「……黒服、さんですか」
「ええ。この呼ばれ方を気に入っていますし、身内含め多くの方からこう呼ばれているので是非そう呼んでもらえると」
飄々とした、しかして抜け目のない雰囲気を醸し出している目の前の大人を前にスバルは警戒しつつも……同時に、彼がアリウスへとやってきた理由を考えていた。
姿形こそ人間のそれだが、人間と見るには漆黒で、然も顔に罅がはいっている異形の存在。
そんな存在が関わる組織に、スバルは心当たりがあり……それが故に、目の前の存在が
「……黒服さんは、なぜ
「ほう?それはどう言う意味での質問でしょうか?」
「アリウスなんて入るのも出るのも難しい場所に来ている大人……しかも、失礼を承知で言うなら普通の人とは違う風貌……あなたがゲマトリアのメンバーであることくらいは、私でも分かっています」
「ふむ……続けてください」
「……だけどその一方で、同じメンバーであるマダムに会いに行くわけでも無く、よりにもよって私……アンテノーラと関わりがある人物の前に来ているわけです。つまりは、私たちの計画に何か言いたいことがあるんでしょう?」
「ほぼ正解と言って良いでしょう……随分と頭が切れるようですね」
クク、と微かに笑いながら向けられた問いに答えた黒服にスバルはさらに警戒を強める。
何せ相手はあのマダムやアンテノーラと同じ組織に所属する存在……どれだけ警戒しても足りないことはないだろうと鋭い目で黒服を見据えるスバル。そんな彼女を面白く思ったのか黒服も再度小さな笑いを漏らし、その罅の様な口をゆっくりと開いた。
「随分と怖い目つきで私のことを睨みますが……予め言っておくと、あなたやアリウスに手を出しに来たわけではありませんし、マダムに協力しに来たわけでもないです。あくまで、あなたと一つの契約を結びたかっただけです」
「契約……?」
「ええ。あなたにとって、拒めないであろう……
「……!」
黒服のその言葉に、スバルは驚きこそしつつも……その言葉を、意外とは思っていない自分にも気がついていた。
「どうやら、心当たりがあるそうですね」
「……彼女はマダムに個人的な恨みを抱いていると言っていましたし、語っていた話が本当ならそれは事実なんだと思ってます」
「ほう……」
「でも、それなら自分の手でマダムを誅すれば良い話です。
一応本人は以前、『ゲマトリアでの暗黙の了解で互いの目的を損なわない限りは邪魔してはいけないから手は出せない』と言っていましたが……その後の彼女の話を聞く限り、マダム以外のメンバーは彼女がマダムを殺すつもりであることを知っていたんでしょう?」
「ええ、他のメンバー……追放された一名を除けば、知っていますね」
「それを知っていてアンテノーラを尚もゲマトリアから追放しないのは、
「理解しました。が、それはアンテノーラの発言が真である場合でしか成り立ちません……あなたは、彼女を信じているので?」
「……はい。私の見る目がなかったのならそれまでかもしれませんが……私は一個人として、アンテノーラを信じてますし、信じたいので」
その返答に黒服は一瞬驚いたように硬直し……そして、先ほどまでの微かな物とは違い、心底おかしそうにクツクツと笑い始めた。
「黒服さん……?」
「失礼しました……ですが、かつての彼女がそう思われているのを聞いたらどう考えるのかと思いましてね」
「それって、どう言う……」
「その話をする前に、一つ言っておくべきことがあります」
そう言うと同時に黒服はそれまでの飄々とした雰囲気から一転、腹を探り合う「悪い大人」のような胡乱げな雰囲気を醸し出す。スバルはそれに背にゾクリとした緊張感もを感じつつも、その怯えに屈することなく目の前の大人へと目を合わせた。
「アンテノーラについて、私はあなたの知らないことを知っていますし、その中には教えるだけで今の事態を大きく変える情報すらあります。ですが、私の立場……そして身命の安全の都合上、そのほとんどを話すことができない状態です」
「身命の安全って、話すだけで危険な情報なんですか……?」
「正確には、私が話したことがアンテノーラに気付かれた場合がまずいと言う話です……そうなった場合私の命が怪しいですので」
「なっ……⁉︎」
黒服による衝撃的な発言にスバルは息を呑むも、それに構わず黒服は話を続ける。
「あなたの前ではそういった一面はまだ見せていないのかも知れませんが。
彼女は確かに倫理的ではありますし、手段を選ぶタイプでもありますが……それと同じように、誰よりも苛烈で、刹那的な人でもあります。
手段は選んでも、その手段の中では一切の容赦をしませんし……計画を無理やり阻害しよう物なら、何をされてもおかしくは無いです」
「……それ、は……いえ、それを懸念すると言うことは、
「部分的に言えば、その通りです」
そこまで言い切ると、黒服はスバルに次の言葉を言わせる間もなく居住まいを正し……そして、彼が求める『契約』を口にした。
「梯スバルさん。
私からあなたに、あなたが望みアンテノーラについての情報を教えられる範囲の限りで全て教えて差し上げます。
ですので……彼女の真意を、あなたの手で見つけていただきたい」
「……それ、は、どう言う……」
「あえて断言しますが……彼女の計画は、すべてがうまく行った場合ゲマトリアに
当然、対処をしたいと言うのが本音ですが……私たちゲマトリアとアンテノーラは確かに仲間である一方、あくまで契約関係でしか無い……それ故に、彼女の行動に口出しや妨害をできない立場です」
「……だから、アンテノーラの妨害をしろって言うんですか?」
「計画全ての妨害をしろとは言いません。
幸い彼女がもたらす被害の根源はベアトリーチェを殺すことでもアリウスを救うことでも無い、アンテノーラの別の思惑にあります故……もし真意を知ったのなら、その目的の一部だけでも止めてほしいのです」
スバルは黒服からの『契約』に一瞬気圧される。
何せ自分の友人……想い人が隠したがっている秘密を暴き、あまつさえ計画を崩せとすら言われたのだ……本来だったらこんな契約など一蹴して目の前の黒服に鉛玉をくれてやるのが正しい判断だろう。
だが。
これまでのアンテノーラの動きを、性格を、経歴を知ってしまっている以上……どこか、アンテノーラに強い不安を感じてしまったのも、また事実だった。
「……黒服さん」
「何でしょう?」
「その契約を受けるか、受けないかを答える前に……二つだけ、質問してもいいですか?」
「答えられる範囲でなら、構いません」
まずは了承の意をとれたことにそっと安堵の息を吐くと、スバルは彼の言葉から気になった二つの懸念点を順に口にし始めた。
「まず一つ目……と言っても、こちらは大した質問ではありませんが。
彼女の真の目的が果たされることで、私やアリウス生が傷つくことはありますか?」
「それを大したことが無いと言うのはなかなかに剛気ですが……身体的に傷つくことはほぼありません。精神的には……大きく傷つく可能性もないことはない、とだけ。可能性は相当低いでしょうが」
「そうですか……では、もう一つの質問です。
彼女が目的を成した時……アンテノーラ本人は、傷つきますか?」
その言葉を聞いた瞬間、黒服は罅のような口を一瞬引き結び……そして、その口角をニヤリと吊り上げながら一言で答えた。
「はい」
「……やはり、そうでしたか。どれがどのような形で、と言うのはおそらく答えられないのだと思いますが……」
「残念ながら、その通りです。
ただ言えることがあるとするなら……そうですね、少し前にあった実験がいい例でしょう」
「実験?」
アンテノーラから聞かされていない言葉に目を丸くしながらスバルが問いかけると、黒服は懐から丁寧に折り畳まれた資料を取り出す。
「『ヘイローを破壊する爆弾』……と言うものを、マダムから聞いたことは?」
「……いえ。ただ、碌でも無い物であることだけはわかります」
「簡単に言いますと、銃弾等の物理的衝撃に強いキヴォトスの生徒たちを一撃で殺せてしまうものだと思っていただければ。私や先生のような『別の世界』の存在には逆に効果はありませんが……兎も角、そう言った兵器がゲマとリアのメンバーの中の1人が神秘の研究中に開発しました」
「……その組織に所属している人の前で言うのも何ですが……反吐が出ますね」
「あなた達から見れば、それはそうでしょう。ですが、話はここからです」
そう言うと黒服は資料を近くにあったボロボロの机の上に置き、一部を指差す。
「アンテノーラは計画遂行において、彼女がその身に刻み込んだ解釈……『無貌のロキ』の有用性を試すために、自らの体を持ってその爆弾の実験をしました」
「……嘘、ですよね?」
あまりにも過激で、自爆にも等しい実験にスバルは顔面を真っ白に染めながらその事実への否定を願う言葉を口にする。が、勿論黒服は首を横に振り、その実験が実際に行われたことを残酷に示した。
「……彼女は、『ヘイローのない存在』になって……その時は私になって件の爆弾を受けた場合どうなるのか、を実験していました。幸い実験は成功に終わって彼女は生き残りましたが、仮に失敗した場合……キヴォトス出身であった彼女は、死んでいてもおかしくなかったでしょう」
「……そう、ですよね」
「つまるところ私が言いたいのは、
総合すると、彼女は目的の成就のためなら自分を笑顔で燃やし尽くせる……そんな存在であることは伝えさせていただきます」
黒服からの答えにスバルは悲しそうに目を伏せ……そしてそれを振り切るように顔を振ると、覚悟の決まった顔で黒服の顔に目を向けた。
「黒服さん……その契約に、乗らせてください」
「ほう……嬉しい言葉ではありますが、なぜ乗ってくださるので?」
「……正直に言うと、黒服さんの言葉を信用し切っているわけではありません。私からすると急に現れた、胡散臭い存在ですから」
「これは手厳しい……ですがまぁ、そうですね」
スバルの率直すぎる指摘に黒服は苦笑するもの、スバルはその覚悟の決まった表情を変えずに言葉を続ける。
「ですが、あなたの言ったアンテノーラについての懸念が……私の中で抱いていた彼女への不安に、完璧に当てはまっています。後、あなたの話している内容で気づきましたが……あなたは、アビドスでアンテノーラと組んでいた人、ですよね?」
「ええ。彼女から聞いていましたか」
「はい。そしてアンテノーラの語るあなたは、契約の際に情報は隠しても嘘は吐かない……そんな人でした。
だったら、彼女が自ら傷つこうとしているのは少なくともあなた視点では事実のはずです……そんなのは、私は嫌です」
「……アンテノーラへの、信頼ですか」
スバルはその言葉に頷くと、黒服にそっと手を差し出す。
「私にとって、アンテノーラは大切な人です。そんな彼女が自ら傷つくような道を選ばせないようにするため……今回はあなたに協力しましょう、黒服さん」
「……契約、成立ですね」
差し出された手を握り、握手をすることで……かくして、アンテノーラもベアトリーチェも知らないうちに、アリウスにて奇妙な契約関係が生まれたのだった。
「……一応聞いておきますが、アンテノーラとの関係性を崩す必要はないんですよね?」
「ええ。むしろより積極的に関わりを持って、自分を傷つける覚悟を揺らがせてほしいまでありますので……さて」
スバルからの切実な疑問に答えたところで、黒服は僅かにその態度を緩めながらスバルへと再度視線を向ける。
「アンテノーラについて、現時点で聞いておきたいことはありますか?
幸いマダムはゲマトリアの他のメンバーが足止めできています、長く話せる内容なら今のうちかと」
「……だったら、一つ聞きたいんですが……」
そう言うとスバルは顎に手を当て、以前から抱えていた疑問を口にした。
「アンテノーラがゲマトリアに入った時は、どんな感じだったんですか?」
Tips:アンテノーラ、ヘイローを破壊する爆弾以外にも死亡の可能性がある実験を数多くしている模様。過去に書いた自己開腹手術がその一例。
と、言うわけで黒服回(前編)でした~。
思った以上に話が長くなって作者自身も困惑しています。
次回はアンテノーラがゲマトリアに入った時の様子をより鮮明に描く予定ですので、是非ともお待ちいただければと……
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考察コメ等もお待ちしております〜