「とまあ、こういう事があったわけだね」
「……本当に、貴女らしい話ね」
アンテノーラと先生の邂逅から数時間が経った頃。
東屋を後にしたアンテノーラは
隠れ家の位置も教えていないはずの相手の来訪に流石のリオも驚いた様子を覗かせたが、直ぐに考えても栓無きことだと諦めたのか中に招き入れ……そして、先生との舌戦の一部始終を聞かされていた。
「私らしい、か……まぁ騙くらかすことに全力なのは確かに私らしいねぇ。言い得て妙だ」
「そういう意味では言ったわけではないのだけれど……自分の目的の為なら喜んで嫌われに行くという判断をするのが、感情で動くのに合理的に動く貴女らしいと思ったのよ」
すぐに自虐に走るアンテノーラに訂正を入れつつも、リオは目の前の女に改めて目を向ける。
初めて会った時は比較的暗い部屋で、しかもある種の極限状態だった為気付かなかったが……
(いくら何でも痩せすぎてる。彼女が何歳かは知らないけれど、身長に見合った体重からは大きく外れていそうね……)
こけた頬にあまりにも細すぎる腕、目の下にある薄い隈。前が開かれたコートからは、明らかに布地が余り、浮いてしまっている白いワンピースが覗く。
リオの体型が恵まれたプロポーションであることを差し引いたとしても、その姿を比較したら恐ろしいほどの差になるだろう。
「……何さ、急に私の方をじっと見始めて」
「いえ。凄くやつれているように見えたから……大丈夫なのかしらと」
「ああ、なるほど……まぁ確かに私は枯れ木を自称するくらいにはガリガリだけども」
「笑えないわね」
茶化すように言うアンテノーラにリオは溜め息を吐きながら答える。
一方的な協力をしてくれたわけではないとは言え、ミレニアムを守りたいと言う思考、そして覚悟に理解を示してくれたアンテノーラはリオにとってある種の恩人なのである……そんな人がいつ倒れるかもわからない様子では目覚めが悪い。
「……そもそも、身長と体重はどれくらいなの?その様子だと少なくとも健康的な体型とは言い難そうだけど」
「乙女に体重を聞くのは御法度……冗談だよ。確か
無貌のロキで見た目をいくらでも弄れる今となっては身長体重なんて事実上の可変としか言えないけど」
「な……⁉︎」
余りにもの酷すぎる数値にリオは思わず唖然とする
169センチ36キロ……一般的な観点から見ても痩せすぎだし、医学的見地からすれば生命の危機レベルだ。
いくら彼女が己の姿を幾らでも変えれる異常な存在になっているとはいえ、素体が人間である以上それが如何に危険な状態かは考えるまでもない。
「……そのままだと、本当に死ぬわよ」
「
「……理解できないわ。ただ故郷を救いたいだけなら、それこそ先生の力を借りる手もある。なのに逆に先生からは嫌われるように仕向けて、自ら傷つくような生活を繰り返すなんて……」
「合理的にあり得ない?」
「……きっと、普通の思考でもその結論になると思うわ」
絞り出すような声にアンテノーラは苦笑し……そして肩を軽くすくめた後、背を向けながら語り始めた。
「嫌われに行った理由は二つ。一つは、先生が絶対に受け入れない方法……それこそ、君が実行したAL-1S破壊の計画より、ずっと
「……それは、理解できるわ。それが正しいかはさておき、貴女なら徹底的にやるのは想像に難くない」
「もう一つは……ゲマトリアの悪評をばら撒けるから、かな?」
「……どう言うこと?」
まるで意味がわからないのか、リオは少し首を傾げさせる。
大人っぽく見えるリオの子供っぽい動作にに内心で吹き出しながらも、アンテノーラは表向きは平然とした顔で続ける。
「元々うちの組織のうち1人は先生に嫌われてる。そして次に会った私も碌でなしだと思ったなら……」
「次のゲマトリアにも警戒をする……貴女の故郷を支配している相手に警戒や敵意を向けてくれるはずということね」
「正解。少々憎たらしいけど、私の計画上では
そう言いながらカカと笑うアンテノーラだったが……リオの頭には疑問が浮かぶ。
「幾ら誘導するとは言え……あの『先生』が人を殺すことを認めるのかしら?私には、そうは思えないのだけれど……」
何せアリスを見捨てて他の生徒を救うという、リオが選択した……そして同じ状況下なら必ず一つの選択肢として出てくるであろう選択肢を採らず、全てが失敗する可能性に直面してでも目の前の生徒を救った先生だ。
たとえ相手が大人であろうとも……生徒の敵であっても、他者を殺せるようには思えないのだ。
「そう思う気持ちはわかるけど……先生も、
それに仮に先生が日和っても……第二の手はある」
第二の手。
その言葉に一瞬リオは沈黙するも、少し考えれば幾つかの方法は思いつく。
「貴女の故郷の内部に貴女の派閥を作る。そうすれば先生は手を下せずともその派閥の生徒たちが手を下せるわね」
「察しが良すぎない?さすが天才」
「合理的に考えても、あらゆる関係各所に自らの手勢を配置しておくのは無難な選択よ。貴女もそう思ったから故郷の生徒たちに手を伸ばしたのでしょう?」
「まあね……万が一のことを考えて、私の正体は明かしてないけど……」
そう言いながらアンテノーラはスバルの顔を思い浮かべる。
後輩たちを大切に思い、その為なら率先して動く彼女…… 側から見たならアンテノーラはそんな少女に取り入り、うまく使っているように見えるのだろう。
しかも相手側から『紳士な人』、『誠実な人』とすら思われているのだ……そう思われている
ただ一つの問題を挙げるとするなら……
(私自身がスバルにどうしようもなく惹かれそうになってること、なんだよねぇ……)
元々スバルのような強い責任感を持つ人が好みの人間だというのに……あそこまでこちらを口説くようなことを言われたら、情緒と心臓が保たないのである。
計画の都合上、そして過去にしてきた所業故に自らを肯定的に言われるのが嫌なのも事実である一方……完全に合理に染まりきれてない、というか感情に振り回されているのも一面である以上、肯定されて嬉しいのもまた一つの本音なのだ。
想いのベクトルを変えて今は堪えているが……絆され切ってしまう日も遠くはないのかも知れない。
まぁ、言ってしまえば自虐で心が固まっている中
……既に完堕ちしているのでは?という心中の片隅に湧き上がった疑問には目を向けないようにしつつも、本人の気づかないうちにだがその表情は一目でわかるほどに緩んでしまっていた。
「貴女、そんな表情もするのね」
「……え、どんな表情してた?」
「心から嬉しそうに、と言ったらいいのかしら……少なくとも、死んだ目では無かったわね」
「うわぁ……絆されちゃってるなぁ、我ながら……これじゃ計画にも支障が出そうだよ、あー愚か愚か」
そう言いつつ、照れと恥ずかしさから僅かに染まった顔を隠すように手で両頬を抑える。
その様子に以前見せられたアンテノーラの一面とは違う部分を見た気がしたリオだったが……その直後の言葉で、即座に元の印象へと引き戻された。
「誰かの手を借りることが愚かだというの?
それを……エリドゥでの一件の時、誰かと協力しなかったことを私に諭した貴女自身が言うのかしら?」
「
あまりにも自然にそう答えるアンテノーラに、リオは意味を咄嗟に理解できず硬直してしまったが……それを無視してアンテノーラは続ける。
「方法に批判される部分があったとは言え、君の目指した先はキヴォトスを救うという紛れもなく大義だった。それを理解してくれる人は絶対にいるだろうし、何より……最終的に君は止められ、そして結果的には
「人、道……」
「そ。あくまで目的は独善ではなく大義であったこと、あまりにも重い責任を背負う立場であったこと、最終的にその手を血に染め無かったこと……これだけあれば、ミレニアムに戻ってもいずれ受け入れられるはずだね。まぁ、最初は少しギクシャクするかもだけど」
それに比べて、と少し下卑た笑いを漏らしながらアンテノーラは続ける。
「やり直せないって言うのは私みたいな人間を指すんだ。保身という独善の上、多くの仲間たちの時間という人生の構成要素を奪い、自分自身を人と神の合いの子みたいな化け物に落として……それでいて、『助ける為』と言いながら未だに悪行を成している!」
「……」
「こんな私である以上碌な人生を送るつもりはないし、受け入れられるべきでもないと思ってるし……
「待って、まさか貴女、じさ———」
思わず最悪の想像をしたのか大声を上げながら立ちあがろうとするリオだったが、アンテノーラはそれを片手で制する。
「ああ、誤解はしないで欲しいかな。
私は別に自らの手で自分を手にかけるつもりはない……それじゃ誰にとっても
「、だとしても……!」
「悪いけど、こればっかりは譲れない……かつて責任から、覚悟から逃げ出して多くの仲間たちを傷つけた私ができる……最大の償いの一つなんだから。ま、今すぐ死を選ぶってわけでもないし、そもそもそれでも償いには程足りないだろうけど」
アンテノーラの堂々とした、反論を許さない口調の言葉に……リオは何も言えず、ただ俯くことしかできなかった。
「……それじゃあ、私はそろそろ行くよ」
アンテノーラによる死についての言葉から数分。
少しだけ互いのこれからの事を話した後、アンテノーラはその細い足で立ち上がりながらそう声をかけた。
「……行くのね」
「うん……あぁ、そう悲しそうな表情を浮かべないでよ。別に今生の別ってわけでもないし……どうして私の話をした相手は皆そういう顔をするかな」
「……皆、貴女のことを心配しているのよ」
「そんな価値ないというのに……まぁいいや。
互いに苦しい立場だったり心境だったりするけど……君の道がこの先照らされていることを、祈ってるよ」
「こちらこそ、ね」
その言葉を聞き遂げてアンテノーラは背を向けようとするが……何かを思い出したのか立ち止まる。
「そうだ……一つだけ実験に付き合ってもらえないかい?1分で終わるし、人体への影響もない……精々、少し困惑するだけだから」
「それならいいけれど……何をすればいいのかしら?」
「30秒ほど目を閉じて。それだけだから」
リオはその要求に困惑しながらもゆっくりと目を閉じる。
最初は内心で秒数を数えいたが……数えている内に、ふと違和感が心中に浮かんでくる。
(
まるでさっきアンテノーラに言われた言葉を忘れたかのような疑問が鎌首をもたげ……そして、目を開ける。
リオの目の前には白いコートを着た少女が立っていて、
「……⁉︎」
その瞬間何故目を閉じていたのか、そして目の前の少女についてのことが一気に脳裏を過っていく。
(私は、今何を……
困惑で頭を抱えるリオに対し、その肩に手を置きながらアンテノーラは優しく声をかける。
「安心して、さっきも言ったけどその困惑以外に害はないから」
「今、のは……」
「
手のひらサイズの装置を撫でながらアンテノーラはそう答える。
リオの確かに他に違和感は無かったが……しかし、リオの心中にはあまりにも大きな影響を与える結果になった。
(故郷を助けるために動き、その一方で自らを傷つけ、挙げ句の果てに忘れさせる真似まで……)
「貴女は、一体何を……」
「
これ以上知るのは推奨しないかな……じゃあね、調月リオ。君のキヴォトスやミレニアムを想う心が……どうか、曇ることが在らんことを」
そう言ってアンテノーラは扉を開け……そして振り返ることもなく、ゆっくりとリオの隠れ家を後にしたのだった。
リオの隠れ家を出てからしばらくが経った頃。
再び誰もいない路地裏に辿り着くと、アンテノーラは懐からスマートフォンを取り出す。
慣れた手つきで短縮キーを入れてコール音を聞くが……忙しいのか目当ての通話先は出ず、留守電の案内が出るばかり。
仕方がないと溜め息を吐くと、留守番へとメッセージを残したのだった。
『久しぶりだね、
ミレニアムの一件は終わらせてきて、この後アリウスに行くつもり。
今度渡したいものがあるから、会える時間を作ってくれないかな?
君は嫌がるかもしれないけど……私が描く、このハッピーエンドへの最後の一押しは私にはできないから。
だから頼んだよ……親愛なる我が悪友?』
Tips:アンテノーラの本当の体型は実はうすほそどころかガリガリ。コート等で隠れてはいるが背骨と肋骨が浮き出てるレベル。テラー化するようなストレスからの拒食症故だが、皮肉なことにテラー化していなければこの身体状況には耐えられていなかった模様。
というわけで、ミレニアムからのサヨナラ回でした〜
……本当はアビドスからここまでを2〜3話で書く計画だったの、今更ながら何も見通し見れてなかったですね……
今話出てきた『
ちなみに今話のタイトルの元ネタが分かった君、きっと同士です……果たして居るかは謎ですが。
言ってしまうと『うみねこのなく頃に』の番外エピソードの一つなんですが、当話……と言うか当作はそのエピソードから結構影響を受けてたりします。
次話はシリアス半分百合半分となっておりますので是非ともお待ちください〜
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がムゲンクライムしますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております~