アンテノーラとの2回目の邂逅から1週間が経った夕方。
以前した約束通り無縁仏にて待ち合わせるべく歩みを進めていたスバルであったが……
「まだ来てませんね……取引や契約に対して一家言あるアンテノーラのことですから、到着していると思っていましたが……」
まぁ、来ていないものは仕方ない。そう思って軽く息を吐くと、改めて無縁仏の石碑の方に向き直り、そこに刻まれた戒名の多さに……涙こそ流さなかったものの、どこか悲しい表情を浮かべてしまった。
佐古、澤部、塩谷、志賀……少し目を向けただけの場所にもそれだけの名前があり、知った名前もあれば知らない名前もある。
あの内戦がなければ、もしかしたら今でも共に生きていたかもしれないと考えると……やはり、居た堪れない感情が湧いてしまう。
「……これだけの死者、行方不明者が出た内戦を終わらせたと言う点では、マダムを評価せざるを得ないのでしょうが……
そんな事を呟いて待っていると、無縁仏の裏側から僅かな物音が聞こえ……そちらを見ると、そこには見覚えしかない黒ドレスに狼面の少女が立っていた。
「お待たせ……悪いね、あの
「捕まってって……まさか、計画がばれたわけじゃ」
「それはないから安心して……あくまで、私の技術を一部教えろと命令されただけさ」
アンテノーラは苦笑いしながら答えると、そのまま先程までスバルが見ていた無縁仏へと目を向けた。
「……この近くで活動をすると言う最大級の不敬を成している時点で言うべきことではないかもしれないけど……どうかここに眠る人たち、そして行方を失してしまった方々に安寧がもたらせれる事を祈らせてもらうよ」
その言葉と同時に頭を下げ、いつの間にか持っていた1本の線香に火を灯す。そしてそれを石碑の側に供えて再度一礼すると、何かを振り切るかの様に頭を横に数回振り、無縁仏へと背を向けた。
「……トリニティ、及びアリウスの墓参りの仕方に沿わない方法でお参りさせて貰ったことは許して欲しいかな、スバル。本当は花を供えたかったんだけど、この地で花を供えると目立ちそうで……」
「……その判断で正解でしょうし、少なくともアンテノーラが死者に対して礼節を重んじる人であったと言うことは、ここに眠る皆さんも理解してくれるでしょう」
「だと良いけどね……」
アンテノーラの口元が安堵したかの様に僅かに緩む。
……やはり、自分で言うほどろくでなしではないのではないだろうか、と言うか、むしろ割とまともな人なのではないだろうか……そんな疑惑がスバルの中で走る中、アンテノーラは再び口を開いた。
「さて、それじゃあ今日の要件を済ませようか。と言っても、今日は正直話すことは少ないけど……」
「むしろ助かりますね。一応、この後夜間演習があるので……」
「了解。それじゃ、こっち来て」
そう言うとアンテノーラは近くにあった小屋……かつての墓守用の倉庫へとスバルの手を取って歩き出す。
突然の接触に一瞬ドキリとしたスバルだったが、触れた手から感じた余りにも異常な感覚に、跳ねた心臓は一瞬で鎮まり……逆に、心からの心配が湧き上がるほどの不安が押し寄せた。
「アンテノーラ、なんでこんなに手が冷たいんです……?」
「ん?……ああ、そう言えば、そうだったっけ。人と触れる機会なんて少ないから忘れてたよ、ははは」
「質問に答えてください。……なぜ?」
「……色々実験をしてた時に、作り上げたものの影響でね」
「それって……」
「別に命に関わる様なものじゃないよ。寧ろ、これは
「……」
全く悲しくなさそうに……むしろ誇らしそうにさえ言う目の前の少女にスバルは言葉を発そうとし……しかし、その言葉は声にならなかった。
(私は、アンテノーラの事をなんでも知っている訳じゃない……寧ろ、知らないことばかりだ。
いったい何があったのか、気にならない訳じゃないけど……取引で成り立っているこの関係を、崩すわけにはいかない、ですから……)
そうして、スバルは何も言わずにアンテノーラについて行った。
せめてもの思いで、自らの熱を与える様に手を握りしめながら。
なお、
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アンテノーラの手に引かれて入った倉庫の中はかつての記憶……アリウス生がまだ当番で墓守をするだけの気力があった頃に入った時と、ほぼほぼ何も変わらなかった。
強いて言うなら埃が多く積もっているくらいだが、過ぎた時間の事を考えると当たり前だとしか言えない。
「それで、ここで何をしたいんです、アンテノーラ?」
「ここをアリウスでの私の拠点にしようと思ってね」
「……正気ですか?かなり老朽化してますし、あなたが寝泊まりするには些か……」
「あくまで中継地点として使うだけだって。それに……昔は、もっと酷い環境で生きてたから、この程度で音は上げないよ」
「……そう、なんですか?」
それは今のアンテノーラの華美な見た目を見ているスバルからすると驚きの発言であった。
軽口を叩きつつも礼節は整っており、てっきり良いところにお嬢様かと思ったが……どうやら本人の言うところからするとそうでもない様だ。
そんな会話をしつつも何かを準備していたアンテノーラだったが、どうやら終わったのかスバルの方に向き直って合図をする。
「さ、準備できたから移動する準備をしな?」
「い、移動?ここからどこに、と言うか準備って何を……」
困惑するスバルに構わず手元に持っていたボタンを押すと鈍い音が響く。
そして僅かに揺れと酔いのような感覚を感じると。
目の前には、黒い、黒い謎の空間が広がっていた。
「
再び手を引かれてゲートに入ると、すでに景色は大きな部屋へと完全に切り替わっていた。
白い壁にスチール机、簡素なベッド。
近くの机には伏せられた写真立てと、数多くの実験器具や医療道具。
そして。
部屋の中央にはガラス張りの部屋があり……その中央には、機械仕掛けの黒いベッド、と言うより……
「手術台、ですか……?」
「大当たり。元は医局だった建物が廃墟になってたからね、大いに活用させてもらったよ」
「じゃあ、つまり……アンテノーラも、ここで実験を?」
僅かに声が震えつつも、嫌な想像を頭に浮かべながらスバルは尋ねる。それに対しアンテノーラは当たり前だろうと言わんばかりに首を傾げ、
「そりゃそうだよ。最近はゲマトリアの設備を借りてたけど、ゲマトリアに入るまではずっとここで実験しまくってたんだから」
と端的に答えた。
「……ちなみに、どんな実験を?」
「色々あるけど……
当時は私も未熟でねぇ、なんて自嘲するような声がその後続いたが、そのあまりに残酷……非倫理的な実験の内容を聞いたスバルにはその声が届かないほどの衝撃と不安が襲っていた。
そのような実験がここで行われたという事は、同時にその実験の被害を受けた人がいるという事も示す。
以前、彼女からアリウスへの悪意は感じないと思ったが……そういった非情な行為をとれる人間を軽々に信じていいのか。
そんな不安がスバルの心を蝕んでいく中、その様子に気づいているのかどこか不満そうに唇をゆがめつつもアンテノーラは話を続ける。
「……まぁ、あの頃は実験のせいで私ボッロボロだったんだけどね。まぁ、ゲマトリアに入るきっかけになったと思えば悪くないかな?」
「……?良心が痛んで精神的に、ということですか?」
「いや、物理的にだけど」
どこか噛み合わない会話にスバルは思考を巡らせ……そして、自分がしていたかもしれない
「その……誰に、その実験を行ったのでしょうか?」
「
漸くスバルの表情に得心が言ったのか、アンテノーラは呆れたように肩を竦める。
「あのさぁ、
そもそも私キヴォトス人だから、自分で実験したほうが効率いいし」
「で、でも、臓器の摘出とかもありましたよね。それも自分で……?」
「うん。
「ええ……」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの態度をとるアンテノーラに対し、スバルはある種別のベクトルから目の前の少女に恐怖心と……そして、微かな違和感を覚えることになった。
仮に言っていることが本当だとするなら、確かにアリウスの生徒たちを酷い目に遭わせるようなことは絶対に避けるだろうし……寧ろ、しようとすることすら止める可能性だってあるだろう。
正確な信念はわからないにせよ、目的のためにはなんでもする一方
だからこそ。
なんで
以前アンテノーラは組織内の暗黙のルールのせいで、みたいな事を言っていたが……彼女の在り方なら、たとえ自分が罰されようとも目的を果たそうとするだろうし……その際に他者を巻き込もうとはしないはずだ。
それとも前提である彼女の倫理観そのものが嘘なのか……そんな思考の迷宮にハマりかけていたスバルだったが、アンテノーラに引き戻される。
「とにかく、ここは私のアジト。これから先私も君も忙しくなって会えないタイミングが多くなるだろうから……ここに適宜情報を置いておくから、時々ここに来て取って行って」
「……さっきのゲートを使って、ですか?」
「うん。ゲートを開くボタンはあの小屋に隠しておくから、情報を取りに行くとき……もしくは、
「危険が迫ったとき……ですか」
恐らく、この計画がマダムにバレた時用のセーフハウスとしても使えと言う事だろう。
そうしてボタンの隠し場所や使用するための鍵、設備の簡単な説明を受けた後……軽く息をつく。
「……今日説明することは以上かな。食糧支援も後日から順次始まる予定だけど……何か、私に言うことある?」
アンテノーラの軽い口調に対し、スバルは一瞬目を閉じ……そして、真剣な目つきになって答える。
「あります。聖園ミカの件について」
「……詳しく、教えて?」
「先日、聖園ミカからスクワッド、そしてそこからマダムへと……百合園セイアについて情報が伝わりました」
「……未来視のことも?」
「はい。そして……
百合園セイアの、暗殺が決定しました」
「……そっかぁ。あのゲロカス、そこまで命じちゃうかぁ……」
アンテノーラは悲しそうにそう呟く。そして一瞬見せた僅かな弱さをすぐさま隠すように、スバルに向かって問いかけた。
「計画や時期は、決まってる?」
「おおかた決まっているはずです。下手人も決まっているので、後日ここに情報を置いておきます」
「オッケー。私の情報源でもあるサンクトゥス分派の長を害そうとは……つくづく、アイツとは悪い部分で縁がある」
「……その様子だと、彼女の暗殺を止めるつもりで?」
「うん、それもそうだし……」
そこまで言ったところでどこか遠くを見るように斜め上を見上げ……少し面白そうに笑いながら呟く。
「丁度良い。今度、百合園セイアに会いに行こうか」
Tips:アンテノーラの手が冷たすぎることそのものには理由はない。と言うか、理由がないから冷たくなったと言うのが正解に近い。
Tips:アンテノーラ、ゲマトリアでは珍しくキヴォトス出身。一人で神秘やら恐怖やらを研究し、複製の技術について研究し始めた頃に黒服にスカウトされた。
アンテノーラ、黒いドレスだったり狼的要素だったりとシロコ*テラーに近い部分が多いことに今更気づきました。
ちなみに他にも似ている要素がある予定ではあるのですが、別にアンテノーラの正体がシロコ*テラーと言うことはないです。
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