的から矢を回収する。
他にも人がいたが、もういない。
おかげで矢を拾いに行きやすい。
あの教官の言葉が忘れられない。
「継承者がいる。
お前らが頑張らなくてもいいじゃないか」
一射。
姉さんは死んだ。
10年近く探しても見つからない。
合理的に考えて、その確率が最も高い。
もう一射。
もう一人の姉と父はまだ諦めていない。
姉は信仰の道に進むことで、探し続けることを選んだ。
父も探すために外交へ赴くことが増えた。
さらに、もう一射。
僕には力が足りない。
あのイチイバル*1が使えない。
だから、次期当主に指名されない。
それよりも強くなって安心させる。
僕にだって、家を任せられるんだって。
そう、姉さんが居なくなった日に決めた。
夕日で狙いが付けづらい。
それでも、射る。
いつか、それすら克服してみせる。
―――――
西日の中から、あの変な奴が来た。
「アンドレイ、そろそろ準備したら?」
タオルを渡してくる。
いらない。
「ここに魔法の標的はない。
君はここにいるべきじゃない」
「今日は歓迎会。忘れたらいけない」
あんな物、出たところで時間の無駄だ。
弓術には一切貢献しない。
「ユングヴィであれば、あんなものに出なくてもかまわない。
君のように聖戦士の家に仕えているわけじゃないからね。
自らの祖と同じ武器すら蔑ろにする君には、必要だろう?」
僕はユングヴィなんだ。
「それが行かない理由にはならない。
エーディン様も行く」
プライドってものが本当に無いな。
「姉上は姉上だ。
次期当主の僕には、父上が相手を用意してくれる」
姉上じゃなく、僕の嫁を探してくれているんだ。
家を盤石にするために。
「私もだよ。
アルヴィス様かお父様が、いつか旦那さんを決める」
近づいて、額を拭いてくる。
勝手に触るな。
「あなたはなんのために練習をするの?」
「聖戦士の末裔として、当たり前の責務だ」
「義務だけ?」
耳の後ろを拭くな。
「君は本当に自覚がないな。
神から与えられた聖痕を何だと思っている」
「ワンポイント」
「……何を言っている?」
「聖痕があるから正しいわけじゃない。
正しさは人が選ぶもの」
迷いなく言い切った。
夕日の中でもこいつの赤は目立つ。
「本当に何を言っているんだ?」
「人は人を見るべき。
なんのために強くなるの?」
首がくすぐったい。
突き飛ばすのも面倒だ、やらせてやる。
「……既に言った」
「強くなりたいなら、今は休むべき。
こんな時間じゃ的に当たらない。練習にならない」
「それでも上手くなれる」
手を握り、グローブを脱がせて来る。
「あなたは弓の引きすぎ。
手が赤い」
「君に何が分かる⁉」
「言ってくれなきゃ分からない。
だから、見て判断するしかない」
君はタオルばかり見ている。
僕の目と合わないじゃないか。
「あなたはアンドレイ。辛そう。
班員だから放っておきたくない」
「……もう行軍訓練は終わった」
「なら、社交訓練だね」
タオルを手渡してくる。
―――――
冷たい水で汗を流す。
念入りに体を拭い、制服へ着替える。
下の階が騒々しい。
笑いながら、喧嘩するような声と靴音が響く。
香水が混ざった悪臭が、ここまで上がって来た。
余裕のない奴らだ。
扉が叩かれる。
扉を開けると、明るい顔のアゼルがいた。
「アンドレイ、一緒に行こうよ」
赤髪が気に食わない。
あの女の顔がよぎる。
「君の差し金か」
「?」
君がそんなことをしないのは分かっている。
僕と同じで、初日から訓練場に駆け込んでいた。
「あの女が僕の邪魔をした」
僕の時間を奪ったツケは上司に払ってもらう。
「ごめんなさい⁉」
「もしかして、的の前を横切ったり?
でも、ユリスも何か考えがあったんだと思うんだ……。
矢を……よける練習とか?」
前にもやっていたのか……。
あの女。
レックスまでやってきた。
「おいおい、あいつそんなことしたのかよ」
「……魔法を避ける練習って言って。
姉さんので黙らされた」
「斧を振るってるときは、近づけないでくれよ」
アゼルが手を叩く。
「そんなことより、早く着替えなよ」
彼らは既に正装をしている。
光沢を携え、動きにくそうな服装だ。
だが、家紋だけが欠けている。
不思議だ。二人して誤るはずはないだろう。
「僕はこれでいい」
レックスは芝居がかった仕草と憎たらしい顔をする。
「マジかよ。
中々のチャレンジャーか世間知らずか。
現地で説明してやるよ。それで恥かけ」
その顔をやめろ。
―――――
大広間へたどり着く。
シャンデリアに照らされて眩しいくらいだ。
訓練場の夕日の方がマシだ。
壁には料理が並べられている。
後で取りに行こう。
フロアにまばらに人が散っている。
柱の影にまで小さな集団が出来ている。
「浮いてるぞ、弓野郎」
周りを見渡すと、確かに制服姿でいるのは僕くらいだ。
……羽だらけの奴がいる。
「その呼び方を止めろ、斧野郎」
僕の全身を不躾に見渡すレックス。
「案外、そのアプローチも悪くないな。
お前は目立ってる。
いいお相手かはともかく、見つけてはもらえる」
「そういうのもあるんだね。
僕は家にこもりっぱなしだったから、思いつかなかったや」
「違う。
女を誑かす必要がないだけだ」
「他の奴らは必死なんだ、そういう言い方は止めておけ」
目の前の彼らは家を継げない。
知らない誰かと結ばれるより、ここで良縁を見つける方がいい。
「……たしかに良くなかった」
「じゃあ、女の見方でも教えてやる」
「レックス⁉
そういうのは良くないよ‼」
「だが、大切なことだ。
それに家じゃこんな話出来ないだろ。
ちょっとイイだろ、こういうの。語らせろよ」
暇つぶしにはちょうどいい。
聞いてやる。
「女は全力で着飾る。特に位が高い奴ほど。
なんでだと思う?」
「裕福だからだ」
「ノリがいいじゃねえか、アンドレイ。
それもある。
男避けのためだ」
「逆じゃないの?」
僕もそう思う。
「ここでは基本誰も制服を着ない。
だから、家格ってのが判別しづらい。
そこで金に物を言わせる」
視線を送るな。
いちいち癇に障る奴だ。
「裏を返せば、金さえ積めば良家のお嬢様っぽくなれる。
いい男も群がってくるって寸法さ。
逆に、無理だと思った奴は遠ざかる。
服装だけで男を弄ぶ、女ってのは怖いね」
なるほど。
ということは、姉上も相当の恰好を用意してくるのか。
「まあ、婚約が決まってる奴や、
そんなの気にしない奴らは力を入れないけどな。
物差し位には使えるだろう?」
服装でどれ程飢えているのか分かるわけだ。
僕は華美な者を避けるようにしよう。
「そうなんだ、奥深いね。
……ティルテュが心配になってきた。
意外と人見知りだから、大丈夫かな」
「それよりユリスを心配してやれよ。乳兄弟なんだから」
「ユリスなら大丈夫」
随分自信あり気だな。
君も苦労しているだろうに。
レックスと目を見合わせる。奴もうなずいた。
何か無礼を働きそうなら、一緒に止めてやるとしよう。
「次は男だ。
俺たちにはあと2回チャンスがある。次は制服なんてやめろよ」
「しつこいぞ」
「こっちも同じだ。
だが、女程がっつく必要も、避ける必要もない。
家紋は絶対に付けるな。空気を読めない奴になる」
身分など意味をなさない、
そんなお題目がここにも働いているのか。
家はその人間を示すというのに。
「奇抜な恰好をしている奴もいるだろう
あれはただ楽しみたいだけさ。それか罰ゲーム。
俺としてはああやって騒ぐのもいいと思うが、レディーとの逢瀬程じゃない」
「最後に制服。これも手としてはアリだ」
こちらに目線を送るな。本当にしつこいぞ。
「硬派を気取る奴、本当に実力がある奴が着る。
正装なんてしなくても、十分名が知れ渡ってる。
そんな益荒男に余計な飾りはダサいだけだ」
「どうだった?
いい男の恋愛指南は」
感心したようなアゼル。
「いろいろあるんだね。
姉さんがこの服をくれたんだけど、そういう意味があったんだね」
音楽が止まる。
ざわめきが一瞬凪いだ。
何かが起こる予兆だ。
期待のこもった目で見つめるアゼル。
「レックス、これは?」
「俺にだって……分からないことぐらいある」
顔をそむけた。
知ったかぶりをするからだ。
周りの者は扉を見ている。
僕は理解できる。
「大扉を見ろ。何か入ってくるらしい」
実戦では、僕が上だ。斧野郎。
案内のものがこちらに女性陣の入場を告げた。
先ほどとは異なる曲調が流れ始める。
姉上とエスリン様を先頭に女性たちが入ってきた。
姉上はうちの家格にしては随分と落ち着いた格好だ。
普段よりもほんの少し着飾っている程度。
返って、見目の良さを引き立てている。
もしかして姉上は、男遊びをしたいのか?
アゼルが零す。
「エーディン様……綺麗だね」
思わず、アゼルを見る。
レックスも僕と同じだ。
茶化すような声色のレックス
「おいおい、一目ぼれかよ」
少し声が固い。
「エーディン様は優しいんだ……。
行軍の後、汗かいてる僕を楽にさせようとしてくれた……」
熱に浮かされている。
もう一度、レックスと目線を合わせる。
……。
……アゼルは素直な奴だ。姉上も大人だ。
そうこうしているうちに、入場が終わる。
レックスは作った声音で、悪態をつく。
「目星をつけ損ねちまった」
空気を変えたい。乗ろう。
「レックスはどんな女性が好みなんだ」
「そりゃあ……いい女さ」
「……エーディン様」
またレックスと目を合わせる。
これは流石に行き過ぎじゃないか?
「こんばんは、いい夜ですね」
本当に姉上が来た。
「アンドレイ、制服で来たのね。
貴方にはその格好も似合うわ」
「あの、エーディン様‼
この間はありがとうございました……」
「あなたは……ああ、この間の行軍訓練で頑張っていたわね。
気にしなくていいのよ。後輩なんだから」
アゼルは照れて何も言えない。
こんな会話でも舞い上がっている。
放っておいては寝覚めが悪い。
「姉上、この二人の紹介をさせてください。
こちら、ヴェルトマーのアゼル。聖痕持ちです」
「俺はドズルのレックスです。
同級の女達がご迷惑をおかけします」
「ふふ、ユングヴィのエーディンです。
アンドレイのお友達になってくれてありがとう」
「姉上‼
そんなんじゃありません‼」
急に身体が横へ引き寄せられる。
「ええ、違いますよ。
俺たちは戦友ってやつです。
地槍グングニル*2の使い手がそう言ってましたから」
肩を組むな。気色悪い。
「まあ、キュアン様と戦ったのね。
あまり無理をしてはいけないわ。
もし怪我をしたら私に声をかけてね」
姉上もそんな顔をしないでください。
……これ以上言い返すと無様か。
「それでは、失礼いたします」
一礼し、去って行った。
「エーディン様……」
アゼルは駄目だ。
君は純朴すぎる。
万が一、僕が恋をしてもこんな風にはならない。
「アゼル様」
次は誰だ。
「お二方もご一緒でしたか。こちらで話しませんか?」
名前は知らないが、この七三は同じ教室にいた気がする。
アゼルの様子がおかしいことを見つけて来たのか。
「名高いロートリッターのお誘い、そそるぜ。
アンドレイ、お前はどうする」
ほう、正義の騎士団か。
話は聞いてみたい。
「僕は食事をさせてもらう。訓練の後で腹に何も入っていない」
壁際に並ぶ料理へと歩を進める。
アゼルは任せた。
なんというか……複雑なんだ。
とにかく、腹を満たそう。
―――――
食事をとりながら、周りを見渡す。
入場したばかりだからか、誰も異性へアプローチをしていない。
もっと飢えたように行動するものと思っていた。
このユングヴィ次期当主の僕へ、
女性が群がってくるものだと思っていた。
だけど、これなら過ごしやすい。
食事も我が家のものに比べれば味は落ちるが、腹に入れるのに問題ない。
弓兵は周囲を見るもの。ここで斥候の訓練も出来る。
「もし」
いつの間にか、正面に小さな女性がいた。
細緻なレースと刺繍が施されたドレスを纏っている。
そこらの金をかければ良いと考える者ではなさそうだ。
端正に整っている。
視線が、勝手に下がる。
胸元は大きく、形が整っており、腹は自然に絞られている。
目をそらしてしまう。
顔を上げると、照明を受けた夕焼けがあった。
明るさを誇示するシャンデリアより、ずっといい。
低い位置にまとめられた髪が、太陽みたいだ。
もっと、見ていたい。
「もし」
僕なのか?
「……ああ。なんだ」
「こちらへ」
優しく、けれど確かに手を掴まれた。
どこかへ連れて行かれる。足が自然と進む。
暖かい。
この人は、夕日なんだ。
手触りがいい。
―――――
気が付くと、喧騒が遠い。
テラスにいた。
月が彼女を照らしている。
闇の中、彼女だけは灯のような優しさをたたえている。
きっとこの方は、どこでだって心地よい明かりに成ってくれる。
見ているだけで心が安らぐ。
繋がれた手が離れていく。
もう少し、このままで。
「屈んでいただけますか?」
貴女のおっしゃる通りに。
これでは、忠義を誓う騎士ではないか。
僕を求めてくれている‼
「顔を上げず、動かぬよう」
アコレードでは、騎士は傅くもの。
この僕としたことが、無礼を働く所だった。
さあ、剣で叩いてください‼
……何かを開く音がする。
どうやら、剣を使わない方法のようだ。
舞踏会に武器は持ち込めないものな。
「触ります」
ついに‼
……頭を撫でられている。
気持ちいい。
目前には彼女の胸が広がっている。
こんなことが僕に与えられていいのだろうか。
「整いました」
離れないで。もっと撫でて。
「さあ、お戻りください」
なんでそんなことを言うんですか。
「私は失礼します」
カーテシーすら美しい。
月夜へ別れを告げるよう。
僕の横を通り過ぎる。
その背を目で追ってしまう。
背‼
背中が空いてる‼
「せ、せ、みえてる」
肩甲骨の間、そこに穴が開いていた。
あの清楚な装いの後ろから地肌が見えている。
なんて服だ‼
そんなの……でも……
いい……
月光が、照らす。
「身体のワンポイント」
聖痕が覗いていた。