後に説明回を用意しているので気にしないでください。
ヴェルトマー城でも雪が解けた頃、王都への呼び出しがあった。
日が昇り切る前に裏門を尋ねる。
嫌な顔をされながら、裏から邸宅へ入り、
奥まった応接室で一人待たされる。
屋根から落ちる水滴が、石畳を叩く。
暗闇の中、現状を振り返る。
この家には相当食い込むことが出来た。
誤算だったのは、教団員の多くが本当にヴェルトマーについてしまったことだ。
神への信仰より、青臭い”正義”なぞを優先しおった。
だが、かえって信頼を勝ち取る事にもつながった。
騎士団の中へは根を張ることは出来ていない。
小間使いといった部分には入り込めた。
時間をかけ、浸食すればよい。
我らはこの百年も潜み続けた。
窓から朝日が差し込む。
近づいてくる足音で、思考を引き上げる。
前置きもなく戸が開かれた。
「アルヴィス様、そういうの良くない」
高い女の声。
アルヴィスに忠言するとは。
そして、こいつはまだ用向きを把握できていないな。
「……今回はいいのだ」
初めて見る娘だ。
身長から見るに、歳は11〜13程度か。
艶やかな赤髪。ファラに纏わる者の可能性が高い。
「初めまして、こんにちは」
話しかけてきた。
こいつ、当主の前でこんな振る舞いを許されているのか。
差し詰め、ヴィクトル*1の隠し子あたりだな。
引き合わせたということは、何かしらをわしと担当すると見た。
「今から紹介する。
こいつはマンフロイ。元暗黒教団員だ」
アルヴィスは不満そうだ。
申し訳なさそうな顔を作る。
目も伏せねば。
「コーエン家のユリスです。ユリスでいい。
あだ名も可」
……距離が近い。
伏せた目をのぞき込もうと、近づいて屈んでくる。
「わしのような穢れた者へ、そのようになされてはなりません」
頭を下げ、後ろへ後ずさる。
「ユリス、マンフロイの言うとおりだ。
分を弁えてやれ」
「ありがとう。
アルヴィス様が約束を覚えてくれているとは思ってなかった」
一体何の話をしているんだ。
視界の中に赤が飛び込んできた。
床へ寝転がり、見上げてくる。
赤い瞳だ。
日に照らされて、紅玉のよう。
わしの目を一直線に見つめてくる。
「……貴様の初陣だった。
そこでの願いを無下にするほど狭量ではない」
面くらったが、そういうことか。
小娘はアルヴィスにとってかなり近しい存在だ。
そいつの願いのためだけに、わしを呼び出したのか。
「マンフロイさん、汚い」
悲し気な表情を作り、目を逸らす。
所詮子供。扱いやすい。
興味本位で会いたいとでも思ったのだろう。
この程度のことで騙せる。
アルヴィスへの貸しが出来る。
「顔はしっかり洗おう。目ヤニが付いてる。
せっかくだから、洗ってあげる。
でも、フードを取りたくないなら無理しなくていい」
わざとつけているのだ‼
小汚い方が相手の油断を誘える。
「アルヴィス様、マンフロイさんはうちに仕えてるの?」
こいつ、唐突だな。
うちと言ったな。
一門内でも高位の存在か。
「……協力者のようなものだ」
配下とは言えないだろう。
外聞が悪すぎる。
だが、アルヴィスも言い淀む程度には心を許し始めているな。
「なら、ちゃんとお給料は払いなさい。
服もところどころほつれてる。
私が直ぐに直す」
当主に向かって、なんて口のきき方だ。
「……支払っている。
マンフロイ、足りないのか?」
お前も言うことを聞くのか……。
これ程の影響力を持つ者が居るとは、未知数だ。
王国の盾、その防諜力は未だ健在だ。
まだ潜み続けなければ。
「一方的に話すのは良くない。
まだ挨拶が終わってない」
床から笑顔がむけられる。
逸らした視線へと近づくため床で身体を動かしている。
あの人間不信が、このような振る舞いを許す者。
かなり深い関係ということか。
可能な限り、哀れな老人を演じる。
「……マンフロイです。
暗黒教団に所属していました。
わしが怖くないのですか?」
再度、視線を逸らす。
「あなたのことは、名前と驚いた時に口が開くことしか知らない。
聖騎士マイラ*2も暗黒教団の一部だった。
だから、怖がることもできない」
あの裏切り者の名を出すか。
こいつは厄介だ。
訳が分からないうえ、こちらへの蔑視が少なすぎる。
定石が使いづらい。
「ユリス、いい加減床から立ち上がれ」
アルヴィスもしびれを切らしたな。
そうしてくれ。
見上げられては、隙がつけない。
「マンフロイさんと顔を合わせられない」
アルヴィスへ目線を向ける。
げんなりした顔だ。
「マンフロイ、背筋を伸ばせ。
本題に入れない」
―――――
おもむろにアルヴィスが告げる。
「貴様らは、ヴェルダン王国*3へ春の使節として赴け」
ついに精霊の森へ踏み込むのか。
わしの言葉を信じたのだな。
つまり、この娘は聖痕持ち。
シギュンの娘の手がかりを見つけろということか。
「……手が足りない?
それとも、ついに婚姻?」
頭は回るようだ。
ただの気狂いではない。
視線をやらず、観察に努める。
「裏がある。
ここからは内密の話だ。決して漏らすな」
こやつにも共有するつもりか。
アルヴィスの信頼は厚いか。
「クルト王子の娘がヴェルダン王国のどこかへ隠れている確率が高い。
その所在、あるいは痕跡を探索しろ」
「……出来るのは数日かな。
泉の伝説を使えば、活動期間を伸ばせそう。
今回で手掛かりが見つかればいいね」
声の揺れがない。
既に事情を知っていたのか。
あるいは命令を受けると犬になるのか。
「バトゥ王*4へはどういう態度で臨めばいい?」
「所詮時候の挨拶だ。大した事はない。
穏健な王とは友好を維持したい」
「王子たち*5がいたよね。どこかの家の候補になってる?」
外交関係も把握している。
下手な事は言えない。
「どの家も蛮族と蔑み、娘を送ろうなぞ思わん」
「分かった。そっちは触れない。
もったいないよね。材木の輸出で儲けてるのに」
経済も分かるか。
アルヴィスが選ぶだけの能力はある。
「本題は捜索だ。
その補助としてマンフロイをつける。
説明しろ」
促されるまま、回答する。
「はい。
姫様はどこかに隠れていると推測されます。
ロプト教団は潜むことに慣れています。
その経験が買われたということですね」
「ヴェルダンの経験は?
砂漠じゃなくて森だよ」
教団のことも多少は知っているようだ。
やりづらい。
「街を渡り生計を立てていたこともあったのです。
その際、少しだけ赴いたことがあります」
「イード*6とは真逆なのに行ったんだ。
マンフロイさんすごいね」
警戒心なのか。
それとも本心か。
「そこまでだ。
数日中に出立しろ」
アルヴィスに助けられるとはな。
「無理。
マンフロイさんの服、用意できてるの?」
当主の命をにべもなく断った。
予想を引き上げるべきだ。
「……持っているか?」
アルヴィスめ、小娘のいいなりではないか。
「……いいえ、お気になさらず。
わしは城外で待っています」
寂しさと悲しさを混ぜた声を作る。
「駄目。
あなたも私たちと同じ使節。
そのローブがあなたにとって重要ならごめんなさい」
サンディマ*7との秘密裏の連絡が封じられた。
忌々しい。
「……そのような事はありません。
借りると言っても、わしのような者には誰も……」
更に悲しみを装う。
「お父様のを私が直す。
移動中の馬車で合わせよう。
どうせワープが使えないんだから余裕はある。
好きなデザインはある?」
元とは邪教の徒と同乗するつもりか。
「せめてヴァルターに許可を取れ」
まともな神経をしていれば、貸すはずはない。
「誰もいない屋敷に置かれてるのを使うだけ。
アルヴィス様はコーエン家を酷使しすぎ」
小娘がアルヴィスに近づき、懐から何かを取り出した。
「……今は仕事中だ。止めろ」
櫛削りを始めおった。
もしや、良い仲なのか。
不味い。
シギュンの娘を連れてくる前に消さねば。
「またさぼってる。うねうねが増えた。
そんなに焦る任務なの?」
櫛を変える際、思いを吐露した。
「……王子にいち早く姫の顔を見せたい。
あのお方の心労を減らして差し上げたい」
随分心を許しているな。
聖痕持ちなら十二魔将*8の素体としても良い。
「……そっか。
何とかしてあげたいね」
最後に頭を軽くはたく小娘。
「なら、なおさら準備に時間を頂戴」
「私は学園でヴェルダンの情報を集めてくる。
それと騎士たちに頼んで最短の計画を立てよう。
準備期間分の時間を使って先触れをだして速度を上げる。
ヒルダ様から教わった。
行軍では使えるものを総動員すべき」
これまでの態度から見てヴェルダンへの侮りはない。
ただのグランベル役人のように接するべきでない。
「……焦りがあった。
ヴェルダンのことをまとめさせておく。
馬車の中で確認しろ。
お前には学園を任せた」
アルヴィスをなだめ、操作する。
その手腕はわし以上だ。
「誰かに服を取りに行かせて。時間がない。
私のもだけど、マンフロイさんのも。
バーハラでもヴェルトマーでもどっちのでもいい」
「マンフロイさん、どんなのがいい?
司祭っぽい感じ?
それともクラシックな感じ?」
こやつ、本気だ。
服のことを気にしている。
教団への侮蔑がかなり少ない。
「……わしには縁遠くて、分かりません。
こだわりもありません」
「ロートリッター全てを縫った女、ユリス。
一番似合う格好を作り出してみせる」
この珍獣は何なのだ。
わしでも初めて見る。
―――――
揺れる狭い馬車の中、
本当に繕い物をしているこの女。
知能はあるが、常識が通じない。
「マンフロイさん、体調は大丈夫?
城の外ってこんなに揺れるんだね。
ちょっと気持ち悪い」
小娘が少し力を失った声で呼びかけてくる。
通常、聖痕持ちの貴族は城外を長く移動することはない。
経験不足もあり、酔ったのだろう。
旅慣れていると思わせる好機だ。
「それは手元ばかり見るからですよ。
そういう時は、窓から遠くを見るといい。
服を緩めるのも効果的です。
お嬢様に言うべきではないかもしれませんが」
早速ベルトを緩め、上部のボタンを外した。
羞恥心はないのか。
年頃だと自覚すらしていないのか。
「旅上手なんだね。
嫌じゃなかったら、話してもいい?
気分をそらしたいんだ」
「勿論、どのようなことをお聞かせしましょうか」
窓からこちらへ向く。
そして、わしの奥底をのぞき込むように目を見つめる。
「私は何も知らない。
教団の人が何を言われたら嫌かもわからない。
だから、何を聞いてもいいのか分からない」
まだわしを暗黒教団の一員だと疑っているのか。
否定すべく、大声で主張する。
「わしは、邪教の徒ではありません‼
御当主様に助けていただいたのです。
その様に言わないでいただきたい‼」
密室、不安定な足場、それに男の怒声。
条件はそろっている。
こやつが如何にロプト教を恐れていないとしても効果があるはず。
馬車が揺れる。
案の定、申し訳なさそうにしている。
だが、一旦伏せた顔をあげ、視線を戻してくる。
「……ごめんなさい。
今は違うとしても、昔所属していたでしょ。
嫌な記憶でも悪く言われるのは、気分を悪くすると思って」
遠くを見つめ、思い出すように語り出した。
「私はそんなことがあった。
疫病の時、ある人から命を削って内向きの仕事を叩きこまれた。
辛いし楽しいことは一切なかった。
でも、その人のことは悪く言われたくない。
私は文句を言いたいけどね」
そう言って、生地を撫でる。
小娘にしては実感がこもっている。
乗り越えてきたことが察せられる。
一際、大きく揺れる。
「……わしも強く言いすぎました」
「お孫さんのことを聞いていい?
アルヴィス様はマンフロイさんには孫娘がいるって言ってた」
そんなことも言ったな。
あの時の子供は既に生贄にささげた。
適当に娘の特徴を使って、でっち上げるか。
「サラと言います。紫がかった銀髪をしております」
「髪のお手入れはしてあげてる?」
「わしらにはそのような余裕はありません」
「ヴェルトマーに住んでいるのに?
相当給料絞られてるんだね。
帰ったら、あのうねうねを編み上げておく」
不味い、不信感を抱かれてはならん。
「いえ、そのようなことは。
その様な習慣がなかったので……」
これで追及できまい。
「なら、練習しよう。
私の髪を使って」
シニヨンをほどき、懐から櫛をこちらに差し出した。
こちらの警戒を解く手段にしては、大胆すぎる。
それとも、計算か。
だが、わしのような老人には意味をなさない。
男であれば、誰にでも通じると思い込む不慣れな女か。
「……お嬢様の御髪に触るのは……。
それに御当主の良い方にそのような事はできません」
不思議そうな顔をする小娘。
当然とばかりに答えた。
「私はアルヴィス様とは何もない。
そもそも、それは禁忌*9」
何もないのか⁉
それであの距離感⁉
「サラさんの頭もやってあげて。
きっと、とっても喜ぶ。
私は嬉しかった」
揺れで互いが近づく。
強引に手首を掴まれ、櫛を持たされる。
「……やり方が分かりません」
「なら教える。
代わりに闇魔法*10を教えて」
手を掴まれたままだ。
逃がさないつもりなのか。
発言の意図が読めない。
直に問いただす。
「それは‼
……何を企んでいらっしゃる。
闇魔法は嫌われるとご存じでしょう」
車は揺れているのに、視線はぶれない。
「魔法は所詮魔法。闇魔法が悪ってわけじゃない。
マンフロイさんたちのことを知る一歩になると思った」
「知って何になるというのです」
「分からない。
でも、この椿瓶をもらった人に宣言した」
いつの間にか取り出していた、金属製の小瓶を弄んでいる。
「正義が何か分からないけど、目をそらすのは正しくない。
だから、私は理解をすることを諦めたくない」
この娘が理解できない。
計算に変数を入れるべきでない。
―――――
ヴェルダン王都、謁見の間。
梁は高く、木材で作られている。
香の代わりに、樹脂の香りが漂う。
バーハラのヴェルトマー邸の方が歓待に向く。
王国から蛮族と侮られるだけはある。
だからこそ、我らが入り込みやすい。
バトゥ王の横には王子達、そしてサンディマが侍る。
奴だけは、わしを見ている。
露見を防ぐため、こちらが顔を伏せる。
凛とした涼やかな声が耳を打つ。
「雪解けの折、友誼のご挨拶に参上いたしました。
グランベル王国国王、アズムール陛下の御名代として、
ヴェルダン王国国王バトゥ陛下へ祝意をお伝えいたします。
コーエン家が子、ユリス。拝命し参りました」
公の場では相応しい振る舞いが出来るのだな。
ならば常に遠くへ送り出せば良い。
何にでも使い道はあるものだ。
玉座からの返答。
「遠路よく参られた。
グランベル国王アズムール陛下へ、我が謝意を伝えよ。
ヴェルダンは変わらず友誼を重んずる。
若き聖痕の担い手を寄越されたこと、誠意と受け取ろう」
「堅苦しいのはここまでにしよう。
ユリス嬢、お若いのによくぞいらっしゃった。
王都のような所でなくて驚いただろう」
先ほどとは全く異なる、柔らかな声。
この王の本来はこちらだ。
我ら教団に入り込まれているとも知らず、なんと滑稽な。
「お心遣い、感謝申し上げます。
幼少の頃より、父ヴァルターからヴェルダンの話を幾度も聞いておりました。
森と人が共に在る国だと。
実際に足を踏み入れ、その意味を知った気がいたします。
宝石や錦で飾らずとも、人の心は輝くのだと」
「道中、雪解けで馬車が難儀した折、
通りすがりの樵の方々が手を貸してくださいました。
その温かさに、国の真価を見た思いです」
王族の口元が緩む。
護衛達はお互いを小突き合っている。
練兵と格が足りていない。
おかげで思い通りに追い込める。
騎士の国すら巻き込む火種には、森は丁度良い。
ひょうきんにおどけるバトゥ王。
「きっと、可憐なお嬢さんにつられて出てきてしまったのですな」
はにかんだような表情で、先ほどよりやや小さい声での返答。
「少々、お恥ずかしいのですが……。
幼い頃、親代わりの女性に読み聞かせてもらった物語がございます。
泉の女神が、勇士へと力を授けるお話です」
次第に声量が大きくなる。
「同じ女として憧れました。
血に縛られず、真の勇者を選ぶ女神。
その聡明さに」
「あんたも嫁にくれば、すぐに授けられるぜ」
王子は下卑た笑みでそう告げる。
欲で動く者は操りやすい。
「そのような幸運に恵まれれば、光栄にございます」
この娘の見た目なら男は靡く。
小柄。だが、男の視線を集める体躯。
聖痕もある。
どこかへ嫁がせてしまえば、厄介事が減る。
「ならば、御伽噺の地を訪れてみてはいかがか。
もし、女神様にお会いしたらお話を聞かせてください」
王はこれ以上の粗相がないよう切り上げるつもりか。
だが、捜索の機会は得られた。
―――――
王城からマーファ城への道のり。
ここがマイラの血筋が隠れ住むという精霊の森。
陽光は遮られ、音は吸い込まれる。
潜むには都合がいい。
「周りの集落でも聞いたけど、ここにロプトの末裔がいるの?」
背に向けて返答する。
「わしも教団内でそう聞きました。
隠れ住むものにしか入れぬ聖域があると。
聖戦士の血がなければ、発見できないそうです。
なので、お嬢様に御同行を願いしました」
「なんだか暗黒教団から隠れて、末裔に見つけられたいみたい」
一瞬、足を止めかける。
こやつ、いちいち核心をついてくる。
マイラの末裔の考えを見抜きおった。
「ロプト教内でも派閥闘争がありました。
わしは研究を任されていたので、よくわかりませんが」
懐の探知器具を確かめる。
「魔道具に反応がありました。
ですが、微弱なものです。
直系でなければ、見つけられぬのかもしれません。
先ほどのお話を踏まえれば、継承者が鍵となる可能性もございます」
小娘は周囲を見渡す。
足跡や植物の生育が悪い部分が無いかを探している。
「不思議な技術。
何でも出来るみたい」
まだ疑っているのか。
これほど無防備な背を晒している癖に。
それともわしに信頼を寄せているのか。
「……口に出すのも憚られることもあるので」
―――――
朝日が差し込む中、捜索の結果を確認する。
宿には、寝台と机、それと一脚の椅子しかない。
わしは小娘の部屋に招かれ、寝台に座らされた。
「見つからなかったね。
聞き込みでもあれ以上の情報はなかった」
数日間、森の中を探索した。
結果は見えていた、だがそれを証明する人間が必要だった。
懐から指輪を取り出し、渡す。
「村でこのような物を見つけました。
十数年も前に売りに来た女性がいたとか」
小娘は中央の輝きではなく、裏側や装飾を確認している。
指をはめ、大きさを図っているようだ。
「ヴィクトル様が送ったシギュン様*11のだ。
光ってる」
「これはファラの系譜が近くにいると反応します」
「知ってる。財産管理は家政の第一歩。
……シギュン様の事、知ってるの?」
なぜ、そこにたどり着く。
こやつは知っているのか。
もしや、アルヴィスも既に。
それでは揺さぶりが弱くなってしまう。
「教団ではヘイムの末裔に関する情報は最優先で集められます」
「その情報源を教えて」
この返し、シギュンの一件を知っている。
アルヴィスが知らないのだから、こやつも同じだと見積もっていた。
「わしは担当ではなかったので……」
「帰ったら、誰から聞いたか教えて。
それだけで十分。姉さまなら辿れる」
入り込んだ者から数名生贄に出さねばならぬか。
切り替えて、うやむやにする。
「かしこまりました。
それよりも、この指輪の説明をしてもよろしいですか?」
「絶対に報告してね」
立ち上がり、指輪をこちらに返してくる。
「特定の末裔に反応する魔道具です。
お嬢様に近づいた途端に光り始めました。
教団にもナーガ血族の物がありました。
それに似ています」
「つまり、姫はアルヴィス様の妹」
まだ早い。
それがアルヴィスにまで伝えられたら、取り返しがつかなくなる。
「……わしの推測もあります。
シギュン様の子が直系ではないでしょう」
「根拠は」
「教団も聖戦士の血を取り入れようとしました。
……聖痕持ちの男に、幾人もの教団の女を孕ませる実験がありました。
それでも、子供には聖痕すら現れずに終わりました」
「シギュン様も教団出身なんだね」
悍ましさでは目を眩ませられぬか。
ここまでは仕方ない。必要経費だ。
「……ええ。
アルヴィス様もご存じです。
なので、シギュン様の子は」
「矛盾している。
アルヴィス様は継承者」
「……そうだとしても、一人の女性が直系を産むことなどあり得ません」
「第一、そういった事態がなかった。
それを言うなら、竜騎士ダインと槍騎士ノヴァは同じ母から産まれた」*12
仕方がない、事前に作った話を出すか。
「……実は、シギュン様の逃亡を補助した者が我らの中に居たのです。
その者が言うには、もう一人女性が居たとか」
「なら、その人をここに連れてくれば良かった」
「……その者は王都から逃げる手伝いだけをしました。
逃亡先は分からなかったのです」
「筋が通らない。
シギュン様単独なら、まだ理解できる」
「でも、監禁されてたシギュン様と協力して逃げられたとは思えない。*13
それには両者をつなぐ誰か、それこそ王子が必要。
なのに、行方を見失っているのはおかしい」
なぜ、お前が産まれる前のことすら把握している。
懐から一冊の魔導書を取り出す小娘。
それを見せつけてきた。
楽しそうな声で説明する。
「これ、用意してもらったの。
アルヴィス様には怒られちゃった。
ファラの系譜としての誇りを持て、って」
オーラ*14だ。
その程度でわしをどうにかできるなぞ、思い上がりだ。
所詮、小娘。
突如、抱きしめてきた。
小柄な身体が、信じ難い力で絡みつく。
首すら動かせない。
耳元で囁かれる。
「言えないなら、これを暴発させる。
まだ使いこなせないけど、だからこそ全力で壊せる」
立てない。
この娘のどこにそんな力がある。
忌々しい。反逆者どもの血のせいだ。
背中には、熱を持ち始めた魔導書が感じられる。
不味い‼
聖痕持ちの魔力暴発は耐えられない。
「私はまだ死にたくない。
アゼルのお嫁さんに色々教えなきゃいけない。
当主婦人への引継ぎもしてない。
姉さまの未婚の夜にだって参加してない」
音は悲しみを帯びている。
だが、力はより強く。
肺が押しつぶされる。
「そのように魔力を高められては、話せません」
さらに、熱を持つ。
「マンフロイさん、ドキドキしてないね。
心臓が止まってるみたい。
暖めてあげる」
ユリス、といったか。
これは危険だ。
必ず、消す。
アルヴィスの側に居てはならん。
「……ならば、お話しします。先代のヴィクトル様が関わっています。
お嬢様にお聞かせするには憚られるものだったのです。
せめて、魔導書をお納めください」
貴様等の最大の汚点を持ち出せばいい。
お前たちはあの愚物のすることは疑わない。
「駄目。このまま話して。
内緒話だから、都合がいい。
誰もここまで高まった魔力の中へは入ってきたくない。
それに、マンフロイさんは魔力なんて怖くないでしょ。
多分神器にだって立ち向かえる。私は出来た」
熱源が押し付けられる。
力量までばれた。
逆に考えろ。
素体としては都合が良い。
「王子とシギュン様の関係はご存じですね。
それを知った先代様が王子への意趣返しとして一人の女性を送り込んだのです。
その手配に教団が関わっていました」
骨が軋む。
「ご存じの通りヴェルトマーは、暗黒教団の撲滅も務めています。
その関係でつながりがありました。
最も尊きお方へ、汚濁にまみれた者が触れた女を送り込む。
そちらへ情が移れば、シギュン様を諦めるだろうと」
熱が上がる。
「その女は足がつかぬよう教団が奴隷商から買い取りました。
王子の元へは先代様が届けました。
この時のつながりから王宮の情報がわしらの元にも入ったのです」
「目論見は外れ、王子は二人の女性を同時に愛しました。
そして懐妊したのです。
そこから歯車が狂いました」
焦げた臭い。
「先代様は妻の中にいるのがどちらの子か分からず、ご自身を見失われました。
もう片方は王子の子と分かっています。
そちらを憎き王子の元から奪いました。
近衛の長なのですから訳はないでしょう。
貶めるために教団へと託そうとされました」
視界に背後の光が入る。
「その時、シギュン様は教団にお気づきになられたのでしょう。
古巣でもあるわけですから。
そこで、シギュン様とその女は手を組み、精霊の森まで落ち延びたようです。
その証拠に指輪があります」
魔導書が悲鳴をあげる。
「女は強力な光魔法を使い、教団の手から逃げ延びたと聞いています。
姫を宿したせいかもしれません」
背後の魔力が急速に弱まる。
「気になる点はいくつもある。
怪しさ満点。
でも、筋だけは通ってなくはない」
まだ逃げられない。
「……いえ、わしが悪いのです。
善意とは言え、嘘をつき、隠し事をしてしまった」
「ローブを脱いで。
背中に穴空いちゃった。
ごめんね」
ようやくわしから離れた。
言われてみれば、背中に焼けるような痛みがある。
「頼んでリカバーの杖をかけてもらおう。
そこで待ってて。
帰りに闇魔法教えてね」
ユリスは部屋から出て行った。
後ろへ倒れこむ。
朝日の光だけに戻った。
乗り切った。
計算外の因子も見つけられた。
鷹の子は鷹というわけだ。
この分なら、学園に居るアゼルとかいう小僧も侮るべきではない。
アルヴィスは弟を随分気にかけておる。
それすら離れていけば、我らへの依存が高まる。
暗黒神に再誕していただくためにも、策を練らねば。
該当地域に神器がないことから、本作では引いていないものとしている。
暗黒教団が潜んでいる。ユリスの初陣もここだった。
原作で一番最初に敵対する教団員。
トラキア776でマンフロイの孫娘もなることがある。
同じ聖戦士の血を持つ者同士の交配は禁忌との台詞がある。
原作では味方キャラが使うことは出来ない。
天槍グングニルと地槍ゲイボルグを授かった兄妹。
シギュンは夫に過剰なまでに束縛されていた。
ヴィクトルはシギュンの愛を信じられず、愛人も数多く作った。
ここについては次話。
原作では事実上ナーガ直系キャラの専用装備。
他クラスだと武器レベルのせいで使えない。
勿論ユリスは武器として使えない。