「……それじゃあ、私は数日後からミレニアムに潜入してくるけど……何か今のうちに言っておきたいことってある?」
桐藤ナギサとの会談から数日。
いよいよミレニアムへの潜入を近日に控えたアンテノーラは、
「……特に、無いですけど。ええ何もないですとも」
「前も言ったけど明らかに不満だよね。叶えられるかはさておくとしても、一度何が不満か言ってくれない?協力相手としても、友人相手としても蟠りはごめんなんだよね」
「じゃあ率直に言います、行かないでください」
「わぁお直接的」
苦笑しながら言うアンテノーラに対し、スバルは離したくないと言わんばかりにアンテノーラのコートの袖口を掴む。そのどうも子供っぽい、普段のスバルとはかけ離れた振る舞いに再度笑みを浮かべたくなるのをどうにか抑え、真面目な顔でスバルへと向かい合う。
「まぁ、アリウスの為に割ける時間が減るのは悪いとは思ってるけど、今回ばかりはねぇ」
「アリウスのことが理由なわけじゃな……いや、それもあるにはあるんですが……」
「え、それ以外にもあるの?」
「……前々から何度も言ってますけど。休んで下さいよ、本当に……ただでさえ、体がボロボロなんですよね……?」
「……あー、それはそう、だけれども……」
2週間ほど前、本来アリウスの廃墟でスバルと話し合う筈だった日……疲労が溜まりきっていたアンテノーラはアジトで眠りこけてしまい、あまつさえ心配で探しにきたスバルに眠りながら血涙を流している様を見せてしまっていた。
恐らくその時を思い出しての発言なのだろうが、とアンテノーラは考えつつも、言い返すように口を開く。
「でもそれを言うならスバルもだよね?元からあの
「……睡眠時間は確保しています」
「う〜ん確かに私のほうが酷い、だけどそれはそうとして反論にはなってないよね。自分の時間がないじゃん」
「ハーモニカの練習時間くらいは……」
「たしかにそれは自分の時間だろうけど……後輩のためでもあるよね。あらゆる荷を下ろせて、心が休まる時間ではないんじゃない?」
「……むぅ」
こればかりは反論が難しいと思ったのかスバルも押し黙る。
要は両者ともに
(……私のような悪党如きなんかを心配するなんて、スバルも優しすぎないかな……まぁこうなった以上背に腹は代えられないし、折衷案を出すしかないか)
私もさすがに少しは休みたかったし、と小声で呟いた後、コートのポケットから一台のスマートフォンを取り出す。そのケースには所々赤黒い汚れがついていたが……幸か不幸か、既にかなり黒ずんでいたからか、スバルの視線からそれが何の汚れかを悟られることは無かった。
「……取り敢えず、お互いの言いたかったことは理解できたよ、スバル。その上でこっちも譲歩するからさ……その上で少しだけスケジュールを調整したいから同僚に電話をしてもいいかい?」
「え、ええ、構いませんけど……休んで、くれるんですか?」
「大方そう。ま、君の思うベクトルとは少し違うかもだけどね」
どう言う意味だ、と不思議そうにするスバルを尻目に、アンテノーラは短縮キーから目的の番号を入力し、発信すること十数秒……目的の相手が電話に出たのか、微かにスバルの耳に届いていた待機音がぷつりと切れ、男の声が聞こえたような気がした。
「やぁマエストロ。急にかけて悪かったね……構わない?それはありがたい。一つ頼み事があってね、今日か明日の夜、あの女をそっちで足止めできないかい?……うん、前に提案した、偽の協力の件で引っ掛けてくれるとありがたい……そもアイツには
協力感謝するよ、と答えながらアンテノーラはかすかに笑みを浮かべて電話を切る。
時間にして数分という短い通話ではあったが……明らかにスケジュールの調整だけではない会話だと勘付いたスバルは、僅かに頬を引き攣らせながらアンテノーラの方に近づく。
「え、えっと……何を、話してたんですか……?」
「同僚にベアトリーチェの足止めを頼んだ。元々アイツの内情を探る為にも正式にアリウスに来たかったからね……その手続きを同僚に代行してもらったってわけ」
「それは……良いんですか?」
「大丈夫、元はと言えばその同僚があのゲロカスの手伝いに駆り出される筈だったのを辞退したわけだからね……代わりの人材が見つかって〜って売り込むのはその同僚の役目だよ。
最も、その『代わりの人材』は既に裏切る前提でアリウス生と手を組んでるわけだけど」
ザマァみやがれゲロカスアバズレ、と嘲笑うアンテノーラにスバルは一瞬困惑するも、すぐに追いかけるように苦笑した。
(……ここまでアリウス生に力を貸しておきながら、アンテノーラがマダムに与するメリットはない。となるとマダムを裏切る前提というのは本音でしょう……まぁ、私がアンテノーラを信じたい、と言うのもありますが)
既にかなりの量の物資……アリウス生一人当たりに分配すると流石にそれほど多くはないが……を秘密裏に提供しており、ベアトリーチェが嫌うはずの外の情報を提供してくれている。
すでに多額の金子や時間を消費していると言う、その事実だけでも裏切りの可能性は相当低いと考えられはするが……スバルが持つアンテノーラへの「信頼」の根源はそこでは無かった。
(自分を嫌わせ、疑わせてでも取引を対等にして……それでいて自分は誰よりも実直に決まり事を守ろうとしている。そんな貴女の
「スバル、急に黙り込んでどうしたんだい?何か思うところでも?」
「……!いえ、少し考え事をしてただけですので!」
「そう?なら良いけど」
少し不思議そうに見つめてくるアンテノーラから視線を外すようにしつつも、スバルはバクバクと鳴る心臓が治まるようそっと胸元に手を当てる。
そのせいで先ほどまで考えていたことは飛んでしまい……スバルが抱いていた、2文字で表せるアンテノーラへの想いを自覚することは、その時はまだできなかった。
「……それで、結局どう言った話になっていたんですか?」
「あーね……その前に確認なんだけどさ。今日の夜、ベアトリーチェがアリウスから離れているって言う前提の上でなら、ここに来れたりする?」
アンテノーラからの唐突な質問に、スバルは僅かに首を傾げながら考える。
「まぁ、出来ないことはないです。マダムがいないから一応夜間警備を強めておくって書き置きでもすれば疑われはしないでしょうけど……なぜですか?」
「ん〜、まぁそうだね、端的に言うなら……」
そこで僅かに首を傾げたのち、少し悪戯っぽく笑いながらこう答えたのだった。
「デートしよっか」
「え……ええ……⁉︎」
それから数時間が経ち、深夜になった頃。
上手く校舎を抜け出し、いつもの小屋を通じてアジトへと向かうスバルは酷く緊張していた。
非常に軽い調子での提案だったあたり特に深い意味はなく、ただ一緒に遊んで息抜きをしよう……そう言う提案であろうことは頭では理解できていた。
しかし。
(で、デートって……そう言う知識には疎い私でも、その意味くらいはわかりますからね⁉︎)
アリウスと言う過酷な環境ですら……むしろだからこそ、そこから救い出さんと辣腕を振るう救世主とも言える、それでいてどこか抜けていたり過労気味だったりと、庇護欲も唆られるような存在からのデートの誘いには、そう言う感情には疎いスバルの心すらも千々に乱れさせるだけの破壊力があった。
「……そ、そろそろ行きましょうか」
跳ねる心臓を抑え、そっとゲートを通って着いた先のアジトには。
「お、来てくれたんだね。それじゃあ、行こっか?」
普段の黒いドレスのような硬く、形式張った服装は異なり。
白いタートルネックに少しふわりとした黒いロングスカート、細縁のメガネに黒のキャスケット帽……そして普段のハイヒールとは異なり黒のパンプスといった、全体的に白と黒で統一された服。
そして化粧をしているからか、普段見えている隈ややつれが見えない、見た目の年齢に釣り合った可愛さを醸し出している……一言で言うなら、普段の印象とは違うアンテノーラの姿があった。
「……」
「おーい、何か言ってくれると嬉しいなぁ?こう言う可愛い服が似合わないのは分かってるけど、無言の対応は私も寂しいよ?」
想定外の衝撃に固まっていたスバルに対し、アンテノーラは自嘲するように笑いながら呟く。
しかしそんな言葉など耳に入らないかのように何も答えず……その口から漏れたのは、スバルの本音にしてアンテノーラの自己認識と対極に位置するものだった。
「……凄く、可愛いです……似合ってます」
「……おいおい、褒めてくれるのは嬉しいけどお為ごかしは要らないよ?こう言うのは私には……」
「お為ごかしとか、お世辞とかじゃないです」
「えと、その……」
「そもそも、アンテノーラは外面も内面も自己評価が凄く低いですけど……少なくとも私からしたら、どちらも素敵だと思っています」
「いや、だから……」
「見た目は少しやつれてますがそれを覆い隠すくらいの美しさや可愛さがあると思いますし、内面も悪党とは名乗ってますが、その一方で責任を誰よりも重んじてて尊敬……」
「分かった!分かったから!」
とうとう堪えられなくなったのか、アンテノーラは大きな声をあげてスバルの長広舌を止める。最初こそ優しいスバルのお為ごかしだろうと考えていたアンテノーラだったが、真剣な、だけどどこか純粋に輝いているように見える瞳で語るスバルを見て、困惑したように数度首を横に振り……そして、参ったと言わんばかりに頭を押さえた。
「……私みたいなろくでなしの悪党を口説いてどうするんだよ、馬鹿」
「どうかしましたか?」
「……ッ、何でもない。褒められるのに慣れてなくて辟易してただけだから」
「そうですか?でも馬鹿って聞こえましたし、何か気に障ることを言ってしまったのでは……」
「だから何でもないんだってば!……ここで止まっててもしょうがないし、とりあえず行くよ!」
その言葉と同時にスバルの手を取ると、何かを振り切ろうとするようにその場から振り向き、部屋から出んと少し足早で歩き始めた。
ロングヘアの内側で真っ赤に染まっていたアンテノーラの耳には、二人とも気づく事はなく。
「それで、どこに行くんですか?何も聞かされてないんですが……」
……スバルとアンテノーラによる
さっさとアジトから出ようと歩いている中、スバルからの至極真っ当な質問にようやく落ち着いたアンテノーラは苦笑しながら振り向いた。
「あー、そういえばこの
「ええ。そもそもあのゲートも『
元は今のアリウスよりも酷い場所で生きていた、と言っていたのは覚えているが、そこからどうしたのかは聞いていなかった……そんなことを思いながら行き先について考えていると、話題を引き延ばすつもりもないのかアンテノーラは口を開き……そして、ある種少し意外な地の名前を挙げたのだった。
「トリニティ」
「……え?』
「トリニティ自治区。戦場の様な治安の地から逃げた、浮浪児の如き少女だった私が辿り着き……同時に私の計画の中心地ともなった場所だね。加えてこの先計画の中でスバルも来るんだし、一度は来て土地勘を養っておいても良いと思ってね」
そこまで言ったところでスバルの方に向き直ると、茶目っけまじりな笑顔を浮かべながら深く一礼した。
「────ようこそ、トリニティへ。数時間程度の滞在にはなると思うけど……ずっと昔の禍根は一度忘れて、楽しんでくれると嬉しいな」
Tips:実はアンテノーラ、恋愛音痴。
治安の悪い地元を出て行って以降も一人で神秘の研究をしていたせいで、碌に恋愛やそれに関する感情を抱くことがなく、それ故に好みの人に口説かれたら割とすぐに落ちかねないチョロさがある。
なおアンテノーラの好みに関してはここでは口を閉ざすが、何故かみんな#8のTipsを見に行く模様。
と言うわけで百合回……の、前編でした〜
まさか5000字で足りないとは、無計画だったとはいえ流石に想定外でした……申し訳ない。
次回の方が甘ったるい話になるはずなので、よければ是非お待ちいただけると幸いです。
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がNEO進化しますのでよろしくお願いします〜
考察コメ等もお待ちしております〜
ところで、この作品は元々本編完結後までガールズラブ要素は控えめにするつもりでしたが
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いやもうとっくにガールズラブ作品だが?
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まだまだ要素は控えめだな!