百合園セイアが斃れてからしばらく経ち、彼女なしのティーパーティの活動にようやく
フィリウス派のセーフハウスの一つにて、桐藤ナギサはわずかに緊張しながら椅子に掛けていた。
すべてのきっかけは前日に届いた手紙の中の一通。
『百合園セイア殺害事件、及びエデン条約を巡る陰謀について語り合いたい。可能ならあなたが最も安全だと考えるセーフハウスにて、二人で明日の夜会うことができないだろうか。
その内容には本来外に明かされていないはずのセイアの死について言及されており……同時に、ナギサが今現在心を擦り減らしているエデン条約を巡る陰謀についてまで知っているといわんばかりのものだった。
勿論、こんな出自も分からないような手紙など無視するに限るのであるが……疑心暗鬼に堕ちかけ、ストレスと自分への襲撃の恐怖に耐えられなくなってしまっていたナギサは一筋の希望を期待してしまい……一人でセーフハウスへと籠っていた。
無論どのセーフハウスに行ったかなど手紙の主には伝えていない、と言うか伝える術がない為、来ない確率の方が圧倒的に高いはずである。そう思ってナギサは跳ねる心臓を紅茶を飲むことで抑えようとしていた……
しかし。
扉の向こうからコンコン、と言うノック音が聞こえてきたことで…… 運命の時間がやってきてしまったことをナギサは実感した。
「入ってください、いるのは私一人です……ただし」
思わず震えそうになった声を一度抑えて息を吐く。
少なくとも言葉の途中で入ってくる狼藉者ではないことに僅かに安堵すると、少しでも心強く居ようと目つきを鋭くさせてから言葉を続ける。
「この部屋にはあなたがおかしな行為をした瞬間に攻撃できるよう備えはしていますし……最悪、自爆できるだけの仕掛けもあります。それでも良いなら……どうぞ」
その宣言に一瞬周囲は静まり返り……そして、カカ、と言う小さな笑い声の後、
「
と言う声がナギサの耳に響き、ゆっくりと扉が開かれる。
果たしてその先には、黒いドレスに身を包み、狼の面をつけた少女……アンテノーラが不敵に微笑んでいる姿があった。
「やぁ、桐藤ナギサさん……噂に違わず随分と聡明なようだ。さぁ、話し合おうじゃないか」
時は数日前まで遡る。
無事ゲマトリアでの会議を終え、数日後に決めていた廃墟でのスバルとの話し合いに臨んだアンテノーラはゲマトリアの会議であったことを伝えたが……それに対して帰ってきたのは、スバルからの冷たい視線だった。
「……私があれだけ心配したのに、翌日休まずに会議に行ってたんですか?」
「いや、まぁ割と重要そうだったし……実際、ミレニアムやキヴォトス全体を揺るがす内容だったし……」
「アンテノーラには絶対来るよう言われてたんですか?」
「いや……当日連絡だったから、来れたらでいいって言われました」
アンテノーラの正直な返答にスバルは溜め息を吐いた後、頬を膨らませて怒り始めた。
(普段冷静なスバルにしては子供っぽくて可愛い態度……なんて、言ったらぶん殴られるよね)
そんなことを思いながらもスバルの説教を受けること約10分。
ようやく落ち着いたのか、怒りの感情で少し赤くなっていた頬を押さえつつ近くの瓦礫に座る。
「分かりましたか?これに懲りたらもう無理をしないでくださいよね……?」
「分かったってば……でも、立場上無茶はするものであって……」
「分かりましたね?」
圧のある言葉と笑顔で詰めつつ、スバルはアンテノーラの頬を軽く引っ張る。
肉付きの薄い……と言うかかなり痩せぎすのアンテノーラだったが、頬は若干こけていても弾力がまだあったのか、指先で弄ぶ様につまみ上げる。
「い、いひゃい、わひゃった、わひゃったひゃら……」
「……約束ですよ」
まだ若干信じていないのか細い目で睨みつけつつも、スバルは頬から手を離すとようやく落ち着いた様子でアンテノーラと視線を合わせた。
それに気づいたアンテノーラも隣に座ると肩の力を抜き、それまで着けていた面を外す。
「……それじゃあ、本題に入っても?」
「ええ。本当はもう少し言いたい気分ですが……今日は前と違い、マダムが一日中いないわけでもなさそうなので」
「はは……」
僅かに引き攣った笑いを漏らしつつも、自らの唇を軽く舐めて話しやすくしてから再度口を開く。
「取り敢えず、私たちはこれまでエデン条約の裏で
「大きくですか……確かに、今まではアリウスへの支援とエデン条約関連の情報収集がメインでしたからね」
「そ。で、スバルにも一つ頼みたいことがあるんだけど……それに関しては急ぎでもないし後で説明するとして、だ。私のほうで……トリニティとアリウス両方……特に今回は、トリニティに大きな動きを仕掛けてみようと思う」
アンテノーラはそう言うとどこからか数枚の写真を取り出し、それを座っている瓦礫の上に伏せたままそっと重ねて置く。
「スバル。トリニティを構成する大きな組織についてどれくらい知ってるかい?」
「教えられた範囲ですが……トリニティ全体の運営にかかわるティーパーティ。治安維持を担当する正義実現委員会に、医療をつかさどる救護騎士団……それと、慈善活動に力を入れているシスターフッドでしょうか」
「個人的には図書委員会、トリニティ自警団も入れていいかなってところだけど……さて、私が今から
言い切ると同時に表にされた写真には一枚につき一人の少女……恐らくは先ほど挙げた組織のトップであろう少女たちが写っていた。
「そうですね……やはり、医療や慈善活動を行っている救護騎士団とシスターフッド、トリニティとアリウスの確執を書物から理解してくれるであろう図書委員会、あとは学校に縛られていないトリニティ自警団あたりじゃないでしょうか。それ以外だと簡単には説得が難しいかと……」
一見当たり前のようなスバルの提案にアンテノーラは少し悪戯っ子のように笑い……その表情のまま、首を横に振った。
「確かに、一般論だったらそうかもね。でも今回の場合、もっとも御しやすいと思われるのは……」
そっと一人の写真を手に取りながらそう言うと……これまでスバルが見た中で、最も悪辣で、最も知略に満ちた笑顔を浮かべながら宣言した。
「桐藤ナギサ。最も不安定で、だけど精神が崩れきっていない今に限り……彼女こそが最も誑かしやすい相手だ」
想定以上に丁寧で、だけど底知れない雰囲気を持つ目の前の仮面の少女にナギサは僅かに気圧されるも、淑女としての、そして政治家としての笑顔を浮かべながらアンテノーラへと向き直る。
「初めまして……まずはこちらからご挨拶を。トリニティ総合学園ティーパーティ所属の桐藤ナギサと申します」
「これはご丁寧にどうも。私は手紙にも書いた通り、ゲマトリアと言う組織所属のアンテノーラ……まぁ、一学者だと思ってくれればいいよ」
「学者……ですか?にしては、随分と……」
「物騒な話に首を突っ込んでいる、と?」
頷くナギサに苦笑しつつ、アンテノーラはナギサが用意してた席へと腰かけ腕を軽く広げる。
「もしこの一連の件はゲマトリアの人間の差金によるもの……だって言ったら?」
「な……⁉︎」
慌てて席から立って後退り、懐に隠していた拳銃を構えるナギサにアンテノーラは両手を上げる。
「ちょっと待ってって。確かに差金とは言っても、私がどうかとは言ってないでしょ……組織内でも派閥や思想の違いがあって蹴落とし合いがあることくらい、君だからこそわかるでしょ?」
「……トリニティに牙を剥いた者とは、同組織内で敵対していると?」
「そう言うこと。じゃなきゃ自分の組織のメンバーが犯人です、なんて言わないさ」
「それは、確かにそうですが……」
指摘されて若干落ち着いたのか、ナギサは再度椅子に座りつつ紅茶を飲む。
焦りすぎなのか、そうは言っても、と言う葛藤が頭の中に残る中、一度切り替える様に息を吐き……そして、これまで注いでいなかったアンテノーラのカップに紅茶を注ぐ。
「……どうぞ」
「ありがとう……って、これは……ウバ茶かい?」
「ええ。私はあまり飲むことはないのですが、友人に勧められまして……」
「へぇ。私も先日友人にウバ茶を出してもらってね。私の味の好みに近くてかなり気に入っていたから、嬉しいよ」
「紅茶にお詳しいご友人なのですね……」
凶弾に斃れた
「ま、君の友人と私の友人は同一人物だろうけど」
「……え?」
「百合園セイア。トリニティ総合学園3年生、ティーパーティの サンクトゥス派の首長、そして予言の大天使……違うかい?」
「え、ええ、確かにセイアさんから勧められたものですが……セイアさんと友人、なのですか……?」
「うん、2年ほど前からね……だからこそ、今何が起きているかも知っているし……
この言葉には……ナギサは先程とは逆に、アンテノーラの元へと詰め寄った。
「セイアさんは……セイアさんは、生きてるんですか……⁉︎」
「ああ、意識不明ではあるが無事だよ、だけど……」
「だけ、ど……?」
言い淀むような様子にナギサは嫌な予感を幾つも浮かべたが……目の前の少女が言った言葉は、それらの予想を全て外すものだった。
「あまり、私の発言を鵜呑みにしない方がいいよ?」
「……え?」
「忘れないで欲しいんだけど……私は、あくまで謎に手紙で君を呼び出して正誤不明の情報を語っている不審者にすぎない。考えた上で私の言葉を信じるのは大歓迎だけど、何も考えず信じる、信じない、なんてのは……良くないよねぇ」
君にはそれを考えるだけの能力があるんだからさ、とまるでナギサの今の心中を覗き込んだかの様にアンテノーラは言葉を紡ぐ。
「なんでそんな事をって顔をしてるね、やっぱり変かい?」
「……ええ。わざわざ自分を疑わせて得られるメリットも思いつきませんので……」
「メリット、メリットねぇ……」
ある種当然とも言える疑問にアンテノーラは少し困ったように口元を曲げ……そして、今度は同様の感情がこもった笑みを薄く浮かべながら語り始めた。
「……これに関しては私の主義主張、思想の表れでしか無いんだけど……そうだね。一言で言うなら、『自らの判断で負う責任は理解して欲しいから』、かな」
「自らの判断、負う責任……」
特に責任、と言う言葉に何か刺激されたものがあったのか僅かに表情を強張らせるナギサに……アンテノーラは、何かを思い出すかの様な表情を浮かべながら頷く。
「ナギサさん。君はフィリウス派の首長として、さらにはティーパーティの代理ホストとしてトリニティ総合学園の、そしてエデン条約の責任を負っているけど……それは君自身が望む望まないはさておき、そのことに対して納得はしてるよね?」
「…… はい、厳しい立場であることを理解した上で、それでも背負わなければと」
「
実際、私は後で君と
何かを思い出す様に遠くに向けられていた目を、ここまで言い切ると同時にナギサに向け……そして、最も重要なことを話さんとばかりに再び、言葉を選ぶ様にしながらゆっくりと口を開いた。
「だけど……何も分からないまま衝動で動いて、気付かないうちに大きな責任を負いこんで……最終的にそれに気づいて絶望する……そんなカスみたいな責任の負い方だって、この世にはごまんとある。そういうのは、少なくとも私の前ではノーサンキューでね。だから、事前にこういうことを言ったわけ」
カカと笑いながらアンテノーラは紅茶に再度口を付けるが……その目が笑っていない……どころか、酷く濁っていることに、ナギサは仮面越しでも気がついた。
(セイアさんやエデン条約の件について信用できる、できないはさておいて……今の、責任に関する言葉は……嘘じゃない様に思えます……いや、むしろ当事者側、なのでしょうか……)
目の前の少女に言われずとも、彼女を疑ってかかるつもりでいたナギサだったが……少なくとも、一切信用ならない人物ではないとまで評価を上げる。
そうして両者がカップを空にし……二杯目を注ぎ終わったところで、本番と言わんばかりにナギサが目つきを僅かに鋭くしつつ、語りかける。
「……貴女の言いたい、責任論については理解しました……では、お聞かせ下さい。
貴女が話したいと思っていること、貴女の要求……そして、セイアさんについて」
「了解、それじゃあ単刀直入に言おうか」
そうしてアンテノーラは僅かに微笑みながら、かつて梯スバルに提案を行った時の様に、自らの要求を答えた。
「君の計画……補習授業部を作る計画の、
Tips:実はアンテノーラことノルンが反転した際もホシノ*テラーと同じ様に暗い影の様な存在になった。しかし自己存在の否定を止める
と言うわけでトリニティ暗躍編……の、上編でした。
まさか上下編になるとは思っていませんでした……多分、下編はかなり短いです。
それと下編の後、スパンが短いですが掲示板回を挟ませてください
メチャクチャ掲示板回が書きたくなってぇ……
まぁ本編も別時間軸も構想は練っていますので気長に待っていただけると嬉しいです。
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気が卍誕しますのでよろしくお願いします〜
考察コメ等もお待ちしております〜