、私や後輩たちの為にハーモニカの楽譜を頂いたり!

こちらを思い遣ってくれている相手が傷ついている時にそんな事、言うわけがない!

寧ろ、ここまでさせてしまって申し訳なく……!」

「……すまなかったね、スバル」

 

 

 スバルの感情の発露に、アンテノーラは申し訳なさそうに頭を下げる。

優しい子だとは理解していても、ここまで言ってくれるとは……そんな事を思いながらも、アンテノーラは血涙を止めながら再度謝ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「……取り敢えず、血の方は落ち着いたよ」

「それなら、良かったですが……本当に大丈夫なんです?」

「大丈夫だよ、さっきも言ったけどいつもの事だから」

「それが不安なんですよ……」

 

 

 しばらく経って両者共に落ち着いた頃、二人は改めて今後のことを話し合うべく向かい合っていた。

 

 

「とにかく、今日の話し合いは後日に回しましょう。仮にアンテノーラが平気でもこっちが不安でまともに進められる気がしません」

「了解……改めて、申し訳なかったね」

「いえ、取引相手としても、友人相手としても……傷ついている姿は見たくなかっただけですので」

「友人か……そう思ってもらえるだけで、嬉しい限りだ」

 

 

 友人なんてここ数年ほとんどいなかったからねぇ、なんて自嘲を含んだ笑いと共に答えるアンテノーラに……スバルは、意を決して先ほど……否、いつからかずっと心に巣食っていた望みを語り始めた。

 

 

「……アンテノーラ」

「ん、なんだい?」

「別に強要するつもりはありませんし、寧ろそうならないほうが良いくらいなのですが……もし、今日みたいなことがまた起きたり、耐えられないぐらいに辛い感情に苛まれたらせめて私に吐き出してください……あなたが過去に何かを抱えてることくらいは、理解しているつもりですので」

「……取引相手に弱みを見つけられちゃうなんてね」

「先ほどの言葉は……できれば、友人からの言葉として受け取ってもらいたいです。ただ、辛そうな友人を見ていられないと言う私のエゴなんで」

「……分かったよ、親愛なる友人(マイ・フレンド)?」

 

 

 少し芝居がかった調子で頷くアンテノーラにスバルは微かに笑ったが……その直後、今度は先までとは逆にスバルが頭を下げた。

 

 

「それと……申し訳ありません」

「……何か謝られるようなこと、されたっけ?」

「現在進行形であなたの素顔を見ています……ずっと、隠していたものだったので」

「ああ……まぁそれは不可抗力だよ、しょうがないさ。こんな醜女の顔なんぞ、見せたくはなかったが」

「何が醜女ですか……十分すぎるくらい素敵じゃないですか」

 

 

 ……実際、一般的な視点から見てもアンテノーラの容姿は整っていた。

白い長髪は最初から見えていたが……透き通った紫色の瞳に、パッチリとした目を飾る長い睫毛。憂いを帯びているかのように僅かに見える隈と、若干やつれつつも綺麗な頬から、幸薄い可愛い少女という印象がスバルの中でのアンテノーラ像の結論だった。

 

 

「褒めすぎだって、容姿褒められても何も出せないよ?」

「何も要りませんし、ただ本音を言ってるだけですよ……でも」

 

 

 そこで言葉を切り、少しやつれた頬、そして酷く細い腕に触れる。

 

 

「……碌に、何も食べてませんよね?だからこんなに痩せてるし……隈やコケが出来て、本来より綺麗に見えないんです」

「ちょ、急にそんな触られたら恥ずかしいって……」

「アンテノーラ」

 

 

 スバルの有無を言わせぬ真面目な表情に、茶化して誤魔化そうとしたアンテノーラも諦めて向き直る。

 

 

「……本当に、大丈夫なんですよね?まさか、マダムを殺して自分も、なんて……」

「それは……私が自殺するとでも思ってるのかな?」

「そう思えるくらい、あなたは自分を乱雑にしているんです……一友人として、聞かせてください。死ぬ気は、ないんですよね?」

 

 

 どこか縋るような表情を浮かべるスバルに……アンテノーラは、ふっと笑う。

 

 

「安心しなって。私は自分の手で死ぬような真似をする気はないし、ましてやベアトリーチェ(あのゲロカス)と差し違えるつもりも無いさ。これは、保証するよ」

 

 

 その言葉に嘘はないと感じたのか……スバルは、ホッとしたかのように肩の力を抜くと、「……信じますからね」とだけ、呟いたのだった。

 

 

 


 

 それからスバルと次に会うタイミングを決め直し、彼女が元研究所(アジト)を去るのを見届けた後。

アンテノーラは散らかっていた机を片付け、伏せていた写真立てを立て直すとどっかりと先ほどまで寝ていた際に座っていた椅子に座り……切り揃えられていたはずの爪を、ガリッと噛む。

 

 

「……嘘は、吐いていないから。だから、だから……うぅ、気持ち悪い」

 

 

 まるで自分に言い聞かせるように独りごちつつも、罪悪感からか湧き出る気分の悪さに苛まれる。

発作的に近くにあったメスを手に取り、自らの腕に真一文字に切り付けようとして……ギリギリで、止まる。

 

 

「……ああ、今のままだと不味いか、瀉血するにもやり過ぎはいけない」

 

 

 そう言いつつ、アンテノーラは何も持っていないほうの腕を軽く振るう。その前後で外見上には()()違いは起きなかったが……それでも、まるで何かが変わったのかを理解しているかのようにアンテノーラは苦笑する。

 

 

「無貌のロキになってから……本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう言うと同時に再度メスを腕に真一文字に振るうが……その肌には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……もう少し、切るかぁ」

 

 

 そう言いながらメスを腕に振るい続けるアンテノーラの後頭部には。

 

 

 先程までなかった……腕を振るった後に生まれた唯一の違いである、()()()()()()()()が、爛々と銀色に輝いていた。

 




Tips:立木マイア……本編オラトリオ編で初登場した生徒。本編世界線では気弱でありつつも、スクワッドや先生と共に黙示録の天使からスバルを助け出した功労者の一人。
今作では過去に紫荊姓の青髪の少女とあったことがある模様。
なおアンテノーラ側に紫荊姓の青髪の少女がいたような気がするが誰も気にしない。

ちょっと曇らせるつもりが情報開示回になってた……
この先はこんな感じの甲斐が時々ありますのでご留意を

次回はスバルとの作戦会議……できれば、トリニティ前哨戦も書き始められたらなぁって感じです。


お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がハイパー化しますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております〜

番外編に出てきた分岐世界のアンテノーラに関する短編って需要あります……?

  • あるよ
  • ないんだな、これが
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