筆が思った以上に進む
「ボタンじゃ、ない……?」
エリドゥの中心に位置する大きなタワー。
その頂上にある小さな一室にて、天童アリスは困惑したかのように呟いた。
何せもうリオを除いて誰にも会えないと思っていたら少し前に会った知り合いが来て、しかもその時名乗っていた名前を否定し始めたのだ……アリスがアンドロイドといえども、困惑するのは必至である。
唯一事情を全て理解しているアンテノーラのみはクスリと笑ったが……直ぐにその漏れ出る笑いを抑え、優しげな笑みを浮かべる。
「そうだね。その件も含めて色々言いたいことはあるけど……まずは、謝らせてもらおうか」
「謝る、ですか?」
「うん。初めて会った時、ボタンって名乗って、ミレニアム生みたいに振る舞ってたけど……本当は全部嘘でね。本当はどうしても調べなければならないことがあってミレニアムに潜入してた、とある組織の
……もっと率直に『キヴォトス滅亡を防ぐために動いていた』といえば良いものを、敢えて悪様に自らを語るあたりがアンテノーラらしいが……ともかく、そんなアンテノーラの(やや表現が悪に偏りすぎている)目的を聞かされ、アリスは驚いたように目を開き……そして、悲しそうに目を伏せる。
「じゃあ……えっと……」
「アンテノーラって呼んでくれると嬉しいけど……慣れないなら、ボタンで構わないよ」
「……ボタンは、悪い人だったんですか?」
あまりにも率直な質問に思わず吹き出しそうになったが……アリスの、純粋で、悲しそうな目を見て、崩れかけていた相好を元に戻す。
「……そうだね。私はこれまで大切な人を傷つけて、仲間を裏切った……碌でなしの悪党だね」
「そんな……」
「だからこそ」
アリスによる嘆きの声を覆い隠すように、アンテノーラは真剣な顔で彼女の方を見ながら声を張り上げる。再度目を見開いて驚きを示すアリスだったが、それを無視して続きの……アンテノーラにとって、
「私みたいな悪党に、アリスにはなってほしく無い……いや、誰にもなってほしく無い、かな?」
「……どういう、ことですか?」
おそらくアリスが思い描く「悪」とは全く違う、もはや意味合いとしては「正義」に近い言葉を耳にしてか、アリスは思わず聞き返す。
それに対しアンテノーラは自分を曝け出しすぎただろうかと一瞬苦い顔をするが……堰を切った言葉が止まらなかったのか、はたまた目の前の少女が第二の自分になるのを恐れてなのか……ぽつぽつと、しかし確実に言葉を紡ぎ始めた。
「君は、さ。この世で最も悪いことって、何だと思う?」
「それは……誰かを傷つけること、でしょうか?」
「それも、きっと一つの回答ではあると思う。だけど、私にとっての悪は……
「裏切ること、ではないんですか?」
「違う。裏切ることそのものが必ずしも悪いわけじゃない……君が好きなゲームにだってあるんじゃないかな?もともと悪役だった敵が、裏切って自分たちの仲間になるパターン」
「はい!ライバルや宿敵が最後に手伝ってくれるパターンのものですよね!」
「まさにそれだね。考えやそれの前提が変わると、それによって立場も変わる……そういう意味では、裏切りなんて起きて当たり前なんだよ」
そう言い切ったところでアリスに背を向け……何かを堪えるように、すっと斜め上を見上げながら続きを語り始める。
「でもね……裏切ったなら裏切ったで、その後にするべきこともあるんだと思うだよね」
「するべきこと、ですか……?」
「そう。もし裏切ったことに後悔をしていないなら、裏切った先で自らの選択のまま邁進すればいい。それこそ君がさっき言った、味方になってくれる敵キャラのようにね。
逆にもし裏切ったことに後悔を抱いている、もしくは気づかないうちに裏切っていてそれを悔いているなら……その時点で、裏切った相手に報いなきゃいけないと思うんだ。たとえ、相手がそれで許してくれなくても、ね」
そこまで言い切るとアンテノーラは息を大きく吐く。それはただの小休止なのか……はたまた、自分の言葉で思い出してしまった過去を、整理して飲み下す時間が必要だったかのように。
「アリス。ある種君は、後者の感覚に囚われているんじゃないかな?大切な仲間である才羽モモイを望まぬ形とはいえ大怪我をさせてしまい、それと同時に他の仲間たちの心身に傷をつけてしまったことに、ずっと囚われている」
「それは……そう、です。アリスは、モモイを、みんなを傷つけて……」
「ごめん、言い方が悪かった。
別に、その事を責めているわけじゃない。君の様子からして本意じゃないことくらいは分かってるからね……私が言いたいのは、君はまだ
「え……?」
「君の友人たちは、そしてかの先生は、君を諦めていない。なんとしても調月リオの手から君を取り戻したいみたいだね」
「本当、ですか……?」
「ああ、命を賭けてもいいね。そして、その先で彼ら彼女らはリオと対峙するだろうさ。
その結末がどうなるかは分からないし、それに関しては介入する気もないけど。
そして、もし先生たちが勝って君を取り戻し、かつ君やキヴォトスが滅ぶ未来を変えられたなら……その時は、才羽モモイや友人たちに謝って、今度こそは『勇者』としてみんなを守りますって言えるんじゃない?」
「アリス、は……」
アンテノーラの言葉に感極まったのか声を震わせて呟くアリスに、アンテノーラはアリスに背を向けながらも穏やかな表情でさらに続ける。
「あくまで私はキヴォトスに滅びられたら困るってだけ。君がキヴォトスを滅ぼしてしまうのなら、その過程を問わず然るべき対処をするけど……そうでないなら、大切な人たちとともに生きていくべきだと思うよ。君のことが大好きであろうゲーム開発部や先生からすると、それが何よりの報いになるだろうから。まぁ、君の問題を解決せずに君を解放しようとするなら、それは大問題だから止めざるを得ないだろうけど」
言いたいことは終わった……そう言わんばかりに小さな空咳を数度繰り返した後、再びアリスの方へ向き直る。そうしてアンテノーラの目に映ったアリスは……まだ悲しみや怯えは残っているが、その一方で微かな希望も覗かせていた。
「……ありがとうございます、ボタン。もし、ボタンの言うとおりになってまた、ゲーム開発部に戻ることができたら……みんなに謝って、その分みんなを守れる勇者になろうと思います!」
「それが良いよ。ま、君がキヴォトスを滅ぼす存在にならなければ、だけどね。たとえ君自身がキヴォトスを破壊する気がなくても、根源的なプログラムや外部要因で
「はい、それと、一つボタンに聞きたいことがあるのですが……」
「私に?まぁ、最悪の場合君を壊す事を考えると、そのお詫びとして答えるくらいは良いけど……何を聞きたいのかな?私の所属組織の話とか?」
「違います、ボタン自身の話です」
「私の?」
「はい。
「……え?」
それは、アンテノーラにとって想定外の質問であり……同時に、彼女のトラウマや願い、そしてこれまで為してきた全ての裏切りを思い出させる、劇物のような言葉だった。
「ボタンは自分を悪党だと言いました」
「そうだね、私は碌でなしの三下悪党さ……だから私について知る必要なんて……」
「でも、アリスはさっきのボタンの言葉で少しだけ勇気をもらいました。もうみんなには会えない可能性の方が高くても、『もしかしたら』を思えるほどに」
「……」
「アリスは、そんなすごい人を悪い人だと思えないです。だからこそ、気になるんです……ボタンは、どうして悪い人なんですか?……さっきボタンが言ってたように、誰かを裏切って、その後報いる事が出来なかったんですか?」
アンテノーラの心の奥の最も敏感で、繊細な場所……そこにズカズカと突き刺さる言葉を受け、逆にアンテノーラは軽く笑い出してしまった。
本来なら自分の過去なんて話す必要もない……だが、目の前にいる「これから壊されてしまうかもしれない」、かつ「第二の自分になりかねなかった」機械の少女をみて、アンテノーラは深く考え込む。
(誰よりも愚かな反面教師として……後の世代に私のような屑を生み出さないようにするためにも……少しは、話したほうが良いのかな?……なんてその実、話して私が楽になりたいだけなんだけど。あー、愚か愚か)
自らを愚弄しながらも苦笑し、そして語りだそうと口を開いたところで……逆に口を閉じ、コートのポケットに手を入れると、まるで何かを思い出したかのように今いる部屋への扉へと視線を向ける。
「語るのもやぶさかではないけど……その前に。
いつまで扉の前で立ち聞きするつもりだい、
アンテノーラがそう告げること数秒。
僅かに過ぎた沈黙の後、扉が開き……いつも通りの黒い服に身を包む、調月リオが部屋へと入ってきた。
「……気づいていたのね」
「当然。一時的とはいえ
もっとも、立ち聞きから動こうとしないのには驚いたけど」
「……少なくとも、今の私は貴女に対して攻撃するつもりはないことを先に言っておくわ」
カカと笑いながら語るアンテノーラに、リオは戦闘の意思はないことを告げる。
その言葉に納得していないのか、アンテノーラは笑んだ口元のまま眼光を鋭くさせ、どかりと壁にもたれるとリオに再度顔を向ける。
「……へぇ~?てっきり『名もなき神々の王女』AL-1S破壊の障害として今すぐにでも戦うのかと思ってたけど?
アビ・エシュフを着た飛鳥馬トキがここにやってきて、風穴だらけにされるかと」
「最初は戦闘も止む無しかと思っていたけど……貴女がしていた話は、あくまでAL-1Sがミレニアムやキヴォトスを滅ぼさない未来を迎えられ、そこの彼女が
それに彼女が本当にキヴォトスを滅ぼすのなら破壊も辞さない様子だったから……同じ考えの下、交渉の余地はあると考えた次第よ」
あくまで合理的、そして冷静な判断の下自らの下に来たリオに関心し……しかし、その一方でそのあまりにも不用心な在り方が気に入らなかったのか目を細めながら咎めるような口調で語りかける。
「にしてもだよ。せめて飛鳥馬トキは連れてきなよ……護衛もなしに危険人物と会うなんて、合理的じゃないんじゃない?」
「……万が一貴女が敵対した場合、二人以上犠牲を生むことこそ合理的じゃない。最悪に備えるためにも、本来はAMAS越しで話すべきだった……貴女が私の存在に気づいてしまったから、今は対面で話しているけれど」
「なるほどねぇ、ずいぶんと私を買ってくれてるみたいじゃん。アビ・エシュフでも私には勝てないって考えたわけ?」
「ええ。監視カメラや状況証拠からの推察にはなるけど……もし私の想像通りなら、
「……へぇ?」
まるで自らの力を完全に理解しているような口ぶり……そんな様子に心惹かれたのか、ポケットに入れていた手を顎元にやり面白いものを見たかのようにニヤついた笑みを浮かべる。
その様子に一瞬動揺を見せたリオだったが、アンテノーラが何もしかけてこないを確認すると改めて目を合わせなおす。
「面白いじゃん、私の力を特定したってこと?」
「正確には2択まで絞った、が正しいけど……もろもろのことを考えると、これが正解じゃないかというのはあるわ。正直に言うと、あまりに非科学的な力ではあるけれど……」
「じゃあ聞かせてよ、私はいったい何ができるかって」
「……最初は、
「ふむ、続けて?」
「けれど、ここに来ながら監視カメラの様子を見たけど
「なるほど……じゃあ、そんな力とは?」
「
あまりにも端的な、しかしわかりやすい言葉に……傍から話を聞いていて、その意味を理解した様子のアリスは驚いたように目を見開き……そしてアンテノーラは、何も言わずその先を促すように俯いている。
「AMASやほかの機械、果ては私やトキに変身する……そうすることで、監視カメラ上ではいたって普通の光景を生み出し、生体認証は既に登録されている私たちのデータを完璧に模倣して突破した……そうじゃないかしら?」
「ほ、本当ですか……?ボタンは、変身できるんですか……?」
二人に問い詰められたアンテノーラはそれでもまだ俯いたまま、おかしそうに僅かに体を揺らしながら笑い……そして唐突に指をパチンと弾くと、
「正解ですよ、リオ♪」
と、
「まさか、監視カメラの映像からだけで私の力を当てる人がいるなんて思いませんでした。さすがはミレニアムの生徒会長、ですね♪」
「ほめてくれること自体は構わないのだけれど……脳が混乱するから、元の姿に戻ってくれないかしら」
「あら、残念」
結構気に入ってたのに、と呟きながらアンテノーラは元の姿へと戻る。
その様子にリオはほっとしたのか溜め息をつき……そしてアリスは、興奮したかのように大きな声を上げる。
「すごいです!ボタンは何にでもなれるんですか?」
「割と何でも。アリスにも、モモイにも、なんなら先生にだってなれるよ、ほら」
挙げていった存在に次々と変身していき……アリスはすごいと声を上げる一方、リオは面倒といわんばかりに頭を抱えた。
「……貴女相手だと、セキュリティも何も意味を無くしそうね。まさかと思うけれど、他にこんな力を持っている人はいないわよね?」
「いないいない、と言うかこの力に関しては本来君たちが手に入れちゃいけない代物だからね……間違っても道は踏み外さないでほしいね」
「それは、どう言う……」
不穏な言葉にリオは顔を曇らせながらアンテノーラに尋ねるが、アンテノーラはそれを手で制する。
「そこら辺についても含めて、さっきアリスが私に聞いた『なぜ私は悪い人になったのか』に答えるつもりなんだけど……その前に。リオ、一つ取引といこう」
「取引?」
「そ。君が先生たちと対峙している間、私がアリスを監視しておいてあげる……万が一の時には、私が対処してあげる。その代わり、今から私が話す過去語りの内容を、誰にも言わなくてほしくてね」
「……そんなことでいいのなら、良いわ。元より他者のプライバシーを吹聴する趣味はないもの」
「それは助かる。アリスも、後で何かお礼するから、誰にも言わないで頂戴ね?」
「分かりました。今から聞く話はアリスとリオ、そしてボタンの秘密なわけですね!」
「そう言うこと。さて、話し始めるにしてもどこから話したものか……」
語り始めに悩むのか、小さな部屋を一周するくらい歩き回り……そして何かを決したかのように頷くと、コートの内ポケットから1枚の紙、そして1枚の写真を取り出し始めた。
「……そうそう、こんな名前だったっけ。もう私から捨てられた名前である以上、本来忘れたままで良いんだけど」
「……ボタン?」
「ああごめん、こっちの話。それじゃあ、話し始めよっか」
そう言いながらアンテノーラは近くにあった椅子に腰掛けると、膝の上に肘を立て、口元で掌を組む。そして過去の碌でもない記憶を掘り起こしたからか苦々しい感情が駆け巡り……それでもなお、アンテノーラは目の間の2人へと語り始めた。
「……とある、愚かな少女の話から始めよう。
彼女がまだ、
Tips:無貌のロキ……アンテノーラが作り上げた”最高傑作”にして”解釈が壮大なだけ”の、アンテノーラ本人を媒体にした
ただし『実在しないものに変身する場合、世界のルールに反するものにはなれない』という制限があり、例えば不老不死の存在などにはなれない。一方で既存の理論に基づくのであれば何にでもなれるので、例えば『神秘は聖園ミカ、肉体は栗浜アケミ』のような存在にはなれる模様。
と、いうわけでアリスへの激励及びリオとの邂逅、そしてアンテノーラの自語りプロローグ回でした~
本当はこの先のアンテノーラによる自語り本編も書きたかったのですが、それはまた次回ということで……
ついにアンテノーラのかつての名前、そして無貌のロキという
実は名前も能力も重要な要素になったりするので、ぜひ楽しんでいただけると幸いです〜
それと、今話最後のセリフはとある別ゲーの某サイコロ頭のセリフのパロです。
あのキャラ悪役として魅力的すぎてセリフパロしたくなってしまう……
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がメクレイド∞しますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております~
以前アンケートで決定した分岐世界のアンテノーラに関する短編ですが
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今描いてるパヴァーヌ2章後に書いて
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エデン条約編が完結した後に書いて