(訳:短編書いてたら書きすぎて一話分になっちゃった)
とある日……より具体的に言うなら、アンテノーラがミレニアムを発った、そんな日の夜。
不知火カヤはいつの間にかスマホに入っていた留守電の通知に、少し眉を下げながら溜め息を吐いていた。
「また、話す機会を失ってしまいましたね……」
ここ最近共に忙しくなってから、モモトークすら交わすことも少なくなり……時折会った時に話すことはほとんど
まだアンテノーラが体を休めることはそこまで厭わなかった頃のように、友人としてボードゲームを楽しんだりするような時間などほぼ皆無となってしまった。
もっとも、当時から実験だの計画だのと動いていたのには変わりないのだが……
「……彼女は出会った頃から変わっていないと思っていましたが……そうでも、なかったんですかね……」
今のどれだけ壊れようとも自らを労わらず、前に進もうとする彼女の姿を幻視しながらそう呟き……そしてそれと同時にカヤは出会った当時……2年と少し前の頃を思い返していた。
当時の不知火カヤは野心に満ち溢れていて……その一方で、入学当初は鼻高々だった自信を少し失い始めていた頃だった。
何せかの超人と呼ばれる連邦生徒会長を間近で見てきたのだ、連邦生徒会所属直後からするとその自分に対する万能感が大きく削ぎ落とされてしまうのは自明の理である。それでいて人格にも問題は……まぁ、突飛なところはあれど優しい人であるのだから勝てるビジョンが見えなくなり、寧ろ憧れの存在にすらなってしまっていた。
とは言え流石はカヤの野心というべきか、配属された防衛室にて彼女は1年生ながら大きく動き始めていた。それこそ表立った行動から、中には稚拙ではあるものの裏工作の真似事までし始め……
そしてそれ故に、カイザーに
その日は生徒会に入ってから2、3ヶ月目で……僅かながら、雨が降っていた日だった。
数日前に突然「公的機関の装備について防衛室の若きホープと個人的に話がしたい」と単独でカイザーに呼び出された彼女は、今考えれば見え透いたお為ごかしに野心とプライド……そして少し削られていた自己肯定感を刺激されてか、一切臆することなく約束の建物へと向かっていた。
そこで待っていたカイザーのメカ社員は、本当に一人できた目の前の少女を良いカモだと内心で舌なめずりしつつ、表向きは丁寧かつカヤを持ち上げる口調で話し始めた。
自信を持ち上げるような口調で話を聞かされたカヤはまんまと乗せられてか気分を良くしており……そしてそのタイミングで、防衛室の腐敗について聞かされた。
賄賂やリベート、果ては捜査の意図的な見逃し。
そんな碌でもない話を聞かされたカヤだったが、彼女の当時の感情は失望や呆れといったものではなく……
(……過去の先輩達も、流石ですね。権力の地盤固めとしてアングラな力を使えるのは有用ですからね、ええ)
といった、寧ろ貪欲に野心を滾らせているものであった。
……そういった野心からくる浅はかさを利用されかけていたのだと、カヤも今になっては理解しているのだが。
ともあれカイザーの口車に乗せられ、自らも防衛室のOGや一部先輩たちと同様、不正に関わって自らの力を広げようとせん、そんな瞬間だった。
突然壁が音を立てて大穴を開き、ほぼ同時に目の前にいカイザーのメカ社員が真横に吹っ飛ばされた。
「「……え?」」
突然吹っ飛ばされた社員も、そしてそれを目の前で見たカヤも唖然とした顔でそう呟きながら崩落した壁の方へ目を向ける。
飛び散った砂やコンクリートでできた煙が少しずつ晴れ、そこでカヤたちの目に映ったのは……
「やぁやぁカイザー諸君、恨みはないけど恐れては欲しいから……暴れさせてもらうよ?」
白いコートを羽織り、狼の面をつけた少女の姿だった。
「何者だ、貴様ぁ!」
「それを聞かれて答えるバカいない、ってね」
突然の狼藉者に怒り心頭で叫ぶメカ社員だったが、そんなことどこ吹く風と言わんばかりに少女は彼を蹴り飛ばす。
しかも密談のためと連れて来ていた護衛が僅かだったことも彼にとっては災いし、数分も経つころにはメカ社員やPMC兵士は全て地に伏しており、恐らくカイザー所持であろう建物はボコボコに破壊され切っていた。
巻き込まれたくないとすぐに瓦礫の近くに隠れながら様子を見ていたカヤはその惨状に唖然とし……それと同時に、こんな事をする手合いが自分を見逃すわけないことも理解してしまった。
予想通りすぐにカヤを見つけ出した少女は近くにあった壊れていない椅子に腰掛けると、興味深そうにカヤへと話しかけ始める。
「見たところ君はカイザーの社員じゃない……むしろ制服的に連邦生徒会の生徒だよね?」
「はい……あ、あなたは……助けて、くれたんですか?」
「いいや?私はただ私の成すべきことをしに来ただけ。
そういう君こそ……どうせカイザーのことだから真っ当な理由で来たわけではなさそうだけど、何が望みでここに来たんだい?ここはアングラ界隈でも黒が濃すぎるところだけど」
「……だからこそ、そこの後ろ盾を得れば連邦生徒会でのしあがれると」
その我欲タップリの言葉を聞いた瞬間、仮面の少女は一瞬固まり……そして、笑いを堪えきれなかったかのように吹き出した。
「凄いねぇ……何を利用してでも、って感じなんだ」
「それくらいしなくて連邦生徒会長の座に座れるわけがないですから」
「……にしても、カイザーは止めときな。巨大企業ではあるけど、内情がグレーを通り越して漆黒だからね。間違いなく君も切り捨てられる運命だよ?」
「な……⁉︎」
利益の鎖が繋がっている限りは裏切られない、そんな甘い妄想を断ち切られてカヤは絶句した。
大人が生徒を利用しようとする……考えてみればキヴォトスでは当たり前のことではあるはずなのに、自分は利益を齎すから大丈夫だとたかを括ってしまっていた。
そんな思考を見透かしてか、目の前の少女は少し溜め息を吐きながら続ける。
「利益を齎す存在は重要だけどね。連中にとって一番重要なのは現状以上を維持すること。君が不利益を齎す、もしくは君を切り捨てたらより莫大な利益を得られるんだったら……分かるよね?」
「……は、い」
「おや素直。もっと気骨があると思ってたけど?」
「……非常に不本意ですが、失敗から学ばないのも腹が立つので」
「ふぅん……そこはしっかりしてるんだねぇ、いいじゃん。ねぇ、君……」
自らの失敗を悔いる言葉を言った直後、仮面の少女はそれを快く捉えたのか全く想定外の言葉を口にした。
「私と組まない?」
「……あなた、と?」
「ああ。こちらからはアングラ……ブラックマーケットやカイザー関連の情報、それから資金を提供する。代わりに、君には連邦生徒会で知り得た情報……そして、しかるべき時に私の計画の手伝いをするって取引」
「最後の一つで一気に胡散臭さが増しましたが」
「あはは……まぁでも、少なくとも私はカイザーと違って隠し事をするつもりは無いからね。あとで聞きたいことを聞いた上でから決めてくれていいよ。
清濁合わせ飲み、それでも尚私なぞ踏み台にしてやるって勢いで……私との協力を考えてくれると嬉しいね」
自分を全力で利用することを望むような少女のその言葉に、カヤは野心を刺激されてか目を見開き、口角を釣り上げる。
「……ええ、いいでしょう!交渉のテーブルについてあげますよ、名もなき襲撃者さん?
カイザーとの縁を結びづらくなった今、その逆側に取り入るのも悪くないでしょう」
「良いね。私も日陰者の悪党でしかないからね……君みたいな公権力には相手にしてもらうことから始めないとだからね」
互いに面白そうにクスクスと笑いながら協力への前向きな意思を示した後、カヤはふと本来聞くべきだった事を思い出す。
「それで……あなたは誰なんですか?私は制服で所属がバレていると言うのに、あなたは答えてくれないんですか?それとも、私が名前……不知火カヤと名乗らないと、答えないとでも?」
「これは失敬、名乗るのを忘れるのは失礼だったね……」
そう言いながら、少女は狼の仮面を外し……そして、悪い笑顔を浮かべながら口を開いた。
「私はアンテノーラ……ゲマトリアのアンテノーラだよ、不知火カヤさん?」
それから『不知火カヤ』は大きく変わった。
元から持つ強い野心こそそのままだったが、それまでやっていた滅多矢鱈な政治的行動を抑えてアンテノーラに与えられた資金や情報、そして客観的な思考術をもとに最も重要なタイミングで動くようになっていた。
その変わりように同じ連邦生徒会内では何があったと囁く声もあったが、それを知るのはカヤ本人以外には
また、アンテノーラ自体とも情報交換のタイミングくらいとはいえ交流を深めることもできた。
その中で彼女は自らを『悪党』と称する一方、実際には何も後ろ暗いところのない相手に手を出すことをよく思わないことには早くから気付いていた。
加えて彼女の最終的な目的が『荒廃した故郷を救う』という真っ当なものであると教えてもらった今なら、良き悪友としてこれからもやっていける……
そう、あの頃は思っていた。
すべてが変わったのはアンテノーラと出会ってから数か月後。
突如憧れでもある連邦生徒会長から呼び出され……何かしてしまっただろうかと不思議に思いながら彼女の下へ向かうと、そこには非常に珍しく眉根を下げ、悩んでいる姿があった。
「れ、連邦生徒会長……?」
思わず心配げに声をかけると、カヤが部屋に来たことにようやく気付いたのか少し無理をした笑顔でこちらに目を向けた。
「……ああ、来てくれたんだね、カヤちゃん」
「勿論です……それよりも、どうしてそんな暗い顔を……」
「あれ、そんなに顔に出てたかな……?」
ペタペタと自らの顔に触れる連邦生徒会長にわずかながらコミカルさを感じたカヤだったが……それ以上に暗い雰囲気にカヤは思わず固唾を飲みながら目の前の超人の次の言葉を待つ。
「……カヤちゃん、前に言ってたよね?『戦略や知略について教えてくれる知り合いができた』って」
「……ええ。個人的な友人ですが……それが?」
「カヤちゃんには申し訳ないんだけど、その人……その子について個人的に調べて、会わせてもらったの。カヤちゃんが師事するなんて、そんな優秀な人誰なんだろうって」
「……はい」
「ああ、勘違いはしないでね。あの子……アンテノーラさんと関わっちゃダメっていう気はないの。寧ろもっと関わってあげて。
「止まれる、ですか……?でも、彼女の目的は故郷を救う事じゃ……」
「カヤちゃん」
カヤの反論を連邦生徒会長は優しくも悲しげな呼びかけで止める。
そしてどういった言葉を選ぶべきか僅かに逡巡した後、連邦生徒会長は静かに、そして当時のカヤにとっては衝撃的な言葉を口にした。
「アンテノーラさんは……あえて言葉を選ばずに言うなら、壊れかけてるの」
「……え?」
「あの子は確かにカヤちゃんが思っているように、故郷思いの優しい子ではあるの。でも、逆に言うとそれを為すためなら何でもするつもりなの……本当に、ね」
「それって、どういう……」
「ごめんね、私の口からは言えないかな……彼女の本質で、彼女が秘めてることだから。
でも、ちゃんと聞けばカヤちゃんには全部話してくれると思うの、……だからお願い。
あの子をたとえ止めることはできなくても、壊れ切らないよう目を向けてあげて。
そして、チャンスがあったとき……あの子を、助けてあげてほしいの」
「と、いうことがあったわけですが?」
「……そっかぁ。あの人に、そんなことをねぇ……」
連邦生徒会長からの話を聞いたカヤは慌ててアンテノーラを呼び出し、その真偽と真意を訪ねたが……それに対して帰ってきたのは、諦念と呆れが混じったような言葉だった。
「アンテノーラ、私はあなたが心配で……」
「私なんて心配するにも値しないよ、カヤ。
まぁ、いずれすべて話すつもりではあったし……それが早くなっただけととらえれば、まぁ悪くはないか」
「……話して、くれるんですか?」
「ああ。これは誰よりも愚かで、下衆以下の少女の物語……」
そしてアンテノーラが自らの過去、そして真意や目的のすべてを語った後……カヤの口から出たのは、目の前の悪友が抱いていた狂気的な自罰への恐怖……そして、憐憫の言葉だった。
「あなた……ッ、それで、良いんですか⁉︎」
「
こうでもしないと道理が立たないし、こうしても道理は立たない。それでもなお天秤を揃え、道理に乗っ取る努力はすべきでしょ?」
「だからと言って、そんな……!」
「この結末は君にもメリットがあるんだけど、カヤ?」
「……は?」
予想外かつ信じられない言葉にカヤは顔を歪めながら反応するが、アンテノーラは涼しい顔のまま続ける。
「私の計画では君にもエデン条約に関わってもらう……まぁ、あくまでオブザーバーとしてだけど。
そんな中、調印式で起こる事件において一般生徒や逃げ出したアリウス生の保護に動く君の姿は行為的に映るだろうし……さらに、その事件での生徒の犠牲者はゼロと記録されるんだ。
この成果は君への評価の一助になるだろう?」
「そんなの、まやかしでしか無いです!」
「
誰もが幸せなまやかしを受け入れるなら、それこそが現実だと思わない?
アリウスにもキヴォトスにも、ハッピーエンドが相応しい……少なくとも私は、そう思うけど?」
「……!」
その言葉に、カヤの反論の言葉は止まった。
否、きっと反論はできたのだろうが……一防衛室生徒の立場としては、彼女の言葉に反論できないのに気づいたのだ。
そして、少なくともこの場においては感情的に言ったところで目の前の悪友は受け入れない事を。
その様子を満足げに微笑みながら頷き……そして無意識のうちに血涙を流しながら、アンテノーラは言葉を紡ぐ。
「……私も君のことは悪友だと思っているし、まぁ……重い責任を負わせてるのは分かってる。それでも、私は成さなければならないんだ、『幸せ』をね」
「結局、今日まで止めることはできなかったですね……」
かの悪友のやつれた笑顔を思い浮かべながらカヤは顔を顰める。
理屈や道理、あるいは仁義から考えたら彼女の言うことにも一定の理解はできるが……それでも、感情としては受け入れられない。
それでも彼女を説得できないのは……彼女の計画を無理やり崩したところで、より大きな被害を生み出してしまうのは目に見えているから。
「……と言っても、まだ諦めたわけでは無いですからね、アンテノーラ!」
彼女は今、かつての故郷であり自らの罪の象徴……アリウスに立っている。
そして僅かなモモトークの履歴から、そこで友人としてか、協力者としてか、はたまた思慕の相手なのか……ともかく、何者かと決定的な出会いを果たしたのは間違いない。
もしその相手が彼女の後悔と自罰からなる悪に、ヒビを入れることができたのなら———
その時は、彼女が悪の果てにたどり着いてしまったまやかしの『幸せ』に、風穴を開ける一助になりたいと、カヤは願うのだった。
Tips:アンテノーラ、本来は力が弱く頭が良いと言う典型的な頭脳派だった。反転や
と言うわけで、カヤとの邂逅から今までの軌跡回でした〜
これを元々2000字で書こうとしていたバカがいたらしいぜ?……見通しが甘すぎました、申し訳ない……
もう一本書く予定だった短編『勇者への餞別』もいずれ書きますので、そちらもお待ちいただきたく……
これまであまり描写できていなかった分、スバルとは別ベクトルでアンテノーラに脳を焼かれたカヤを描写できていたら嬉しいです……!
追記:一部描写が以前の内容と矛盾していたため、描写を若干追加しました。ご容赦ください。
次話はアンテノーラのプロフ回か、エデン条約編突入です。
どちらになるかは神のみぞ知ると言うことでお待ちをば……
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がバズレンダしますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております~