導きの手に光あれ。其にもはや退路は無く。(後) 作:ぽんこつ教祖モドキ
AM.3:30
目が覚める。今日はよく眠れた方だ。
1度目が覚めてしまえば、もう眠れなくなる。
朝日が出ていないこの時間が、少し落ち着く。
自分以外、誰も目が覚めていない、本当に一人の時間。
このまま、朝日なんて昇らなければ...。
いや、ダメだ。何を考えているんだ。
私はそんなことを考えてはいけない。
もしかしたら、本当に太陽が消えてしまうかもしれないから。
AM.5:23
朝日が昇る。
締め切ったカーテンの隙間から、柔らかく刺すような光の線が伸びるのを見届ける。
キラキラと光るその輝きに、目をしかめる。
陽光の中をキラキラと輝くその輝きの正体は、空気中を舞うホコリや塵。それが光を反射して輝いている。
同じだ。
ふと、そう思った。
AM.7:03
「おはようございます!教祖様!」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎「おはようございます」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎「おはようございます。今日もいい天気ですね」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎「おはようございます!この天気も、教祖様の祈りの賜物でございましょう!」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎「おはようございます。教祖様」
おはよう。おはよう。おはよう。おはよう。
いつも通り、信者たちの声に応えていく。
羨望、信頼、期待。そういった熱を家族たちからは毎日感じる。
あぁ、本当に
AM.8:00
今日も、大聖堂で神様に祈る。
僕が祈ると、家族たちは身動ぎもせず私を凝視し、私に祈りを捧げる子も居る。
それがあまりに静かで、一瞬家族たちが居ることを忘れてしまいそうになる。
喉元から出そうになった声を、今日も抑え込めた。
AM.8:46
今日の相談者には、どうやら初めての子も居るとのこと。
私の奇跡で、救いを。救いを。救いを。
私は笑顔で答える。
「今日も、素晴らしい一日にしますね」
今朝のご飯は、少し冷たかった。
AM:10:12
自由時間。教団の中を見回って、家族たちの顔を見る時間。
あの子は最近料理の担当をよくしている。
あの子は裁縫を学んでいる。
あの子は司書。と、その見習いの子も。
あの子は最近私と同じ仕事をするようになった古株の子。
みんなそれぞれの顔で自分の仕事をしている。
私も見習わなければいけない。
この後の仕事が一番大事なのだ。今日も、気を引き締めよう。
顔の表情は、固く固定して。
AM.12:05
昼食。この後の相談会についての共有も同時に行う。
最終的に今日は3人の家族が私の元へ来るらしい。
話を聞きながら、ちょうどいい程度に温められたスープを口にし、味わうようにして飲み込む。
どうやら今日のスープは、小さな家族が手伝って作ったらしい。緊張した面持ちで味の方を聞いてくれた。
口の中から感じる香りから見るにコンソメ系だろうか。そういった部分を参考に褒めてみれば、跳ねて喜んだ。
その笑顔に、つい頬が綻ぶ。
物の味を感じなくなって、もう久しい。
PM.1:00
「教祖様...お願いします...あいつさえ、あいつさえ消えてくれたら...」
消え入るような祈りの声。それに反して、内容は他者に対する呪詛そのもの。
「教祖様、教祖様、お願いします。あの子のために、あの子のために」
中には、自身ではなく、親族のためを思って私の『
「お願いします教祖様..私たちに、奇跡の力を...」
更に、稀に私の力を見れば幸せになると信じて、特定の『不幸』を消すのではなく、奇跡そのものを目にしたいという人も居る。
─────えぇ、えぇ。大丈夫。もう大丈夫ですから。
それに対して、私は決まった答えを持っている。
こういった時に返す、定型文を。
─────今、楽になりますから。不幸は、消してしまいますからね。
今日も、
また、
額に手を
PM.5:00
手を洗い、水気を拭き取り、手を保湿する。
度重なる掻き傷でボロボロになってしまっている手を、柔らかな手袋で覆い隠す。つける時に、布に逆剥けた皮が引っかかりチリチリと小さな音を立てる。
口を水でゆすいで、化粧室を出る。
夕焼けで赤く染った施設内を歩く。斜めに注がれる日の光によって、大きく伸びた影が、自身を覆うように思えた。
家族たちが、暖かい言葉を送ってくれる。
それに私は言葉を返す。
まるで、オートメーション化されたシステムのように。
大事な家族に、言葉を返す。
PM.7:00
夕食。家族たちが、今日も私に暖かく拍手をしてくれている。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
我らに救いを見せていただきありがとうございます。
今日は、熱さも感じなかった。
PM.8:00
シャワーを浴びながら、立ち尽くす。
手のひらの傷に温水が滲み痛みが走る。今はただそれだけが、意識を保つのに役立っていた。
しかしこの感覚には、ひとつだけ間違いがあった。
降りしきっているのは温水ではなく、冷水だった。
PM.9:00
消灯をし、テーブルライトを点け、枕元に置いてある本を手に取りページをめくる。
ペリ、ペラ、ペリ...文字を追いながら、ページをめくる。
文章は、頭に入らない。何かの景色ではなく、紙面で視界を覆うことで心が余計に動くのを防げていた。
依存。と、いうほどではないが。たしかに間違いなく、今の僕の支えだった。
ゆっくりと身体と頭の感覚が戻ってくる。正しい疲れと、正しい眠気が戻ってくる。
今夜は、こんなに寒かったのか。
俺はテーブルライトを消した。