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ヒルダ
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ユリスに手を引かれて転移室にいた。
「ヒルダ様に会いに行くよ」
魔法光が私たちを包む。
視界が白に染まる。
眩しい。
―――――
手が離れていく。
「あんたら、下がりな。
呼ぶまで来ないでくれ」
熱が遠くなる。
「なら私を案内して。
お湯とお菓子を取ってくる」
座らされた。
―――――
「アルヴィス、会うのは初めてだろ。
イシュトーだ」
「まま」
母の顔を見る幼児。
「あんたの叔父さんだ」
「あたしの、弟だ。
おっかない顔してるが、心配性なだけさ。
仲良くしな」
幼児が差し出される。
「抱いてやんな。この子にだってあんたと同じ血が流れてる」
抱きしめる。暖かい。
「へたくそ。イシュトー様がかわいそう」
取り上げられた。
ユリスがそのまま抱えている。
「たしかにあの抱き方はない。
アゼルの時のことを忘れちまったようだね」
「あの子はもっと大きかった」
「あんたが小さかっただけだよ」
ユリスがイシュトーを外へ連れて行く。
温もりが消えた。
―――――
目の前にカップが差し出される。
中には、柑橘と野苺の乾物がある。
ユリスが湯を注ぎ、小皿で蓋をした。
「少し待ってて」
「懐かしいね。リーネから教わったのか」
「うん、ヒルダ様はラズベリー多め」
「そうだ。
でもあたしの好みはもっと多めだ。それに林檎はいらない。
教わり切れなかったみたいだね」
「好みが変わっただけ。それに今覚えた」
昔、勝手に開け、蓋についた水滴をまき散らし、リーネに怒られた。
ユリスが小皿を取る。
「ほら、アルヴィス様出来たよ」
暖かい。
酸味が広がる。蜂蜜の甘さもだ。
これでは甘すぎる。
「ユリス、蜜が多い。
果実の酸味が殺されている。
お前が甘党だからといって、なんにでも限度がある」
「その通りだ、アルヴィス。
今日のは甘すぎる。
後でもう一杯いれな」
―――――
静かに三人で果実茶をすする。
身体に熱が戻って来た。
朝の陽ざしに気が付く。
鳥のさえずりも耳に届く。
私は夜を越していたのか。
姉様の表情も見える。
これほど痩せてしまったのか。
フリージは居心地が悪いようだ。
「……そんな驚くような顔をするんじゃない。
子供を産んだ後はこんなもんだよ」
不満げな顔でこちらを見る。
「私、子供産みたくないかも」
「あんたはポンポン産みな。
本当に……そうしな……」
「……そんなに辛かったの?」
「ああ……」
情感がこもっている。
ユリスが立ち上がり、姉様の横に立つ。
「頑張ってたもんね。
頭撫でてあげる」
「それなら髪をやれ」
懐から櫛と小瓶を取り出すユリス。
姉様が瓶を見て、顔をそらした。
「前よりは髪質が戻ったね。
それとアルヴィス様が誤解してる」
梳きながら、時折髪を撫でている。
私が、何を誤ることがあるのか。
姉様が得意げに言い放つ。
「ヴェルトマーは男ばかりで、女っけが少ないからね。
ユリスの他にはアイーダくらいしかいないだろ。
いい機会だ、教えてやる。
こっちに来な」
姉様の側へ椅子ごと移動する。
彼女はユリスから櫛を受け取り、私の髪を触り始めた。
耳元で囁かれる。
「……ヴェルトマーにいた頃はこんなこともしてやれなかった。
ここならやってやれる。
ここに来たのも、辛いことだけじゃない」
顔を離し、先ほどと同じ声色で続ける。
「あんたも女は体を冷やすなってのは聞いたことがあるだろ。
紅茶も良くないんだよ、子供が欲しい時は。
だから、あたしは香草茶ばっかり飲んでたんだ」
そうだったのか。
私も姉様に茶会の作法を習った。
果実茶の方が良い、当時はそう思ったものだ。
「あんなに紅茶にうるさかったのに、よく我慢出来たね」
「あいつには7年も待たせたんだ、こっちも義理がある」
当然のように返す姉様。
「紅茶絶ちも同じ位やってたんだね。お揃い夫婦」
茶化すようなユリス。
手を口に添えて、身体を捩っている。
「からかうんじゃないよ。
それに、まだ終わっちゃいない。
せめて二人は産まないといけないからね」
「アツアツ。
ブルーム様は譲らないんだ」
ユリスの動きがより大きくなった。
振り払うように手を動かす姉様。
「生意気に磨きがかかったね。
学園で何やってんだい」
照れ隠しだ。
姉様はブルームのことを本当に愛している。
姉様を絆した熱は、彼の中で燃え続けているようだ。
「ヒルダ様のクソダサ二つ名を超えようとしてる。
五相のユリスは嫌」
懐かしい。
在学中に光以外の全上級魔法を使いこなせるように姉様。
三相の公女と称されていると自慢された。
「あんた、魔法は4種類だけだろ。
闇にも手を出したね。
学園で見せるんじゃないよ」
マンフロイに習ったのか。
神器すら道具と言い切るユリスだ、あり得る。
「分かってる。だからいい感じの考えて。
今だと、露出淑女、食堂の双女神、行軍だけにはいてほしい女、くらい」
私も聞いたことがない。
こいつに関しては、いつものことだ。
リデールには、より細かい報告書を上げさせなくては。
「あたしのがマシじゃないか⁉
それに、その、なんというか……大丈夫かい?」
確かに、ただの汚名か便利使いされている印象を受ける。
「最初のは、ヒルダ様のせい。
あのドレスはすごい反響だった」
どの様な格好だろうか。
ヒルダとユリスのことだから、弁えているはずだ。
だが、露出とは……。
「おい、アルヴィス。
この子の縁談はふえたのかい?」
反射的に答える。
「全く」
ユリスを送り出すには格が足りない家ばかりだ。
シアルフィかユングヴィなら格は足りるが、あの当主たちの元へは送りたくない。
ユリスはこれまでよくやっている。
苦しませたくない。
決して浮気をせず、こいつに苦労を掛けない男でなければ。
エッダは論外。
ドズルは学友のはずだが、浮ついた話を聞かない。
なぜだか、ランゴバルト卿からユリスが気に入られてはいる。
だが、話が来ない以上、興味が無いのだろう。
「……もしかして、私モテない?
ヴェルダンでは熱視線に囲まれたのに」
こいつの見た目だけなら、そうなる。
だが、深く付き合う学園ではそうはいかないのだろう。
「まあ、嫌われてはないようだね」
「ティルテュと一体どこで差がついたのか……。
胸も髪も知識も勝ってる」
「身長と愛嬌と言動、それと家格に尽きるね」
「……ヒルダ様は相変わらず厳しい。
イシュトー様には優しくしてね」
「ここには甘ちゃんしかいない。
あたしが鬼になるしかない」
「本当に、程度は間違えないでね。
たまに夜、うなされる」
真剣な顔でそう言い放った。
それ程までに姉様は厳しかったのか。
「あたしはそんなヘマしない。
それより、アゼルはどうなんだ。
あの子は優しい子だ。舐められてないかい。
必要なら多少の道具や魔法指輪*1も融通してやるよ」
「私より人気者。
継承者三人を倒す前も、みんなから可愛がられてた。
倒してからは、魔法科で一番下士官を集めやすくなった」
アゼルも元気なようだ。
報告書で知っていても、話は別だ。
あの子の真っすぐな心は、人を温める。
「恋はなかなか上手くいってない」
「あの子もついに……大きくなったねえ」
「聞いていない、説明しろ」
呆れたような声で窘められる。
「無粋だねぇ……アルヴィス。
代わりにあたしが聞いといてやるよ」
興味の色は隠せていない。
「乳兄弟の絆は、鬼嫁より強い。
でも、勘違いしないように言っておく。
私でもティルテュでも無い。
純情な片思い。願わくば、叶ってほしい」
フリージの公女ではないのか。
幼い頃からの付き合いがあるだろうに。
アゼルがその気なら、
この家と近くなりすぎるが、認めるつもりだった。
「元からあんたらは候補に入ってないよ。
それで、誰なんだい」
身を乗り出す姉様。
兄として弟の恋路は把握するべきだ。
助力は惜しまない。
ユリスが立ち上がり、カップを煽る。
置いた音が、やけに響く。
「しつこい。
アルヴィス様も元気になった。
本題に入る」
もう少し、この時間を続けたい。
―――――
席を元の対面に戻される。
ユリスがカップを入れ替え、紅茶の準備をしている。
「まずは、私が状況説明。
ヒルダ様には話せないこともある、許して」
「分かってる、あたしもヴェルトマー産まれだ」
先ほどまでの彼女たちは居なくなった。
この場には、炎の紋章を抱く者しかいない。
「先日、他国でこれが見つかった」
ユリスが机に指輪を置く。
宝石が付いているわけでもないのに、赤く輝いている。
この光が目を逸らすことを許さない。
「これはシギュン様のもの。
彫刻と特徴を目録で照合し確認済み」
言い淀む姉様。
「……ああ、そうだよ。
あの子はこれをつけさせられてた」
「一応、性質も説明する。
これは、ファラ傍系、あるいは直系が近くにいると光を放つ」
「アルヴィス、覚悟は出来てるんだね」
姉様が、私に問いかける。
「……はい。知らなければなりません」
ここまでか。
「辛いことだ。いつでも止める」
「じゃあ、外で待ってる。
……寂しくなったら、いつでも呼んで」
ユリスは紅茶を私たちの前に置いて、退出してしまう。
扉がやけに遠い。
湯気だけが残された。
ヒルダが述懐する。
「あたしは、当時シギュンとそこまで変わらないくらいだった。
だから、義理の母娘といってもそこまで険悪な仲じゃなかった」
「その指輪は父様がシギュンへ常に着けるよう命じていた。
隠れても近くに行けば見つけられるようにって。
屋敷の中で潜伏なんて、できないだろうに。
それのせいで、あたしが近づくとリーネが急いで支度をはじめた」
ヒルダは指輪を手に取り、弄ぶ。
「……これがどこで、どうして見つかったかは言えないんだろう。
なぜシギュンが居なくなったか、それを話せばいいんだね」
日光にかざす。
そのような事をせずとも輝いているのに。
机に置いて、話を続ける。
「先代当主はシギュンを過剰なまで束縛した。
一切家から出さず、いくつかの部屋以外への外出を禁じた。
だから、子供部屋の側に食堂がある。
あんたとアゼルが使ってた所さ」
「仕事ができない近衛のため、王子は義務を果たすべく邸宅を訪れた。
王子とシギュンは、偶然出会ってしまった。
いつしか二人は仲良くなった」
「しばらくして、シギュンの腹が膨れ始めた。
そこから、先代は不安定になった。
ある日、呪いにまみれた遺書を残して自殺。
その後シギュンはいなくなった」
「……こんなもんさ。
だから、ヴァルターは王子を嫌ってる」
ヒルダは、紅茶で喉を潤す。
これで終わりのようだ。
「アルヴィス、まずは紅茶を飲みな。
それはユリスとティルテュが王都を抜け出して持ってきたもんだ」
戦利品とユリスが言っていた。
普段のものより、やけに水色が濃い。
今の私に、この熱はいらない。
「……私には王子が分かりません。
優しい、兄のような存在でした。
でも、姉様やアゼル、リーネ、ユリスも苦しめた」
卓上遊戯を教えてくれた。定石もだ。
一緒に新たな戦法を生み出そうと、言い合いもした。
思考中に鼻の下を撫でる癖は、今も変わらない。
「あたしにも分からん」
「我が家を苦しめたのは王子、でも助けてくれたのもクルト兄さま」
若造と武人から侮られた時は、いつでも訓練に付き合ってくれた。
魔導書が擦り切れて、管理者に叱られた。
「そうだね」
「こんな馬鹿げたことをした。なのに、賢い方だ」
私の政策を添削し、討論することでお互いに研磨しあった。
老いた王の代わりに、ほとんどの執務を担っている。
最善ではないが、国家は運営できている。
「同じ人とは、思えません。
実は違う人間なのでは?」
臣下の妻と密通するような好色。
だが、今でも誰も娶らない。
「……王子だよ」
「あんたは鈍い所がある。
シギュンは想像している何倍も縛られていた。
大人が見れば妻を虐めているようにしか見えなかった」
弱き者を捨て置けないクルト兄さまらしい行動だ。
疫病で村を焼く決断を下したときも、泣いていた。
民と私たちのために。
胸が熱くなる。
「あたしを憎め。
シギュンのことを庇わなかった。
あいつを殺したのはあたしさ」
低く、唸るような声。
守るために泥を被る。
いつもそうだ。
赤い輝きが目に入る。
視線を逸らせない。
クルト兄さまが我が家を壊した。
だが、父上にも非があった。
父上は無才で、母上に値する自信がなかった。
朱色が私を引き戻す。
何も、立たない。
「……憎悪が湧いてこないのです。誰にも」
歪だが、父上は母上を愛していた。
母上も父上に応えようとしていた。
「あんたが優しいからさ」
あぁ。
クルト兄さまも苦しんでいたのだ。
この神血に支配された理に。
「それよりも、王子に対する哀れみが湧いてきました。
愛する者を失い、子供と生き別れになってしまった。
自分が壊した家を、平然とした顔で支え続けた。
矛盾の狭間に立ち続け、それでも聖者として振る舞いつづけた」
個人と神器の長という不調和にすりつぶされた。
それでも、いまだ立ち続けている。
このままだと、王子も父上と同じになる。
「……アルヴィス、ここにはあたし達しかいない。
ユリスを呼んでもいい。
悲しんでいいんだ。
もうあたし達は地獄を越えてるんだよ、
弱みを出したって死にやしない」
我らは、この構造の中に居続けている。
「ヴァルターに叱られました。
王子を神格化するなと。
全く、その通りだ。
私はクルト兄さまを見ていなかった」
「彼は王に比べて優秀だ。
だが、グランベル王国には足りない」
宰相やヴァルター程の力量も無ければ、それを活用も出来ない。
「彼は聖ヘイムの末裔だ。
だが、聖人ではない」
血は力の源でしかない。
なおも、指輪は輝き続けている。
我らの血に反応する。
神器と変わらない。
「この世はまだ地獄です。
血を持つだけで責務を果たせぬ者も、無理やり席を押し付けられる。
どれだけ優しい人間でも、その先に狂気に陥ってしまう。
聖戦士の長すら内包する仕組みが必要だったのです」
当主たちは既に潰される寸前だったのだ。
だから、あれほど無責任でいられる。
私は気づいてやれなかった。
「アルヴィス‼
今のあんたがそうだ‼」
「それでも構わない。
あんな苦しみを味わう者が居なくなるのなら」
アゼルには、あの思いをさせられない。
あの灯だけは消させない。
「姉様、父上が亡くなった後を覚えていますか」
私だけでは成し遂げられぬ。
労苦に耐え、それでも折れない信念を保てる者が。
「……あんな地獄、忘れられるわけがない。
無能な癖、消えたらなおさら忙しくしやがった。
あんたも7つで当主に就かされた」
当主簒奪を疑われぬよう、自ら家業から離脱した女。
「それはなぜですか」
家中粛清を自ら買って出た女。
あの時、情を捨て去った。
代わりに乱暴な口調を身に着けた。
「あたし達がヴェルトマーだからだ。
今ではフリージだが、炎は消え去っちゃいない」
針の筵で意思を貫ける女。
貴方が必要です。
「血のせいです。
姉様が恋人と一緒になれず、心を殺して家政を司ることになったのも。
それほど窶れるまで追い込まれたのも、神血があるせいです」
「あんたは今錯乱してる。
第一、血が無けりゃ神器だって使えなくなっちまうよ」
あれは統治のための道具。
そこまで引きずり落とす。
「そんな武器があるから、人は縛られる。
持つ者は責任に追い詰められ、増長し、狂う。
父上はそうだった」
父上、貴方の弱さも薪にする。
置いては行かない。
「……父様が弱かっただけだ」
「そうです。
直系でなければ、ただの男として私達と共にいたはずです。
結婚式で、姉様を送り出したのは父上だったはずなのです」
「現当主たちだってそうだ。
世俗を嫌う者。
騎士道に殉じたい者。
娘を探しに行けない者。
武人でいたい者。
能力は有れど家族を優先したい者。
どれも、継承者としての責任と向き合おうとしない。
そうすれば王子か父上のようになってしまう。
そうならぬため、目を逸らさねばならない」
「血は無くせない。
ロプトに対する備えなんてお題目じゃない。
あたしたちは生きてるんだよ」
「姉様は私も狂ったとお思いか。
そんな絵空事を口にしていない」
「そうだよ。正気じゃない」
「姉様、火継ぎを覚えていますか。
我らは火種である、そう教えてくれましたね」
「……ああ。
だが、全てを燃やせとは教えてない。
辛いことでも最初に踏み出す、そして燃え尽きるまで周囲を照らせと伝えた」
「私はファラの系譜の末席にある者。
そして、聖騎士マイラの末裔でもあったのです。
例え、どんな暗黒の中でも正義を為したい」
ユリスがそう言った。
ロプトの血にも正義はあった。
双方を継ぐ私が、血を人の下に帰す。
沈黙が降りる。
唇が震えている。
瞳孔が開き、椅子が軋む。
ようやく焦点が合う。
身を乗り出し、掴みかかる。
カップを弾き飛ばした。
床には破片と茶が広がる。
濡れても、指輪は輝き続けている。
「……⁉
何言ってるんだ⁉
あたしとあんたは姉弟だ。そんなことはない‼」
貴方は優しい人だ。
口には出さぬが、情が深い。
邪神の末裔であっても、弟と呼んでくれる。
「……っ⁉
まさか……シギュンが⁉」
「その指輪は、邪教が潜む地で見つけました。
古巣へ身を寄せたのでしょう」
「母上は父上だけでなく、血にも縛られていた。
だから、私を置いて行った。
あの家に居続ければ、確実に殺される」
母上も苦しんだ。
邪血を持つ恐ろしさが私には分かる。
私は、征伐も隠蔽もしている。
血が露呈すれば、愛する者たちも命と尊厳を落とす。
「善も悪も、お互い血に絡めとられている。
人ではその渦中に飲み込まれてしまう」
暗黒教団員も苦しんでいる。
邪法を行わずとも、ただ子孫であるというだけで迫害される。
「絶対の法による支配。
人に出来ぬのなら、用意するまで。
我らのような悲しみを世界から無くせる。
姉様、共に終わらせましょう」
差別の無い世界。
人が血ではなく、その人を見れる世界。
「……アルヴィス、何をするつもりだ」
「王子には姫がいます。
そのお方を国王に据え、私はその横で法を敷きます」
そのお方には、心安らかに過ごしていただく。
既に十分息をひそめて隠れ住んだのだ。
我らのようには、しない。
「……無理だ。そんな噂聞いたことがない」
「それは姉様が、家業から離れてくれていたからです。
この指輪もその任務で発見されました」
母上の拘束具を見せつける。
血のような光を放っている。
「聖血は民にとっては疎まれるんだそうです。
だから、ナーガの直系ですら暗黒教団と共に隠れ潜む。
万民にとってすら、血の束縛は枷になっています。
所詮、血は力を与えるものにすぎません。
それ以上ではならない」
「……アルヴィス、外に漏らしちゃならないことを口にしている。
あたしはフリージだ」
「姉様にだって覚えがあるでしょう。
血が邪魔だと。
それがあるから背負わされる。
そんな社会は間違っている」
「あたしはあんたほど真面目じゃない。
気楽に捉えている」
「ところで、イシュトーには聖痕は出ましたか。
まだでしょうね。幼すぎる」
聡明な貴方なら、これで分かるはず。
「何が言いたい」
「ブルーム。
あれが当主として立ち続けられるとお思いですか?
何年間、重責に耐えられると思いますか?
父上のようにならない保証が出来ますか」
武勇だけで、当主の器がない男。
愛情深い彼を苦しませたくない。
「……それは……あたしが支える」
「ユリス。
あいつはヴェルトマーじゃない。
ただ、聖痕が出ただけだ」
傍系の苦しみは、貴方が一番知っているはず。
直系を産めなかった故、貴方の母は死んだ。
私が産まれるまで、先代の愛人たちからも馬鹿にされ続けてきた。
その後も、その印のせいで、長い間家から離れられなかった。
「リーネの死体を整え、たいまつで焼いたのもあいつです。
それが最後の授業だと、言い残されたそうです。
今も学園で友の情報を集めさせられている。
裏切り者になった気持ちでしょう」
「……」
妹であり、娘。
その女が苦しむことを貴方は良しと出来ない。
「リーネは平民だ。
父上に手を出され、姉妹同然の母上からも離された。
アゼルを産み、それからは監禁生活。
命をもって尽くしても、ユリスにしか看取って貰えず、土には還れなかった」
「……」
末裔でなくとも、血は絡めとる。
我らだけではない、平民ですら苦しんでいる。
「さて、イシュトーはどうなるでしょうか。
5歳までには分かります。
夫と同じ、それとも姉様と同じ聖痕止まり。
あるいは、リーネのように発現すらしない」
何も考えられなかった私に熱をくれた幼児。
あの小さな鼓動を思い出す。
イシュトーには、書類と侮蔑の視線に彩られていない世界にあってほしい。
「どうなろうが、血に支配された世界に産まれ落ちた」
立ち上がり、赤を飲み干す。
この生暖かさが私には丁度良い。
冷静に、されど熱を持ち続けている。
指輪を握りこみ、光を漏らさない。
ヒルダへと、手を差し出す。
「我らが作り上げましょう、血で苦しまない世界を」
世界に対する聖戦。
その胸に火種が残っているなら、立ち上がるはず。
対応するステータスを+5するアイテム。
基本的に敵の戦利品以外では手に入らない。