悪で灯されたエデンへの道   作:乃木楓斗

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【注意】当回は前話、『#16 短くて長い、素敵な夜を』の続きです。
まだ読んでいない方は先にそちらをご読了いただけると幸いです。


#17 素敵なんて、言わないで

「ここがあのトリニティ、ですか……」

 

 

 深夜零時を少し過ぎ、スバルがアリウス分校を発ってからすでに数十分が経った頃。

アンテノーラの言葉で自身がトリニティ自治区にやって来ていることを理解したスバルは……何ともいえない、複雑な表情を浮かべながらそう呟いた。

 

 

「……ごめんね、やっぱり嫌だったかな」

「いえ、そう言うわけでは……ただ、色々と考えさせられるなと思って」

 

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべながらアンテノーラにスバルは慌てて首を振って否定する。

本当に?、と思いながらアンテノーラがスバルの目を覗き込むが……確かに、その目には怒りや悪意、虚無といった、他のアリウス生ならトリニティに対して抱いているであろう感情は浮かんでいなかった。

 

 

「一切何も思わなかったのかと言ったら、嘘になりますが……少なくとも現在のティーパーティのトップである聖園ミカはアリウスに対して協力的ではありますし、他の2人も、少なくともアンテノーラの計画ありきですがアリウスに手を差し伸ばしてくれています」

「まぁ、そうだね。聖園ミカに関してはベアトリーチェに良いようにされたせいで、この先アリウスをどう思うかは判断しづらいけど……」

「それでも、です。トップ全体がアリウスを見ている……そんな今なら、アリウスもトリニティも変われるんじゃないかと思ったんです」

 

 

 昔のスバルだったら絶対に言わなかってであろう言葉に、アンテノーラは口元を綻ばせる。

 

 

「そう上手くいくかな?確かに今のティーパーティのトップ3人はまとも……まぁ、ちょっと厭世的だったり、純粋過ぎたり、疑心に囚われたりしてしまうこともあるけど……まぁ、自分本位のみで動くような人はいないさ。でも、他のトリニティ生がそうとは限らないよ?」

 

「あなたがずっと前に言ったでしょう、『今も、いずれ過去になる』って。私たちが今トリニティとの関係を変える動きをしなかったら……それが未来にも引き継がれて、関係性を改善する機会は二度とこないかもしれません。

過去のトリニティとアリウスの関係が今の私たちを苛んでいるように……今の私たちが動かなかった結果、未来のアリウスを苦しめるのは、嫌なんです」

「……なるほどね」

 

 

 今も、いずれ過去になる。

それはアンテノーラとスバルが邂逅して間もない頃に言った言葉。

当時のスバルはまだその言葉を理解できていなかった様子だったが……どうやら分かってくれたみたいだね、と小さく呟くと、微笑んだ表情のままスバルの頭を優しく撫でた。

 

 

「ちょ、アンテノーラ……?」

「私の言いたかったことを理解してくれてありがとね、スバル。ま、トリニティもアリウスも計画の元に利用しているような私が言えた話じゃないけど」

「……最早、私はそういうふうにあなたを見ていませんけどね」

 

 

 嫌ではないのかアンテノーラの手に素直に撫でられるスバルだったが、それはそうとジト目を向けながらアンテノーラへと言葉を返す。

自らを肯定されるような言葉を聞かされたアンテノーラは唇を引き結びながらどこか嫌そうな、苦い表情を浮かべていたが……それを無視するかのように彼女へ向けられる言葉は続く。

 

 

「あなたがこれまで何をして来て、そういう風に自分を捉えているのかは分かりません。もしかしたらこれまで多くの人を傷つけて来て、その両手は真っ赤に染まっているのかもしれないし……逆に、悪党というのは必要があって名乗っているだけで、実際は心優しい女の子というだけかもしれない」

「……」

「気にならないと言えば嘘にはなります。でも……少なくとも今は、それを聞く気はありません」

 

 

 そう言うと頭を撫でていない方の手を取り、優しく引きながら目の前に広がる歩み始める。

 

 

「せっかく、仕事人間(ワーカーホリック)過ぎるあなたが休もうと思ってくれたんですよ?

そんな何かを抱えているような過去を無理に覗き込もうとするよりは、こうやって、肩の荷を下ろして歩いていた方がずっと良いです……あなたの過去は、また話したい時にでも言ってください」

 

 

 そう言って道も知らないであろうに、まるでアンテノーラが変に考え込まないようにと前へと進むスバルを見て……アンテノーラは、「……優しいね」とだけ呟くと、道を教えるべくスバルの前へと出ながら歩き始めたのだった。

 


 

「とにかくさ、すこ〜し私たちにお金を融資してくれたら良いだけだから〜」

「そうそう、いつ返済するかなんてのは知らないけどさ」

 

 

 所変わってトリニティ自治区の裏路地。目の前には二人組の不良……アンテノーラにもらった新聞で見た知識からすると、ヘルメット団と言うやつだろう。タイミング悪くアンテノーラが隣にいない中、スバルは面倒くさそうに溜め息を吐きつつ内心で僅かに毒づいた。

 どうしてこうなった、と……

 

 

 と言っても、発端は大した話ではなかった。

スバルと共にトリニティを周り初めてから暫く、どこかに行こうと言う当てもなく話しながら歩いていると、突如スバルの喉から小さくケホ、と咳音が漏れた。

 

 

「あれ、大丈夫?」

「ええ。ずっと話しっぱなしでいたので喉が枯れたのかと。水を持ってくるべきでしたね……」

「分かった、近くで飲み物何か買ってくるからここで待ってて」

「いや、そんなわざわざ買ってもらわなくても……」

「私も欲しいから良いの。近くに自販機……飲み物売ってる機械があるはずだから、行ってくるね」

 

 

 そう言って駆け出していくアンテノーラに過保護だなぁと生温かい目線を向けながら、邪魔にならないよう裏路地に入ると懐からハーモニカを取り出した。

 

 

(流石にアリウスで生きていると言っても自販機の知識くらいならあるのに……そこまで説明するあたり、世話焼きなんでしょうね。まあ良いです、これを少し磨きながら待っていましょう)

 

 

 

 そうしてハーモニカを磨いているうちに後ろから急に声をかけられて……今に至る。

 

 

(面倒ですね。大方楽器を持っているのを見て金持ちだと判断したのでしょうが……私、これと銃以外金目のものなんて持ってないんですよね。

アンテノーラに連れて来てもらって、下手に目立ちたくない今どうしましょうか……)

 

 

 そんなことを考えながらアンテノーラが戻ってくるのを待つスバルだったが……黙って待っている様子に苛立って来たのか、目の前のヘルメット団の少女達の言動はどんどんと粗野なものへと変わっていく。

 

 

「あのさぁ、良い加減お金出して欲しいんだけど?下手に出て頼んでるのにさぁ」

「私たちも暇じゃないんだけど?」

 

 

 そう言いながら銃へと手を伸ばす2人を見て、仕方がないと自らも銃を抜こうとしたスバルだったが……その瞬間。

 

 

 目の前にいたはずの相手が、自分の横を通り過ぎて吹っ飛ばされている様子がスバルの目に映った。

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 スバルも目の前の不良も、はたまた吹っ飛ばされていった方の不良もそんな声しか出せなかった中……いつの間にか彼女らのすぐそばに立っていたアンテノーラが笑顔で、しかし明らかに切れているのがわかる様子で2人の不良の首根っこを掴んでいた。

 

 

「あのさぁ……私の親友に何か用かな?」

「な……!離せ……!」

「人に金カツアゲしておきながら自分は痛いのは嫌なのかい?道理が通ってないよ、ねぇ!」

 

 

 言い切ったと同時にアンテノーラが大通りへと振り向くと掴んでいた2人を順に投げ飛ばし……衝撃で舞った砂埃が晴れた頃には壁に叩きつけられ気絶しているヘルメット団の少女達の姿があった。

 

 

「……よし!」

「いや良くないですよね、と言うかその痩せた体型でどこにそんな力が……」

「武闘派って言ったでしょ?人は見かけによらないものなんだよ……事実、アリウスに来た聖園ミカなんて恐ろしいほど強いし」

「あの人がですか……?いや、それよりこんな騒ぎを起こしちゃうと人が来るんじゃ」

 

 

 スバルの予想通り、ふと振り返ると騒ぎを聞きつけたのか灰色の制服を来た少女がこちらへと駆け寄ってくるのが見えて来た。

 

 

「ちょっと!あなた達何をして……」

「いやぁ、申し訳ない。ここの2人が私の連れにおいたをしようとしてたので、少し実力行使をば……」

「そこの2人……ああ、なるほどね」

 

 

 投げられて伸びている2人の見た目から何が起きたを察したのか頷き……そして、スバルの見た目からトリニティ外の人だと気づいたのか慌てて制服の少女は頭を下げた。

 

 

「申し訳ありません。トリニティに来てもらいながらこんな思いをさせるのは……」

「いえ、むしろこんな時間にここに来てしまった私たちが悪いので」

「いえ、たとえどんな時間でもトリニティの治安を守るのが自警団の仕事なので!

それで、お二人はご旅行の最中で?」

 

 

 どうやら自警団の生徒だったのか、にこりと笑いながら丁寧に話してくるトリニティの生徒にスバルとアンテノーラは外行きの笑顔を決める。

 

 

「ええ。少し離れた自治区に住んでて、色々見て回りたいと思ったんです」

「そうそう。特にスバルは自治区からほとんど出たことがなかったからね……何度か一人旅をしてた私が、色々連れてってあげようと思って」

「そうだったんですね〜、ちなみにそちらの方がスバルさんというのは分かったんですが、あなたは?」

「あ〜、ボタンって呼んでよ。平網ボタンって」

 

 

 あまりにも平然と名前を言ったため驚いてそっとアンテノーラの顔を覗き込むスバルだったが……その反応を予期してかニヤリと片頬をあげて笑っている顔を見て、なんだ偽名かと落胆……そして、こんなところで聞くことはなかったかと安堵した。

 

 

「ボタンさんですね、覚えておきます。それで、こんな時間になんで出歩いて?」

「もうすぐトリニティを発とうと思ってね。それで最後に回っておこうかと」

「そうだったんですか……もし時間があるなら、旅行者さんに人気のあるカフェが夜でも開いているので勧めたかったんですが……」

「良いですね、詳しく教えてください」

「え、食べに行きたいのかい?」

 

 

 スバルの意外な食いつきに目を見開くアンテノーラだったが、それに対する返答はトリニティ上陸直後以来のジト目だった。

 

 

「あなたがろくに食べないから心配なんですよ!さっきはあの不良達を投げ飛ばしてましたけど、本来こんな細腕じゃ無理なんですからね⁉︎」

「ちょ、腕掴まないで、くすぐったい……」

「これくらい我慢してください、こっちはいつ倒れないか不安なんですから」

「わ、悪かったかりゃほっへたひっはらにゃいで……」

 

 

 唐突な説教……というか側から見たらただの夫婦漫才にしか見えないのだが。ともかく、それを見せつけられた自警団の少女は頬を僅かに染めながら2人の肩をちょん、と叩いた。

 

 

 

「あの……もしかして、お付き合いされてたり……?」

 

 

 

「おっ……⁉︎いや、別にそういうのではなくて……!」

「まさか。そんなわけないさ」

 

 

 顔を真っ赤に染め、逆にそうだと自白しているよう様子で否定するスバルだったが……それに対し、アンテノーラの様子は大きく変わらず、微笑みはそのまま冷静な口調で一言否定するだけだった。

 

 

「ち、違うんですか?てっきりそういう関係かと……」

「違うよ。第一、私みたいな枯れ木のような女がスバルに釣り合うわけないよ」

 

 

「え?」

「……は?」

 

 

「こんな針金みたいな腕や体に、大して整ってもない顔……おまけに性格も悪いときたら、流石に釣り合わないってね」

「そうでしょうか……?私からすると、スバルさんはカッコいいですし、ボタンさんも可愛いと美人のハイブリッドみたいな感じで素敵だと思いますが……」

「ありがと。でも私からすると……って、ちょ、ひゃからほっへたをひっはらないで……」

 

 

 自虐するアンテノーラと、それを諌めるかのように冷たい視線を向けながら頬を引っ張るスバル……そんな再度開催された夫婦漫才の如き絡みに、自警団の少女はまたも困惑を隠せずにいたが……何かを理解したのか、スバルに僅かな同情を向けながらお辞儀をした。

 

 

「分かりました。取り敢えず、お邪魔虫はこれにて退散するので……どうかお二人の旅を楽しんでください。あ、これさっき言ってた店への地図です」

「ありがとうございます……ほら、行きましょうボタンさん」

「分かったよ、スバル。ああ、私からもありがとうございました」

 

 

 腕を振りながら巡回へ戻る自警団の少女にお礼を言いつつ、2人は地図に書かれた道へと歩みを進めていく。

 

 

「……アンテノーラ」

「何だい、スバル?」

 

「……釣り合ってないとか、言わないでください」

 

「……え?」

 

「あなたにとっては嫌な言葉かもしれませんが……私は、私の知る限りにおいて、あなたが自称するような『悪党』だとは思いません」

「買い被りすぎだよ、それは……」

「確かに補習授業部の件では悪巧みをしていますし、私筆頭にアリウスにかなり重い取引を仕掛けていたりしますが……それが可能な限り最適な行動を取ろうとした結果そうなっていること、そしてそれを良しとしていないことくらいは分かります。

あなたは誰よりも責任を重んじていて……それでいて、相手に責任を負わせることに強く罪悪感を抱いている。だからこそ私に取引を求めた時も断ることを勧めたんでしょう?」

「……」

 

 

 口を挟む隙もなく、押し黙ってしまったアンテノーラにスバルはさらに畳み掛ける。

 

 

「もう一度言います。あなたの過去に何があったかは知りませんし、あなたが語りたいと思うまで聞きたいとは思いません。もしかしたら手を血に染めて来たのかもしれません。

それでも……私は、あなたを性格が悪い人なんかじゃなく、真摯な、素敵な人だと思っています。だから、少なくとも私の前でそんなに自嘲しないでください」

 

 

 スバルのそんな励ますような言葉、そして優しげな笑顔に……アンテノーラは、どきりと心臓を跳ねさせる。自分でもわかるほど赤くなりつつある顔を押さえ、隠している感情を吐露するように大きく息を吐く。

 

 

(……こんな感情、私が持ったところで()()()()()()のに……ほんと、私を口説いてどうするんだよ……)

 

 

 胸中でそうぼやきつつ微かに舌打ちをし、それでもなお押さえきれない想いに突き動かされ……アンテノーラは、スバルを優しく抱きしめた。

 

 

「ちょ、アンテノーラ……⁉︎」

「ありがとう、こんな私を肯定してくれて」

「……こんなって、言わないでください」

「はは……どうしても、私は私が大嫌いでね。そう簡単には変われないだろうけど……スバルが言ってくれたさっきの言葉は、胸の内に刻んでおくよ」

「……今回は、それで勘弁してあげます。でも、あなたを素敵だと思っている親友がいることを、忘れないでくださいね?」

 

 

 そう言うと同時にスバルからも抱きしめ合い……離れた頃には、両者顔を真っ赤にしながら笑い合い、その笑顔のまま自警団の少女が教えてくれた店へと足を進めるのだった。

 

 

 

 ……なお、予想以上にトリニティに留まりすぎて、アリウスに戻って来たのがベアトリーチェが戻る直前になったと言うドタバタ劇もあったが、それはまた別の話とする。




Tips:平網ボタン……アンテノーラが名乗った偽名。
ミレニアムの偽装学生証に使った名前でもあるため次回も一応出てくる。
名前の由来は花のダリア(平網ボタン→平編み牡丹→天竺牡丹→ダリア)

というわけで、百合回後編でした〜
途中脳を焼かれた一般自警団モブ生徒が出ましたが、次出ることがあるかは分からないです……出せたら出すかもですが、ご了承ください。

ちなみに前回で言い忘れていたのですが、作者は女性服に関する知識がほぼないためアンテノーラの私服は別ゲーの好みの衣装を参考にしてたりしています。
もし気になった方は『リニュア ゆったりとした時間』で調べていただけると幸いです(なお胸囲部分はアンテノーラがまな板である都合上参考になりませんが……)。


さて、次回から3〜4話ほどパヴァーヌ2章に入ります。
これ以上キャラの絡みを増やすと大変なことになりそうですが……頑張っていくので応援お願いします!

お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気が進化GVしますのでよろしくお願いします〜
考察コメ等もお待ちしております〜
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