「……惜しかった。弾薬さえ足りてれば、もう少し道連れにできたのに」
部屋に着いて早々、ガスマスク姿という見た目で物騒な言葉を呟く目の前の少女……白洲アズサに、先生やヒフミ、コハルは絶句し…… その一方で、クレタは面白そうに頷きながらその様子を伺っていた。
「もういい、好きにして。ただ、拷問に耐える訓練は受けてるから、私の口を割るのはそう簡単じゃないよ」
「そ、そんなことしないわよ!」
「私ならできますよ?」
「クレタ先輩⁉︎」
マトモだと思っていた先輩の唐突な悪ノリにコハルが思わず絶叫してしまう中、状況に追いつけていないのか困惑したハスミがそっと先生の方へと近寄り、耳元で囁く。
「……申し訳ございませんが、どう言った状況なのでしょうか。先生がトリニティに来てるだけで無く、ティーパーティの紫荊さんが一緒にいたり、様子を見る限り白洲さんにご用事があるようでしたり……」
「”ええと、元を辿るとね……”」
それから経緯を語ること数分、ようやく事態を理解したのかハスミも納得したように頷くと、優しい微笑を浮かべながら口を開いた。
「……なるほど、お話は理解しました。先生が、補習授業部の担任の先生になられると……残念です、できればお手伝いをしたかったのですが」
「その……申し訳ないね、先生との関わりが薄い私が横から掻っ攫ったみたいで……」
「セイア様のご命令だったのでしょう?ならば仕方ないことでしょう……変わって欲しいと、思わなかったといえば嘘になりますが」
「その場合私が正実の副委員長代理になるけど」
「それはやめてください」
思わず顔を顰めるハスミの様子に先生は疑問を持ち……同時に、少し前にクレタが言っていた言葉を思い出した。
「”そう言えば、クレタは正義実現委員会と何かあったりしたの?
今の会話もそうだし、さっきもスタンスが合わなかったって……”」
「ああ、それはですね……」
「彼女が参加した訓練では、流れた血の量が激増したんです……主に、彼女の血で」
「”……え?”」
私が話そうと思ったんですが?というクレタからの非難の視線をかわしつつ、ハスミは当時の凄惨な現場を思い返す。
「当時、もともと彼女の戦闘能力が高かったというのもあってツルギと模擬訓練を行ったんですが……最終的に互いにノーガードで殴り合う形になって」
「それこそスプラッター映画みたいになりましたね。で、どういうことだこれはと事情聴取されてるうちに、私の戦闘スタイルが正実とは合わないって話になったという話です」
「……流血上等、一人で突っ走って前線で暴れるのが本懐、協力など要らないというのは訓練においても支障が出ると判断した故です。個人で戦う分には……大怪我をしかねない点を除けば、悪いとは言っていません」
「”……そんなことがあったんだね”」
クレタと正実の少し微妙な関係性の裏を聞き、先生はなんとも言えない表情になる。恐らくスプラッターな様子になったのが本質ではない……まぁ、先生としては生徒が血塗れになるというのは嫌な話なのだが、問題は独断専行気味なクレタの思考だったのだろう。
だが、彼女のティーパーティ独自の調査官という立場を重んじると……と考えると、一概に否定できる話ではない。
「……誤解をされているかもしれないので一応言っておくと、クレタさんと正義実現委員会の仲が悪いわけではありませんからね?
それこそ演習の際に、コハルに手榴弾の使い方をレクチャーしてくれたりと手伝ってくれたことはありましたので」
「あ、あの時はありがとうございました、クレタ先輩!」
「別にいいよ、次代の正義の辣腕を振るうであろう後進を導くのは、先輩の義務だからね……
それとハスミ、私もエデン条約に関わってる身である以上、常に補習授業部の事を見てはいられないから……もし目を向けられるタイミングがあったら、手伝ってあげて欲しいかな」
「……ええ、勿論。あなたは落とし所を作るのが上手いですね、クレタ」
「それもまた、調査官の役目なので」
クレタが軽く頷きながらそう語ったところで……その目を、アズサの方へと向け直す。
「さて、あなたが白洲アズサさんですね?」
こくりと神妙に頷くアズサにクレタは苦笑しつつ静かに近づきながら話し始める。
「ああいや、そんな緊張しなくていいんですよ……さっきの拷問の件は冗談だから」
「そうだったか。てっきり、さっきの話を聞く限り血を見るのが好きなのかと」
「戦闘は嫌いではないですが……まぁそれは兎も角。
君のことは予め聞かされていたんでね、実際会って話してみたかったんですよ」
「”「え?」”」
クレタがそういうと、先生とヒフミが驚いたように声を上げる。
何せこの部屋に来るまでアズサに関してクレタは何一つ話していなかったのである、当然何も知らないのだろうと勝手に推測していたが……
「”聞かされていた……ってことは会ったことはなかった感じかな?”」
「ええ、そんな所です」
「……それで、誰から私について聞いたの?」
「我らが首長様……百合園セイア、って言えば多分わかるかな?」
「……⁉︎」
「なかなか気骨のある生徒が編入した、将来有望だとね……補習授業という場で会うのは少し残念にも感じるけど」
「百合園セイア、に……」
その言葉にアズサは驚いたように瞠目し……そして、自身がセイア暗殺の命で彼女の下へと向かった日のことを思い出した。
「よく来たね、白洲アズサ……まずは、お茶でもいかがだろうか?」
「……やはり、私がここに来るのは知っていたか」
「ああ。ミカがアリウスに向かったことも、君がマダムと呼ばれている女に私を殺すよう命じられたことも、アリウスの現状も……全て知っているとも」
強襲に対するセイアの落ち着いた対応。
これに対してはアズサは特に驚かず……むしろ、そうだろうという思いでセイアの前に立っていた。
が、その次の言葉でアズサの心中は大きく揺らがされた。
「そして、君が人を殺すことに忌避感を抱いているのも」
「……」
殺人への忌避感。
それはアリウスにおける悪辣な教育の中で尚アズサの中に残っていた高潔な志であり……ベアトリーチェからすると想定外の存在。
アリウスの教育についてはアンテノーラから教えられてはいたが、あの教育の中でよくこの優しさと心の強さを持ったものだとセイアは微笑む。
「『vanitas vanitatum, et omnia vanitas、だとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない』……それが君の信条なんだろう?申し訳ないが、
「そうか……うん?
「……耳聡いね」
違和感のある言葉回しにアズサが目を細める中、セイアは一瞬目を瞑りながらそう零す。
長い話になる、とアズサに座るよう示すと、ゆっくりと紅茶の入ったカップに口をつけた。
「そうだね……まず大前提言っておくと、私はベアトリーチェの存在、そしてその計画について全て知っている」
「ああ」
「その上でトリニティ、及びアリウスに迫っている脅威に対する打開策を一つ、計画している」
「……本当か⁉︎」
「こんな所で嘘は吐かないさ」
突然降って現れた希望にアズサは驚きで目をわずかに輝かせる。
それにこくりと頷くセイアは一瞬思案するかのように眉間に皺を寄せ……それを誤魔化すかのように口角を無理やり上げると、この場にいない
「予め言っておくと、今はまだ計画上言えないことが多い……いずれ、詳しいことを知れるタイミングは来るから、そこまでは一度計画の詳細を知るのは我慢して欲しい」
「……それだと、命乞いのための出まかせとも取れてしまう。ミカから聞いた話を又聞きした限りだと、そういうことをする人とは思っていないが……」
「ああ、そうだろうとも。だから今回は君の信条に則った上でベアトリーチェを誤魔化す……そんな一手を打つ手伝いをしてくれたら、それでいい」
「手伝い?」
首を傾げながらアズサが尋ねると、セイアは足元から黒い物体……ティーパーティの一室には相応しくない、無骨な球体を取り出した。
「それは……」
「手榴弾……その中でもかなり威力の高いものだね。これを起爆したら、体の弱い私なんて一撃で昏倒してしまうだろう」
「……成程。私が支給された『ヘイローを破壊する爆弾』ではなくそれを使って、暗殺を偽装するんだな?」
「そうとも。そうすればアリウスに報告もできるだろうし……君も、誰も殺さずに済む」
「あなたを傷つけることになるのは喜ばしいことではないが……分かった。もともと私も近いことをするつもりだったから」
「なら、助かるよ」
感謝の言葉を述べると同時にセイアは紅茶を飲み終えると、肩に止まっていたシマエナガを離れたところに降ろしてやり……そして、アズサが持っていた普通の爆弾へと目を向ける。
「さて、私はこれから暫く昏倒してしまうわけだが……数点、伝えておきたいことがあるが良いかい?」
「問題ない、聞かせてくれ」
「ありがとう。まず初めにだが……君のことに関しては私の懐刀とも言える部下にある程度情報を伝えてある。だから、困った時は話してみると良い……恐らく、誰がその部下かは話せばわかるだろうから」
「了解。他には?」
「……きっと、この先君は様々な人に出会う……優しい人もいれば、正義を胸に刻む人もいるし、悪を自称する人だっているだろうね」
「最後だけ具体的な気がしたが……?」
「気のせい……ということにしておいてくれ。
兎も角私が言いたいのは……どうか、先入観にだけは騙されないで欲しい。ここトリニティには言いたいことをうまく言えない人や、全力で本音を隠して偽る人もいる。
言葉、行動両方に目を向けて欲しい」
「……分かった。アドバイス、感謝する」
アズサの肯定の言葉にセイアは満足したように頷き……そして、彼女が持っていた爆弾を受け取る。
と、同時に小さな紙片をアズサの手に握り込ませる。
慌ててそれを覗き込むが、そこに書かれていたのはただの10桁の数字だけ。
「、これは……?」
「それについてはあとで
「……っ、分かった、百合園セイア……」
そしてアズサが少し離れたのを確認して……セイアは、手にしていた手榴弾のピンを抜き、グリップから手を離す。
「……果たして、次に出会えるタイミングがいつになるかは分からないが……どうか、それまでの間も自由に考え、立場に縛られず動いて……」
そして手榴弾が一瞬煌めくかのように強く光るのを見て、アズサは鼓膜を守るため耳を塞ぐ。
しかし耳を塞ぐ直前、最後にセイアが残そうとした言葉だけは、どうにか聞き取ることができたのだった。
「どうか、全てに縛られて大切なものを失おうとしている……私のように、ならないでくれ」
「……随分と私の顔を見てますが……何か、付いていますか?」
クレタから声をかけられ、アズサはようやく自分が黙ったまま回想に耽り込んでいたことに気がついた。流石に気まずさを感じたのか、慌てて頭を下げつつ弁明の意を口にする。
「済まない。私も以前セイアに会った時、何かあったら私の部下に頼って欲しいと言われたことを思い出して……あなた……クレタが、そうなのかと」
「ああ、多分私でしょうね……まぁ、補習授業部に常にいられるわけではありませんが、何かあったらいつでも気軽に声をかけてください」
そして一瞬屈み、アズサの耳元へと口を近づけると、そっと囁く。
「……アズサさんが前にいた環境についても……一定理解はしているつもりですので」
驚いたように目線を上げると、すでに元の体勢に戻っていたクレタは一瞬だけ口元に人差し指を立てるようなジェスチャーを見せると、周りへと視線を向け直す。
「さて、これでアズサさんも見つけたわけですし……補習授業部、最後の一人に声をかけましょうか」
クレタは面白そうに少し口角を上げつつ周りを見渡し……そして、コハルへと視線を合わせる。
「……え?」
「その、大変申し上げにくいのですが……最後の一人は、下江コハルさん、です」
「わ、私ぃ⁉︎」
「そ、それと補足で……成績が向上するまで、正義実現委員会には戻れないとも……」
ヒフミによる遠慮がちな、しかし残酷な現実の宣告コハルは崩れ落ち……その様子を見ていたクレタはドンマイとコハルの肩に手を置き、ハスミもまた心配そうな視線をコハルへと向けるのだった。
その後、補習授業部にての簡単な自己紹介を終え、その場は一度解散になったあと。
クレタは補習授業部の部屋にて一人壁にもたれながら立ち尽くしていた。
「……申し訳ない、とは思っているんですよ、皆さん?でも、こればっかりは……どうか、
そう独りごちたクレタの手には……やはり、写真入りのペンダントが握られていたのだった。
Tips:実はクレタ、成績は良いが出席日数がかなり少ない。
その為アンテノーラとナギサの接触がもう少し遅ければクレタも補習授業部入り候補になりかけてた。
というわけで、アズサとの邂逅、及びアンテノーラのいない過去の一面の回でした〜
執筆環境が戻ったのだ前レベルまでの分量は書けるようになりました、ヨカッタ……
次回は前にも言った通りアリウス……というかスバル、アンテノーラ視点に一度戻ります。
その後にEX回も一話書きたいな……なんて思ってたりもしてますが、予定は未定ですのでお待ちいただけると幸いです!
お気に入りや感想、評価等いただけると作者のやる気がJ無月の門しますのでよろしくお願いします〜
考察等もお待ちしております~