悪で灯されたエデンへの道   作:乃木楓斗

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この作品中での時系列ですが、パヴァーヌ2章後にエデン1章が始まる形式となります。
何かが大きく変わるかと言えば今のところはそうでもないのですが、少しアリスやケイに関するコメントをアンテノーラにさせたいので……


#1 想定外は突然に

「おやおや、本当に来てくれたんだね。

 ということは、取引については少なくとも保留段階には残してくれているということで問題ないのかな?」

 

 

 あまりにも衝撃的過ぎた取引の提案から数日が経った日の夕方。

スバルは目の前の少女、アンテノーラからの二度目の取引の誘いに乗り、再び廃墟にて顔を合わせることになった。

 

 

近くにあったボロボロの椅子に座り、戯けたような口調で嬉しそうに話しかけてくるアンテノーラにスバルは居心地が悪そうに目を逸らしながら口を開く。

 

 

「あの時は要求だけを言ってあなたが帰ってしまいましたからね……せめて報酬についてだけでも話してもらってから帰ってほしかったんですが」

「悪かったとは思ってるよ。ただ、あのゲロカスがアリウスに戻ってくる気配を感じてね……」

「まぁ、実際その通りでしたが」

 

 

 ……前回のアンテノーラによる要求の直後。

 あまりの衝撃に言葉を失ってしまっていたスバルに対し、「もうすぐアイツが帰ってくる。申し訳ないが、後日また落ち着いて話をしよう」とだけ言い残し、アンテノーラはその場から煙のように消え去ってしまっていた。

 実際、その数十分後にはベアトリーチェはアリウス自治区に帰ってきており、その判断そのものは非常に適切なものであったのだが……

 

 

 

「そのせいで、ここ数日ずっと悶々とする羽目になりましたからね……?」

「だから悪かったとは思ってるんだよ……それでも、取引についてアイツには告げ口しなかったんだね」

「……」

 

 

 そう。

 梯スバルはここ数日間、悩みに悩んだ末に……アンテノーラから持ち掛けられたマダムへの"裏切り"の提案について、マダムに伝えることはしなかった。

 

 

 否、できなかった、というのが正しいだろうか。

 

 

 マダムによって植え付けられた強い虚無と憎悪、その一方で後輩たちのメンタルケアを繰り返すことでいつの間にか生まれていた別の感情に挟まれてしまったスバルにとって……もはや、どちらが本当に正しい選択かを判断するのは少なくとも1人ではできなかったのだ。

 

 

「……取り敢えずは付き従って甘い汁を啜り、最後の最後で裏切るつもりなだけかもしれないですよ?」

「それならそれで構わないよ。……別に、アリウスからの協力が無くてもゲロカス退治そのものはできるからね」

「なら、なぜ取引を持ちかけに?全部自分でやれば私たちに寄越す報酬も全て浮くのでは?」

「理屈上はそうだね。でもね……」

 

 

 アンテノーラはそこまでいうと息を大きく吐き、何かを思い出すかのように目線を僅かに上に向ける。

 

 

「……一応、ゲマトリア内部では暗黙として互いの目的を損なわない限りは邪魔をしないってルールがあるからね。

 だから、私からは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』程度に済ませないと怒られるんだよねぇ……」

「……マダムは、そちらの組織……ゲマトリアで、迷惑をかけているのですか?」

「そりゃあもう。製作者の望まない形で芸術品を運用しようとしたり、半分自分勝手に発明品やら技術やらを使ってるから……

 私の技術も、半ば強制で使い方を教えろと言ってきたからね?ハッキリ言って横暴もいいところだよ。……ゲマトリアとしての働きを十全にしていなければ追い出せたんでしょうが、そこはしっかりしているあたり食えない女だよね、ホント」

「……なんと無く、イメージはできる気がします」

 

 

 目の前の少女含む多くの大人の前で、いつものマダムのように高慢に命令をしていたのだろうか……と、そこまで思ったところでスバルは自分が自然とマダムを馬鹿にしていたことに驚いたかのように目を見開く。

……たった2度の邂逅で、ここまで変えられてしまったのだろうか。

そんな考えに思わずため息を吐いていると、アンテノーラは姿勢を整えて座り直す。

 

 

「さて、だ。ここからはとっても大事、報酬のお話のお時間です」

「……そうですね。あなたに与することでマダムが統治している今のアリウスよりもどれだけ良く出来るのか……教えてもらいましょうか」

「慌てない、慌てない……っと。ま、取り敢えずこちらの条件でいかがかな?」

 

 

 アンテノーラはそう言うと、一枚の記入済みの羊皮紙を取り出しスバルに手渡す。そこには小難しい言葉でさまざまな報酬や条項などが書かれているなか、スバルは数分かけてその内容を理解していく。

 

 

「……つまり、ここに書いている内容を要約すると、

 

 

①マダムがアリウスを離れるタイミングの情報共有

 

②取引達成時期までのアリウス分校に対する物資援助、及びキヴォトス内のあらゆる情報提供

 

③マダム誅伐後のアリウス分校に対する資金援助、及び他校との協力体制への斡旋

 

ということでよろしいのでしょうか?」

「概ね正解だね。正確には、①はこの取引に参加してくれたことへの謝意としてこの後すぐに提供する予定があるし、②もこの取引を保留段階においていてくれる間は提供を約束するよ」

 

 

「……」

「おや、ご不満かな?足りないなら其方から要求を挙げてくれると嬉しいんだけど」

「いや……寧ろ、こちらに有利すぎるかと思いまして。情報や物資を契約保留段階から支給してもらえるというのは逆に怖いというか……」

「怪しい。ま、そりゃそうだよね」

 

 

 愉快そうな口調で返してくるアンテノーラにスバルがムッとした表情を向けると、さらに面白そうに口元に笑みをたたえる。

 

 

「いや、あなたの懸念は何も間違っちゃいないよ。私からしてもこんな契約出せれたら裏がないか困惑するから」

「だったら、なぜこんな報酬を?」

「そりゃあもちろん、荒廃したアリウスに救いの手を差し伸べる為……ごめんごめん、冗談はここまでにするからそんな冷たい目で見ないでほしいな」

 

 

 あまりにも演技っぽい口調で語り始めた目の前の女に氷点下以下の視線で睨みつけてやると、さすがにふざけ過ぎたのを反省してかいつもの口調に戻して話し始める。

 

 

「ま、簡潔に理由を言うなら『それだけの報酬を渡してでもアリウスの生徒に協力してほしい』だからなんだけども」

「……私たちの協力にそれだけの価値があると?」

「そりゃ勿論。さっきも言ったけど私がアイツを完全に打ち倒してしまうのは色々と不味いからね……その点、訓練されていてかつアイツから不当にみくびられてる君たちなら私がある程度力削いだアイツをしばき倒せるだろうから」

「……そう、ですか」

 

 

「あとはまぁ、『断る余地をしっかり与えた上で断るのを躊躇うくらいには報酬を与える』ことで少なくとも即切りはされないかなぁっていう小手先の手口だね」

「それを聞くと……なんだか、みみっちく聞こえますね」

「いやぁ、私の同輩には『決して拒めない提案』を持ちかけて自分の有利に働かせようとする人がいるんだけどねぇ……あれ、絶対不信感食らって後から痛い目見せられるやつだなぁって側から見て分かるものだからね。

そういうのよりは、相手に『選択する権利』を与えた上で、圧倒的な物量の報酬で拒みたくないと思わせる。その方が取引として良いと思わない?」

 

 

そう言うとアンテノーラは椅子から立ち上がり、頭を下げる。

 

 

「だから……どのような回答でも構わないよ。何を言ってもアリウス生徒に害を為さないと誓いましょう……

 その上で、あなたはこの取引を受けますか?」

 

 

 スバルはその言葉に目を瞑って息を深く吸い……そして、アンテノーラに目線をしっかりと合わせて答えた。

 

 

「……今は、保留します。ただし、比較的前向きに検討はしますよ」

 

 

 

「……やはり、あなたにこの取引を持ちかけて良かった」

 

 

 アンテノーラはそう言うと口元を緩め、再度椅子に座りなおした。ギシリと軋む音が廃墟に響く。

 

 

「オッケー。取り敢えず保留してくれると言うことで……はい、これが今分かっている範囲でのアイツがアリウス地区にいない日程の一覧……それと、キヴォトスの情報ということで今日付の新聞を取り敢えず一部かな」

 

 

 そう言って手渡された紙束には丸バツが多くついている日程表……そして、『ミレニアムにて新発見、千年難題に進歩の兆し』、『カイザーPMC倉庫に襲撃、大損害か』……といったことが書いてある新聞を手渡された。

 

 

「勿論、これ以外の情報も私の方で収集できるから、気になることがあれば次の集合時にでも教えてほしいな」

 

 

その言葉にスバルはふと顔を上げる。

 

 

(彼女ならもしかしたら、()()()()()()()()()()について何か知っているのではないか……)

 

「……じゃあ、今、少し聞きたいことがあるんですが……いいでしょうか」

「勿論。今抱えている情報でいいならだけど……まぁでも、こう見えて色んなところに情報筋を張り巡らせてるから、大体のことなら……」

 

 

「聖園ミカ」

 

 

「……ん?」

「聖園ミカについて、知ってますか?」

 

 

 その言葉にアンテノーラは驚いたように一瞬硬直したのち、口元を再度緩める。

 

「……トリニティ総合学園3年、ティーパーティ所属にしてパテル分派の首長。非常に気分屋な一方非常に優れたフィジカルを持っている少女……だけど、何で急に彼女のことを?」

「えっと……その、昨日、ここを訪れたので」

「……え?

 

 

 

 

 

 

 

な、なんですってぇぇぇ⁉︎」

 

 

 

 嘘でしょ……と言わんばかりに唖然としたように手を口元にあてるアンテノーラを見て、スバルは(本当にこの人についていって大丈夫なのだろうか?)と一瞬思いつつも……

 ようやく見れた彼女の「素」に対して僅かに笑ってから、その情報を共有するのだった。

 

 




Tips:アンテノーラの仮面は口から上を完全に隠している、狼の顔のような形のもの。実は彼女の自らに対する「解釈」においては馬の被り物のほうが良いのだが、さすがに絵面がダサいということで狼の仮面にしている。


《追記》行間等の修正を何度か行いましたが、ストーリー上の変更点はございません。ご了承ください。

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