○私こそが矛盾塊
「……おや、あなたにそんな趣味があったとは驚きですね」
とある日の夕方。メンバー各々の経過報告会のため会議室にやって来た黒服は、先に来て椅子に掛けていたアンテノーラが自らの手を…… 否、その指につけている金色の指輪を矯めつ眇めつ眺めている様子に愉快そうにしながら声をかけた。
「おや、黒服じゃないか。随分と早いご到着で」
「それをいうならあなたもでしょう。で、その指輪は?」
「おいおい、これでも私だって女だよ?アクセサリーに興味くらい持ったっておかしくないじゃないか」
「ええ、確かにあなたが普通の女性ならそうでしょうが……計画の為以外に使う金など無駄と普段から節制しているあなたが興味を持つとは思えません」
こともなげに言う黒服にアンテノーラは苦笑すると、指輪を見せつけるように手を差し出す。
「ま、お察しの通りアクセサリーに興味を持ったわけじゃない。あくまで私の『定義付け』に必要なものだから作っただけさ」
「やはりそうでしたか……それにしても、以前から一つお聞きしたかったことがあったのですが」
「何?」
「あなたにとって、自己の『定義』とは何なのですか?」
唐突な質問に驚いたように目を見開き……そして、椅子に深く腰かけ直すと仮面の奥から鋭い視線を向ける。
「何、ってのは具体的に?」
「まず第一に、あなたは『ベアトリーチェの敵対者』のアンテノーラとして我々やアリウスで協力してもらっている生徒に認識されています」
「うんうん」
「その一方でティーパーティの予言の大天使や連邦生徒会の防衛室長には『キヴォトス人』としての素顔を見せ……裏で暗躍する際には、さらに全く別の自己定義をしています」
例えばその靴や指輪のように、と指差しながら黒服は続ける。
「あなたは自己定義をしている一方で、他者から見えている姿はバラバラです。……それは、自己定義たり得るのでしょうか?」
思ったよりも真剣な問いにアンテノーラは軽く俯いて考え始め……そして、口を開く。
「勿論。そういった、『訳のわからないもの』として認識されると言うことこそが自己定義なんだから」
「……ほう?」
「矛盾塊って、知ってる?」
「……いえ」
「簡単に言うと、画像内であまりにも露骨に矛盾が発生しているネタみたいなものだね。有名なものだと蟹のイラストにウニって名前が書かれてて、ローマ字の振り仮名ではTakoって書いてあったりするんだけど」
「成程。今のあなたはまさにそれだと」
「イエス。だけど、私は矛盾している、もしくは全く別々に見える全ての一面を自分の一部分として他者に見せているし……それら全てをひっくるめた『何かわからない正体不明』が、私だって定義しているって訳」
「用意された混沌、と言う訳ですか」
「そう言うこと。ま、どこぞの這い寄るなんとやらには流石に劣るけど」
そう言った後、アンテノーラは説明をして少し落ち着いたのか、手元に持っていたお茶を一口飲む。ぷはっ、と息を吐きながら飲む姿は、何も知らない人からするとただの一般人のようにしか見えないだろう。
「君の言葉を借りるなら、私は用意された混沌として自己定義している。だから、みんなが私を定義する際はバラバラのものになるだろうけど……その一つ一つは、私が決めた通りに定義づけられないと許さない」
「ククッ、まさしく狂気的です……他者からの視線も、認識も、全てを意図してバラバラになるよう管理して、それを自己と言い張るのですね」
「うん、だってそれこそ……
心からの、しかしあまりにも濁りきった瞳を仮面の隙間から覗き込んでしまい……黒服は、らしくもないと思いながら僅かに体を震わせるしかなかった。
○自分を見つめて
「……これでそちらのクーデターは鎮圧完了。はい、これで詰みだね」
「ま、また負けてしまいましたか……対戦、ありがとうございました……」
とある春の日、世間では大型連休として楽しまれている頃。
久しぶりの連休にカヤは悪友兼謀略の師とも言えるアンテノーラと共に、D.Uにある所謂ボドゲカフェに遊びに来た訳だが……
「これで3連敗……どうしてこうも勝てないんでしょうか…… 」
「チェスや将棋みたいなのは得意みたいだけど……リアル寄りのシミュレーションとなると途端にダメだね、カヤは」
「うぐ……」
そう。
SRTや連邦生徒会をモチーフ、キヴォトスを舞台とした兵棋演習風のシミュレーションゲームにおいて、カヤは圧倒的な敗北を繰り返していた。
「何が悔しいって、私から聞いた情報だけで連邦生徒会やSRTがどうやったら動くかを私より把握してるところなんですよ……」
「SRTは『正義』、一般の連邦生徒会メンバーなら『治安維持』……室長レベルになると噂で人となりも知れるからね、こうすれば動くだろうってのは予想できるさ……連邦生徒会長以外は」
「あの人をそう簡単に動かせると思わないでください……まぁ、それはさておき。なんでこんなに勝てないんですかね…… 判断そのものは間違っていないと思うのですが……」
「実際、最高効率を求めるやり方ならカヤのやり方が正解だとは私も思ってるよ」
カヤが打つ手は基本的にはその場に合わせて最高効率の手。
進むべきタイミングで兵を即座に発し、様々な作戦を交えつつも最終的には複数の攻め手の中に最高効率で勝つための手を紛れさせて目的を達する。
と、言えば聞こえはいいのだが……
「あのねぇ……チェスピースや将棋の駒じゃないんだから、兵が無条件で将の命令に従うと思うのはやめなって。無条件で犠牲になってくれるのは自分だけなんだから、さ。今のキヴォトスでそれをできるのは
「うぅ……」
そう、カヤの悪癖はチェスと同じように
もちろんそれが有効に刺さる場面も多いが、それを行う将が裏切られ得るのもまた事実。
「私なら犠牲にする兵に君の悪評や犠牲を是とするやり口を告げて裏切らせる。それをさせたくないのなら……君自身が、兵たちから魅力的に見られるしかない」
「……連邦生徒会長みたいに、ですか?」
「そう。だから周りからどう見られているか、自分を見つめな。君にだって……いや、超人に焦がれて、超人に追いつこうとする君だからこそ、それくらいはできるだろう?」
アンテノーラの言葉にカヤは一度目を見開き……そして「当たり前です」と言いながら苦笑する。
(これまでずっと自分の想いや憧れに引きずられて周りを、もはや自らすらも見ずに走り続けてたけど……)
一度止まって自分を見つめることも大事なものなんですね、と小さく呟くと、カヤは再度目の前のアンテノーラにシミュレーションゲームの提案をし始めたのだった。
○麗しの音
そうだ、ハーモニカの練習をしよう。
梯スバルがそうふと思ったのは廃墟……普段過ごすことが多い場所で情報を整理している時だった。
ここ最近エデン条約を狙っているのかマダムの行動がより過激になってきており、それに伴って訓練も過酷になっている。
スバルはまだアンテノーラというアリウスを変え得る存在を知っているから幾らかマシな精神状態で過ごせているが……それを知らない他のアリウス生にとって、今の生活は希望が何一つ見えない苦痛の時間へと変貌していた。
そんな暗い現実から心を少しでも癒したいと本能的に思っているのか、最近後輩たちがスバルにハーモニカを演奏してほしいとお願いする頻度が増えており、彼女自身も望まれるのは悪くはないと思って吹くことが多くなっていた。
しかし聴いている側が喜んでくれていてもスバル自身が演奏に満足できているかは別であり……つまるところ、練習不足な気がしてならないのだ。
とはいえどもこの廃墟で練習していたら後輩たちにその様子を聴かれるだろうし……練習を見られるのは嫌ではないけどどこか恥ずかしい……と悶々とすることが多くなっていた中、ふと思い立ったのだった。
「……アンテノーラのアジトなら誰もいないはずですし、あそこで練習すればいいのでは?」
あのアジトは
「彼女も、私の演奏を素敵だって初めて会った時言ってくれましたし……少しくらいなら、お目溢しをくれたりしないでしょうか」
そう自分に言い聞かせ、スバルは数枚の楽譜とハーモニカ、そして一応本命の書類を持ってアンテノーラのアジトへと向かうのだった。
「ん?何か持ってきたい情報でもあったの?」
……まぁ、アンテノーラがそこにいないという前提での話ではあったが。
「あ、あれ……?ここって、元研究所であって今は使ってないんじゃなかったのでは……?」
「基本はそうだし、情報を受け取る以外は来る気もあんまりなかったけど……まぁ、君が時々来る場所にもなるからね。少しは掃除でもしておこうと思って」
「あ、それはどうも……」
アンテノーラの返答に逆にどことなく居心地の悪さを感じてしまったスバルだったが、そんな様子に気づいていないようにアンテノーラは話しかける。
「それで?ここに来たってことは、何か情報でも?」
「え、ええ。マダムの活動が活発になって、その分消耗が激しくなっていて……」
詳細を書いた紙を渡しながら伝えると、ふむと言いながらアンテノーラはそれを読み進め……わずかに眉根を寄せると、呆れたように目を閉じてため息を吐く。
「あんのゲロカス、生徒にどれだけ無茶振りすれば気が済むわけ?」
「はい、物資だけでなくみんなの心もやられてきていて……」
「分かった、上手いこと治療器具の類の流入も増やせないか試してみる。生徒たちのメンタルの方はスバルに任せるしかないけど……」
「分かりました。可能な限りやってみます」
「頼んだよ。君は後輩たちに慕われているからね……それこそ、機会があればそのハーモニカの演奏を聞かせてあげたりするのもいいと思うよ」
「え、あ、そうですね……」
なんでハーモニカの事を、と言おうと思ったところで自分がそれを握りしめている事を今更思い出した。この分だと目的の練習はできそうになさそうだが……そう思ったところで、アンテノーラからも何かの書類群を手渡してくる。
「えっとこれは……
……楽譜?」
「うん。これまで取引に付き合ってくれてるお礼として渡そうと前々から思っててね。ハーモニカ用の楽譜はあんまりみつからなかったから数は少ないけど、それを聞かせてあげたらいいよ」
「……良いんでしょうか。他のアリウス生とは違って、特別扱いみたいにこれをもらってしまって……」
「いや、取引を実際にする立場に立っている以上追加報酬はいるでしょ。それにそれ使って後輩たちを勇気づけてくれたなら、こっちもやりやすいし」
「それは……そうですね、ありがとうございます」
思わぬ贈り物にスバルが頭を下げると、頭をあげてよと呟きながらアンテノーラはスバルと目線を合わせる。
「取り敢えず、今日はここで時間が許す限り練習していきな」
「……え?」
「そのために来たんでしょ?大方、他の生徒に練習を見られるのが少し恥ずかしかったとか、そんな感じで」
「……バレてたんですね」
「スバルの雰囲気を見てたらなんとなく分かるよ。そもそも、あまり施しを受ける事を好まないスバルが物資不足の報告だけを目的にここまでくるとは思えないし」
そう言いながらアンテノーラは後ろを向くと、部屋から出るためのゲートを開く。
「それじゃあ、私は出ていくから好きなタイミングで出ていってくれ。私がいるとやり辛いだろう?」
ゲートに向かって足を進めつつそう言ったアンテノーラの姿に、スバルは思わず止めるようにその手を掴んだ。
「……何?まだ伝えることでも?」
「いえ、その……よければなんですが……」
一瞬緊張したかのように息を吸って唾を飲み込み、スバルは少しだけ顔を赤くしながら口を開く。
「き、聴いていってくれませんか?私の、演奏を……」
「……良いの?」
「はい。初めて会った時は、途中で演奏をやめざるを得なかったので……折角ですし、一回最初から最後まで演奏しているのを、アンテノーラに聞いてみて欲しくて……」
想定外の言葉に場は一瞬静まり返ったが……アンテノーラが振り返り、近くにあった椅子に座る音がその静寂を壊した。
「なら、喜んで聴かせてもらおうか……アリウス生達がこぞって聴きたがる、麗しの音を」
その返答にスバルは目を見開き……そして、くしゃりと笑いながらハーモニカの吹口に唇を当てるのだった。
○おまけ エデン条約編予告(○ngel Beats次回予告風)
「補習授業部、結成です!」
「私は常にいる訳じゃないです」
「流石に水着は擁護できないですよ……」
「エッチなのはダメ、死刑!」
「それは私をえっちだと言いたい訳です?」
「匿名のタレコミがあったのです」
「セイアちゃんが生きてるって⁉︎」
「勧善懲悪こそが至高では?」
「アンテノーラさん、どこかで……」
「エデンになんて辿り着けませんよ、私には」
「あなたのおかげで、また吹こうと思えます」
「スクワッド、君たちじゃ私には勝てないよ」
「全員、幸せにならないとね!」
「サクリファイスなんて必要ない」
「どうして言ってくれなかったんですか……!」
「奇跡なんて起こさせない!」
「角笛が鳴る音が、聞こえる」
「これこそ、吐き気をもたらす
「先生、
アリウスを任せましたよ」
Tips:金色の指輪……現状特に何の変哲のない指輪だが、アンテノーラが持っているなら自己定義になるかもしれない。名前は『小人の指輪』。
各解説
・私こそが矛盾塊……黒服との意味深な会話群です。くっそ意味わからん文章ですがこれでもアンテノーラについてのヒントなんです。あと、このキャラが持つ名前や装備に関する矛盾性についての解説でもあります。
・自分を見つめて……カヤとの過去話です。個人的な見解ですが本編含めカヤはギャンビットやサクリファイスを好むあまり、他者の信念や思惑を考えずに駒を動かしてしまって失敗するのでは……とか思ってます。
・麗しの音……一応この作品ガールズラブタグついててぇ……はい、スバルとアンテノーラの軽いいちゃつきです、それ以上でも以下でもありません。今作は完結するまで基本ガールズラブは姿を現しませんが時折こうなるかもしれません。
・エデン条約編予告(○ngel Beats次回予告風)……そのまんまです、To be continued……
ちなみに【未来】になっているのは次回がエデン条約編ではないからですね、はい
次の回ですがアビドス編の頃の動き……のつもりだったのですが、今作
本編突入遅れて申し訳ない……
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